魔法使いのトパーズ

左野くらげ

文字の大きさ
上 下
4 / 5
第一章

4話:黒い翅

しおりを挟む
ほんの少しの糸を手繰り寄せたような情報だったが、黒い翅の妖精を見つけられたら話が聞けるかもしれない。けれど、その可能性は低い。
「明日もう一度森に行ってみるかな」
 これ以上過去の書物を探しても何も出て来ないだろうと思っている。歴代達が残した書物は、何度も何度も目を通している。シエルに至っては、トパーズの何倍も生きているのだからそれ以上の数を読み直している。
『ですが妖精は気まぐれです。その姿をいつ見せてくれるのか分りませんよ』
 シエルの言葉に、トパーズはコクンと頷く。彼の言う通り、妖精は気まぐれだし気分によっては知りたい事を教えてくれるしその逆も然り。悪戯をしてくることもある。
「そうだけど、魔法使いには割と心を開いてくれている気はするよ……?」
 ほとんどの人間に妖精は見えない。ほんの一握りの勘の鋭い人間には見るだろうけど、それでも一瞬の煌めきを知る程度だ。
 魔法使いは人間とは違い、多くの魔力を持っている。その身に宿す魔力に寄って来る妖精もいて、今日出会った妖精達はトパーズに好意的だった。
「どんなに低い可能性だとしても、今の手掛かりは黒い翅の妖精しかいないよ」
『では、私もお供致しましょう。東の奥の森には確かに行き慣れていますが、最奥にはほとんど近寄りませんから。先代達も数えるくらいしか行っていません』
「そうなの? うん、分かった。僕もシエルがいてくれた方が心強いよ」
 ニコリと微笑むと、シエルも目を細めて笑みを返した。
「後は12番目からの返事が来ればいいんだけど……」
 ヒュルン、と窓の隙間から一枚の手紙が滑り込んでくる。ふわふわとトパーズの眼前で上下に揺れている。
『おや、噂をすればなんとやら』
「良いタイミングだね」
 手紙を掴むと急いで封を開けて、中身を取り出した。
「…………やっぱり!」
 手紙の内容を読んでトパーズは声を上げた。
『あちらも……?』
「うん。体調を崩した民達の手足が黒化しているって。症状としては、風邪に似た熱や咳、喉の痛み。そこから体の痺れ、重いものは意識障害が起きている……。ルイズくんは熱だったね。僕達が行った時は寝込んでいたけど、意識障害も視野に入れた方が良いかもしれない」
『12番目の魔法使い様は他に何と?』
 一瞬ルイズの症状を思い返したが、シエルの声に手元に視線を戻した。
「えーっと、黒化した手足は氷のように冷たい。現状、黒化を和らげる薬はない……から作っているけど完成には程遠いって。熱や咳、痺れを改善する薬を投薬しているそうだね」
 それでは根本的な解決は出来ない。けれど、新薬を開発するのはとても難しいし、何より『黒化』なんてきっとどの魔法使いも初めての症状だろう。
 トパーズの11番目の街にも見られた症状だったから12番目に相談出来たが、初めて『黒化』が現れた12番目は大変だっただろう。
『この『黒化』は感染していくものだとしたら、やはり『黒化』の原因を突き止めなければいけませんね』
「そうだね。今のところ11番目ではルイズくん一人しか確認は出来てないけど、12番目のように広がってしまっては大変だ」
 さて、どうしたものか。
 ルイズの『黒化』を早く治療しなければならないし、その原因かもしれない『黒いモヤ』を知る『黒い翅の妖精』を見つけなければならない。うーむ、と考え込んだトパーズだったが、よしと頷いて顔を上げる。
「やっぱり今から森に行こう!」
『え、何ですって?』
 足元にいるシエルがぎょっとした顔でトパーズを見上げている。目をまん丸くして驚いているシエルに、トパーズはもう一度言った。
「今から東の森の最奥に行くよ。早く『黒い翅の妖精』を見つけよう!」
『…………はぁ。貴方という魔法使いは、本当に。はぁ~~』
 深い溜息を吐いたシエルだったが、今代のトパーズが頑固なのを知っている。止めても無駄だと分かっているからこそ、心の底から深いため息が出たのだろう。
「まだ日は落ちてないからさ、大丈夫だよ」
『一体何が大丈夫だと言うんでしょうねぇ、本当にもう……。言っても無駄でしょうから止めませんけど、良いですか? 日が落ちるまでですよ! 後三時間ほどで日が落ちます。それ以降は絶対に駄目です!』
 床を蹴って机に乗ったかと思うと、更にもう一蹴りしてトパーズの肩に飛び乗った。猫の重みが両肩に乗ると、小さな顔が鼻先に迫って念を押す。思わず寄り目になった。
「わ、分かったよ。でも、僕はそんなに子供じゃないよ? 何より魔法使いだからね? 魔法使えるからね?」
『子供だろうが大人だろうが貴方はすぐに先走って後でぴーぴー泣くんですから! これくらい念を押してもどうせ後で泣くんですよ! 私には分ります』
 シエルの小さい額がコツンとトパーズの眉間に迫る。ふわふわの猫の毛がくすぐったい。
「ちょ、いつの話をしてるんだよ! そんなの、十歳くらいの話でしょ!」
『いいえ、貴方はつい最近まで隅でめそめそ泣いてましたよ!』
「あーもう! 三時間ね!? それ以上は森に留まらないよ!」
 親同前でもあるシエルの昔話にさすがに恥ずかしくなったトパーズは、これ以上泣き虫語りをされたくないと思いシエルの言いつけを守る事にした。どちらにしても、深い森に長くとどまる気はなかった。
「シエルが心配性なのは良く分かった。でも、そもそも僕達は民達が掛かるような病気にはならないって知ってるでしょ? 魔法使いは人だけど人間じゃないんだからさ」
『そんな事は知っていますよ。けれど、それでも心配するのが親というものなんですよ! 私はトパーズの使い魔ですが、貴方の親のような存在なんですから』
 そう言われて、シエルとのやりとりがまるで親子の言い合いのようであると改めて思った。まぁ、間違いではないけれど。苦笑いを浮かべたが、直ぐに笑みを引っ込める。
「それじゃ、行こうか。何としても『黒い翅の妖精』を見つけるんだ」
 トパーズの言葉にコクンと頷くと、玄関に向かうその背中を追った。早足で階段を下って東の森へと急ぐ。今日に限っては時間がないし、少しも無駄に出来ないと考えると気持ちが焦った。
『ご主人様、焦ってもいい事はありませんよ』
「う、うん」
 ご主人様と呼ばれて、いつもその呼び方に違和感があったがそのままにしている。親同前ではあっても、彼はあくまで使い魔という枠から出ないようにしているのかもしれない。魔法使いと使い魔、その関係は対等ではない。
 分ってるけどなぁ……。
 寂しい、という感情を今は腹の奥底に押し込めた。子供のような感情をいつまでも抱いていては、やらなければならない事が優先出来ないような気がした。
 チラリと東の森までの道のりの中、民達の様子を窺ったが特に変わった様子は見れなかった。見た限りでは『黒化』は広がっていないようだった。
 広がる前に阻止しなければ。
 眼前に、東の森の入口が見える。真っ直ぐにその中に入り歩を進めた。木々の間から少し傾いた陽射しがきらきらと差し込んで、優しい空気が漂っている。穏やかな午後、といった森の中を進んで行く。
「さっき来た時と変わりはないね」
『この辺りはそうでしょうね』
 辺りに視線を向けながら進むが、妖精の姿は見えなかった。思った通り気まぐれな様子だ。それを分かっているので、そのまま最深部を目指して行った。
 森の中腹当たりだろうか。少しずつ木々の密集度が増していて、視界を遮られる。手で垂れ落ちている枝や蔦を避けながら進んだ。
『あれ? 魔法使いだ』
『あれれ? 本当だ』
『どうしたの? 魔法使いさん』
 頭上から声が降って来たので、二人は足を止めて視線を泳がせる。すると、三人の妖精が翅を揺らして降りて来た。
「やぁ、皆。こんにちは」
『おや、こんにちは』
 先程出会った妖精とは違う子がトパーズの眼前に舞い降りた。煌めく翅を揺らして、楽しそうにトパーズの周りを飛んでいる。そして足元のシエルの鼻先をツンと触ってまた舞い上がる。
『こんにちは、魔法使いさん』
『こんにちは、猫さん』
『何か探し物?』
 三人は、興味深げにトパーズの髪に触れたり肩に乗ったりしている。せっかく興味を引けたのだからと思い、トパーズは妖精達に語り掛けた。
「あのね、君達は『黒いモヤ』を見た事ある?」
『黒いモヤ?』
『黒いモヤモヤ』
『黒いモヤ、知ってるよ』
「え、本当?」
 あまりにもあっさり答えてくれた事に、トパーズもシエルも驚いた。気まぐれな妖精は、質問にも気まぐれで返答する。どうやらさっき出会った妖精達も目の前にいる子達も、トパーズに素直に答えてくれた。
『今まではなかったよ』
『最近見たよ』
『あのモヤは危ないよ』
「やっぱりあのモヤが原因……」
『あの黒いモヤは私達を消すよ』
 頭の上に降りた妖精が、ぽつりとそう言った。
「消す?」
『私達は消えたらまた生まれるよ。でもあの黒いのに触ったら生きられない』
『生命は巡るよ。でもあのモヤはそれを早めるよ』
『あの子はもう消えちゃうね』
 まるで気にしていない、という声音で妖精達は話している。妖精は、生まれては消えて、消えては生まれてくる。
「……もしかして、その子の翅は黒く染まってしまったの?」
『そうなの、真っ黒になっちゃった』
『真っ黒で可哀相』
『もう長くは飛べないよ』
「その子に、会えるかな……?」
 黒いモヤが妖精の寿命を奪っているような話に、トパーズは急がなければならないと思った。お喋りが好きな妖精だけど、人間達のようにたくさん話せるわけではない。全ての妖精がそうではないが、今周りにいる小さな妖精達の知能はそう高くない。子供のようだ、とトパーズは思っている。
『あの子はどこにいるかな?』
『あっちにいたかな?』
『奥の泉にいるよ』
 肩に座っていた一人がふわりと舞い上がると、奥の泉の方を指差した。
『あっちだよ』
『あっちだね』
『大丈夫だよ』
「え?」
 大丈夫、とは何だろうとトパーズは思わずそう言った妖精を振り返る。
『優しい魔法使いさん。私達はまた生まれるよ』
『そうだよ』
『生まれるよ』
 何が言いたいのか、それが言葉ではなかったが理解出来た。返事の代わりにトパーズは頷いた。
「皆、教えてくれてありがとう。これはお礼だよ」
 花に蜜を絡めて固めた甘いお菓子を、掌に乗せて妖精達に見せた。それを喜んで受け取った三人は、嬉しそうに笑いながらまた姿を消した。
「シエル、泉に行ってみよう」
『えぇ』
 黒い翅の妖精はまだ居るだろうか。もう消えてしまういという話は自分達が考えているより、ずっと早いだろう。一刻も早くその妖精を見つけなければならない。トパーズの足は、焦る気持ちがそのまま乗った様に急いでいた。
 妖精の一人が示した『あっち』の奥の泉は、東の森の中腹を過ぎたその先にあった。ひっそりとしたその泉は、妖精や野生動物の一時の癒しの場だった。
 どうかまだそこにいてくれ、と心の底から願った。
 水の匂いがして、もうすぐ件の泉があると分かった。急ぎたい気持ちを一旦静めて、ゆっくり泉に近付いた。木々の間から泉の周辺を窺うと、視線の先に黒い煌めきが揺れた。
「……いた」
 足元に視線を向けると、シエルはコクンと頷く。それに頷き返して、トパーズは妖精が逃げてしまわないよう気を付けながら慎重に歩いた。
 視線の先の黒が力なく舞い上がったと思えば、そのままふらりと落ちていく。ぽちゃん、と泉に落ちた音がして、トパーズは慌てて妖精に駆け寄った。
「大丈夫……?」
 浅い所に落ちた妖精は体の半分が泉に浸かっていたが、ただ静かにその身が揺られているといった様子だった。溺れてはいないと分かって、トパーズは安堵した。
「妖精さん、大丈夫かい?」
 もう一度声を掛けると、眠りから目が覚めたかのように瞼をぱちぱち開く。それからトパーズの顔に焦点を合わせた。
『…………魔法使いさん』
「うん、こんにちは。僕はトパーズ、こっちは使い魔のシエルだよ」
『わたくし、シエルとお申します。こんにちは』
 ゆっくり瞬きをして目の前の魔法使いと使い魔を見つめた。その瞳は少し虚ろで、もうあまり時間は残されていない事を悟らせる。
『こんにちは……』
「起き上がれる?」
 未だ泉に半身が浸かっているので、起き上がれる力がこの妖精に残っているかを聞いてみる。もし無理なら手を貸そうかと思った。けれど、それを望んでいないかもしれない。
 妖精は、生まれては消えて、消えては生まれる。その巡る命に、何者の介入があってはならない。
『泉で浄化出来ないかなって思ったの……。でも、足りないみたい』
「……そう」
 小さな手が、トパーズに向いた。その差し向けられた手が、とても儚く悲しみを帯びている様に見える。泉に掌を静かに入れると、そのまま妖精を掬い上げた。背中の翅は、真っ黒に染まっていた。
「痛みはあるの?」
『……痛くはないよ。でも、ずっと痺れてるの。だから、上手く、飛べない』
 トパーズの掌の中に納まるように、妖精はその身を丸くして寝転んだ。これから深い眠りにつくように見える。
「どうして、その翅は黒くなってしまったの?」
『…………あのね、森のずっと奥で遊んでたら……、黒い、モヤがあって』
「うん……」
『初めて、見たから……モヤを、触ったの。あのモヤに、触ったら……ダメだよ。命が、吸われちゃうから』
 泉の水に濡れた黒い翅が、小さく震えている。
「そのモヤは、一体何だか分かる?」
 命が吸われてしまう『黒いモヤ』とは一体何なのか。
『あのモヤは、ね……苦しくて、辛いって言ってるよ。誰かを、恨んでるよ。僕達には、すごく、毒だよ』
 苦しくて、辛い? 誰かを恨んでいるって……。
『触ったら、ダメなんだよ。だって、浄化、出来ない』
 この泉は、妖精達にとって憩いの場でもあり癒しの場でもあったのだろう。悪い気に当たってしまったら、この泉に浸かって浄化していたようだった。けれど、この『黒化』は泉の癒しが効かなかった。だから、どんどんその命が奪われていった。
『魔法、使いさん。モヤが、広がっちゃう……。お願い、止めて。僕達が、皆……消えちゃう。人間も、消えちゃう』
 パキ、ピキ……。
「え、」
 黒い翅が、小さな音を立ててひび割れていく。
『…………悲しい気持ちだったけど、それが、この翅みたいに……真っ黒な気持ちに、なったんだよ』
 薄氷が割れていくみたいに、その翅に亀裂が走っていくのをトパーズはただ黙って見ているしかなかった。
 あぁ、僕にこの妖精は救えない……。翅が、どんどんひび割れいく。
『誰にも、届かない。ひとりぼっちの悲しい、気持ちが、真っ黒に……なったんだよ』
「そう、なんだね」
 トパーズの声が揺れた。それに気が付いたのか、妖精は力なく視線をほんの少し持ち上げる。
『大丈夫、だよ。僕達は、また、生まれる。僕は、消えちゃうけど、また僕が、生まれるよ』
「うん……。君を、君が生まれるのを、僕は待ってるよ」
『うん、ありがとう。待ってて、ね』
 パキン――、
 ふわりと微笑んだ瞬間、その翅は粉々に砕かれて風に乗って舞い上がる。サラサラと流れて消えると、掌に寝転んでいた妖精の体は水に溶けるように消えていった。ポタリ、とトパーズから一滴の涙が跡形もなくなった掌に落ちた。
『……ご主人様』
「うん…………。あの子はまた、どこかで生まれたね」
 何も残らなかった掌をぎゅっと握り締めて、生まれたであろう新たな妖精の安寧を祈るように目を閉じた。一片の願いを込めると、最後の命をくれた妖精の言葉を反芻する。
「シエルはどう思う? あの『黒いモヤ』は命を奪うもので、誰かを恨む気持ちだって言ってたけど」
『まるで、呪いの様ですね。けれど、妖精が感じ取ったものは【寂しい】や【悲しい】といった気持ちみたいですが』
「ひとりぼっちの気持ちから生まれた【呪い】が『黒いモヤ』になって現れた……」
 その気持ちの持ち主は、誰だ?
 本当に【呪い】なのだろうか。もしそうだとして、一体誰がどこからそれを作り出しているのだろうか。
「人から作り出されている……としても、東の森の最奥からでしょ? この森の最深部に、一体誰がいるっていうんだ」
 11番目の街を管理しているのは魔法使いであるトパーズだ。トパーズを支えてくれる使い魔だっている。細かい事は調べなければいけないが、民達の事は把握している。あそこの夫婦に子供が出来た、あちらの老爺がもう長くない、そういった事情は全て知っている。
「僕達が知らない誰かがいるなんて、そんな事は考えられないよ。だって、各街には『壁』があるんだから」
 それぞれの魔法使いによって張られている『壁』は、他街からの不用意な侵入を拒む為のものであり、人物の特定にも役立っている。例えば、子供が行方不明だと知らせを受ければ探す事が出来る。
『そうですね。誰も『壁』の感知には引っ掛かっていませんね』
 妖精の言葉を疑う事はしない。あの子の言葉に嘘はなかったし、曖昧な事を言ったとしても彼らは嘘を吐かない。トパーズ達を振り回そうなんて気持ちは、一時も感じなかった。
「……まだ時間はあるよね。このまま最深部まで行こう」
 妖精の忠告を守りながら、この眼で『黒いモヤ』を確認したかった。未知の菌なのか、呪いなのか。病原菌であれば治療薬を作れるけど、何らかの気持ちから生まれた【呪い】ならば話は違う。
 でも、この世に本当に【呪い】なんてあるのかな……?
 祈りは確かにある。回復を願う祈りはトパーズも良くするし、そもそも魔力に祈りや願いを込めている。そう考えて、そうか、と思い付いた。
「祈りの反対の気持ちがあるんだ」
 魔法使いは、善の祈りで全てを願う。その為の存在なのだし、民達を導く為の魔法使いだ。そこに悪意があってはならない。
「…………根本的に僕達とは違うんだ」
『魔法使いは悪であってはいけません。それ故に、そういった考えが初めからありません。神がそう定められましたからね』
「うん、だから【呪い】なんてものを僕は知らないんだ。歴代の文献に載っていたけど、良く分からなかったし」
『私も話には聞いた、というくらいですね。それを残した歴代も、その考えに至ったという感じでした』
「うーん……。ただの病の菌と思いたいな」
 人を苦しめる【呪い】という呪術の存在だけしか知らないトパーズは、『黒化』が何らかの菌から発生する病気であって欲しいと思った。そうでなければどうしていいのか分からない。
 僕が知っている魔法ではどうしようもない……。
「ねぇ、シエル。新たな魔法を作るしかないのかな」
『新たな魔法、ですか……』
 全ての魔法使いは治癒の魔法を持っているし、治癒がもっとも必要である。その街ごとに伝わる魔法もあれば、周知して欲しいと知らせが飛んで来る事もある。そんな中で新たな魔法を作るのは、
『先代のトパーズでさえ困難でしたが……』
 今代にその力があるのだろうか、とシエルは思ったようだった。今代は、まだ若い。歴代達と比べて、圧倒的に経験が足りない。
「……難しいよね、解ってるよ」
 それでも、自分はこの街の魔法使いなのだ。トパーズはやらねばならない、とその腹の奥に小さな火が灯るのを感じた。
しおりを挟む

処理中です...