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エピローグ
理葬境 後
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ある時、二人の青年がやってこの村にやって来た。死体も持たずに来たため、
「何をしに来たのですか」
と尋ねる。
「理想郷がここにあると聞いて来た」
彼らの言っている意味は私には分からなかった。
「ここは理弔という村でそんな名前の場所は聞いたことがありません」
と伝えると、
「でも確かにここのはずです」
と言う。
ここがどういう場所なのかを伝えると、二人は困惑していた。
話を聞くと、ここは人が住んでいない区域とされ、数年前に迷い込んだ人間が、あそこには理想郷があると言っていたそうだ。
この場所には我々が元々住んでいたことを伝えると、そんなはずはないと、彼らは声を荒げ始めた。
「ようやく辿り着いた所申し訳ありませんが、ここに理想郷はありません。ここは死者を埋めて弔う場所、理弔という村です。埋めるものが無いのなら、立ち去ってください」
頭を下げて私は彼らにお願いをした。
しかし、そんな私の言葉も空しく彼らは私に襲いかかった。
気の狂った兄弟は「こんな場所まで来させておいて飯の一つも出さないとは何事か」と、叫び始めた。
石を投げつけられ、太い木の枝で叩かれた。木がへし折れるまで何度も何度も叩かれた。
私が……私がこの人達に何をしたのだろう。
謝罪をして、宝も何も無いことを伝えただけなのに、何故このような暴力を振るわれなければならないのだろうか。
私は人間の中にある闇の部分が恐ろしくなった。
先程まで会話をしていたはずの兄弟は豹変し、獣と化していた。一瞬意識が飛んだ時にはもう指先の感覚は無くなっていた。
「……」
もう動けそうになかった。体中が熱いし寒い。腕も足も痛みだけで動かせない。膝の先への感覚が無い。多分折れているんだろう。止めてくれと言っても、「お前は何かを隠している、吐け」と、意味の分からないことを叫び、殴りかかり、瀕死にまで追い詰められた。
ここまでやるのならいっそのこと殺してくれたら良いものを、生かしてくる辺りが慈悲が無いなと思う。
人間が怖いと感じたのは生まれて初めてだった。痛みを感じたのも初めてだった。
まるで彼らは野生の動物のような、人間とは程遠く感じるくらいに狂気に満ちていた。
口も多分裂けている。両目も潰されたみたいだ。激痛で失神するのに、その痛みと衝撃で気絶することも許されず、気絶と苦痛を繰り返す。
暫くすると、もう体が生きるためだけに専念し、痛覚を遮断したのか痛みは感じなくなっていた。ついでに体も動かせなくなっていた。ありがたいことにだいぶ楽になった。
動けなくなった私を置いて二人は村の中を探し回っているようだった。喚き散らしながら物を破壊していく音だけが響いてくる。人間とはこういう生き物だったのかと、村でしか生きてこなかった私には衝撃的な音が耳に届く。
「醜いな……」
声には出なかったが、その一言、その想いだけが静かに頭の中に浮かんだ。
理性の一欠片もない。人間の皮を被った動物だ。野生の猿が二匹、人に化けて言葉を喋り、己の欲の為だけに他人を犠牲にして生きている。
世界は、本当はひどく汚れているのだと知った。
村をめちゃくちゃにしたであろう二人は何も無いことを知ると、喚き散らしながらこの村を出ていった、みたいだった。
身体は嫌な感じに痙攣しているようだった。
ああ、最後に私を埋めてくれる人は居ないのか。自分で埋めようにも身体は動かない。
地面に溶けていく自分の血の臭いや感覚が鼻腔を刺激した。
感覚を手先まで伸ばそうにも、腕の辺りで感覚が途切れ、その付近からは熱い何かが垂れ流しのような状態であるのを感じる。じわじわと死が自分へと近付いてくる。
私は何の為に生まれたのだろう。人を埋めて弔って、感謝をされるわけでもない。
ただ、それが生まれた時からの私の役目だったからと言うと、これは言い訳のように感じる。
村を出ることも出来た。けれど、外の世界に行くことはしなかった。
私にとってはここが全てであり、生きる世界だった。だが、ここもこれで終わってしまう。誰も私を理弔してくれない。私が居たということは誰か覚えていてくれるだろうか。出来ればあの二人以外でお願いしたい。だが、お願いをすることさえ、もう叶わない。空しい限りだ。
私とは、私とは何だったのだろう。
もし、次に生まれ変わってこの世に生まれてくるとするなら、こんな村は御免だ。もう二度と人を埋めて弔うだけの村には生まれたくない。誰からも感謝されることも無く、来た死者を拒まず埋めていく。こんな、救いの無い村なんかに生まれてこなければ良かった。
なぜ他人を埋葬し続けなければならないのだろう。人の痛みを理解できない者を埋葬する価値などあるのだろうか。死者は語らない。どんな生活をしていたのかを私たちに知る術は無い。善人だろうと悪人だろうと、ここに来た者は誰でも理弔の対象になる。
生者は語る。だが、真実とは限らない。人間は嘘をつく、疑う、傷付ける、惑わせる。
生きた人間を埋葬することがいけない事ではなく、生きた人間は埋葬する価値が無いのか。
それに気が付けただけ、ここで生きてきた価値があったのかもしれない。
埋葬するための村、死者にとっては理想郷だったのかもしれない。
ああ、そうか。埋葬だからあの兄弟は理想郷と言ったのか。
生きている者にとっても、死者にとっても、弔ってもらえる人里から離れた理想郷……理葬境ということか。言葉とは難しいものだ。
「――長い間、ありがとうございました。もう十分ですから、どうか、お休みになってください」
誰かの声が聞こえた。
そっと誰かが毛布を掛けてくれたような気がする。どこのどなたかは存じ上げないが、寒いから丁度助かった。
気持ちよく、安心して眠れそうだ。ありがとう――
「何をしに来たのですか」
と尋ねる。
「理想郷がここにあると聞いて来た」
彼らの言っている意味は私には分からなかった。
「ここは理弔という村でそんな名前の場所は聞いたことがありません」
と伝えると、
「でも確かにここのはずです」
と言う。
ここがどういう場所なのかを伝えると、二人は困惑していた。
話を聞くと、ここは人が住んでいない区域とされ、数年前に迷い込んだ人間が、あそこには理想郷があると言っていたそうだ。
この場所には我々が元々住んでいたことを伝えると、そんなはずはないと、彼らは声を荒げ始めた。
「ようやく辿り着いた所申し訳ありませんが、ここに理想郷はありません。ここは死者を埋めて弔う場所、理弔という村です。埋めるものが無いのなら、立ち去ってください」
頭を下げて私は彼らにお願いをした。
しかし、そんな私の言葉も空しく彼らは私に襲いかかった。
気の狂った兄弟は「こんな場所まで来させておいて飯の一つも出さないとは何事か」と、叫び始めた。
石を投げつけられ、太い木の枝で叩かれた。木がへし折れるまで何度も何度も叩かれた。
私が……私がこの人達に何をしたのだろう。
謝罪をして、宝も何も無いことを伝えただけなのに、何故このような暴力を振るわれなければならないのだろうか。
私は人間の中にある闇の部分が恐ろしくなった。
先程まで会話をしていたはずの兄弟は豹変し、獣と化していた。一瞬意識が飛んだ時にはもう指先の感覚は無くなっていた。
「……」
もう動けそうになかった。体中が熱いし寒い。腕も足も痛みだけで動かせない。膝の先への感覚が無い。多分折れているんだろう。止めてくれと言っても、「お前は何かを隠している、吐け」と、意味の分からないことを叫び、殴りかかり、瀕死にまで追い詰められた。
ここまでやるのならいっそのこと殺してくれたら良いものを、生かしてくる辺りが慈悲が無いなと思う。
人間が怖いと感じたのは生まれて初めてだった。痛みを感じたのも初めてだった。
まるで彼らは野生の動物のような、人間とは程遠く感じるくらいに狂気に満ちていた。
口も多分裂けている。両目も潰されたみたいだ。激痛で失神するのに、その痛みと衝撃で気絶することも許されず、気絶と苦痛を繰り返す。
暫くすると、もう体が生きるためだけに専念し、痛覚を遮断したのか痛みは感じなくなっていた。ついでに体も動かせなくなっていた。ありがたいことにだいぶ楽になった。
動けなくなった私を置いて二人は村の中を探し回っているようだった。喚き散らしながら物を破壊していく音だけが響いてくる。人間とはこういう生き物だったのかと、村でしか生きてこなかった私には衝撃的な音が耳に届く。
「醜いな……」
声には出なかったが、その一言、その想いだけが静かに頭の中に浮かんだ。
理性の一欠片もない。人間の皮を被った動物だ。野生の猿が二匹、人に化けて言葉を喋り、己の欲の為だけに他人を犠牲にして生きている。
世界は、本当はひどく汚れているのだと知った。
村をめちゃくちゃにしたであろう二人は何も無いことを知ると、喚き散らしながらこの村を出ていった、みたいだった。
身体は嫌な感じに痙攣しているようだった。
ああ、最後に私を埋めてくれる人は居ないのか。自分で埋めようにも身体は動かない。
地面に溶けていく自分の血の臭いや感覚が鼻腔を刺激した。
感覚を手先まで伸ばそうにも、腕の辺りで感覚が途切れ、その付近からは熱い何かが垂れ流しのような状態であるのを感じる。じわじわと死が自分へと近付いてくる。
私は何の為に生まれたのだろう。人を埋めて弔って、感謝をされるわけでもない。
ただ、それが生まれた時からの私の役目だったからと言うと、これは言い訳のように感じる。
村を出ることも出来た。けれど、外の世界に行くことはしなかった。
私にとってはここが全てであり、生きる世界だった。だが、ここもこれで終わってしまう。誰も私を理弔してくれない。私が居たということは誰か覚えていてくれるだろうか。出来ればあの二人以外でお願いしたい。だが、お願いをすることさえ、もう叶わない。空しい限りだ。
私とは、私とは何だったのだろう。
もし、次に生まれ変わってこの世に生まれてくるとするなら、こんな村は御免だ。もう二度と人を埋めて弔うだけの村には生まれたくない。誰からも感謝されることも無く、来た死者を拒まず埋めていく。こんな、救いの無い村なんかに生まれてこなければ良かった。
なぜ他人を埋葬し続けなければならないのだろう。人の痛みを理解できない者を埋葬する価値などあるのだろうか。死者は語らない。どんな生活をしていたのかを私たちに知る術は無い。善人だろうと悪人だろうと、ここに来た者は誰でも理弔の対象になる。
生者は語る。だが、真実とは限らない。人間は嘘をつく、疑う、傷付ける、惑わせる。
生きた人間を埋葬することがいけない事ではなく、生きた人間は埋葬する価値が無いのか。
それに気が付けただけ、ここで生きてきた価値があったのかもしれない。
埋葬するための村、死者にとっては理想郷だったのかもしれない。
ああ、そうか。埋葬だからあの兄弟は理想郷と言ったのか。
生きている者にとっても、死者にとっても、弔ってもらえる人里から離れた理想郷……理葬境ということか。言葉とは難しいものだ。
「――長い間、ありがとうございました。もう十分ですから、どうか、お休みになってください」
誰かの声が聞こえた。
そっと誰かが毛布を掛けてくれたような気がする。どこのどなたかは存じ上げないが、寒いから丁度助かった。
気持ちよく、安心して眠れそうだ。ありがとう――
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