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閑話 追放
地獄
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追放。
王国の司法機関が罪を犯した個人に対して行う処罰の一つだ。国外に連れ出し、門番に追放者の情報を共有して二度と入らせない様にする、死刑の次に重い刑だ。
ギルドからの追放だとその意味は少し変わってくるが、大体は同じだ。ギルドカードを失効または没収してギルド内に二度と入れないようにブラックリストに載せる。事実上失業だが、王国の追放に比べれば、国内に入れるし別業職種に再就職も可能だからまだ軽い方だ。
だが、商人ギルドの追放はその2つよりも更に重い意味を持っていたようだ。
「くそ…まさかここまで手が早いとは…」
ギルド寮を追い出され、商人ギルドの商人と取引できなくなる、その程度の事は覚悟していた。だが、まさか町の宿屋すら追い出される事になるとは…。
だが、宿屋でトリスキンの厳しい冬の夜を明かすことはできたのはまだ幸運な法だ。
パン屋でパンが買えず、馬車乗り場では馬車に乗れず、銀行では預金を下ろせない。商人ギルドの信用情報が取引先の別ギルドの人間全員に共有されているのだ。商人ギルドは巨大な卸売りでもある。
新聞にも私がポワルで偽情報を用いてハイドスカスを売った事が報じられている…。出会う人間、すれ違う人間がみな私をドブネズミでも見るような目で見ている。まさに針の筵だ。
マスターの力を甘く見過ぎたようだ…。
持ち物の大半はカポルのカイエン隊の宿舎に置いてきてしまった。トリスキンやオラガ村に戻る転送の魔石も、いざという時の貯金も宿舎の中だ。今はカポルに向かう為に馬車に乗る金もないし、カポルにたどり着いたとしてもカイエン隊の宿舎に入る事はかなわないだろう。失ったも同然なのだ、なにもかも…。
今持っているのは財布に入っている僅かな現金と、くしゃくしゃに丸めたギルドの追放通知のみ…。何の役にも立たない。
「腹が減った…」
腹の虫がなる。
宿では朝食をとる前に追い出されて、どの店でも食べ物を買えない。そんなこんなでもう夕方だ。
金を持っていても誰も売ってくれない。市場にはこれだけ食料が並んでいるのに…。
箱詰めされた果実、山積みされた野菜、吊り下げられた肉、氷水に浸された魚。パン屋からは香ばしい小麦の香りが漂い、屋外に席が開かれたレストランではチーズをふんだんに使ったピザが振舞われている。
…いけない。水でも何でもいい、腹に何か入れなければ。
だが、水が豊富な日本とは違い、ここでは堀井戸の水にも値段が付けられている国だ。井戸それを商人が売っている以上は私には売ってくれない…。
生き地獄だ。この国の全員が自分を人間とみていない。しかし隣国まで歩いて1週間以上はかかるので、ここの国から出ていくことも叶わない。ここには健康で文化的な最低限度の生活を保障する憲法も存在しない。
誰にも助けられる事なくここで死ね、という事か。
国からも、他人からも、師匠からも見放されて、独りで…。
…もう、ここで窃盗でもして牢に入った方が良いのでは無いだろうか。牢の中でなら多少の食事はでる。寝床も用意される。少なくとも、周囲の人間の痛い視線を浴びながら惨めに飢え死ぬ事になるよりかは…。
…。
「ちょっと…!」
無意識に伸ばした左腕が何者かに掴まれて、我を取り戻す。目の前には箱詰めされた真っ赤な果実。それに指先が触れる直前だった。…もしかして、私は今、市場から食べ物を盗もうとしていたのか…?
「気をしっかり…!」
…聞き馴染みのある声だ。それと、足元で俺に向かって吠えている犬がいる…?
ゾッド…?ゾッドなのか?いや、でもオラガ村の自宅に置いてきたはず…それがなぜここに?
恐る恐る馴染みのある声の主へと視線を移していく。左腕を掴むその手の主は…。
「…キセラ?」
「ヤミー…大変な事になってるみたいね」
短いながらも緑の黒髪を持ち、その小柄な身にまとった衣服から香る懐かしい森の匂い。間違いない、オラガ村の昔馴染み、キセラだ。
「キセラ、どうしてここに…?」
「ワシの所に知らせがあったんだ。それで大急ぎで飛んできた」
「バレット村長…!」
キセラの後ろに立っていた太った大柄の壮年男性は、オラガ村の村長バレットだ。彼もトリスキンに来ていたのか。
「オラガとトリスキンを往復する際に、君の家の納屋にある転移魔法陣を使わせてもらったよ」
村長はそう言うと、市場の売り子に声をかけ私が手を付けようとした果実を買って私に渡した。
「これを食べなさい。オラガを救った君が私腹を肥やすために人を騙したなど考えられん。一先ず私の止まっている宿に来なさい。そこで話を聞こう」
「大丈夫、私たちは何があってもヤミーの味方よ」
幼馴染と村長から差し伸べられる救いの手を見て、思わず涙を流しそうになる。
どうやら、私はまだこの世界の全員から見放されたわけではなかったようだ。
王国の司法機関が罪を犯した個人に対して行う処罰の一つだ。国外に連れ出し、門番に追放者の情報を共有して二度と入らせない様にする、死刑の次に重い刑だ。
ギルドからの追放だとその意味は少し変わってくるが、大体は同じだ。ギルドカードを失効または没収してギルド内に二度と入れないようにブラックリストに載せる。事実上失業だが、王国の追放に比べれば、国内に入れるし別業職種に再就職も可能だからまだ軽い方だ。
だが、商人ギルドの追放はその2つよりも更に重い意味を持っていたようだ。
「くそ…まさかここまで手が早いとは…」
ギルド寮を追い出され、商人ギルドの商人と取引できなくなる、その程度の事は覚悟していた。だが、まさか町の宿屋すら追い出される事になるとは…。
だが、宿屋でトリスキンの厳しい冬の夜を明かすことはできたのはまだ幸運な法だ。
パン屋でパンが買えず、馬車乗り場では馬車に乗れず、銀行では預金を下ろせない。商人ギルドの信用情報が取引先の別ギルドの人間全員に共有されているのだ。商人ギルドは巨大な卸売りでもある。
新聞にも私がポワルで偽情報を用いてハイドスカスを売った事が報じられている…。出会う人間、すれ違う人間がみな私をドブネズミでも見るような目で見ている。まさに針の筵だ。
マスターの力を甘く見過ぎたようだ…。
持ち物の大半はカポルのカイエン隊の宿舎に置いてきてしまった。トリスキンやオラガ村に戻る転送の魔石も、いざという時の貯金も宿舎の中だ。今はカポルに向かう為に馬車に乗る金もないし、カポルにたどり着いたとしてもカイエン隊の宿舎に入る事はかなわないだろう。失ったも同然なのだ、なにもかも…。
今持っているのは財布に入っている僅かな現金と、くしゃくしゃに丸めたギルドの追放通知のみ…。何の役にも立たない。
「腹が減った…」
腹の虫がなる。
宿では朝食をとる前に追い出されて、どの店でも食べ物を買えない。そんなこんなでもう夕方だ。
金を持っていても誰も売ってくれない。市場にはこれだけ食料が並んでいるのに…。
箱詰めされた果実、山積みされた野菜、吊り下げられた肉、氷水に浸された魚。パン屋からは香ばしい小麦の香りが漂い、屋外に席が開かれたレストランではチーズをふんだんに使ったピザが振舞われている。
…いけない。水でも何でもいい、腹に何か入れなければ。
だが、水が豊富な日本とは違い、ここでは堀井戸の水にも値段が付けられている国だ。井戸それを商人が売っている以上は私には売ってくれない…。
生き地獄だ。この国の全員が自分を人間とみていない。しかし隣国まで歩いて1週間以上はかかるので、ここの国から出ていくことも叶わない。ここには健康で文化的な最低限度の生活を保障する憲法も存在しない。
誰にも助けられる事なくここで死ね、という事か。
国からも、他人からも、師匠からも見放されて、独りで…。
…もう、ここで窃盗でもして牢に入った方が良いのでは無いだろうか。牢の中でなら多少の食事はでる。寝床も用意される。少なくとも、周囲の人間の痛い視線を浴びながら惨めに飢え死ぬ事になるよりかは…。
…。
「ちょっと…!」
無意識に伸ばした左腕が何者かに掴まれて、我を取り戻す。目の前には箱詰めされた真っ赤な果実。それに指先が触れる直前だった。…もしかして、私は今、市場から食べ物を盗もうとしていたのか…?
「気をしっかり…!」
…聞き馴染みのある声だ。それと、足元で俺に向かって吠えている犬がいる…?
ゾッド…?ゾッドなのか?いや、でもオラガ村の自宅に置いてきたはず…それがなぜここに?
恐る恐る馴染みのある声の主へと視線を移していく。左腕を掴むその手の主は…。
「…キセラ?」
「ヤミー…大変な事になってるみたいね」
短いながらも緑の黒髪を持ち、その小柄な身にまとった衣服から香る懐かしい森の匂い。間違いない、オラガ村の昔馴染み、キセラだ。
「キセラ、どうしてここに…?」
「ワシの所に知らせがあったんだ。それで大急ぎで飛んできた」
「バレット村長…!」
キセラの後ろに立っていた太った大柄の壮年男性は、オラガ村の村長バレットだ。彼もトリスキンに来ていたのか。
「オラガとトリスキンを往復する際に、君の家の納屋にある転移魔法陣を使わせてもらったよ」
村長はそう言うと、市場の売り子に声をかけ私が手を付けようとした果実を買って私に渡した。
「これを食べなさい。オラガを救った君が私腹を肥やすために人を騙したなど考えられん。一先ず私の止まっている宿に来なさい。そこで話を聞こう」
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