【完結】あなたの波を感じさせてー中将様とちじゅの夢恋物語

やまの龍

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第1章 鎌倉

第6話 毒

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「中将様、こちらがアヤメです」
また腕いっぱいに草花を抱えて小部屋へ入る。
「カキツバタは沼や水辺に咲きますが、アヤメは乾いた所が好きなので、植わっている所を見れば、アヤメかカキツバタかはすぐにわかりますよ。あと、花弁の中をご覧下さい。剣のように白い模様があるのがアヤメ。縞々になっているのがカキツバタなんです」
へぇ、と興味深そうに頷いた中将の君が、突然千寿の手首を掴む。
「血が出ているではないですか」
言われてみれば、確かに千寿の手の内側は、アヤメの尖った葉であちこち血がにじんでいた。
 中将の君は溜め息を吐いた。
「貴女という人は」
 言うなり、烏帽子を外して千寿の腕を引っ張ると、僅かに赤く滲んだ箇所へと口を付けた。ぬるりと生温かい唇と舌が、肘の内側、まだ白く、日焼けを知らない柔らかな部分をついばみ、舐めていくのが、くすぐったくてたまらない。千寿は腕を取り戻そうとするが、強い力で固定されていて、びくともしない。
「あ、あの、汚れますから」
 
「これは菖蒲の葉で切れた傷なのでしょう?ならば毒消しに丁度良い」
「毒?」
驚いた 千寿が問い返したら、中将の君は片方の口だけを持ち上げる自嘲的な笑みを見せて昏い目をした。
「私の心と身体は毒にむしばまれている。地獄の業火で灼かれるまで、この苦しみは絶えないでしょう」
 恐ろしげな言葉に千寿の手がぴくりと震えてしまう。中将の君はそれを可笑しそうに見遣ってから千寿の顔を覗き込んだ。
「お聞き及びなのでしょう?私が何をしたかを」
 千寿は首を横に振った。
「申し訳ありません。噂話に疎くて、ここ以外のことは何も存じ上げません。私が言われたのは、中将様のお世話をするということだけ」
  中将の君はじっとうかがうように千寿を見た後に、床の一点を鋭い目で見つめた。
「私は東大寺の大仏殿、興福寺を焼いたのです。初めは兵が立て籠もっていた僧坊だけを焼く筈だった。でも読みが甘かった。火はあっという間に燃え広がり、南都の大半を焼け野原に変えた」
 淡々とした声に、彼の苦しみの大きさが知れる。千寿はそっと立ち上がると部屋を後にした。

 翌日、湯の用意をする。
「中将様。今月は毒月なので、菖蒲湯に浸かって邪気を祓いましょう」
 菖蒲の茎を綺麗に束ねて縛ったものを沢山湯桶に入れて笑顔で言えば、中将の君は不思議そうな顔をした。
「毒月?」
「はい。雨の続く今時分は、物が傷みやすく気も落ち込むので、私の家では毒月と呼んでおりました。端午の節句も近いので、菖蒲湯に浸かり、よもぎ餅を食べて気を元に戻すのだと」

「ああ、端午の節句。もうそんな時期なのですね。薬玉くすだまを贈り合ったのが懐かしい」

「薬玉?」
問えば、中将の君は、ええと答えた。嬉しそうな、切なそうな優しげな顔。


 千寿は笑顔で黙ったまま頷くと、湯を汲んで中将の君の単の上から流しかけた。立ち込める湯気の中、菖蒲の茎の鮮やかな緑の輪が爽やかな香りを放つ。その香りが千寿の胸の奥をチクチクと刺して、千寿はそっと嘆息した。薬玉の交換。絵巻で見たことがある。男女で贈り合う様子が描かれていた。今、中将の君はきっとそのお相手のことを想っているのだろう。妻のある人。元より手の届かぬ人。肩に湯をかけ続けながら、千寿は中将の君の白い滑らかな首筋が薄桃色に染まってきたのを美しいと思いながら静かに見つめ続けた。


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