2 / 5
第一章 周回勇者の異世界考察
しおりを挟む
鳴神隼人は都内の高校に通う学生である。
もう三年生、しかも最後の夏休み前だというのにも拘わらず、全くもって勉学に勤しまない彼は今日も授業を寝て過ごし、帰宅後に訪れる激戦に備えて睡眠を貯蓄して来た。
若者に有るまじき枯れた精神から来る面倒くさがり屋で、髪も黒髪のまま適当に伸ばし、後ろで適当にヘアゴムで止めている。太ってこそいないが中肉中背を絵に書いた体型で、運動部とも縁がない。
そんな彼が唯一の趣味としているのが―――。
「よっしゃよっしゃ、ダウンロード終わってる」
ゲームである。
割りと雑食で、ネトゲからソシャゲ、コンシューマー、はてまたアダルトゲームからTRPGやボードゲームととにかくゲームであれば何でも良いとばかりに飛び付いてきた。
今日も目についたゲームを登校前にダウンロードだけ指示しておいたのだ。そして学校でしっかり六時間は睡眠を取って、帰って来たので心ゆくまで遊び倒す所存だった。
「さぁてと、まずは飯食って………」
腹が減っては戦はできぬと言うし、まずは食事の準備をしようと台所へ向かったその時だった。
「―――あ?」
彼の足元に、紫色に輝く光の魔法陣が展開した。
「おいコラちょっと待て………!」
その理由とこれから起こる事象に対し彼は嘆く。
「またかよ………!」
●
「っ………!」
ふと気がつくと、鳴神は白い空間にいた。ともすれば上下左右すらあやふやになるような、霧のように霞みがかった白い空間だ。彼にとっては馴染みのある、よく知った場所であった。
「あ、目覚めましたか?」
振り返ると桃色の長髪の女性―――リフィールが鳴神を見つめていた。
「ここは………」
「ここは天界です。私は初級限定神のリフィール。貴方は私が呼び出して―――って、何処行くんですか!?」
そんな説明を無視して背を向ける鳴神に、リフィールは思わず声を大にして呼び止めた。しかし鳴神は胡乱げに振り返って。
「何って、帰るんだよ。取り敢えず爺さんぶん殴れば帰してくれるだろ」
「いきなりバイオレンス!?爺さんって誰ですか!?敬老精神は何処へ!?」
「最高管理神だよ。あの爺さん俺が殴ったぐらいじゃコリが取れていいってマッサージ感覚だから別に非道な行いじゃないだろ?」
「ヤバいこの人会話が成り立っているようで成り立ってない!」
「いやどうでもいいし」
「ちょ、ちょっと待って下さい!話を、話を聞いてください!」
適当に会話を切り上げてずんずん歩き始める鳴神にリフィールはしがみついてズルズル引きづられながら嘆願した。
「何だよもう。俺は帰ってゲームやりたいの。早くしてくんない?」
「な、何だろう。なんで私怒られてるんだろう。初級で限定だけど管理神なのに………」
そのお願いが通じたのか、鳴神は面倒くさそうに先を促したが、リフィールはどうにも釈然としないままであった。
「で、何?」
「え、えっと。コホン。実はですね。私が管理している世界の魔王が………」
「邪神化したので何度か世界救ってる帰還勇者に救ってくれとか言うならパス」
「な、なんで分かるんですか!?読心術!?」
驚愕するリフィールに、鳴神はそんなこったろうと思ったと嘆息すると。
「お前ら管理神がわざわざ帰還勇者を呼び出す理由なんかそれしかないだろうが。こちとら10回は異世界救ってるんだ。いい加減慣れるわ」
「慣れるんだ………」
「じゃ、そういうことで」
「ま、待って待って待ってー!行かないでー!私を捨てないでー!!」
しゅたっと手を上げて去ろうとする彼にリフィールは再度子泣き爺のごとくしがみついて引き止めた。
「人聞きの悪い事言うなよ。管理神ならちょっとは威厳のある所見せろって、な?」
「あ、意外に優しい?」
「頑張れ頑張れできるできる絶対できる頑張れもっとやれるってやれる気持ちの問題だ頑張れ頑張れそこだ!そこで諦めるな絶対に頑張れ積極的にポジティブに頑張る頑張る蟻ん子だって頑張ってるんだから!」
「あ、コレ応援するふりで適当にあしらってるヤツ」
「チッ」
「舌打ち!?この人神に舌打ちしましたよ!?」
「あー、もう何だよ。大体なんだよ、わざわざ俺じゃなくても他にも帰還勇者はいるだろう?」
「えっと、先輩からの紹介でして」
「先輩?」
鳴神は一瞬きょとんとした顔をしたが、何か思い当たる節でもあったのか顔をしかめた後で深く吐息して先を促した。
「で、何?」
「お話、聞いてくれるんですか?」
「聞くだけな」
「え、えっとですね!」
説得するにはここしかねぇ、とばかりにリフィールは事情をまくし立てた。
魔王が邪神化したこと。神としての権能を使って手を尽くしたがどうにもならなかったこと。最後の望みで先輩女神に話したら鳴神を紹介されたこと。鳴神ならば邪神を倒せると聞いたこと。
「成程。それで邪神を倒してほしいと」
「はい。それで」
「だが断る」
「何で!?」
「そりゃそうだろうが。それってつまり、お前の不手際だろ?毎回毎回思うが、部下でも何でも無い俺が何で尻拭いしなきゃならんのだ」
「そ、それはそうですけど………!そ、そうだ報酬!タダではないですよ!?豪華報酬が色々付きます!」
「例えば?」
「チートなスキルです!」
「自前のがあるからもういいよ」
「えっとえっと、世界救ったら王様になれるかも!?」
「為政者とか超面倒じゃん」
「お金持ちになって世界を買おう!」
「異世界にゲーム無いしなぁ………」
「世界救ったらモテモテでハーレムが………!」
「よしいいか?お前に説教すべきことが出来た。座れ」
「え?」
「座れ」
「あ、はい」
何だか急に威圧感が増して、リフィールはその場に座った。何故か正座で。
それを満足気に見た鳴神は、淡々と彼女に尋ねる。
「お前さ、異世界がさも良い所のように言うけれど、行ったことはあんの?」
「あ、ありますよ!社会科見学で!」
「因みに今回の世界の文明レベルは?」
「えっと、中世ぐらいで、貴方の世界で言うならヨーロッパぽくって………」
「暮らしたことある?」
「ない、ですけど………」
そうだよな神だから無いよな、と鳴神はうんうんと頷いた後でこう続けた。
「いいか?俺が暮らしている世界の文明レベルに慣れているとな、中世ヨーロッパぐらいの文明レベルはな、割と地獄だぞ」
「え?」
「何を先にしてもまず衛生面。マジで最悪。トイレなんぞ立ちション野糞が基本だし、トイレットペーパーなんて上等なモン無いから葉っぱやら藁やらでケツを拭く。水が貴重だから、その後手も洗えない」
「やだ下品」
「風呂だって入れない。贅沢品だからな。だから身体を濡れ布なんかで拭くのがデフォで、汚れは当然疲れも取れない。気候次第だが、多湿の所だとどいつもこいつも体臭がキツイ」
「それは………嫌ですね………」
「俺もな。最初の時は浮かれポンチになってたんだが」
「浮かれポンチ」
「そうだ浮かれポンチだ。よっしゃ異世界転生だー無双だーハーレムだーってさ。今から見たらバカジャネーノとぶん殴りたくなるが」
鳴神は遠い目をして語りだす。
最初の世界で、着の身着のまま草原に放り出された彼は託されたスキルを確かめた後、鼻歌を歌いながら第一現地人と出会う。
「野盗に襲われている美少女と出会ってな。運命的な出会いだよ。賊を退治してムフフな展開があるかなと夢と股間を膨らませて助けてみるとだな」
「セクハラ!セクハラですよ!?」
「うっせーバカ。俺がセクハラ野郎だって言うならお前は拉致事件実行者じゃねぇか」
痛烈なツッコミにリフィールは目を逸して口笛を吹いた。
周回勇者は大きくため息を付いて、かく語る。
「―――臭いんだよ。美少女が」
「えっと………?」
「風呂に入れなくてもな、人間の生命活動は止まらないわけだ。動けば汗をかくし、垢だってたまる。ましてその子、行商人でな。旅をしている最中だった訳だ。当然、そんな状況でそうそう身奇麗になんか出来るわけねーよな?」
「あー………」
つまり数日、あるいは一週間単位で水浴びすら出来なかったのかもしれない。
例え見てくれが美少女でも、異臭を放っていたら―――後は言わずもがなである。少なくとも、鳴神は特殊な性癖は持っていなかったのでそのスメルがご褒美とは思えなかったのだ。
「その時は偶々だ、と思ったんだ。だけど、な?」
行く先々の街や村、異世界の様々な文化に触れた鳴神はこう結論した。
「異世界人は日本人と衛生観念が乖離しすぎててちょっと………」
「か、環境を変えれば良いんですよ!知識チートです!」
「お前、俺の住んでる世界を見たことは?」
「ありますけど。何なら行ったことありますけど日本」
「世界中の衛生観念が最高水準で一律だと思う?」
「えっと………?」
「別に馬鹿にする訳じゃないけどな、日本を一歩でも外に出ると色々雑で汚いと実感するぞ。それを文化の違いだと受け入れられる度量があるなら良いが、俺は無いな。所詮引き籠もりの小物だから。だから海外旅行とかマジ勘弁。修学旅行で外国行ったが、もう二度と行きたくない。同じ世界でさえそれだ。異世界の環境を変えようと思えばそれこそ数十年掛かりになるだろう。俺は嫌だ。少なくともそんな根気無いし義理もないわ」
日本の衛生環境は世界でも有数である。
つまり、そこで生まれて育った鳴神にとって、それ以下の環境というのはとても耐え難いものだった。
「言っておくがコレはほんの一例だ。他にも道徳、言語、風習、慣例慣習に風土病―――諸々引っ括めたら、そりゃ今までの世界でいいやってなるだろうさ」
「夢!夢がないんですか!」
「その他でもない異世界に夢ぶっ壊されてきたんだが」
鳴神とて最初は異世界に夢を見ていたのだ。まるで自分が物語の主役になったようだと。しかし、現実というのはかくも厳しいものだった。
「他の勇者達はきっと、今までの人生に絶望してて、新しい環境で一新してやり直したいって思ったから居残ることを選んだんだろうが、少なくとも俺や他の帰還勇者は元々そんな絶望なんかしてなくて、暮らしにくい異世界よりは慣れた現代日本でいいやと思って帰った訳だ。自前のスキルもあるし」
今年高校3年生である鳴神がゲームにうつつを抜かしていられる理由がそれだ。
異世界を周回することによって身に着けた超常の異能であるスキルは、鳴神の世界でも使える。であるならば、それを使って一儲けすればいいだけで、実際に小銭稼ぎはしているのだ。
楽して食っていくだけの能力がすでにあるのならば、別に大学にまで行く必要性はないし、気楽なキャンパスライフをしたいなら真っ当に勉強しなくてもスキル使って受験すれば良い。
「で、既に何度も世界を救って、後はダラダラ余生を過ごすだけの勇者を引っ張り出して何をやらせようって?」
「そ、それは………」
事ここに至ってアレ?これは不味いのでは………?とリフィールは手持ちの札が無いことに気づいた。と言うか、こちらが提示できる条件のほぼ全てを相手は持っているのだから交渉の余地がない。
「やっぱりこうなったか。全く、しょうがないねぇ………」
手詰まった………!と脂汗をリフィールがだらだら流していると、彼女の後ろから先輩女神が現れた。
「げぇっ!クソ女神………!」
「せ、先輩!」
それに対する反応は2つ。
まるで関羽に慄く曹操のような声を上げる鳴神と、救いの女神のように崇めるリフィールだ。
「やぁ久しぶり隼人。また今回も頼むわね。ついでにアンタも行ってきな」
「え?」
「あ、こら待て!」
先輩女神は手早く挨拶すると、指を軽く振って魔法陣を展開。
「いってらっしゃーい!」
有無を言わさずに二人を異世界へと送り出した。
もう三年生、しかも最後の夏休み前だというのにも拘わらず、全くもって勉学に勤しまない彼は今日も授業を寝て過ごし、帰宅後に訪れる激戦に備えて睡眠を貯蓄して来た。
若者に有るまじき枯れた精神から来る面倒くさがり屋で、髪も黒髪のまま適当に伸ばし、後ろで適当にヘアゴムで止めている。太ってこそいないが中肉中背を絵に書いた体型で、運動部とも縁がない。
そんな彼が唯一の趣味としているのが―――。
「よっしゃよっしゃ、ダウンロード終わってる」
ゲームである。
割りと雑食で、ネトゲからソシャゲ、コンシューマー、はてまたアダルトゲームからTRPGやボードゲームととにかくゲームであれば何でも良いとばかりに飛び付いてきた。
今日も目についたゲームを登校前にダウンロードだけ指示しておいたのだ。そして学校でしっかり六時間は睡眠を取って、帰って来たので心ゆくまで遊び倒す所存だった。
「さぁてと、まずは飯食って………」
腹が減っては戦はできぬと言うし、まずは食事の準備をしようと台所へ向かったその時だった。
「―――あ?」
彼の足元に、紫色に輝く光の魔法陣が展開した。
「おいコラちょっと待て………!」
その理由とこれから起こる事象に対し彼は嘆く。
「またかよ………!」
●
「っ………!」
ふと気がつくと、鳴神は白い空間にいた。ともすれば上下左右すらあやふやになるような、霧のように霞みがかった白い空間だ。彼にとっては馴染みのある、よく知った場所であった。
「あ、目覚めましたか?」
振り返ると桃色の長髪の女性―――リフィールが鳴神を見つめていた。
「ここは………」
「ここは天界です。私は初級限定神のリフィール。貴方は私が呼び出して―――って、何処行くんですか!?」
そんな説明を無視して背を向ける鳴神に、リフィールは思わず声を大にして呼び止めた。しかし鳴神は胡乱げに振り返って。
「何って、帰るんだよ。取り敢えず爺さんぶん殴れば帰してくれるだろ」
「いきなりバイオレンス!?爺さんって誰ですか!?敬老精神は何処へ!?」
「最高管理神だよ。あの爺さん俺が殴ったぐらいじゃコリが取れていいってマッサージ感覚だから別に非道な行いじゃないだろ?」
「ヤバいこの人会話が成り立っているようで成り立ってない!」
「いやどうでもいいし」
「ちょ、ちょっと待って下さい!話を、話を聞いてください!」
適当に会話を切り上げてずんずん歩き始める鳴神にリフィールはしがみついてズルズル引きづられながら嘆願した。
「何だよもう。俺は帰ってゲームやりたいの。早くしてくんない?」
「な、何だろう。なんで私怒られてるんだろう。初級で限定だけど管理神なのに………」
そのお願いが通じたのか、鳴神は面倒くさそうに先を促したが、リフィールはどうにも釈然としないままであった。
「で、何?」
「え、えっと。コホン。実はですね。私が管理している世界の魔王が………」
「邪神化したので何度か世界救ってる帰還勇者に救ってくれとか言うならパス」
「な、なんで分かるんですか!?読心術!?」
驚愕するリフィールに、鳴神はそんなこったろうと思ったと嘆息すると。
「お前ら管理神がわざわざ帰還勇者を呼び出す理由なんかそれしかないだろうが。こちとら10回は異世界救ってるんだ。いい加減慣れるわ」
「慣れるんだ………」
「じゃ、そういうことで」
「ま、待って待って待ってー!行かないでー!私を捨てないでー!!」
しゅたっと手を上げて去ろうとする彼にリフィールは再度子泣き爺のごとくしがみついて引き止めた。
「人聞きの悪い事言うなよ。管理神ならちょっとは威厳のある所見せろって、な?」
「あ、意外に優しい?」
「頑張れ頑張れできるできる絶対できる頑張れもっとやれるってやれる気持ちの問題だ頑張れ頑張れそこだ!そこで諦めるな絶対に頑張れ積極的にポジティブに頑張る頑張る蟻ん子だって頑張ってるんだから!」
「あ、コレ応援するふりで適当にあしらってるヤツ」
「チッ」
「舌打ち!?この人神に舌打ちしましたよ!?」
「あー、もう何だよ。大体なんだよ、わざわざ俺じゃなくても他にも帰還勇者はいるだろう?」
「えっと、先輩からの紹介でして」
「先輩?」
鳴神は一瞬きょとんとした顔をしたが、何か思い当たる節でもあったのか顔をしかめた後で深く吐息して先を促した。
「で、何?」
「お話、聞いてくれるんですか?」
「聞くだけな」
「え、えっとですね!」
説得するにはここしかねぇ、とばかりにリフィールは事情をまくし立てた。
魔王が邪神化したこと。神としての権能を使って手を尽くしたがどうにもならなかったこと。最後の望みで先輩女神に話したら鳴神を紹介されたこと。鳴神ならば邪神を倒せると聞いたこと。
「成程。それで邪神を倒してほしいと」
「はい。それで」
「だが断る」
「何で!?」
「そりゃそうだろうが。それってつまり、お前の不手際だろ?毎回毎回思うが、部下でも何でも無い俺が何で尻拭いしなきゃならんのだ」
「そ、それはそうですけど………!そ、そうだ報酬!タダではないですよ!?豪華報酬が色々付きます!」
「例えば?」
「チートなスキルです!」
「自前のがあるからもういいよ」
「えっとえっと、世界救ったら王様になれるかも!?」
「為政者とか超面倒じゃん」
「お金持ちになって世界を買おう!」
「異世界にゲーム無いしなぁ………」
「世界救ったらモテモテでハーレムが………!」
「よしいいか?お前に説教すべきことが出来た。座れ」
「え?」
「座れ」
「あ、はい」
何だか急に威圧感が増して、リフィールはその場に座った。何故か正座で。
それを満足気に見た鳴神は、淡々と彼女に尋ねる。
「お前さ、異世界がさも良い所のように言うけれど、行ったことはあんの?」
「あ、ありますよ!社会科見学で!」
「因みに今回の世界の文明レベルは?」
「えっと、中世ぐらいで、貴方の世界で言うならヨーロッパぽくって………」
「暮らしたことある?」
「ない、ですけど………」
そうだよな神だから無いよな、と鳴神はうんうんと頷いた後でこう続けた。
「いいか?俺が暮らしている世界の文明レベルに慣れているとな、中世ヨーロッパぐらいの文明レベルはな、割と地獄だぞ」
「え?」
「何を先にしてもまず衛生面。マジで最悪。トイレなんぞ立ちション野糞が基本だし、トイレットペーパーなんて上等なモン無いから葉っぱやら藁やらでケツを拭く。水が貴重だから、その後手も洗えない」
「やだ下品」
「風呂だって入れない。贅沢品だからな。だから身体を濡れ布なんかで拭くのがデフォで、汚れは当然疲れも取れない。気候次第だが、多湿の所だとどいつもこいつも体臭がキツイ」
「それは………嫌ですね………」
「俺もな。最初の時は浮かれポンチになってたんだが」
「浮かれポンチ」
「そうだ浮かれポンチだ。よっしゃ異世界転生だー無双だーハーレムだーってさ。今から見たらバカジャネーノとぶん殴りたくなるが」
鳴神は遠い目をして語りだす。
最初の世界で、着の身着のまま草原に放り出された彼は託されたスキルを確かめた後、鼻歌を歌いながら第一現地人と出会う。
「野盗に襲われている美少女と出会ってな。運命的な出会いだよ。賊を退治してムフフな展開があるかなと夢と股間を膨らませて助けてみるとだな」
「セクハラ!セクハラですよ!?」
「うっせーバカ。俺がセクハラ野郎だって言うならお前は拉致事件実行者じゃねぇか」
痛烈なツッコミにリフィールは目を逸して口笛を吹いた。
周回勇者は大きくため息を付いて、かく語る。
「―――臭いんだよ。美少女が」
「えっと………?」
「風呂に入れなくてもな、人間の生命活動は止まらないわけだ。動けば汗をかくし、垢だってたまる。ましてその子、行商人でな。旅をしている最中だった訳だ。当然、そんな状況でそうそう身奇麗になんか出来るわけねーよな?」
「あー………」
つまり数日、あるいは一週間単位で水浴びすら出来なかったのかもしれない。
例え見てくれが美少女でも、異臭を放っていたら―――後は言わずもがなである。少なくとも、鳴神は特殊な性癖は持っていなかったのでそのスメルがご褒美とは思えなかったのだ。
「その時は偶々だ、と思ったんだ。だけど、な?」
行く先々の街や村、異世界の様々な文化に触れた鳴神はこう結論した。
「異世界人は日本人と衛生観念が乖離しすぎててちょっと………」
「か、環境を変えれば良いんですよ!知識チートです!」
「お前、俺の住んでる世界を見たことは?」
「ありますけど。何なら行ったことありますけど日本」
「世界中の衛生観念が最高水準で一律だと思う?」
「えっと………?」
「別に馬鹿にする訳じゃないけどな、日本を一歩でも外に出ると色々雑で汚いと実感するぞ。それを文化の違いだと受け入れられる度量があるなら良いが、俺は無いな。所詮引き籠もりの小物だから。だから海外旅行とかマジ勘弁。修学旅行で外国行ったが、もう二度と行きたくない。同じ世界でさえそれだ。異世界の環境を変えようと思えばそれこそ数十年掛かりになるだろう。俺は嫌だ。少なくともそんな根気無いし義理もないわ」
日本の衛生環境は世界でも有数である。
つまり、そこで生まれて育った鳴神にとって、それ以下の環境というのはとても耐え難いものだった。
「言っておくがコレはほんの一例だ。他にも道徳、言語、風習、慣例慣習に風土病―――諸々引っ括めたら、そりゃ今までの世界でいいやってなるだろうさ」
「夢!夢がないんですか!」
「その他でもない異世界に夢ぶっ壊されてきたんだが」
鳴神とて最初は異世界に夢を見ていたのだ。まるで自分が物語の主役になったようだと。しかし、現実というのはかくも厳しいものだった。
「他の勇者達はきっと、今までの人生に絶望してて、新しい環境で一新してやり直したいって思ったから居残ることを選んだんだろうが、少なくとも俺や他の帰還勇者は元々そんな絶望なんかしてなくて、暮らしにくい異世界よりは慣れた現代日本でいいやと思って帰った訳だ。自前のスキルもあるし」
今年高校3年生である鳴神がゲームにうつつを抜かしていられる理由がそれだ。
異世界を周回することによって身に着けた超常の異能であるスキルは、鳴神の世界でも使える。であるならば、それを使って一儲けすればいいだけで、実際に小銭稼ぎはしているのだ。
楽して食っていくだけの能力がすでにあるのならば、別に大学にまで行く必要性はないし、気楽なキャンパスライフをしたいなら真っ当に勉強しなくてもスキル使って受験すれば良い。
「で、既に何度も世界を救って、後はダラダラ余生を過ごすだけの勇者を引っ張り出して何をやらせようって?」
「そ、それは………」
事ここに至ってアレ?これは不味いのでは………?とリフィールは手持ちの札が無いことに気づいた。と言うか、こちらが提示できる条件のほぼ全てを相手は持っているのだから交渉の余地がない。
「やっぱりこうなったか。全く、しょうがないねぇ………」
手詰まった………!と脂汗をリフィールがだらだら流していると、彼女の後ろから先輩女神が現れた。
「げぇっ!クソ女神………!」
「せ、先輩!」
それに対する反応は2つ。
まるで関羽に慄く曹操のような声を上げる鳴神と、救いの女神のように崇めるリフィールだ。
「やぁ久しぶり隼人。また今回も頼むわね。ついでにアンタも行ってきな」
「え?」
「あ、こら待て!」
先輩女神は手早く挨拶すると、指を軽く振って魔法陣を展開。
「いってらっしゃーい!」
有無を言わさずに二人を異世界へと送り出した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました
黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。
彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。
戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。
現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと!
「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」
ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。
絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。
伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進!
迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る!
これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー!
美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。
人生、逆転できないことなんて何もない!
後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます
なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。
だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。
……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。
これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。
追放されたので田舎でスローライフするはずが、いつの間にか最強領主になっていた件
言諮 アイ
ファンタジー
「お前のような無能はいらない!」
──そう言われ、レオンは王都から盛大に追放された。
だが彼は思った。
「やった!最高のスローライフの始まりだ!!」
そして辺境の村に移住し、畑を耕し、温泉を掘り当て、牧場を開き、ついでに商売を始めたら……
気づけば村が巨大都市になっていた。
農業改革を進めたら周囲の貴族が土下座し、交易を始めたら王国経済をぶっ壊し、温泉を作ったら各国の王族が観光に押し寄せる。
「俺はただ、のんびり暮らしたいだけなんだが……?」
一方、レオンを追放した王国は、バカ王のせいで経済崩壊&敵国に占領寸前!
慌てて「レオン様、助けてください!!」と泣きついてくるが……
「ん? ちょっと待て。俺に無能って言ったの、どこのどいつだっけ?」
もはや世界最強の領主となったレオンは、
「好き勝手やった報い? しらんな」と華麗にスルーし、
今日ものんびり温泉につかるのだった。
ついでに「真の愛」まで手に入れて、レオンの楽園ライフは続く──!
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
英雄一家は国を去る【一話完結】
青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。
- - - - - - - - - - - - -
ただいま後日談の加筆を計画中です。
2025/06/22
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる