上 下
17 / 62
第三話「旧友、クレス」

005

しおりを挟む
 身長高いなこいつ……。いや、俺が縮んだだけか……。

「そんなことよりもだ。クレス聞いてくれ、話があるんだ」
「ふっ……私を呼び捨てとは面白い新人で、す、ね…………」

 俺の顔を見つめたままクレスが固まった。

 クレスは眉を上げたり下げたり、少し屈んで覗き込んできたりと、顎に手を添えて困惑気味である。

「ふむ……君は、若いときのビオリスと似ていますね……」
「そうだよ、俺がそのビオリスだ」

 クレスは呆然と立ち尽くし目を丸めた。そして――――――

「はっはっは、ビオリスは人間の種族。もう四十半ばを過ぎたおじさんですよ。君みたいな若い子がビオリスだなんて、面白い冗談だ。はっはっは!」

 思いっきり笑われた……。

「この野郎……」

 ここまで馬鹿にされるとさすがにイライラする。

 昔からこいつは俺のことを馬鹿にする癖があった。人間は若いだの幼いだのと。

 百何十歳も年上のエルフからすればそりゃ子どもとかわらないだろうが、見た目なんてあってないようなもの。

 ようは中身が成長しているかどうかだろ。

 まぁ、エルフが年老いていくのは五百歳を過ぎてからだし、いつまでも若くて羨ましい限りだが。

「ふふっ……いやいや、笑ってすまなかった。そんなに怒らないでくれたまえ」

 頭を撫でられ諭される。

「おい、まじで怒るぞ……クレス」
「では、君がビオリスだという証拠を見せてくれないかな?」
「どうしろと?」
「そうだね、ではビオリスの特徴を言ってみてくれ」

 上から見下ろされ、優しく微笑んでくるクレス。

「俺の特徴なんて……。大剣を使う?」
「それは君だけじゃないだろう?」
「面倒臭がり?」
「ふむ」

 お、手ごたえアリか。

「あとはそうだな……、魔法は使わないとか」
「まぁ、格闘家やアマゾネスもあまり使わないだろう」
「……」

 面倒くせぇ……。

「他にはないのかい?」

 上から目線で腕組みしているのに腹が立ってくるが、とりあえず今は何か……何か……。

「あっ」

 とっておきのがあるじゃないか。

「ん? どうしたのかな?」
「お前はここのギルド長だな」
「まぁ、そうだね」
「ここの制服……男女関係なく服が一緒なのは、男装させるのが好きなお前の趣――――」
「ちょっと、落ち着こうか」
「んんっ⁉」

 言い切る前に口元を押さえられた。

 よほど言われたくなかったのか、近付けられたクレスの顔は混沌と化していた。

 笑顔なのか悪魔なのか、どっちつかずの表情にこっちまで困ってしまう。

「――――おい、今なんて言ってたんだ?」
「――――いや、分からねえ……男装がどうのこうのって……」

 周囲もギルド長と俺の会話を聞いていたらしい。

 円を描くように集まっていた冒険者たちに特定のキーワードだけが波紋のように伝わっていく。

「ふむ……。君、ちょっとだけ奥で話そうか……」
「ん……」
「さっきの話も後で……分かったかな?」

 優しい微笑みだが、口元を押さえている手にはとてつもない力が加わっている。

 俺は頷くことで了解の合図をクレスへと送った。

「物分かりがよくて助かります。では、こちらへ……」

 クレスが受付の隣にある扉へと向かっていく。

「ちっ、初めからそうしてくれれば良かったんだ……」

 そうすればもっと早い段階で伝えられたのによ……。

「――――おい、あの新人……まさかギルド長と話し合いか?」
「――――まじかよ、中級冒険者でも一対一で話し合うことなんてないぞ……?」
「――――あの新人、ギルド長の弱みでも握ってるのか?」

 クレスと共に意気消沈したアイシャの隣を過ぎていく。

 扉の手前でクレスは振り返り、

「アイシャ、それから従業員諸君は仕事の続きを。皆さん、エアリアルの攻略をよろしくお願いします。前人未到の地、その手前に居座るゴーレムの討伐、十一階層への到達報告、楽しみにしていますよ」

 今の俺との会話をなかったことにするべく、クレスが大きな声で、だが優しい口調で述べる。

 業務用の挨拶と外面だけの笑顔。だが元上級冒険者であり、現ギルド長のクレスに声をかけられた冒険者たちの熱量はすさまじく―――――

「「「おぉおおおおおおおおおおおお!」」」

 ギルドの建物内は朝から暑苦しい熱気に包まれていった。

 一人、反省文を書かされるアイシャを除いて…………。
しおりを挟む

処理中です...