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第七話「後始末」

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 俺の質問にクレスが驚いたように目を開く。

「心配なのか?」
「そんなんじゃねぇ、ただ念のためだ」

 クレスは「ふむ」と口元に手を添えて考え始めた。

「中級冒険者になるには七階層の大型ベアウルフを倒せなければ渡すことは出来ない。第六階層なら今のお前と同じ初級冒険者までだ。そこまで心配する必要もないだろう」

「相手が複数だった場合は?」
「お前ならどうにでもなるだろう」

「相手が中級冒険者かそれ以上だったら?」
「お前ならどうにでもなるんじゃないか?」

「相手の中に裏ギルドの連中が居たら?」
「まぁ……お前ならどうにかなるんじゃないか……?」

「はぁ……クレス、お前なぁ……」

 人攫いの相手に対して俺一人だけで相手って……。相手の戦力も不明、人数も実力も分からない。

 そんな状況で第六階層の夜……。ゴブリンや武装した追い剥ぎゴブリンに出くわせば戦況は辛い。

 相手も同じ立場だが、人数差があればその分こちらが不利になる。

 装備は投げナイフ関連も持って行かないとだな……。

 それに、人質が傷つけられた時のために回復のポーションと解毒くらいは必要か……。

「ビオリス、そんな顔をするな。こっちもギルド長としてちゃんと考えているさ」
「ん……、というと?」
「ギルド員から二人、お前に預ける」
「ギルド員からか…………」

 アイシャはウルフの群れとの戦闘時、あまり戦力にはならなかった。

 ギルド員はあんまり信用できない……。

「なにか問題でも?」
「ああ。ギルドの奴は役に立たなかった。それよりも中級冒険者を数人用意してくれればそれで――――」
「まぁまぁ、そう言ってやらないでくれ。ギルドのメンバーはダンジョンでも訓練を積ませているんだ。今回はその実施試験のようなものだ」

 置かれていた酒の入ったグラスを手に取り、クレスは優しく微笑えんだ。

 俺はクレスの発言と態度に対してクレスを睨みつけた。

「お守りは御免だぞ……。これは対人戦、生半可な奴を連れて来られても困る」
「ふむ、元はお前がしくじった事態なんだが……?」
「危険な任務に軽々しく半端者を連れて行けっていうのか!」

 クレスの持つグラスを弾き飛ばし、俺は胸ぐらに掴みかかった。

 それでもクレスは冷静に、眼前の俺の目をまっすぐと見つめていた。

「そう熱くなるなビオリス」
「お前、裏ギルドの連中にされたこと……忘れたとか言うなよ……!」
「百も承知だ。だがな、対人戦なんてコロシアムでの模擬戦しかできないエアリエルで、本物の対人戦、死闘はいい経験になるんだ」

「お前の仲間が死ぬのを見届けろと?」
「まだ死んでいない」
「俺は危険だと判断すれば撤退する。ついて来れない奴は見捨てるぞ」
「お前はそんな奴じゃないさ」
「お前なぁ……っ!」

 じっとクレスが見つめるのは俺の目。

 このクレスの見透かしたような瞳は、いつまで経っても俺をイライラさせる……。

「分かった! 分かったよ!」
「ふっ、そう言ってくれると助かる」


 クレスを突き放し、俺は再びソファに座り込んだ。

「お前が言わせたんだろうがっ……くそっ……」

 相手の人数も分からない上、ダンジョン内……。ギルドの不慣れな奴を連れて対人戦……。

 まったく、面倒な話だ……。

「では明日、ギルド員の二人を第五階層の休息地であるペンタグラムの町で待機させておく。場所は噴水広場でいいかな?」

 クレスの淡々とした態度にこっちの熱まで冷めてくる。

 俺はソファにもたれかかり、クレスの方へと目だけを動かした。

「はいはい……。それで、ギルド員っていうのは?」
「お前が面識のあるアイシャとシズクだ。アイシャとはダンジョンにも行ったのなら多少の連携はとれるだろう」

 あいつらか……ん、あいつら?

「おいクレス、まさか女に対人戦をさせる気か?」
「あの時、十階層の時……、裏ギルドの連中は男女問わずに斬りかかっただろう。こちらも、それ相応の準備はしておかなければならない……」

 珍しくクレスの手に力が入る。

 まぁ、裏ギルドのことを考えれば、今回の任務はギルド員の育成を兼ねたいというのは分かる。

 だが――――――

「ほんとに実施試験じゃねぇか……」
「なら、経験を積んでいる男の方が良かったか?」
「いや、むさくるしいからその二人でいいさ……」
「ならば、決まりだな」

 はぁ、対人戦で素人が二人か……。もし、相手を斬らなければいけない状況なら二人を退かせるか……。

 それにしてもキングが一言も――――――って。

「…………おい、キングの奴寝てるぞ……」
「だいぶ前から寝ていたさ」

 でかい体で眠られると岩石みたいだな……。

「はぁ、自分の息子が捕まってるっていうのに呑気な奴だな……」
「それほど、お前が動いてくれることに信頼しているんだろ」

 見透かしたような、我が子を見つめるようなクレスの目。

 その目が俺と寝ているキングへと向けられる。

「っ……その顔は面白くない……つまらん……」
「ふっ、そうか? お前は嬉しそうだぞ」
「あぁああ……爺臭くてこんなところ居られねぇ。俺はもう帰るぞ」

 酒場でマリアに癒してもらおう。

 クレスの部屋の扉に手を伸ばす。

 金色のドアノブに手をかけた時――――――

「ビオリス」

 クレスの声かけ。

「なんだ?」

 俺は振り向かずに応答する。

「アイシャとシズクのことは頼んだぞ」
「…………あいよ」
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