鬼アクマの小川くんと猫とイヌのわたし

やまの龍

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第1話 鬼アクマ

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小川くんとわたし。


学園祭の会計委員を押し付けられた。それがきっかけ。

眼鏡の奥の目が鋭くて、話しかけにくい雰囲気の男の子。男子同士で話してる時は笑顔を見せてるけど、それ以外ではいつもムッツリしてる。つまらなそう。そんなイメージだった。

委員会でも睨みを利かせている。彼が議長としてその場に現れた途端、シンと場が静まったのが印象的だった。

「では、今から議会を始めます。昨日メールで送信しておいた文書には既に目を通して貰っていることと思いますが、その上で、先週挙げられていた課題について先生方から追加の質問と対策についてのアドバイスが提示されてきたので発表します」

 低い声で淀みなく流れる進行。手馴れてるなぁとぼんやり眺めていたら、彼がチラと目を流して小さく咳払いした。後ろの方でコソコソ喋っていた男子たちがピタッと黙った。
それを確かめて小川くんはまた喋り出す。

——怖っ。

小川くんとわたしは同じクラスだけど話したことは多分ない。あ、グループワークの時に一回くらいかな。すごく賢そうな顔をしてるけど、成績は中の上くらい。部活には入ってなくて、何ていうか暗い感じの人。でもスポーツは出来るらしい。それに何気に先生や男子たちからは信頼されてるようで、委員会の議長を務めていた。細いフレームの眼鏡をかけていて、ちょっとクールな出来る人って感じ。将来は公務員とか似合いそう。

「お前、何でバスケ部入んなかったんだよ。あんなに動けんのに」

体育の後に男子が彼に話しかけてるのが聞こえた。
「だって汗かきたくないから」


そう言いながら、タオルで汗を拭っている彼。

ヘンな人。男子とは話してる姿を見るけど、女子と会話をしてる所は見たことがない。結構いい声してるんだけど、いかんせん雰囲気が怖すぎる。


だけど。

「お、スゲー可愛い」

昼休み、華やいだ低い声に顔を上げる。

「いや、これはヤバイっしょ。可愛い過ぎる」


クククと肩を揺らして全開のスマイルを見せているのは、その怖い彼。眼鏡の奥でいつも鋭く光ってた切れ長の目は、今は優しく細められ、意外に長い睫毛に隠されて彼を少し幼く見せている。少し張った頬は緩く持ち上がり、白い歯が溢れ見えてる。

——え?笑ってる。それも、笑うと意外に可愛い。

初めて見た彼の笑顔はムチャクチャ優しげで蕩けそうに甘かった。

 笑顔の彼から目が離せなくなる。

「これはヤバ過ぎだよな」


いやいや、ヤバイのはあなたの笑顔です。何、それ。議長してる時の小川くんと180度違うじゃん。


 恋に落ちた音がした。


——でも、何を見てるんだろ?

可愛いって言ってた。アイドルかな。彼がいつも仲よさげに喋っている高田君は坂道アイドルが好き。そして今、隣で一緒にスマホの画面を覗き込んでる橋本くんはお天気お姉さんのファン。ということは彼も?

どういうタイプの子が好きなんだろ?目が大きくて髪がサラサラロングの清楚な子かな。それとも彼みたいに少しクールな美人さん?でも議会での彼を見てると、女子なんかってバカにしてるようにも見えるから、一体、何を可愛いと思って見つめてるのか全く想像がつかない。

——気になる。

でも話しかける勇気はない。


でもでも、気になるったら気になる。

「何見てるの?」

気軽にそう聞けたらいいんだけど、わたしはそんなキャラじゃない。

そぉっと立ち上がり、荷物を取りに行くフリをして教室の後ろのロッカーに向かう。ロッカーの中からポーチを取り出し、そーっと遠回りしながら席へと戻る。でも、男子に囲まれてる彼の手の中の画面は全く見えない。

「これさぁ、後ろからそっと近付いて両脇持ち上げて連れて帰っちゃいたいよな。だって、この丸いお腹とかぺたんとした胸とか、ちっちゃな手とか、マジヤバくね?」

議長を務めてる時の彼のクールな声とは全く違う、熱を帯びた声が、なんかヤバイくらいに色っぽいんですけど。

でも。

——丸いお腹に胸に小さな手って、まさか小川くんってロリコン?いや、そういう趣味の人がいるのは知ってるけど。見てるだけなら別にいいけど、いや、それもちょっとショックはショックだけど、それは一旦置いといて。
でも、もし本当に攫っちゃったら



「それは本当にヤバイよ。幼女誘拐なんて捕まるよ。人生終わっちゃうよ。ニュースになっちゃって学園祭も出来ないよ」

途端、空気が止まった。

——しまった。声出しちゃった。

直後、クラスの男子たちに爆笑される。

「おい、小川。お前、人生終わるってよ」


「はぁ?」

小川くんがこちらを鋭く睨む。

——怖いっ。

小川くんは眼鏡の縁をそっと指で持ち上げると、眺めてたスマホの画面を此方に向けた。

「本当に攫うわけないじゃん。可哀想だろ?」

そこに写ってたのは、丸いお腹を丸出しにして伸びてる可愛い仔猫の写真だった。

 確かに可愛い。それもムチャクチャ。

「勝手に人を犯罪者にすんなよ」

ギロリと睨まれる。

「あ、ごめんなさい。ちょっと勘違いしちゃって」

「はぁ?」

また睨まれるけど、もうこわくなかった。そうか、猫か。ニマニマしてしまう。

「わかるよ。このくらいのサイズの子って確かに攫って食べたくなっちゃうよね」

手乗りサイズの仔猫は、スイーツより断然甘い。

「だよな。このお腹とか柔らかそうでヤバイよな」

「うん、うん。うちの子たちもこのサイズだった時、よく私食べてたもん」
「へぇ。頭から?シッポから?」

聞かれて、うーんと考える。

「頭から!」

 低い声と声が重なった。

「何、お前ら鯛焼きの話してんの?」

 誰かの声が聞こえたけど、小川くんとわたしは黙って顔を見合わせて笑った。

 怖い議長さんの可愛い一面。それを見てから、わたしの生活は猫だらけ。家に帰るなり、飼い猫のみーやを追いかけ回して激写。でも、もう老猫に足を引っ掛けてるみーやは寝てばかり。おまけにみーやは黒猫。黒猫ってイラストだと可愛いく描けるんだけど、写真は難しい。だって目を閉じちゃったら、ただの真っ黒なかたまり。目を開けてても、背景によってどうしてもくすんで沈んじゃう。

「ね、みーや。お願いだからこの上でピンと背筋伸ばして座ってよ」

可愛い赤いクッションの上に無理に乗せて懇願するけど、みーやはフンとそっぽを向いてトコトコ行ってしまう。

「あーん、いけずぅ」

ま、猫はそういう所がいいんだけどね。

「ねぇねぇ、頼むから一枚くらい撮らせてよー」

追いかけ回してたら弟の智也にボソッと言われた。

「姉ちゃんてさー、絶対カレシ出来ないよな」

聞き捨てならない言葉に、今度は弟を追いかける。

「だって、ホラ。しつこいんだもん。ぜったい嫌われるって」

「えっ、そうなの?私、しつこい?」

智也は黙って頷いた。その横を見たら、お母さんも頷いてる。



「うちではみーやって猫を飼ってるけどさ、姉ちゃんは本当は犬タイプだよな。朝とか早起きだし、勇んで散歩にいくほうが向いてるんじゃん?カレシ作るなら同じ犬タイプにしときな。猫タイプだと、あっという間に砂かけられてバイバイだよ」

「私はトイレじゃない!」

 怒鳴ったら、智也はニシシと笑って逃げて行ってしまった。

犬タイプかぁ。でも小川くんは猫タイプだろうな。猫が好きだし、何よりあの睨みっぷりと豹変ぶりは猫だ。

でも、わたしだって猫を飼ってるんだもん。猫タイプにだってなれる筈。うん、多分。

ところで、猫タイプってどんなの?

 自由でワガママでちょっと小悪魔的なイメージ?

小さくて細身でしなやかな感じ?

うーん。

小さいと言えば、わたしは背は平均より低い。でも、細身ではなくフツー。というより、胸よりお腹が気になるというか。

あ、でも小川くん、丸いお腹が可愛いって言ってた。

喜んでから、ズーンと落ち込む。

——それは子猫の話じゃん。人として、いや乙女として、お腹か丸いってどーなのよ。


わたしは一人ツッコミをしながら放課後の議会へ向かった。

——ま、いいや。猫好き同士、また話せるチャンスがあるかもしれないものね。

そう、猫話という取っ掛かりを見つけたのだ。最大限活かさねば。

「そういうわけで、この事案に関しては、各委員で話し合って、来週までに対策案を提示してください。こちらは大至急です。来週の審議に間に合わない場合には提案を却下とさせてもらう可能性があること伝えておきます。各委員で逆算して取り急ぎ意見をまとめて下さい」

流れる進行を耳にしながらふと思う。こんなビシバシな小川くんも猫とお話する時は猫語を使ったりするんだろうか?

「おい、そろそろ雨が降るニャ。急いでねぐらに帰るんだニャ。でニャイとヒゲがフニャフニャになってしまうゾ」

なぁんてね。

プププ。やぁだ!

想像して思わずニマニマしてしまったわたしの耳に

——カツカツカツ。

なんか硬い音。

ハッと顔を上げたら、小川くんが此方を睨んでいた。



「会計、今の予算審議について、綺麗に文書化したものを今日中に委員会メンバーのグループ宛にメッセージしてください」

会計?あ、わたしだ。

「はい!」

慌てて返事をして立ち上がる。でも、それから言われたことを反芻して青ざめる。

——しまった、議会の内容ちゃんと聞いてなかったのに。

どうしよう?

隣の席に座ってた同じクラスの子に、どんな話をしていたのか聞いてみる。でも首を横に振られた。

「ごめん。眠くてメモ出来てない。書記の子に聞いてみたら?」

そうだ。書記の子に聞けばいいんだ。

えーと、書記は誰だっけ?

と辺りを見回してまた青ざめる。もう帰っちゃってるっぽい。慌てて外に出て、らしき子の姿を探すけど、書記は他学年の子。個人的な連絡先は知らない。どーしよー?

と、部屋の奥にいた小川くんとバチッ目が合った。

——怖い。



一瞬目を逸らしかけて、踏みとどまった。考えようによってはこれは大チャンス。

よし、行こう!


小走りに駆けて小川くんの前でぴょこんと頭を下げる。

「ごめんなさい!」

先ず謝る。

「あの、私、会計の森です。ちょっとぼんやりしてて、予算審議の話をちゃんと聞けてませんでした」

少し沈黙があった後に、うん、と言われた。

「知ってる」

「え?」

「聞いてないって顔してた」



「え。じゃあわたしが聞いてないのわかっててあんな司令を出したワケ?」

小川くんは薄く笑った。

「ああ、そうかもね」


「ひどっ!鬼!悪魔!」

思わず叫ぶ。でもクールに返された。


「聞いてないのが悪いんじゃないかな」

そりゃそうだけど。

小川くんはサドだ。猫好きだから仲間かと思ったけど、違うんだ。あーあ、どーしよ。

「はい、これ」

ピラリと目の前に示される一枚のメモ。

「それ読んで、会計としてどう対処するべきかの方針を熟考して今日の23時までに俺にメッセージ送って」

メモにはビッシリと今日の議題について書かれていた。

「わ、いいの?」
「俺、もう頭に入ってるから」

——はい?

この人、もしかして自信家?ま、いいや。とにかく助かった。でも。

「23時まで?」

「そ、23時」
「何で?今夜中じゃなかったの?」

今夜中なら明日の朝、登校するまで粘れると思ったのに。

「いや、俺が23時に寝るから」
我儘っ!

言いたかったけど、仕方なく黙って頷く。だって逆らったら後がまた怖そうだし。

「あ。それ、流し書きだから、もし読めなかったら個人宛にメッセージして。グループだと面倒だから」

はぁと相槌を打ってメモに目を落とす。細かくて小ちゃな字。これを読んで、予算と照らし合わせて熟考しろって?それも23時までに文書化?

やっぱりサドだ。

どうしよう?

でもメモをくれた。

わたしはスマホの時計を確かめた。まだ16時。今日は塾のない日。待ち受けのみーやがチェシャ猫みたいにニシシと笑ってる。うん、やるしかないか。

その日、課題があるからと早々に部屋に逃げ込み、PCに向かう。

「よし、こんなもんかな?」

時間は22時半。送信しようとして指が止まる。作成したファイルを添付しようとフォルダを開いて、ふと目に留まったみーやフォルダ。その中の仔猫の時のみーや写真を選択し、Wordファイルに貼り付ける。それからメッセージタイトルを
「食べちゃダメニャ」として小川くん宛に送信ボタンをカチッ。

——あ、フザケたらマズかったかな、とチラと思ったけど、送信しちゃったものは仕方ない。

わたしは部屋の中を片付けて明日の準備を整え、パジャマに着替えた。

「あー、疲れた。明日提出の課題はなかったよね」

念の為、とメールを確認する。

と、なんか返事が来てるっぽい。小川くんからだ。

んん?

「食えない」ってタイトル。



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