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第一章 人のためのまじないし
第1話 媛
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「やいやい、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい! 当たるも八卦_、当たらぬも八卦! 木花咲耶媛の恋占い、
恋まじないが今年も鎌倉にやって来たよ!」
——シャン!
一際高い鈴の音。鎌倉の人で賑わう辻を旅の一座が席巻した。おがたまの鈴に龍の笛、鼓がしきりに鳴らされる中を一人の少女が進み出る。青白く透ける薄い比礼を肩に纏ったその少女は、古代を思わせるゆったりとした茶褐色の上着の下に、青を交えた縦縞模様の裾が広がった裳をはいていた。
ケン、パ、ケン、パ。
少女は裸足のつま先を高々と蹴り上げ、片足、両足交互に大地を踏みしめて進む。陰陽師が呪術の時に行う歩行法、反閇だ。上半身を大きくくねらせ、あたかも龍の如くうねりながら辻の中央まで進むと、そこで片足でつま先立ちし、クルクルと器用に螺旋の渦を巻いて止まった。辺りから歓声が沸き起こる。特に女衆の興奮がひどい。
「木花咲耶媛の恋占いはよく当たるんですって」
「前回はお札が品切れして手に入らなかったの。今度こそは良縁を願うわ」
「裏に住んでるお婆さんが言ってたよ。熊野の御守りを受けたら、嫁にすぐ子が授かったってさ」
老いも若きも武家も庶民も海女も関係なく、一様に興奮して鼻息を荒くする女達。それらをぐるりと見回すのは、男衆に担がれた輿に乗る老女。
「恋の成就も縁切りも、子授け、姥捨て、虫封じ。歯痛にいぼ取り、何でもござれ。男衆には立身出世、呪い返しに勝負運。天下無双の富士の霊山、木花咲耶媛のまじないを受けたいものは由比の浦までお運びあれ。この夏の一月、日にニ十人限りだよ。早く来なけりゃ年明けまでのお預け、あとの祭りさ。覚悟しな!」
威勢の良い口上に、いよいよ熱を帯びる辻の中央、小柄な少女は素知らぬ顔で天を大きく仰ぐ。手と手の甲を合わせ、天の逆手をパンパンと打った。それからニィと大きく口の端を上げると、おがたまの鈴を振り振り、紅い唇を開いて歌い出した。
やあ、天白御前の遊びをば
やあ、雲をわけて遊ぶなり
やあ、星の次第の神なれば
やあ、月の輪にこそ舞い給え
やあ、紫の八重雲わけて下り給う
やあ、天白御前に遊び参らん
オオルリの囀るような美しい声。軽々と跳躍しながらの舞に、青白い比礼が蝶のように羽ばたく。
「お伊勢さまで唄われる霊験あらたかな神楽歌だよ! 五穀豊穣、天下泰平、いよいよ栄える鎌倉殿の御代に謹んでお慶び申し上げる!」
そこで口上は鶴岡若宮と御所の方角に向かって大きく頭を下げた。それからゆっくりと顔を上げ、輿の上に仁王立つ。手にした籠より次々と品を取り出した。紐がかけられた木片、赤い実を頭に見立てて串を刺した人形、山の姿が描かれた巻物。石に骨片、榊の葉。
「このお諏訪様の御柱を削った護符は百個限りのお値打ちもの。この梛の実を使って作った人形護りは、有り難くも熊野様の縁起物さ。三輪の御山の絵姿は、飾ればたちまち開運招福。鹿島様の要石は地震や火事、津波の災厄を避けてくれるよ。天神様の牛の角を良人に渡せば立身出世は間違い無し! さあ、どれもこれもこの一月限り、数も限りありの有り難い御守りさ。ご加護に授かりたい者は寄っといで!」
居並ぶ女達は歓声を上げ、我れ先にと輿に駆け寄った。籠に向かって次々と手を伸ばす。だが、それらの鼻先で老女はぴしゃりと言い切った。
「うちは貨幣しか扱わないよ! ご神物が欲しけりゃ、どっかで金を工面して来な! 今や天下の中核、鎌倉の都だ。手に入らない物なんてないだろう?」
その辻の熱狂を少し離れた所から呆れ顔で見る二人の武士があった。一人は背が高く明るい色の直垂を小綺麗に着こなした二十歳前後の青年。もう一人は小柄で地味な色の直垂を着た目の鋭い少年。
背の高い方の青年が大きな口をひん曲げて、背の低い少年を振り返る。
「おい、幸氏。聞いたか? お伊勢様にお諏訪様に熊野様に鹿島様だとよ。何でもありじゃねぇか。さぁさらほうさらだな」
『ささらほうさら』とは、信濃のお国言葉でいう所の『滅茶苦茶』という意味である。二人は信濃国の武士の一族だった。背の高い方が望月三郎重隆。望月の牧という広大な馬場を所有した豪族の三男。背の低い方が海野小太郎幸氏。望月とは縁戚にあたる海野家の若き当主。
時は文治三年(一一八七年)、葉月。永き平安の世が終わりを告げ、平家は遠く壇ノ浦の海に沈み、源頼朝が鎌倉を大いに発展させ始めた頃。望月重隆も海野幸氏も、共に武士として鎌倉にいたものの、まだ御家人とは認めて貰えずにいた。
というのも、重隆の父も兄も、幸氏の父も兄も、源頼朝と敵対した木曾義仲の侍大将だったからである。だが何故二人が生きているかと言えば、それはひとえに源頼朝の一の姫、大姫のおかげであった。
「どれもこれも偽物だろ。それより早く行かないと姫の機嫌が悪くなる」
幸氏は御所の方を見遣る。その幸氏に一瞥をくれると重隆はフンと顔を背けた。
「どうせ俺はお呼びじゃねえよ。また今度顔を出すと姫によろしく伝えといてくれ」
「御所に行かずにお前はどうするんだ?」
「由比の浦に行く。あのそらっこき共がお諏訪様の名を騙るのが気に喰わねえからな」
諏訪大社は信濃の大事な神であり、望月家も海野家もその氏子、諏訪神党の筆頭だった。
「たかだか芸人のそらっことだ。放っとけよ」
「余計なお世話」
幸氏の忠告にヒラヒラと手だけ振り、重隆は若宮に背を向け大路の脇をブラブラと三の鳥居を目指して歩いた。ここ数年で急激に人口の増えた鎌倉の町は、常にどこかで家屋を建てる槌の音が鳴り響き、人や馬が多く行き交い、年中祭りのようにごった返している。重隆が育った信濃の山の静寂とは真逆の世界。ここに重隆は四年前に人質として来た。木曾義仲の嫡男・義高の供として。
恋まじないが今年も鎌倉にやって来たよ!」
——シャン!
一際高い鈴の音。鎌倉の人で賑わう辻を旅の一座が席巻した。おがたまの鈴に龍の笛、鼓がしきりに鳴らされる中を一人の少女が進み出る。青白く透ける薄い比礼を肩に纏ったその少女は、古代を思わせるゆったりとした茶褐色の上着の下に、青を交えた縦縞模様の裾が広がった裳をはいていた。
ケン、パ、ケン、パ。
少女は裸足のつま先を高々と蹴り上げ、片足、両足交互に大地を踏みしめて進む。陰陽師が呪術の時に行う歩行法、反閇だ。上半身を大きくくねらせ、あたかも龍の如くうねりながら辻の中央まで進むと、そこで片足でつま先立ちし、クルクルと器用に螺旋の渦を巻いて止まった。辺りから歓声が沸き起こる。特に女衆の興奮がひどい。
「木花咲耶媛の恋占いはよく当たるんですって」
「前回はお札が品切れして手に入らなかったの。今度こそは良縁を願うわ」
「裏に住んでるお婆さんが言ってたよ。熊野の御守りを受けたら、嫁にすぐ子が授かったってさ」
老いも若きも武家も庶民も海女も関係なく、一様に興奮して鼻息を荒くする女達。それらをぐるりと見回すのは、男衆に担がれた輿に乗る老女。
「恋の成就も縁切りも、子授け、姥捨て、虫封じ。歯痛にいぼ取り、何でもござれ。男衆には立身出世、呪い返しに勝負運。天下無双の富士の霊山、木花咲耶媛のまじないを受けたいものは由比の浦までお運びあれ。この夏の一月、日にニ十人限りだよ。早く来なけりゃ年明けまでのお預け、あとの祭りさ。覚悟しな!」
威勢の良い口上に、いよいよ熱を帯びる辻の中央、小柄な少女は素知らぬ顔で天を大きく仰ぐ。手と手の甲を合わせ、天の逆手をパンパンと打った。それからニィと大きく口の端を上げると、おがたまの鈴を振り振り、紅い唇を開いて歌い出した。
やあ、天白御前の遊びをば
やあ、雲をわけて遊ぶなり
やあ、星の次第の神なれば
やあ、月の輪にこそ舞い給え
やあ、紫の八重雲わけて下り給う
やあ、天白御前に遊び参らん
オオルリの囀るような美しい声。軽々と跳躍しながらの舞に、青白い比礼が蝶のように羽ばたく。
「お伊勢さまで唄われる霊験あらたかな神楽歌だよ! 五穀豊穣、天下泰平、いよいよ栄える鎌倉殿の御代に謹んでお慶び申し上げる!」
そこで口上は鶴岡若宮と御所の方角に向かって大きく頭を下げた。それからゆっくりと顔を上げ、輿の上に仁王立つ。手にした籠より次々と品を取り出した。紐がかけられた木片、赤い実を頭に見立てて串を刺した人形、山の姿が描かれた巻物。石に骨片、榊の葉。
「このお諏訪様の御柱を削った護符は百個限りのお値打ちもの。この梛の実を使って作った人形護りは、有り難くも熊野様の縁起物さ。三輪の御山の絵姿は、飾ればたちまち開運招福。鹿島様の要石は地震や火事、津波の災厄を避けてくれるよ。天神様の牛の角を良人に渡せば立身出世は間違い無し! さあ、どれもこれもこの一月限り、数も限りありの有り難い御守りさ。ご加護に授かりたい者は寄っといで!」
居並ぶ女達は歓声を上げ、我れ先にと輿に駆け寄った。籠に向かって次々と手を伸ばす。だが、それらの鼻先で老女はぴしゃりと言い切った。
「うちは貨幣しか扱わないよ! ご神物が欲しけりゃ、どっかで金を工面して来な! 今や天下の中核、鎌倉の都だ。手に入らない物なんてないだろう?」
その辻の熱狂を少し離れた所から呆れ顔で見る二人の武士があった。一人は背が高く明るい色の直垂を小綺麗に着こなした二十歳前後の青年。もう一人は小柄で地味な色の直垂を着た目の鋭い少年。
背の高い方の青年が大きな口をひん曲げて、背の低い少年を振り返る。
「おい、幸氏。聞いたか? お伊勢様にお諏訪様に熊野様に鹿島様だとよ。何でもありじゃねぇか。さぁさらほうさらだな」
『ささらほうさら』とは、信濃のお国言葉でいう所の『滅茶苦茶』という意味である。二人は信濃国の武士の一族だった。背の高い方が望月三郎重隆。望月の牧という広大な馬場を所有した豪族の三男。背の低い方が海野小太郎幸氏。望月とは縁戚にあたる海野家の若き当主。
時は文治三年(一一八七年)、葉月。永き平安の世が終わりを告げ、平家は遠く壇ノ浦の海に沈み、源頼朝が鎌倉を大いに発展させ始めた頃。望月重隆も海野幸氏も、共に武士として鎌倉にいたものの、まだ御家人とは認めて貰えずにいた。
というのも、重隆の父も兄も、幸氏の父も兄も、源頼朝と敵対した木曾義仲の侍大将だったからである。だが何故二人が生きているかと言えば、それはひとえに源頼朝の一の姫、大姫のおかげであった。
「どれもこれも偽物だろ。それより早く行かないと姫の機嫌が悪くなる」
幸氏は御所の方を見遣る。その幸氏に一瞥をくれると重隆はフンと顔を背けた。
「どうせ俺はお呼びじゃねえよ。また今度顔を出すと姫によろしく伝えといてくれ」
「御所に行かずにお前はどうするんだ?」
「由比の浦に行く。あのそらっこき共がお諏訪様の名を騙るのが気に喰わねえからな」
諏訪大社は信濃の大事な神であり、望月家も海野家もその氏子、諏訪神党の筆頭だった。
「たかだか芸人のそらっことだ。放っとけよ」
「余計なお世話」
幸氏の忠告にヒラヒラと手だけ振り、重隆は若宮に背を向け大路の脇をブラブラと三の鳥居を目指して歩いた。ここ数年で急激に人口の増えた鎌倉の町は、常にどこかで家屋を建てる槌の音が鳴り響き、人や馬が多く行き交い、年中祭りのようにごった返している。重隆が育った信濃の山の静寂とは真逆の世界。ここに重隆は四年前に人質として来た。木曾義仲の嫡男・義高の供として。
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