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プロローグ
【大国オーディーン】
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それぞれの国が自国の繁栄のみを考え争い合っていた中世の時代、富裕層は指差しで兵を操り、貧困層は「飢えて死ぬ」か「戦って死ぬ」しか選べないような世界だった。
国家の上層部は国同士の抗争と共に覇権争いに夢中になり、内紛も絶えない。
いつ、誰が、どこで裏切り、寝首を掻かれるのか分からない。信用出来るのは自分自身のみ。家族や身内ですら買収されてしまうのは日常茶飯事だった。
そんな荒れ狂う人の負の感情が世界を覆う中、たった一つの国だけは例外であった。
その名は大国【オーディーン】、今から百年以上も前、一夜にして出来た国。
城壁の外には豊かな大地が広がり、王城の背後には切り立つ崖が、その崖下からは広大な海が延々と続いている。農耕にも恵まれたこの国は、周辺諸国とは一線を画していた。
王城と城下町は深い堀によって隔てられ、王城の正面に見える大橋によってしか王城へと渡ることは許されない。
城下町は豊かに栄え、人々の話し声や笑い声が絶えず響き渡る。家畜と農産物は城下町を壁で隔てた、もう一つ王城から離れた土地で幅広く行われていた。
王城の者による生産地帯の統制は素晴らしく、労働者の対価として支払われる報酬はしっかりと個人の成績によって繁栄させた。暇を持て余せば報酬は減り、しっかりと働けば働くだけ報酬が支払われる。対価に見合う報酬は人々に活力を与えた。
生産地帯の更に向こう側、壁に隔てられた外側には、豊かな緑がまだ続く。
背の高い王城の窓から右手には、遠くの方で山が聳え立っているのが窺える。左手には澄んだ大きな湖が、その水面を太陽によって燦爛と輝かせていた。
荘厳に構える山々の名は【龍の背―ドラゴンバック―】と呼ばれ、美しい湖は【妖精の住む湖―フェアリーレイク―】と呼ばれた。
国は栄え、民は安定した生活を送る。他国から逃げ出した民をも温かく迎え入れ、国王も民達も分け隔てなく接した。
血と貧困に塗れた周りの世界からすれば天国に近い場所であった。
実際に羨望の眼差しを向ける他国の者達からは【武神に守られし豊穣の国オーディーン】と崇められていた。
初代国王はディーンと名乗る男であり、現国王としても未だに健在。その年数は実に三桁を超えている。
年を取らない不老の彼に不安を抱く者や反発する者も現れたが、その度に彼は謝罪した。「私の存在で不安にさせてしまったこと、大変心苦しく思う。だが、私は貴方達を守りたい。もし、それでも嫌だと言うのならば私はこの身を崖下に差し出そう」
彼の言葉に、言い返した者など未だに一人として存在しない。皆、その言葉を聞いたあとは自身を責めてディーンと同じように涙を流した。
この国には、涙を流して頭を垂れる国王を責める者など居るはずもなかった。
この国に住む者達も外国の者達も、彼の正体は知らない。
一夜にして大国を築き上げた正体不明の国王、ディーン。
――気が付けば、あるはずもない国が出来ていた。
――知らない間にそこには国が出来ていた。
と、周辺の国々の密偵は腰を抜かして驚いた。
どういうことか。
ディーンは王城も城下町も生産地帯も、独りで一夜にして築き上げた。
そう、まさしく一夜にして。
明朝には周辺諸国の密偵が慌てふためき国に帰還して報告した。
城壁の中はどうなっているのか、各国は密偵を送るも帰って来ることはなかった。
得体の知れない巨大な国に対して、周辺諸国は警戒して近付かなくなった。自国の凄腕の密偵が何人も消息を絶ったとなれば、下手に攻め入ることが出来なくなってしまったのだ。
ディーンはその後、十人の〈トバシラ〉と呼称するフードの付いた黒い外套に身を包んだ者達を他国に渡らせた。
貧困で苦しむ者、病に苦しむ者、国の弾圧に苦しむ者……他国で苦心を抱く者達を連れ出し自国の民とした。
血統も位も関係なく、ディーンと〈トバシラ〉のメンバーは平等に、分け隔てなく人々に接した。
百年以上平和に続いたオーディーン王国だが、数年前から他国から軍が送られてくるようになった。
戦った回数、三七八回。
勝利した数、三七八回。
ディーンは〈トバシラ〉と共に戦い、敗北することはなかった。
それでも、未だに斥候として他国からの兵士がオーディーン王国へと各方面からやってきていた。
――さて、武神と呼ばれ、一夜で大国を気付いたディーンという男の話をしよう。
オーディーンの国王にして兵長、ディーン。風に靡く白い髪を後ろで一本に括り、細身ではあるが筋肉質な体格、身体の曲線美は美しく絵に描いたような印象を受ける。鋭くも優しさを兼ね備えた綺麗な青草のような緑眼、しっかり通った鼻筋、纏う雰囲気は雄大であり温和なイメージを与える。
常人よりも高いその身長も相まって、ディーンは人々から【神の使い】と称された。
王国の一番外側、生産地帯の外壁にもたれ腕を組む彼の隣には、同じ背丈をした黄金に輝く槍が立て掛けられている。
「アレフとギメルはいつ帰って来るだろうか……」
ディーンは優しい眼差しを遠くへ向けて呟いた。
オーディーンの王城から直線上に数十キロ先に位置する荒れ果てた土地にて、血生臭い戦闘が今終わりを迎えようとしていた。
響き渡るのは金属のぶつかり合う音と負傷者の悲鳴。
砂煙が視界を狭める中、オーディーン王国の兵士達は勝鬨をあげていた。
「「「おぉおおおおおおおお!」」」
荒廃した土地、枯れた大地の上で兵士達は叫ぶ。
その兵士達の姿を、突き出た岩場の上から足をぶら下げて見守る姿があった。
足首まで覆う黒い外套、フードを被っているせいでその表情は見えない。
「そろそろ終わりだね……あぁ、疲れたなあ。二三時間も戦うなんてよくやるよねー」
少年のような声音、その話し方と背丈からして、多分彼はまだ子どもだろうと推定される。
その隣に佇むもう一人の黒いコートに身を包んだ大男が溜め息を漏らした。
「……おい、仕事はまだ終わっていないんだ、怠けるんじゃない」
男の発した渋めの声は少年を注意した後、「だからお前は……」と小さく愚痴を零す。
「もう、いちいちうるさいなあ……今日は五十人くらいだったよ」
見上げる少年の金色に輝く瞳がフードの隙間から垣間見えた。
「だからきちんと数えろと言っただろう……」
男は頭を押さえて呆れた様子である。
「砂嵐のせいで視界が悪いんだよ。まあ、味方の兵士は結構耐えた方じゃないのかな?」
「もっと戦場を歩けと言っているだろうが」
足をぶらぶらと揺らしている少年に男が喝を入れる。
「そうやって頭ごなしに怒るのは感心しないなぁ」
「言い訳をするな。自国の兵士は後で墓を作ってやらねばならんのだ。誰一人としてここに残すことは許されんぞ」
男は言い終えると再び溜め息をついた。
少年は特に気にする様子もなく、再び崖下へと目を向けて男へと話しかける。
「でもさ、兵士の墓作るのが面倒だからって理由で俺たちが監視するってのもどうなの?」
少年の質問に男は何も言わず咳き込んだ。
「どうしたの?」
「いや、なにも……」
振り返った少年と目が合ったのだろうか。男はフードを深く被り直してから言葉を続けた。
「……敵兵の死者は二一五人、まぁ戦果としては十分だろう。敵兵の残数と死者の数が半々といった所だな。向こうも撤退するしかあるまい」
「こんなに人が死んでいるのにアレフはいつも冷静だよね」
少し馬鹿にしたような微笑の声に対して、アレフと呼ばれた男は溜め息を吐いて少年の首根っこの外套の後ろ襟を掴んで持ち上げた。
「ちょ、ちょっとアレフ、落ちたらどうするんだよっ!」
少年はようやく焦りを伝えるが、アレフは下ろさずに崖から突き出したまま呟く。
「落ちてもお前は死なんだろうが……」
「そりゃそうだけど、衝撃は来るんだから絶対落とさないでよ」
「はぁ……ギメル、お前は気楽に戦場に居過ぎなんだ……。異能を使えるのは我々だけだと思うなといつも言っているだろう。もし、お前よりも格上の相手と戦場で不意に出会ったらどうするつもりなんだ。いくらお前が鉄壁を誇ったところで発動出来ない瞬間を狙われたら――」
「あーもう分かってるってば! 今日はもう帰ろう! 疲れたぁあああ!」
言葉を遮り子どものように喚くギメルと呼ばれた少年。
アレフは呆れながらギメルを後ろへと放り投げた。
「いってぇ……アレフひどいぞ!」
「はぁ……なんで新しいトバシラがお前みたいな子どもなんだ……」
アレフの溜め息はもう何度目なのだろうか。
砂を振り払いながら立ち上がるギメルの横を通り過ぎていくアレフ。
「ちょっと待ってよ!」
アレフの歩幅とギメルの歩幅の差は大きく、アレフはどんどん次の砂を踏みしめていく。
ギメルは急いでアレフの元へと駆け寄った。
「待ってってば!」
「……早く掴まれ、置いて帰るぞ」
ギメルはアレフのコートをそっと掴んだ後、アレフを見上げた。
「なんかさ、アレフって俺に対して冷たくない? 気のせい?」
「お前自身に聞け……」
「それってどういう意味?」
「自分で考えろ。子守りをする気はない」
「子守りってひどい! これでもトバシラなんだよ!」
「はぁ……」
頭を押さえて首を振るアレフ。
ギメルはアレフの腰にぐっとしがみ付き、フードを深く被り直すと小さく呟いた。
「アレフ、途中で吹き飛ばしたら怒るからね」
金色の純粋な瞳がアレフを見つめる。
「黙ってしがみ付いておけ……」
アレフはそっとギメルの身体に腕を回しぐっと力を入れた。
しがみ付いたギメルが途中で落ちないように、振り落としてしまわないようにと、しっかりギメルの身体を掴む。
「では、戻るか」
「うん」
アレフの次の一歩が地面へと触れる寸前――――二人はその場から消えていた。
舞い上がる砂塵が小さな渦を巻き、長い胴体を持つ竜のようにうねりながら飛翔していく。
小さな間が生じた後、強風がその場に残された。
静まり返った崖上、兵士達の声も聞こえなくなった戦場には、ただ視界を遮る砂塵だけが穏やかに吹き上がっていた。
―――――――――――――――
《人物紹介》
ディーン
風に靡く白い髪を後ろで一本に括り、細身ではあるが筋肉質な体格は絵に描いたように美しい。
鋭くも優しさを兼ね備えた綺麗な青草のような緑眼。
国家の上層部は国同士の抗争と共に覇権争いに夢中になり、内紛も絶えない。
いつ、誰が、どこで裏切り、寝首を掻かれるのか分からない。信用出来るのは自分自身のみ。家族や身内ですら買収されてしまうのは日常茶飯事だった。
そんな荒れ狂う人の負の感情が世界を覆う中、たった一つの国だけは例外であった。
その名は大国【オーディーン】、今から百年以上も前、一夜にして出来た国。
城壁の外には豊かな大地が広がり、王城の背後には切り立つ崖が、その崖下からは広大な海が延々と続いている。農耕にも恵まれたこの国は、周辺諸国とは一線を画していた。
王城と城下町は深い堀によって隔てられ、王城の正面に見える大橋によってしか王城へと渡ることは許されない。
城下町は豊かに栄え、人々の話し声や笑い声が絶えず響き渡る。家畜と農産物は城下町を壁で隔てた、もう一つ王城から離れた土地で幅広く行われていた。
王城の者による生産地帯の統制は素晴らしく、労働者の対価として支払われる報酬はしっかりと個人の成績によって繁栄させた。暇を持て余せば報酬は減り、しっかりと働けば働くだけ報酬が支払われる。対価に見合う報酬は人々に活力を与えた。
生産地帯の更に向こう側、壁に隔てられた外側には、豊かな緑がまだ続く。
背の高い王城の窓から右手には、遠くの方で山が聳え立っているのが窺える。左手には澄んだ大きな湖が、その水面を太陽によって燦爛と輝かせていた。
荘厳に構える山々の名は【龍の背―ドラゴンバック―】と呼ばれ、美しい湖は【妖精の住む湖―フェアリーレイク―】と呼ばれた。
国は栄え、民は安定した生活を送る。他国から逃げ出した民をも温かく迎え入れ、国王も民達も分け隔てなく接した。
血と貧困に塗れた周りの世界からすれば天国に近い場所であった。
実際に羨望の眼差しを向ける他国の者達からは【武神に守られし豊穣の国オーディーン】と崇められていた。
初代国王はディーンと名乗る男であり、現国王としても未だに健在。その年数は実に三桁を超えている。
年を取らない不老の彼に不安を抱く者や反発する者も現れたが、その度に彼は謝罪した。「私の存在で不安にさせてしまったこと、大変心苦しく思う。だが、私は貴方達を守りたい。もし、それでも嫌だと言うのならば私はこの身を崖下に差し出そう」
彼の言葉に、言い返した者など未だに一人として存在しない。皆、その言葉を聞いたあとは自身を責めてディーンと同じように涙を流した。
この国には、涙を流して頭を垂れる国王を責める者など居るはずもなかった。
この国に住む者達も外国の者達も、彼の正体は知らない。
一夜にして大国を築き上げた正体不明の国王、ディーン。
――気が付けば、あるはずもない国が出来ていた。
――知らない間にそこには国が出来ていた。
と、周辺の国々の密偵は腰を抜かして驚いた。
どういうことか。
ディーンは王城も城下町も生産地帯も、独りで一夜にして築き上げた。
そう、まさしく一夜にして。
明朝には周辺諸国の密偵が慌てふためき国に帰還して報告した。
城壁の中はどうなっているのか、各国は密偵を送るも帰って来ることはなかった。
得体の知れない巨大な国に対して、周辺諸国は警戒して近付かなくなった。自国の凄腕の密偵が何人も消息を絶ったとなれば、下手に攻め入ることが出来なくなってしまったのだ。
ディーンはその後、十人の〈トバシラ〉と呼称するフードの付いた黒い外套に身を包んだ者達を他国に渡らせた。
貧困で苦しむ者、病に苦しむ者、国の弾圧に苦しむ者……他国で苦心を抱く者達を連れ出し自国の民とした。
血統も位も関係なく、ディーンと〈トバシラ〉のメンバーは平等に、分け隔てなく人々に接した。
百年以上平和に続いたオーディーン王国だが、数年前から他国から軍が送られてくるようになった。
戦った回数、三七八回。
勝利した数、三七八回。
ディーンは〈トバシラ〉と共に戦い、敗北することはなかった。
それでも、未だに斥候として他国からの兵士がオーディーン王国へと各方面からやってきていた。
――さて、武神と呼ばれ、一夜で大国を気付いたディーンという男の話をしよう。
オーディーンの国王にして兵長、ディーン。風に靡く白い髪を後ろで一本に括り、細身ではあるが筋肉質な体格、身体の曲線美は美しく絵に描いたような印象を受ける。鋭くも優しさを兼ね備えた綺麗な青草のような緑眼、しっかり通った鼻筋、纏う雰囲気は雄大であり温和なイメージを与える。
常人よりも高いその身長も相まって、ディーンは人々から【神の使い】と称された。
王国の一番外側、生産地帯の外壁にもたれ腕を組む彼の隣には、同じ背丈をした黄金に輝く槍が立て掛けられている。
「アレフとギメルはいつ帰って来るだろうか……」
ディーンは優しい眼差しを遠くへ向けて呟いた。
オーディーンの王城から直線上に数十キロ先に位置する荒れ果てた土地にて、血生臭い戦闘が今終わりを迎えようとしていた。
響き渡るのは金属のぶつかり合う音と負傷者の悲鳴。
砂煙が視界を狭める中、オーディーン王国の兵士達は勝鬨をあげていた。
「「「おぉおおおおおおおお!」」」
荒廃した土地、枯れた大地の上で兵士達は叫ぶ。
その兵士達の姿を、突き出た岩場の上から足をぶら下げて見守る姿があった。
足首まで覆う黒い外套、フードを被っているせいでその表情は見えない。
「そろそろ終わりだね……あぁ、疲れたなあ。二三時間も戦うなんてよくやるよねー」
少年のような声音、その話し方と背丈からして、多分彼はまだ子どもだろうと推定される。
その隣に佇むもう一人の黒いコートに身を包んだ大男が溜め息を漏らした。
「……おい、仕事はまだ終わっていないんだ、怠けるんじゃない」
男の発した渋めの声は少年を注意した後、「だからお前は……」と小さく愚痴を零す。
「もう、いちいちうるさいなあ……今日は五十人くらいだったよ」
見上げる少年の金色に輝く瞳がフードの隙間から垣間見えた。
「だからきちんと数えろと言っただろう……」
男は頭を押さえて呆れた様子である。
「砂嵐のせいで視界が悪いんだよ。まあ、味方の兵士は結構耐えた方じゃないのかな?」
「もっと戦場を歩けと言っているだろうが」
足をぶらぶらと揺らしている少年に男が喝を入れる。
「そうやって頭ごなしに怒るのは感心しないなぁ」
「言い訳をするな。自国の兵士は後で墓を作ってやらねばならんのだ。誰一人としてここに残すことは許されんぞ」
男は言い終えると再び溜め息をついた。
少年は特に気にする様子もなく、再び崖下へと目を向けて男へと話しかける。
「でもさ、兵士の墓作るのが面倒だからって理由で俺たちが監視するってのもどうなの?」
少年の質問に男は何も言わず咳き込んだ。
「どうしたの?」
「いや、なにも……」
振り返った少年と目が合ったのだろうか。男はフードを深く被り直してから言葉を続けた。
「……敵兵の死者は二一五人、まぁ戦果としては十分だろう。敵兵の残数と死者の数が半々といった所だな。向こうも撤退するしかあるまい」
「こんなに人が死んでいるのにアレフはいつも冷静だよね」
少し馬鹿にしたような微笑の声に対して、アレフと呼ばれた男は溜め息を吐いて少年の首根っこの外套の後ろ襟を掴んで持ち上げた。
「ちょ、ちょっとアレフ、落ちたらどうするんだよっ!」
少年はようやく焦りを伝えるが、アレフは下ろさずに崖から突き出したまま呟く。
「落ちてもお前は死なんだろうが……」
「そりゃそうだけど、衝撃は来るんだから絶対落とさないでよ」
「はぁ……ギメル、お前は気楽に戦場に居過ぎなんだ……。異能を使えるのは我々だけだと思うなといつも言っているだろう。もし、お前よりも格上の相手と戦場で不意に出会ったらどうするつもりなんだ。いくらお前が鉄壁を誇ったところで発動出来ない瞬間を狙われたら――」
「あーもう分かってるってば! 今日はもう帰ろう! 疲れたぁあああ!」
言葉を遮り子どものように喚くギメルと呼ばれた少年。
アレフは呆れながらギメルを後ろへと放り投げた。
「いってぇ……アレフひどいぞ!」
「はぁ……なんで新しいトバシラがお前みたいな子どもなんだ……」
アレフの溜め息はもう何度目なのだろうか。
砂を振り払いながら立ち上がるギメルの横を通り過ぎていくアレフ。
「ちょっと待ってよ!」
アレフの歩幅とギメルの歩幅の差は大きく、アレフはどんどん次の砂を踏みしめていく。
ギメルは急いでアレフの元へと駆け寄った。
「待ってってば!」
「……早く掴まれ、置いて帰るぞ」
ギメルはアレフのコートをそっと掴んだ後、アレフを見上げた。
「なんかさ、アレフって俺に対して冷たくない? 気のせい?」
「お前自身に聞け……」
「それってどういう意味?」
「自分で考えろ。子守りをする気はない」
「子守りってひどい! これでもトバシラなんだよ!」
「はぁ……」
頭を押さえて首を振るアレフ。
ギメルはアレフの腰にぐっとしがみ付き、フードを深く被り直すと小さく呟いた。
「アレフ、途中で吹き飛ばしたら怒るからね」
金色の純粋な瞳がアレフを見つめる。
「黙ってしがみ付いておけ……」
アレフはそっとギメルの身体に腕を回しぐっと力を入れた。
しがみ付いたギメルが途中で落ちないように、振り落としてしまわないようにと、しっかりギメルの身体を掴む。
「では、戻るか」
「うん」
アレフの次の一歩が地面へと触れる寸前――――二人はその場から消えていた。
舞い上がる砂塵が小さな渦を巻き、長い胴体を持つ竜のようにうねりながら飛翔していく。
小さな間が生じた後、強風がその場に残された。
静まり返った崖上、兵士達の声も聞こえなくなった戦場には、ただ視界を遮る砂塵だけが穏やかに吹き上がっていた。
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《人物紹介》
ディーン
風に靡く白い髪を後ろで一本に括り、細身ではあるが筋肉質な体格は絵に描いたように美しい。
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