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25. 選んだ道
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四ヶ月後——まだ残暑厳しい晩夏のある日、時籐は会社を退職し、都内のR大学大学院のバース研究センターに転職した。そして同時に学部に入学し、大学時代に取り切れなかった単位を取るため、学生生活を始めた。それは、思いもかけないような人生の大転換だった。
約半年前、時籐は本来番を作れないはずのアルファ亜種・更科利人と番になった。それが全ての始まりだった。
なぜ自分だけがアルファ亜種から性フェロモンを感じ、番になれたのか。その疑問を解くために様々な文献を調べ、やがて時籐は一つの仮説にたどり着いた。それは、アルファ亜種は性フェロモンが出ていないのではなく、ほとんどの人が感知できない種類の性フェロモンを出しているのではないか、ということだった。
高校以来会っていなかった旧友、更科利人に再会した時、時籐は相手が誰かを知る前にアルファだとわかった。アルファ特有の甘い匂いがしたからだ。
しかし、その場にいた他のオメガの誰一人としてその匂いに気付いていなかった。
その後、更科と長時間行動を共にする中でヒートが誘発された。性フェロモン過敏症患者のオメガはアルファと濃厚接触した際にしばしばヒートを誘発されるものだが、まさにそれが起こったのだ。
更には、夏目の家に行った際、時籐は更科の性フェロモンをドア越しに感知した。
極めつけは番になれたことだ。番になるには互いに性フェロモンが出ているのが必須で、それがなければ番契約はできない。しかし、性フェロモンが出ていないアルファ亜種であるはずの更科と番になれたのだ。
これらのことから、本来性フェロモンが出ないアルファ亜種であるはずの更科から何らかの性フェロモンが出ているのではないか、それを自分だけが感じ取れるのではないかと推測した。
そして、それが更科だけの現象なのか、他のアルファ亜種もそのようなフェロモンを出しているのかを確かめるため、更科に知り合いのアルファ亜種を紹介してもらい、こっそりと確かめた。具体的にはアルファ亜種の自助グループ会場に行き、彼らがドア越しに感じ取れるフェロモン——すなわち性フェロモンを発しているかを調べたのだ。
結果は驚くべきものだった。確かめたところ、その場にいたアルファ亜種ほぼ全員が性フェロモンを発していたのだ。
このような事実から導き出される仮説は、①アルファ亜種はほとんどの人間が感知できない性フェロモンを出している ②そのフェロモンを感知できるオメガとは番になれる ③アルファ亜種のフェロモンを感知できるかと性フェロモン過敏症II型が関係している可能性がある である。時籐は、アルファ亜種の性フェロモンを感じ取れるのは性フェロモンに過敏なオメガなのではないかと推測していた。
また、先行研究からアルファ亜種にホモ・シークレンス遺伝子保有者が有意に多いことがわかっている。そのことからアルファ亜種がホモ・シークレンスの性フェロモン遺伝子を引き継いだアルファである可能性があると思った。
時籐はこれらの仮説をまとめ、奥谷教授に提示した。すると教授は、自分も同じようなことを考えていたと言い、その仮説を証明するためにアルファ亜種の性フェロモンを同定したいと言った。
フェロモン同定というのはフェロモンの成分を突き止めることだ。中でも性フェロモンの同定は難しいと言われており、世界的に見ても研究者の数は少なかった。成果が出るまで十年以上かかることもザラで、時に何十年もかけて研究しても同定に成功しないこともある。
実際に、現生人類の性フェロモンが初めて同定されたのも二十世紀後半だった。
であるから、何十年がかりの研究になるかもしれない。しかし、奥谷教授は研究に着手することを決断し、かくして研究は開始された。
時籐はその研究所の一員として、学業に勤しむ傍ら研究に従事した。すぐに成果が出る類のものではなく、根気が必要な研究だった。
しかし、もしそのフェロモンの同定に成功した暁には番解消薬の開発に着手できる可能性が高いと思っていたから、苦労は感じなかった。アルファ亜種の性フェロモンの成分を突き止めれば、後遺症なしの番解消ができる番解消薬を開発できるという確信めいた予感があったからだ。
もちろん、あくまでこれは仮説でしかない。しかし、海外のバース研究の論文を調べてみると、絶滅したホモ・シークレンスのアルファが後遺症なしの番解消ができたのではないか、と指摘している研究者が何人もいるのだ。
もしそれが事実であれば、ホモ・シークレンスの性フェロモン遺伝子を引き継いだアルファがいわゆるアルファ亜種ということになり、更科が人の番を解消できた説明がつく。点と点が繋がり線になるのだ。
また、アルファ亜種の性フェロモンを感じ取れた時籐自身もホモ・シークレンスの遺伝子を引き継いでいる可能性が高い。持病である性フェロモン過敏症II型にアルファやベータの患者がおらず、オメガ特有の病気であることもその推測を強める。
いずれにせよ、アルファ亜種から出ている何らかのフェロモンの成分を特定すれば、番解消薬開発に繋がるのではないかと思っていた。
番解消薬というものは、世界のどこの国でも長年研究されてこなかった。それは、アルファが一方的に番契約をコントロールしたがったからだ。
番契約も番解消もアルファのみが行えることを望むアルファが多く、オメガからの番解消を可能にする薬の開発は時に邪魔され、遅々として進まなかった。
しかし、オメガの立場からすれば喉から手が出るほど欲しい薬だ。一度アルファと番になったら一生別れられず、その上捨てられる恐怖に常に怯えなければならない現状の番制度はあまりに歪で不均衡すぎる。
だからいつか番解消薬ができることを願っていたし、若宮に番にされる前は自分でそれを開発したいとさえ思っていた。
その大きなヒントになるかもしれないフェロモンを発見したのだ。もしこの研究が番解消薬の開発に繋がれば、自分だけでなく子供や友人、その他大勢のオメガが番解消を恐れずに済む。そんな世の中が来たらどんなに生きやすいだろうか。それを自分の手で成し遂げられたら、どんなに素晴らしいだろう。
時籐はそういう思いから大学の研究室への転職を決意したのだった。
うまくいくかはわからない。だが失敗しても前に進み続けようと思う。これこそがずっとやりたかったことなのだから。
山奥で殺人鬼と遭遇し、死を覚悟した時にわかったのだ。人生は思ったほど長くはなく、死は想像以上に身近にあるのだと。
死が目前に迫った瞬間、平穏で退屈な日々は幻想だったと知った。家と会社の往復の単調な毎日、そしてその毎日に彩りを与える更科や子供達との時間は当たり前ではなかったのだ。
明日は、約束されていなかった。未来は、自分のものではなかった。
それを知った時、時籐の価値観は大きく変わった。
子供のためには会社勤めを続ける方が絶対にいい。経済的に余裕がある方が教育にも娯楽にもお金をかけられるし、良い暮らしをさせてやれるからだ。
だが自分の夢を追って大学の研究員になった場合には難しくなるだろう。それは子供の教育ということを考えた時に望ましくなかった。
だから山であんな目に遭う前は、子供の養育責任者としては会社を辞めるべきではないと思っていたし、研究者になる夢は諦めようと思っていた。
しかしながら、死に瀕する体験をして思ったのは、生きたいように生きたいということだった。悔いなくやりたいことをして死にたい。だって、命の期限はすぐそこまで迫っているかもしれないのだから。
子供には苦労をかけるかもしれない。でも、夢を追いたい。そう思ってしまったのだ。
そうして時籐は悩んだ末にR大学大学院バース研究センターに転職した。ある程度貯金があったのも転職に踏み切れた理由の一つだった。
それからは、学生と研究員と父親という三足のわらじを履き、忙しくも充実した日々を送っている。
親権変更の申し立てが通り、夏休みを機に引っ越してきた修司と龍司はこちらでの生活を始め、慣れつつある。本当は子供の意向を尊重し、二人がこちらで暮らしたいと言ったら同居を開始する予定だったが、山での出来事以来精神を病んでしまったらしい若宮の世話に璃子がかかりきりになってしまったため、前倒しになったのだ。
山で別れた時は十中八九遭難死すると思っていたが、驚くべきことに若宮は生きて救助された。あの後すぐに捜索に入った救助隊が滑落して骨折し、動けなくなっている若宮を発見したのだ。
場所は、雨の中、時籐と更科の元を飛び出していったところからいくらもいかない所の崖下だった。予想通り足を滑らせて滑落したようだが、打ちどころが良かったのと別れた地点からそう離れていない場所で動けなくなったことが幸いして割とすぐに救助されたようだ。
つくづく悪運の強いアルファだとも思うが、山での出来事に随分なショックを受けて精神病院に入院しているらしく、あまり怒りは湧いてこなかった。
そういった経緯で修司と龍司が家に来て、新生活が始まった。
それとほぼ同時期に更科が家によく来るようになった。北条の言うことはまだ信用しきれないし、口封じに来る可能性もゼロではないから時籐と子供達が心配だと言って何かにつけて家に立ち寄るようになったのだ。そして今まで以上に子供の世話を焼くようになった。
習い事の送り迎えをし、学校行事に参加し、休日には海やテーマパークや文化施設に連れていき、時籐の帰りが遅い日には夕食を食べさせ、風呂に入れて寝かせてくれた。
理想という字そのもののような生活の中で唯一の懸念点は、璃子が更科に対して抱いた疑念だった。
子供目当てで時籐と一緒にいるのではないか——つまり邪な目的を持った小児性愛者なのではないかという疑惑だ。
この疑いには、当初頭を殴られたかの衝撃を受けた。しかし心のどこかでそれはありうる、とも思っていたのだ。
だから時籐はキャンプから帰った後、いの一番に子供達に、自分の体のプライベートな部分は誰にも見せたり触らせてはいけないし、同様に他人のプライベートな部分を見たり触ったりしてもいけない。もしそのようなことをされたらすぐに言うように、と伝えた。
そして、それとなく過去にそういうことをされたことがあるかと探りを入れると、二人は首を振った。嘘をついているようには見えなかったが、百パーセントの確信はない。まだ子供達と再会して日が浅く、十分に信頼を勝ち取れていないからだ。
だから、ひとまず更科との同居は先送りにした。更科のことは家族の次ぐらいに信用しているが、性犯罪の可能性が〇・一パーセントでもあるならばそれを防ぐためにできるだけのことをすべきだと思ったからだ。
世間知らずではないので性的虐待が子供の心にどれだけの傷を負わせるかも、継父がその加害者になりやすいことも知っている。だからもし子供に何かあれば即座に別れるつもりだった。
衝撃的なニュースを耳にしたのはそうやって新生活をスタートさせて少し経った頃だった。
約半年前、時籐は本来番を作れないはずのアルファ亜種・更科利人と番になった。それが全ての始まりだった。
なぜ自分だけがアルファ亜種から性フェロモンを感じ、番になれたのか。その疑問を解くために様々な文献を調べ、やがて時籐は一つの仮説にたどり着いた。それは、アルファ亜種は性フェロモンが出ていないのではなく、ほとんどの人が感知できない種類の性フェロモンを出しているのではないか、ということだった。
高校以来会っていなかった旧友、更科利人に再会した時、時籐は相手が誰かを知る前にアルファだとわかった。アルファ特有の甘い匂いがしたからだ。
しかし、その場にいた他のオメガの誰一人としてその匂いに気付いていなかった。
その後、更科と長時間行動を共にする中でヒートが誘発された。性フェロモン過敏症患者のオメガはアルファと濃厚接触した際にしばしばヒートを誘発されるものだが、まさにそれが起こったのだ。
更には、夏目の家に行った際、時籐は更科の性フェロモンをドア越しに感知した。
極めつけは番になれたことだ。番になるには互いに性フェロモンが出ているのが必須で、それがなければ番契約はできない。しかし、性フェロモンが出ていないアルファ亜種であるはずの更科と番になれたのだ。
これらのことから、本来性フェロモンが出ないアルファ亜種であるはずの更科から何らかの性フェロモンが出ているのではないか、それを自分だけが感じ取れるのではないかと推測した。
そして、それが更科だけの現象なのか、他のアルファ亜種もそのようなフェロモンを出しているのかを確かめるため、更科に知り合いのアルファ亜種を紹介してもらい、こっそりと確かめた。具体的にはアルファ亜種の自助グループ会場に行き、彼らがドア越しに感じ取れるフェロモン——すなわち性フェロモンを発しているかを調べたのだ。
結果は驚くべきものだった。確かめたところ、その場にいたアルファ亜種ほぼ全員が性フェロモンを発していたのだ。
このような事実から導き出される仮説は、①アルファ亜種はほとんどの人間が感知できない性フェロモンを出している ②そのフェロモンを感知できるオメガとは番になれる ③アルファ亜種のフェロモンを感知できるかと性フェロモン過敏症II型が関係している可能性がある である。時籐は、アルファ亜種の性フェロモンを感じ取れるのは性フェロモンに過敏なオメガなのではないかと推測していた。
また、先行研究からアルファ亜種にホモ・シークレンス遺伝子保有者が有意に多いことがわかっている。そのことからアルファ亜種がホモ・シークレンスの性フェロモン遺伝子を引き継いだアルファである可能性があると思った。
時籐はこれらの仮説をまとめ、奥谷教授に提示した。すると教授は、自分も同じようなことを考えていたと言い、その仮説を証明するためにアルファ亜種の性フェロモンを同定したいと言った。
フェロモン同定というのはフェロモンの成分を突き止めることだ。中でも性フェロモンの同定は難しいと言われており、世界的に見ても研究者の数は少なかった。成果が出るまで十年以上かかることもザラで、時に何十年もかけて研究しても同定に成功しないこともある。
実際に、現生人類の性フェロモンが初めて同定されたのも二十世紀後半だった。
であるから、何十年がかりの研究になるかもしれない。しかし、奥谷教授は研究に着手することを決断し、かくして研究は開始された。
時籐はその研究所の一員として、学業に勤しむ傍ら研究に従事した。すぐに成果が出る類のものではなく、根気が必要な研究だった。
しかし、もしそのフェロモンの同定に成功した暁には番解消薬の開発に着手できる可能性が高いと思っていたから、苦労は感じなかった。アルファ亜種の性フェロモンの成分を突き止めれば、後遺症なしの番解消ができる番解消薬を開発できるという確信めいた予感があったからだ。
もちろん、あくまでこれは仮説でしかない。しかし、海外のバース研究の論文を調べてみると、絶滅したホモ・シークレンスのアルファが後遺症なしの番解消ができたのではないか、と指摘している研究者が何人もいるのだ。
もしそれが事実であれば、ホモ・シークレンスの性フェロモン遺伝子を引き継いだアルファがいわゆるアルファ亜種ということになり、更科が人の番を解消できた説明がつく。点と点が繋がり線になるのだ。
また、アルファ亜種の性フェロモンを感じ取れた時籐自身もホモ・シークレンスの遺伝子を引き継いでいる可能性が高い。持病である性フェロモン過敏症II型にアルファやベータの患者がおらず、オメガ特有の病気であることもその推測を強める。
いずれにせよ、アルファ亜種から出ている何らかのフェロモンの成分を特定すれば、番解消薬開発に繋がるのではないかと思っていた。
番解消薬というものは、世界のどこの国でも長年研究されてこなかった。それは、アルファが一方的に番契約をコントロールしたがったからだ。
番契約も番解消もアルファのみが行えることを望むアルファが多く、オメガからの番解消を可能にする薬の開発は時に邪魔され、遅々として進まなかった。
しかし、オメガの立場からすれば喉から手が出るほど欲しい薬だ。一度アルファと番になったら一生別れられず、その上捨てられる恐怖に常に怯えなければならない現状の番制度はあまりに歪で不均衡すぎる。
だからいつか番解消薬ができることを願っていたし、若宮に番にされる前は自分でそれを開発したいとさえ思っていた。
その大きなヒントになるかもしれないフェロモンを発見したのだ。もしこの研究が番解消薬の開発に繋がれば、自分だけでなく子供や友人、その他大勢のオメガが番解消を恐れずに済む。そんな世の中が来たらどんなに生きやすいだろうか。それを自分の手で成し遂げられたら、どんなに素晴らしいだろう。
時籐はそういう思いから大学の研究室への転職を決意したのだった。
うまくいくかはわからない。だが失敗しても前に進み続けようと思う。これこそがずっとやりたかったことなのだから。
山奥で殺人鬼と遭遇し、死を覚悟した時にわかったのだ。人生は思ったほど長くはなく、死は想像以上に身近にあるのだと。
死が目前に迫った瞬間、平穏で退屈な日々は幻想だったと知った。家と会社の往復の単調な毎日、そしてその毎日に彩りを与える更科や子供達との時間は当たり前ではなかったのだ。
明日は、約束されていなかった。未来は、自分のものではなかった。
それを知った時、時籐の価値観は大きく変わった。
子供のためには会社勤めを続ける方が絶対にいい。経済的に余裕がある方が教育にも娯楽にもお金をかけられるし、良い暮らしをさせてやれるからだ。
だが自分の夢を追って大学の研究員になった場合には難しくなるだろう。それは子供の教育ということを考えた時に望ましくなかった。
だから山であんな目に遭う前は、子供の養育責任者としては会社を辞めるべきではないと思っていたし、研究者になる夢は諦めようと思っていた。
しかしながら、死に瀕する体験をして思ったのは、生きたいように生きたいということだった。悔いなくやりたいことをして死にたい。だって、命の期限はすぐそこまで迫っているかもしれないのだから。
子供には苦労をかけるかもしれない。でも、夢を追いたい。そう思ってしまったのだ。
そうして時籐は悩んだ末にR大学大学院バース研究センターに転職した。ある程度貯金があったのも転職に踏み切れた理由の一つだった。
それからは、学生と研究員と父親という三足のわらじを履き、忙しくも充実した日々を送っている。
親権変更の申し立てが通り、夏休みを機に引っ越してきた修司と龍司はこちらでの生活を始め、慣れつつある。本当は子供の意向を尊重し、二人がこちらで暮らしたいと言ったら同居を開始する予定だったが、山での出来事以来精神を病んでしまったらしい若宮の世話に璃子がかかりきりになってしまったため、前倒しになったのだ。
山で別れた時は十中八九遭難死すると思っていたが、驚くべきことに若宮は生きて救助された。あの後すぐに捜索に入った救助隊が滑落して骨折し、動けなくなっている若宮を発見したのだ。
場所は、雨の中、時籐と更科の元を飛び出していったところからいくらもいかない所の崖下だった。予想通り足を滑らせて滑落したようだが、打ちどころが良かったのと別れた地点からそう離れていない場所で動けなくなったことが幸いして割とすぐに救助されたようだ。
つくづく悪運の強いアルファだとも思うが、山での出来事に随分なショックを受けて精神病院に入院しているらしく、あまり怒りは湧いてこなかった。
そういった経緯で修司と龍司が家に来て、新生活が始まった。
それとほぼ同時期に更科が家によく来るようになった。北条の言うことはまだ信用しきれないし、口封じに来る可能性もゼロではないから時籐と子供達が心配だと言って何かにつけて家に立ち寄るようになったのだ。そして今まで以上に子供の世話を焼くようになった。
習い事の送り迎えをし、学校行事に参加し、休日には海やテーマパークや文化施設に連れていき、時籐の帰りが遅い日には夕食を食べさせ、風呂に入れて寝かせてくれた。
理想という字そのもののような生活の中で唯一の懸念点は、璃子が更科に対して抱いた疑念だった。
子供目当てで時籐と一緒にいるのではないか——つまり邪な目的を持った小児性愛者なのではないかという疑惑だ。
この疑いには、当初頭を殴られたかの衝撃を受けた。しかし心のどこかでそれはありうる、とも思っていたのだ。
だから時籐はキャンプから帰った後、いの一番に子供達に、自分の体のプライベートな部分は誰にも見せたり触らせてはいけないし、同様に他人のプライベートな部分を見たり触ったりしてもいけない。もしそのようなことをされたらすぐに言うように、と伝えた。
そして、それとなく過去にそういうことをされたことがあるかと探りを入れると、二人は首を振った。嘘をついているようには見えなかったが、百パーセントの確信はない。まだ子供達と再会して日が浅く、十分に信頼を勝ち取れていないからだ。
だから、ひとまず更科との同居は先送りにした。更科のことは家族の次ぐらいに信用しているが、性犯罪の可能性が〇・一パーセントでもあるならばそれを防ぐためにできるだけのことをすべきだと思ったからだ。
世間知らずではないので性的虐待が子供の心にどれだけの傷を負わせるかも、継父がその加害者になりやすいことも知っている。だからもし子供に何かあれば即座に別れるつもりだった。
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