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第5章・それから
5-3 今は遠きリネント
「グレン様、手紙が届きましたよ」
「手紙?」
「ええ。レイラ様からです」
マシュの声に、俺は作業の手を止める。差し出されたのは、美しい紋様が入った封筒だった。
学園祭の一件以来、レイラ嬢から連絡が入ったのはこれが初めてのことだ。この世界には電話もメールもないから、気軽に連絡が取れないのは仕方ないんだけど……向こうのことも気になっていたので、ちょうど良いタイミングだ。
俺は封を剥がし、きっちりと折り畳まれた便箋を開く。
『ごきげんよう。調子はいかがかしら?』
文面の印象は、リネントで会ったレイラ嬢そのものという感じだ。
『こちらは特に変わりはないわ。ラズウェル家の屋敷も、リネントの街も相変わらず』
……また屋敷を抜け出してるのかな。
飛行魔法が得意ってことだから、窓から脱走していたりするんだろうか。レイラ嬢の屋敷の人々は、さぞ苦労していることだろう。
『それで今日は、ニコのことについて報告しておこうと思って』
その一文を見て、俺の肩にきゅっと力が入った。俺も気になっていた話だ。
説明によれば……ニコは機械を修理した後、レイラ嬢とともに学園の先生のところへ出頭したとのこと。エミリを誘拐したこと、また学園内に危険物を持ち込んだことが主な罪状だ。黙っていたとしてもオズが許さなかっただろうし、大人に裁いてもらうというのは妥当な判断な気がする。
とはいえ怪我人が出たわけでもないこと、劇自体も無事に上演できたことから、特に罰を与えられたわけではないようだ。
『……先生たちはむしろ、あの子の魔晶石の加工技術に興味津々だったわね。魔力はないから、生徒として迎え入れることは出来ないけれど……スタッフとして働いてみる気はないかって、オファーされていたわ。その実力を、リネントの小さな工房に閉じ込めておくのは勿体ないって』
「……マジ?」
思いがけない展開が起こっていたらしい。まあ確かに、あの歳で素早く正確な魔晶石の加工が出来るのは、かなりの実力だと思うけど。
ニコ自身は迷っているようだが、とりあえずはリネントに戻ることにしたそうだ。もしかしたら、いずれ王立魔法学園に就職する未来もあるのかもしれない。
『いつかまた、リネントにも遊びに来て頂戴。いつでも歓迎するわ』
手紙の最後は、そう締めくくられていた。
俺は顔を上げて、後ろで見守っていたマシュの方を振り返る。
「……だそうだ」
「ふふ。レイラ様、お元気そうですね」
うん、良い便りが聞けて一安心だ。俺も俺で色々とやることがあったから、ニコの件についてはレイラ嬢に任せっきりになってしまったのだが……何とかまとまっていそうだな。
俺は、ぎしりと椅子の背もたれに体重を寄せる。
「リネントなぁ……いい街だったし、休みのタイミングでまた訪ねられるといいんだけど」
「最近、忙しいですもんね。事件の後始末とか、婚約解消の件とか……」
他にも、学園を休んでいた間の課題とか、将来のこととか……考えなければならないことが山のようにある。何なら家出中よりも忙しいんじゃないかってくらいだ。
「……あと、家出の一件以来、使用人の皆さんが過保護になりがちですから」
「そこなんだよな。ほとぼりが冷めるまでは厳しそうか……」
最近、どこへ出かけるにも『どちらへお出かけですか!』『いつお帰りになりますか!?』と聞かれてばっかりだ。これでリネントに行くなんて言い出したら、使用人たちが総出で付いてくるかもしれない。勘弁してくれ。大名行列かよ。
「それに……お屋敷でイチャイチャしようにも、旦那様に見つかったら大変なことになりますし……」
と、マシュが神妙な顔で言う。ただでさえゴタついている今の時期なので、父上に俺とマシュの関係がバレるわけにはいかないのだ。いかないのだが。
「イチャつきたいのか?」
「ええ、それはもう」
あまりに真剣な顔つきなので、絵面がかなり面白いことになっている。
「出来ることなら、グレン様を誰も来ない部屋に閉じ込めて独り占めしたいくらいです」
「監禁じゃねぇか」
おかしいな。相思相愛になったことで、限度が来るかと思っていたが……さらに重くなってないか?
とはいえ、時たま零れるマシュのこういう感情を、程よくあしらってやるのも俺の仕事なんだと思う。
……そういうことだから。
「じゃあ、さ」
俺は、なるべくさりげない調子を装って切り出す。
「週末……お前と一晩部屋で過ごせるように、手配するから」
「え」
「父上、今週末は外出予定があるらしいんだ。仕事を一日休みにしてもらって、あと誰も部屋に入らないように頼んで。……そしたら、来てくれるか?」
来てくれるか、なんて。
わざわざ聞かなくたって、マシュなら来てくれるに決まってるんだけど。
「……そういう意味と、捉えてもいいですか?」
「……」
気恥ずかしくて、頷けもしない。
でも、この耳まで赤くなった肌で察してほしい。
ちらりとマシュの顔を窺ってみれば……その唇が、心底嬉しそうに緩んでいるのが分かった。俺の耳元に近付いて、そっと囁きかける。
「楽しみにしてますね。グレン様」
「手紙?」
「ええ。レイラ様からです」
マシュの声に、俺は作業の手を止める。差し出されたのは、美しい紋様が入った封筒だった。
学園祭の一件以来、レイラ嬢から連絡が入ったのはこれが初めてのことだ。この世界には電話もメールもないから、気軽に連絡が取れないのは仕方ないんだけど……向こうのことも気になっていたので、ちょうど良いタイミングだ。
俺は封を剥がし、きっちりと折り畳まれた便箋を開く。
『ごきげんよう。調子はいかがかしら?』
文面の印象は、リネントで会ったレイラ嬢そのものという感じだ。
『こちらは特に変わりはないわ。ラズウェル家の屋敷も、リネントの街も相変わらず』
……また屋敷を抜け出してるのかな。
飛行魔法が得意ってことだから、窓から脱走していたりするんだろうか。レイラ嬢の屋敷の人々は、さぞ苦労していることだろう。
『それで今日は、ニコのことについて報告しておこうと思って』
その一文を見て、俺の肩にきゅっと力が入った。俺も気になっていた話だ。
説明によれば……ニコは機械を修理した後、レイラ嬢とともに学園の先生のところへ出頭したとのこと。エミリを誘拐したこと、また学園内に危険物を持ち込んだことが主な罪状だ。黙っていたとしてもオズが許さなかっただろうし、大人に裁いてもらうというのは妥当な判断な気がする。
とはいえ怪我人が出たわけでもないこと、劇自体も無事に上演できたことから、特に罰を与えられたわけではないようだ。
『……先生たちはむしろ、あの子の魔晶石の加工技術に興味津々だったわね。魔力はないから、生徒として迎え入れることは出来ないけれど……スタッフとして働いてみる気はないかって、オファーされていたわ。その実力を、リネントの小さな工房に閉じ込めておくのは勿体ないって』
「……マジ?」
思いがけない展開が起こっていたらしい。まあ確かに、あの歳で素早く正確な魔晶石の加工が出来るのは、かなりの実力だと思うけど。
ニコ自身は迷っているようだが、とりあえずはリネントに戻ることにしたそうだ。もしかしたら、いずれ王立魔法学園に就職する未来もあるのかもしれない。
『いつかまた、リネントにも遊びに来て頂戴。いつでも歓迎するわ』
手紙の最後は、そう締めくくられていた。
俺は顔を上げて、後ろで見守っていたマシュの方を振り返る。
「……だそうだ」
「ふふ。レイラ様、お元気そうですね」
うん、良い便りが聞けて一安心だ。俺も俺で色々とやることがあったから、ニコの件についてはレイラ嬢に任せっきりになってしまったのだが……何とかまとまっていそうだな。
俺は、ぎしりと椅子の背もたれに体重を寄せる。
「リネントなぁ……いい街だったし、休みのタイミングでまた訪ねられるといいんだけど」
「最近、忙しいですもんね。事件の後始末とか、婚約解消の件とか……」
他にも、学園を休んでいた間の課題とか、将来のこととか……考えなければならないことが山のようにある。何なら家出中よりも忙しいんじゃないかってくらいだ。
「……あと、家出の一件以来、使用人の皆さんが過保護になりがちですから」
「そこなんだよな。ほとぼりが冷めるまでは厳しそうか……」
最近、どこへ出かけるにも『どちらへお出かけですか!』『いつお帰りになりますか!?』と聞かれてばっかりだ。これでリネントに行くなんて言い出したら、使用人たちが総出で付いてくるかもしれない。勘弁してくれ。大名行列かよ。
「それに……お屋敷でイチャイチャしようにも、旦那様に見つかったら大変なことになりますし……」
と、マシュが神妙な顔で言う。ただでさえゴタついている今の時期なので、父上に俺とマシュの関係がバレるわけにはいかないのだ。いかないのだが。
「イチャつきたいのか?」
「ええ、それはもう」
あまりに真剣な顔つきなので、絵面がかなり面白いことになっている。
「出来ることなら、グレン様を誰も来ない部屋に閉じ込めて独り占めしたいくらいです」
「監禁じゃねぇか」
おかしいな。相思相愛になったことで、限度が来るかと思っていたが……さらに重くなってないか?
とはいえ、時たま零れるマシュのこういう感情を、程よくあしらってやるのも俺の仕事なんだと思う。
……そういうことだから。
「じゃあ、さ」
俺は、なるべくさりげない調子を装って切り出す。
「週末……お前と一晩部屋で過ごせるように、手配するから」
「え」
「父上、今週末は外出予定があるらしいんだ。仕事を一日休みにしてもらって、あと誰も部屋に入らないように頼んで。……そしたら、来てくれるか?」
来てくれるか、なんて。
わざわざ聞かなくたって、マシュなら来てくれるに決まってるんだけど。
「……そういう意味と、捉えてもいいですか?」
「……」
気恥ずかしくて、頷けもしない。
でも、この耳まで赤くなった肌で察してほしい。
ちらりとマシュの顔を窺ってみれば……その唇が、心底嬉しそうに緩んでいるのが分かった。俺の耳元に近付いて、そっと囁きかける。
「楽しみにしてますね。グレン様」
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