135 / 192
赤い写生帳
6
しおりを挟む白いものが交じる睫毛を伏せ、手袋のはめられた手を握り締めては何か勇気を振り絞っているかのような雰囲気だった。
「新見さん?」
どうして、胸がひやりとしたのか。
どうして、母の容態を告げられた時を思い出してしまったのか。
どうして……
「田城様は、昨夜……お亡くなりになりました」
「……は?」
堪え切れなくなったのか、皺を刻んだ目尻からぽろりと一滴の涙が零れる。
「これは、お見苦しいものを」
そう告げてさっと涙を拭う姿を眺めながら、
「嘘だ」
ただそう返した。
余程、魂の抜けたような顔をしていたのか、新見は俺の肩を揺さぶってくる。
「お気を確かに」
「何を言って……いや、何かの間違いでしょう? ね? そうでしょう? あいつが……そんなこと一言も聞いてない!」
「田城様は以前より胃を患われていて」
「嘘だっ! あいつはっ! 質の悪い冗談はやめてください!」
怒鳴り返した俺に、人間らしい表情を浮かべた新見が項垂れる。
幾らその奔放さを苦々しく思ってはいても、懐こい玄上のことだ。
なんだかんだと新見に受け入れられていたに違いない。
弱々しく表情を崩した新見が手の中の写生帳を指差す。
「 ご自分が亡くなれば、責任をもって新山様にお渡しするよう、生前からきつく言われておりました」
手の中の赤い写生帳に視線を落とす俺に通夜と葬儀の日程を伝え、すぐに帰る非礼を詫びながら新見は帰って行った。
腕の中に赤い写生帳を抱いたまま工房に座り込む。
新見が訪れてから数刻経ち、日は名残を惜しみながら沈みかけていたが、未だに玄上のことが呑み込めずにいた。
「胃を?」
そんな素振り、微塵もなかった。
「────いや」
自問自答が返る。
手元に置かれていた痛散湯。
すぐに取り出すことのできた距離は、常用している人間のそれだ。
最後に会った時、痩せたのかと思ったのは気のせいではなかったんだろう。
以前訪ねた際に、新見はここに玄上はいないと答えて連絡を取ると言った。
それは、療養のために並木の屋敷を出たと言うことだ。
そして……身の回りを片付けるために、あいつは翠也に写生帳を託した。
そう言うことだ。
「玄上……────なぜ黙っていた……」
呪いを呟くかのような自分の声に驚きながら、手の一部になってしまったのではと思えるほど握り締めていた赤い写生帳の表紙を開いた。
挟まれていたのは、二通の手紙だ。
一通は俺、もう一通は翠也にだった。
なんの飾り気もない、ありきたりな封筒が俺の手にはひどく重く感じられて、封を切るまでにずいぶんと時間がかかった。
0
あなたにおすすめの小説
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる