願えば初恋

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◇距離感◇

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砂東くんとは、たった1年間一緒のクラスになっただけだけど、その1年の殆どを一緒にいたような気がする。

高校受験を控えた私達4人は、日曜日も夏休みも暇さえあればエアコンがついて快適な健一くんの部屋に集まり勉強をしていた。

でも、その勉強会も初めのうちだけで、毎回私は勉強に飽きた砂東くんにちょっかいを出され。


「ねぇねぇ甘味、これ誰だか分かる?」

手に握っているシャーペンで、私が広げているノートの片隅に落書きを始める砂東くん。

多分、社会の先生の似顔絵を描いているんだろうけど、それを答えるのすら面倒くさい。

「勉強せんなら、いい加減そのシャーペン返してよね。」

「お前のシャーペンで勉強しても何のご利益もなさそうやもんね。」

「はぁ?そんな事言うなら彩花に借りたらいーやん!」

砂東くんが眺めている私のお気に入りのシャーペンをサッと奪い取る。

「おい!返せよ!まだ使うっちゃけん!」

「あっ!ちょっ、?!もぉー!!文句しか言わん癖して!!」

また私から取り上げたペンで、勉強に戻る砂東くん。でもそれすらも長続きせずに、ペンの取り合いから10分しか経ってない今だって、机の前にすら居ない。

「なぁ、甘味。」

当時から、このフレーズから始まる砂東くんの会話は大体ロクな事がなかった。

だから、無意味にデカイ声で呼ばれても断固無視!

「なぁ、甘味って!お前絶対聞こえとるやろ?!無視すんなって!甘味!あーまーみ!」

「あーもう!しつこいなー!見て分からんの!私、勉強しよるやん!」

「そんなんいいけんさ。ちょっとこっちに来てって。」

砂東くんは健一くんのベットに寄っ掛かり、漫画片手に私に手招きする。

その顔は既にニヤケていて、悪い予感しかしないから、当たり前の如く拒否するけど。

「お前の好きなお菓子を買ってきたけん、一緒に食おうと思ったのになぁ~。」

その手には確かに私の好きなポテトのお菓子袋がある。

「え、本当に?」

そんな事でホイホイと簡単に釣られる、15歳の可愛くていたいけな私。だけど、あの砂東くんがお菓子をくれるだけで私を呼ぶ訳がなく。

「甘味、これ見ろよ。」

砂東くんの隣で、貰ったお菓子をすでに食べている私の目の前にガバッ!と広げられる、ヒーローとヒロインのキスシーンが載っている漫画の1ページ。

「……で、これが何?」

このページだけ見せられても意味不明。
なんで私をわざわざ隣に呼んでまで、この場面を見せたかったのか。

きっと、恥ずかしがる私を見たかったんだろうけど。

ゴメン、砂東くん。
そのご期待には私は添えない。

私は軽蔑した視線を送る。


「甘味。お前さ、キスってした事ある?」

私は、砂東くんの事を理解したいと思った事がない。

それは、こんな風に私の予想の斜め上を平気で言える奴の事なんか理解した所で、私には何の得にもならないから。

「そんな事アンタなんかに教えるわけないやろ!!」

「顔真っ赤!意外とかわいい所あるやん。なぁ、甘味。なんなら俺がお前のファーストキスの相手になってやっ、、、」


最後まで言わせるまでもなかろう。

くだらない戯言を言う砂東くんの顔面めがけ、至近距離で思いっきり投げつけた健一くんの枕は見事にクリーンヒット。

「鼻血出るやろ!この馬鹿力!」

「はぁ?!鼻血ぐらいじゃ済ませんし!その無駄に高い鼻の骨をへし折ってやる!」

「はーい!!二人ともストップ!!!」

健一くんは大きく手を広げ、私達2人の間に割って入る。

「だってさー、健一くん!砂東くんが気持ち悪い事言うっちゃもん!」

「確かに今のはヤバかったな!聞いてる俺もハラハラしたもんな!彩花もそう思ったやろ?」

「確かに今のはドキドキしちゃったよ。少女漫画の展開だったね!」

「二人ともそう思うなら、早く助けてよねー!」




そう言えば砂東フロア長は、あの頃から変な戯言を言っていた。

それなら、昨日突然抱き締められた事も、青春じみたあの時間も理解は出来る。


コイツは!

ただ単に!

そういう奴なんだ!

本当、迷惑な奴。

脳みそにじっくり再認識させる。



「平岡。参考までに聞くけど、今日の目標はどれぐらいで計画してるんだ?」

「えーと、ギリ100万はいきたいっすね。」

「はぁ?無難すぎる数字だな。大型の冷蔵庫3台売ったら終わんじゃん。お前の今日の予算は150万で報告しとくからな。」

「えー!砂東フロア長!そんなの無理っすよ~!」

「お前なら大丈夫だって!これでも少なく見積もってだぞ。次、松本さんはどれくらいいけますか?」

「んー、30万くらいかな~。」

「またまたー、そんな訳ないじゃないですか??エアコンの見込みはないって言いましたけど、松本さんも60はいけるでしょ?」

「砂東フロア長は厳しいね~。仕方ない。老体に鞭打って頑張るか!」

「ククッ。お願いしますね。それから…。」

でも、なんらかんら、こういう真面目な話しをしている時は本当にフロア長なんだなと思う。

「甘味。………お前は160万な!」

「何でよ?!いくらなんでも高すぎでしょ?!私の予算が一番高いっておかしいですよね?!」

「フフッ。ボケっとしてるから、てっきり聞いてないと思ったんだけどな。それじゃあ甘味は、俺のフォローもしてもらってるから80万でいいぞ。」

「それでも80万なんっすね!砂東フロア長、マジ鬼っすね~!」

「そっか?なら、平岡。甘味の分の80万をお前にツケとくからな。しっかり頑張れよ!」

「いや、いや、いや、いや!無茶すぎっすよ!ツケとか言うレベルじゃないっす!甘味さん、やっぱ80万プラスでお願いします!」

「お前の方が鬼だろ!甘味ちゃんの分もしっかり頑張ってやれよ~。」

「えー!松本さんまで酷いっすよー!」

「それじゃあ、平岡は230万っと。」

しっかり自分のバインダーにメモする砂東フロア長。それを見て焦る平岡くんを見て、みんなは笑っていて。

その笑い声の中心にいる砂東フロア長の姿を見て、皆んなに釣られて私の顔もほころび。

ここに来てまだ1週間なのに、砂東フロア長はあの頃にはなかった愛想の良さで、もうすっかりお店に馴染み、皆の和にすんなり入り込んだ。

接客も丁寧だし、商品知識もあるし売上もいい。

本社にいたはずの砂東フロア長が、何故こんなにも接客慣れしているのか疑問は残ったままだが、きっと見えない所で努力しているんだろう。

性格に問題はありすぎるが、仕事の面では砂東フロア長を上司として認めてやってもいいかな。

あくまでも私は上から目線。


「それでは今日も一日よろしくお願いします!」

『お願いしまーす!』

そして私達は皆、それぞれの持ち場へ散らばっていった。
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