【完結】あなたの波を感じさせてー中将様とちじゅの夢恋物語

やまの龍

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第二章 いま

第21話 指

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 二人に送られて、樹里は家へ帰った。別れ際、衡さんがそっと耳打ちした。
「部屋に入ったら、あの写真の裏を見て、すぐにメッセージ送って。それ、俺の番号だから」

——いつの間に、と驚きつつ樹里は頷いた。


「ちじゅ、じゃあまた明日、学校でね」

明るく手を振るみやこちゃんに手を振り返す。明日は何のお菓子を持って行こうかな。そう思いながら部屋へと戻り、写真を取り出す。裏には流れるような綺麗な字で記されたケータイの番号とアドレス。言われた通りにメッセージを開いて文面を考える。

——どうしよう?

鎌倉でのことを思い出したと伝えるべきか、それともそれは、直接会って話すべきか。

悩んだ挙句、一文だけ送る。

「貴方をお慕いしています」


すると、あっという間に返事があった。

「土曜の午後1時半、君の家の斜め前の公園で」


諾の返事を打ち、ホッとして着替え始めた樹里のケータイがまた震える。

「当日は楽器を持ってくること。俺も笛を持って行くから」

——何で私が楽器を持ってることを知ってるんだろう。もしかして、みやこちゃんから聞いたのかな。

不思議に思いつつ、土曜の昼過ぎ、指示通りに外に出る。公園のベンチでは衡さんが待っていた。今日は白いパーカーにラフなジーンズ姿。紺に白のラインが入ったスニーカーが爽やかで、とても良く似合っている。衡さんは微笑んで胸元から笛を取り出した。
「昼間なら近所迷惑にならないかなと思って」

「どうして私が楽器持ってるってわかったんですか?」
「指にタコが出来てたから」

言われて、慌てて手を握る。固くて可愛げのない指だと思われちゃったかな。すると衡さんは笑った。
「隠さないでいいですよ。ちじゅの指は昔からそうだったでしょう?」

「でも今は、あの頃のようには長時間は奏でられてないのですが」
そう答えてからハッと気付く。

「あ、あの。昔って」
「千手の前と呼ばれていた時の記憶を取り戻したのですよね」
さらりと問われて樹里は素直に頷いた。
「メールではうまく伝えられそうになくて直接お会いした時にと思ったのですが、どうしてわかったんですか?」

すると衡さんは可笑しそうに笑った。
「今どき、『お慕いしています』なんてメールを送ってくる子がいますか」

そう言われるとそうかもしれない。でも、好きという言葉では足りない気がしたのだ。

衡さんは微笑んで樹里の手にしたケースに目を落とした。

「三味線ですか?」
「いいえ、三線です」

すると衡さんの目が大きく開かれた。
「三線?」
「はい、沖縄の楽器です」
「いや。それは知ってますが、何故三線?てっきり三味線かと」
「学校の先生が音楽の時間に教えてくれたのが最初の出逢いなのですが、その音に惹かれて自分でも欲しくなってお小遣いを貯めて買いました。祖母は三味線を勧めてきたのですが、三味線は猫の皮と聞いていたので抵抗があって」

すると衡さんは笑った。

「ちじゅはやはり猫ですね」
「え」
「千手猫と呼んで、からかったのは覚えてないのですか?」
「いえ、思い出してはいますけど」

でも、あれは——。

言い淀んだ樹里を取りなすように衡さんは笛を持ち上げた。

「では、お手合わせにまず一曲。『三線の花』でもゆきましょうか」

樹里は頷いて三線を取り上げた。


二人の音色はゆるゆると辺りの樹々を震わせ、風に乗って天へと昇る。

「三線は蛇の皮でしょう?蛇には抵抗はなかったんですか?」

「はい。触った感じも気に入りましたし、模様も綺麗なので」
「へぇ」
「それに、三線を教えてくれた先生が、爪や撥ではなく、親指で弦を弾いていたのが印象に残って。私も親指で弾けるようになりたいな、と練習してるんです」
「指で?」
「はい。指だと私はまだ速い曲は弾けなくてゆっくりになります。すると柔らかな音が出るんです。周りの子たちも喜んでくれて、撥で弾く時のように、弾かれることなく光に溶けるように素直に消えてくれるので、私も助かってます」
「周りの子?」
「その辺りに漂っている何かの気配です」
「え、それはもしかして」
「あ、はい。いわゆる浮遊してるモノと言いましょうか」

「その辺の霊ということですね?それは危ないのではないですか?
「 だって、中将様が仰ったではないですか。鎌倉に残り、琵琶を奏でて、天や地にいる私を救ってほしいと」

衡さんは苦い顔をした。
「確かにそう言いはしましたが、お人好しが過ぎませんか?悪いモノが取り憑いたらどうするんです」

「あ、その時はこれで」

樹里は黒い尖った爪をケースから取り出して見せた。
「水牛の爪です。これでちゃんと弾けば、大抵の気は飛ばされてくれます。それに、これもあるので」
にっこり笑って、ケータイについたホイッスルを見せる。
「笛?」
「ええ。月の女神様はお優しい方です。いつも護って下さいます」
首を傾げた衡さんに樹里は微笑んで見せた。
「月の女神がかけたのは、呪いではなく祈りだと私は信じています」

衡さんは目元を緩めた。


「貴女という人は本当に楽天的でお人好しですね。でも、貴女のそういう所に私は救われ、また惹かれてならない。昔も今も変わらず」

長い指が樹里の頰に伸びてくる。

「覚えていますか?貴女が猫だったらいいのに、と話したことを」

樹里は頷いた。でも、とても寂しそうだった。切なそうだった。そして、その後にきた別れ。結局、生きてる内には伝えられなかった自分の想い。それらを思い出して、樹里も切なくなる。


「猫ならば、ずっと側にいられると思いました。でも、人に生まれてくれて良かった。こうしてまた触れられる」

軽く頰を滑っていく長い指。それが、耳たぶを掠めて首筋に至る。
高鳴る胸の鼓動。でも、手はそっと離れていった。

「では次は、『島唄』を」
それから二人、何曲か合わせる。気付けば猫が何匹か集まって来ていた。

「お、猫がたくさん」
「この辺りはお散歩してる子が多いんです。飼い猫ちゃんもいますが、野良猫ちゃんもいます。でも野良の子も近所の人達で不妊手術の代金を出し合って公園猫として見守ってるんです」
「へぇ。いつか猫を飼いたいですね」
「ええ」
何気なく答えてから顔を上げる。
「え、いつか?」
「ええ。だって、樹里ちゃんはまだ高校生だから、あの時のようには、ずっと共にいられない。正直、歯痒い」
「衡さん」

「でも、今生ではゆっくりとゆきましょう。共白髪で三線と龍笛のコラボコンサートを開くのを目標にね」


「だから、とりあえずは普通のデートから。宜しいですか?」

問われて樹里は笑顔で頷いた。
「はい、喜んで」

「でもなぁ」


衡さんがふと呟いた。

「え?」

「やっぱり猫ならばいいのに」

そう言って、背を屈めると樹里の頰に軽く唇を当てた。

「今日はこれで我慢します」

「え」

「次はまた、口付けのやり方からお教えしましょうか」
「ま、衡さん!?」
「ちじゅ、顔が真っ赤ですよ。覚ましてから家にお戻りなさい。酒でも飲まされたかと疑われたら、いつか挨拶にゆく時に印象が悪くなる」

そう言って、衡さんは大きなストライドで去って行った。

「挨拶?」

——もしかして、結婚の?

ゆっくりと言いながら、全然ゆっくりじゃない。でも、樹里も同じ気持ちだった。

早く隣に——。


その日、樹里は珍しく三線ではなく、教科書を手に机に向かった。

ちゃんと高校を卒業して進路を定めて自分の足で立てるようになりたい。自信を持って貴方の前に立ちたい。
いつかまた言って貰えるように。

「素直でたおやかな一人の美しい女性です」

一分一秒、少しでも長く貴方のお側に居られるように——。



——了

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