願えば初恋

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◇嘘つきはどっち?◇

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「……一気に静かになりましたね。この、いつもの静けさがホッとします」

そう呟いた植田くんの言葉に、私は無言でうなずく。

——気持ちは凄くわかる。

散々好き勝手に言われ、しかも扉付近があの騒ぎで塞がってしまっていたせいで、田中さんと植田くんは動くに動けず完全に足止めを食らっていた。私はというと、あの輪の中に入る気にもなれず、かといって無理に抜けるのも気まずく。

「今日も凄かったなぁ……俺、昨日も全く同じ光景を見せられたんだぜ」

何もしていなかったのに、何だか疲れ切っている田中さん。いつも騒がしいくらいなのに、こんな田中さんを見るのは珍しい。

「そうですね。やっぱ女の人って怖いですね」

黒縁眼鏡をクイッと人差し指であげる植田くんの顔も、明らかに引き攣っている。

「俺、明日も遅番なんだけどさ。……あれを三日連続で見なきゃいけないの?砂東フロア長は悪くないんだけど、明日のことを想像しただけでゲンナリするわ……」

田中さんは、どこか遠い目で呟く。

「そうですよね~。でも僕は、明日は公休なんで。良かったぁ」

「私も明日は朝からなんで。田中さん。どんまいです」

励ますつもりがどうしても吹き出す私に「裏切り者。」とボソッと呟き、深いため息を吐いた田中さんが不憫でならない。

「……それじゃあ、ウッディ、甘味っち。俺達も帰ろっか…。早く帰って明日に備えなきゃ。明日もボロクソだろうけどね」

田中さんの半ばやけくそ気味な自虐に、私と植田くんは苦笑いしながら田中さんの後に続き事務所を後にしようと扉の前にいき。


「田中、お先にあがります。お疲れっした」

事務所に残る岸川店長と砂東フロア長と、今まで自分のデスクでひっそりと身を潜めていた熊野フロア長が返事を返し。

「植田もあがります。お疲れ様でした」

これまた挨拶を返す管理職達。

「甘味もあがります。お疲れ様でっ、」

「甘味はちょっと待て」

砂東フロア長に食い気味に阻止された私の挨拶。

「フフッ。甘味っち。どんまいだよ」

「甘味さん、お先にすいません」

ついさっきまで仲間だったはずの二人は、あっさり私を裏切り帰っていった。

コイツは上司
コイツは上司!
コイツは上司!!

苛立つ気持ちを落ち着かせようと、鼻から思いっきり息を吸い込み、念仏の様に3回自分に言い聞かせる。

その間に、砂東フロア長は前髪をサッとかき上げ、偉そうに自分のデスクに足を組み座っていて。その代わりようは、ついさっきまでよそ行きの態度で遠藤ちゃん達に接していたのが嘘のようだ。


「…何でしょう」

「甘味も今日はありがとう。本当助かったよ。甘味がいてくれて良かった」

コイツの口から、こんな純粋な"ありがとう“を聞くなんて。

「え…。あ…。いや、どーいたしまして」

さっきの倉庫の続きで、またお小言でもくらうのかと身構えていたが拍子抜けだ。

あの頃の"砂東くん"からは想像出来ない言葉が飛び出し、人間って変わるもんだな~。と、人類の進歩に感動さえ覚える。

さっきだって、自分の身をていしてまで私の事を守ってくれたし。

砂東フロア長と私。

嫌な思い出の方が多かったけど、もう十数年前の事なんだし、昔の事は水に流してあげてもいいかもしれない。

うじうじと昔の事を引きずるなんて私らしくないし、昔ほど性悪でもなさそうだし、少しはこちらからも砂東フロア長に歩みよってみてもいいんではないか。

「私のっ、」

とりあえず、倉庫での出来事を謝ろうとした瞬間、砂東フロア長の声に私の声はかき消され。

「それはそうと、何だこの売上?今日3万しか売れてねーじゃん。これじゃ個人別売上が前年割っちまうぞ。本社からは売り場社員は前年120%キープするよう言われてただろ」

前言撤回。
歩み寄ろうと出しかけた足をすっと引っ込め。

「それ、正気で言ってるんですか?!砂東フロア長がいちいちいちいち私を呼び止めるから自分の売上まで手が回らなかったんですけど?!私の言ってる事、何か間違ってます??!」

「だから、ちゃんとお礼は言っただろ。これからもよろしくな。期待してるぞ」

「……今日だけじゃなくて?!」

確かにそう岸川店長に言われてはいたが、あの仕事量をまた明日もこなさないといけないのかと思うと気が狂いそうだ。

「当たり前だろ??あの量を俺1人で捌ける訳ないだろ。昨日の分もまだ残ってんだぞ。」

「たった今、自分が言った事覚えてます?!私の売上げはどーすんですか?!それに、私じゃなくて他の人でもいいですよね?!それこそ遠藤さんとか濱田さんとかっ。」

取り巻きなら幾らでもいるでしょ!と私以外なら誰でもいいと、さっきまで居た人達の名前を次々に挙げていく。

「レジ者を使う訳にはいかないだろ。エンタメコーナーの濱田さんに言った所で勝手が分かんねーだろうし。それに、こういうのは休みの日の引継ぎだってあるんだから1人に絞ってた方が効率的だしな。そう考えると適任者は甘味しかいねーだろ?」

偉そうな態度で好き勝手に自分の考えを押し付けてくる砂東フロア長にもムカつくが、何の助け舟も出さずにウンウンとただ頷いているだけの隣りのデスクに座っている熊野フロア長にも腹が立つ。

「言ってる事はわかるけど、だから、私の売上はどーすんのって言ってんの!売上が落ちたらボーナス査定にも響くでしょ!」

「俺がいない時に上げればいーじゃん。お前の前年の数字を見る限り出来ない数字じゃねーだろ。お前これ、今年の事考えて前年の後半売上げ抑えただろ。ボーナス査定を引き合いに出すんなら、尚更サボってんじゃねーよ。ま、この続きはまた明日だ。今日は遅いからもういいわ。じゃ、おつかれ」

理詰めされるとぐうの音も出ない。

やっぱり大嫌いだ。

私のコイツに対する拒否反応は間違っていなかった。

私達のやり取りを目を丸くして見ている熊野フロア長に、沸々と湧き上がる怒りをぶつけようひと睨みするも曖昧な笑顔で返され。


「…あれ?帰んねーの?なら、まだ手伝ってもらう事は山ほどあるけど。どーすんの?」

「そんな無駄な残業しないわよ!帰るに決まってんでしょ!お疲れ様でした!」

「お前、歩いて帰ってるんだろ?暗いんだから気をつけて帰れよ?」

「分かってんなら引き止めないでよね!」

バタン!と勢い任せに事務所の扉を閉めた後。



「久しぶりにあんな白熱した甘味ちゃん見たよ」

「甘味くんは違う意味で怖いね」

「ククッ。…そっすね。でもアイツ、要領いいし細かいことまで目がいきますよ。実際、すげー頼りになります」

なんて管理職3人のやり取りを、急上昇したストレスをどのお酒で発散しようかしか考えていない私が知る由もなかった。
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