願えば初恋

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◇アイツの彼女◇

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そして気づけば、お店の壁に掛かっている時計の針は18時50分を差している。

店内を見渡せば、お客様はまばらだ。


「お疲れっす。もう上がりますね」

「甘味ちゃん、僕も帰るから。一階には熊野フロア長がいるから大丈夫だよね。残った品出しはアルバイトの子に頼んであるから。なんせ、無駄な残業はできないからね」

朝番の平岡くんと、エアコン担当のベテラン社員の松本さんが二人揃って帰って行く。

私の売上も砂東フロア長からの電話以降はサッパリ振るわず、やっぱりアイツに関わるとロクな事がないと再認識。

 
「さっ。お客様も少ないし、私は新製品でも出すかな~」

その後もお客様は少なく、黙々と作業に没頭する事40分。

「あれ?!そう言えば桑原様って来てないよね?!もう20時だしっ。まさか、今日は来ないって事はないよね?」

<甘味さん、甘味さん。桑原様がレジにおみえです>

「ですよね~。でも、良かった~。閉店ギリギリじゃなくて。あ…、でも何を買うんだろ。内容聞いてなかったなー。ま、いいか」

レジに向かい、目線をキョロキョロさせながら顔も知らない桑原様らしき人物を探す。


おぉぉ、、、

決して声には出さないが、心の中で驚きたじろく。


「お待たせしました。桑原様でございますか?」

私がそう話しかけた相手。

どこぞのホステスのママか!と思わせる出で立ちで、化粧濃いめ~の香水キツめ~の、多分この方も以前の砂東フロア長のお客様の羽山様同様お金持ち…なんだろうな。

、、、どこで知り合うんだろう???

砂東フロア長の人間関係に、一抹の不安を覚える私。


「あらぁ~!あなたが"あまみ"さんね。オホホッ!砂東さんが言っていた通り変わった名前ね。かわいらしいわ~」

「アハ、どーーもーー」

アイツ…
明日会ったら、マジでタダじゃおかない。


その後の、桑原様の買い物のっぷりが凄かった。

価格には目もくれず、広い店内をウロウロ歩きまわって、あれこれ選んで購入した数30点。

購入金額の総額ざっと60万。

私は桑原様の後ろを必死に付いてまわり、あれと~これと~と何の迷いもなく決めていく商品を一個も漏らさぬようにと必死にタブレットに登録する。


「これで最後ね。それじゃあ今選んだ商品、全て包装して4日後に配達お願いね」

「桑原様、一応在庫を確認してもよろしいですか?」

在庫が店内か配達先の倉庫に無ければ4日後に配達なんて絶対無理だ。

「それなら大丈夫よ。いつも砂東さんはどうにか手配してくれてるから。これ、クレジットカードでお願いね」

"どうにか"ね~。

私なら、そんな確証のない言葉は信じないが、これは私の仕事じゃないから心配しなくていいかと、後の責任は砂東フロアに丸投げだ。

「何かありましたら砂東からご連絡させます~」

そして、全ての手続きが終わったのが閉店時間の21時をちょっと過ぎた頃。

「桑原様、カードをお返し致します。それでは4日後の配達で承ります」

「よろしくお願いしますね~。砂東さんにもよろしく~」

「はい。ありがとうございました」

ラベンダーな残り香を残して優雅に帰っていく桑原様。

その瞬間、すかさず私に寄ってくるギャラリーだった仲間たち。

「凄かったね~!あんな爆買い初めて見たよ~!」

「俺もだよ。この業界は長いけど、こんな事は初めてだよ」

みんな興味津々に私が手に持って配送伝票を覗き込む。

「それで、甘味っち。合計いくらになったの?おっ!60万!やったじゃん!それで今日150万くらいいったんじゃない?フロア長並みじゃん!本当すごいなー!滑り込みセーフで今日の店予算は達成だ!」

田中さん達はワイワイ喜んでくれるけど、皆に伝えなければならない本当の真実。

「達成したのは喜ばしい事なんですけど。これ、砂東フロア長のお客様なんです。私の売上じゃないんですよ」

私が何人ものお客様を接客して重ね上げた売上を、休みにも関わらず、たった1人のお客様で60万の売り上げを叩き出す憎いアイツ。

「あーーーーー。甘味っち。それはお疲れ様」

何とも言えぬ、仲間達の哀れみの目。

「しかもですね。4日後配達なのに、買った商品全部を包装するですって。田中さん、一緒に手伝ってくれます?」

「あ…俺。閉店作業の途中だったな~。続きしなきゃ」

そんな事だから気が利かないって言われるんだと田中さんの傷をエグるが、逃げ足の早い田中さんはピューと私の前から立ち去り。

もちろん、他の仲間も一瞬にして方々に散らばる。

店全体の売り上げが良いに越した事はないが、販売員として数字の目標がある以上、自分の事以外に時間をさきたくないのは私も痛いほどわかる。

誰かの売上がいいと羨ましい気持ちもあるし、自分が作業指示優先で動かないといけない時に、店全体の売上が良いと妬む気持ちすら芽生える。

売上重視の販売員の私達だからこそ、誰しもそこはシビアだ。


私達は仲良くやってはいるが友達ではない。

あくまで仕事仲間なんだ。

皆プロ意識が高いのか。

はたまた上からの締め付け怖いのか。

なんて…
今は呑気に1人語りしている場合じゃない。



<砂東フロア長の携帯番号を知ってる方いますか?>

トランシーバーでの私の呼び掛けに「私、知ってますよ。」と、隣でレジ閉め作業をしていた大学生アルバイトの女の子。

「転勤してきて数日なのに、よく知ってたね?」

「はい!昨日聞いちゃいました~!他の皆も聞いてましたよ?」

これまた遠藤ちゃん同様、若さゆえの行動か。

「でも、LINEまでは教えてくれなくて。LINEの方が連絡しやすいのになー」

あまりの早業に感心しかない。

私だったら、上司の連絡先なんて必要最低限の人だけ分かっていればいい。

仮にも同じコーナーで上司である砂東フロア長の携帯番号すら聞かないのは、その必要最低限に擦りもしないから。

「そうなんだ。じゃあ、ありがとー」

砂東フロア長の電話番号が書かれたメモを受け取ると、私は早速お店の電話機から砂東フロア長に電話をかける。


_____プルルルル!プルルルル!プルルルル!____


「何で出ないのよ!出るまで鳴らし続けてやるんだから!」

長いコールの後、やっと出た砂東フロア長の声はなんだか気だるそうな声で、その声はきっと。


「え…。寝てました?こんな時間に?私に仕事を任せて?そんな事ある?!」

名前すら名乗らず、私は苛立ちを隠さず手に持っていたボールペンを親指でカチカチカチカチ。

「なんだ、甘味か。うわ、もうこんな時間。久しぶりによく寝たわ」

電話口にまで響く大あくびに、私の苛立ちもピークだ。

「気持ちよさそうに"よく寝たわ~。"じゃないわよ!桑原様めっちゃ大変だったんですよ!あーなるって分かってたんならきちんと引き継ぎして下さい!」

「いや、言おうと思ったらお前が電話を切ったからさ。まぁでも、お前なら大丈夫そうかなって。ごめんごめん」

軽い謝罪に更に苛立つ。
コイツは煽りの天才なのかと、わざと聞こえる様にため息をつく。

「あのさぁ?!ごめん×2じゃないわよ!4日後の配達なのにまだ在庫の確認も出来てないし、買った30点全部包装してくれって言ってるんですよ?!これを今から私が1人でするんですか?!」

「それは大丈夫だから置いといて。後は自分でやるから。明日は俺、特にお客様入ってないし」

「分かりました。私の仕事にならないなら大丈夫です」

コレさえ聞ければ安心だ。
明日になって、いくら泣きついてこようが喚こうが、もう私の知った事ではない。

「おう!ありがとな。やっぱお前に頼んで良かったよ。マジで今度奢るから。どっか、、」

「結構です」

一言吐き捨て、私はガチャリと電話を切った。

そして、ボールペンと一緒に持っていたアイツの携帯番号が書いてあるメモ紙を、憎しみを込め近くにあったシュレッダーへと送り込んだ。
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