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ひざまずかせてキス
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しおりを挟むそんな義理はないと分かってはいるが、逃げたと思われてもアレだ。
「らっしゃーい!」
何年か前に、道路の拡張か何かで建て直された薄く長い印象のラーメン屋に入ると、相良の声が聞こえた。
カウンターに座ると、びっくりしたような顔のままこちらを見て、店主らしい老年の男に言われて慌てて水を出してくる。
「い らっしゃい」
「唐揚げセットを」
そう注文すると、小汚い感じの相良の顔が険しくなった。
「体調戻ったんかよ?」
「お前が心配することじゃない」
ふん とそっぽを向いてやると、バイト中だからかそれ以上何も言わずに注文を通して背を向けてしまった。
その背中を薄いシャツ越しに見て、何か他のバイトか格闘技でもしているのかと、ぼんやりと考える。
硬い のだ。
余分な部分が一切ない程に鍛えられた体だ。
「 唐揚げ、好きなのな?」
「……定番商品だから」
前回、目の前で平らげられたせいか食べたくて仕方がなかったと言うのは黙っていようと思う。
「仕事で離れる」
「は?」
「しばらく、戻らない」
「それは オツトメ的な?」
「なんでだ!ただの出張だ」
「じゃあ、遠回しに俺と会えなくて寂しいよ!な話?」
「ダンプ突っ込ませてやろうか?」
「えー……じゃあ」と続けて、相良はもじもじと科を作るふりをした。
「住所教えただろ?今日は十時には居るから、来いよ」
あの時、手の中に押し込まれたメモの事だとは思うが……
「字が汚すぎて読めなかった」
「えっウソッ」
格好良く決めたと思っていたのか、ドヤ顔が崩れてこちらを向いた。
「タイちゃんの字は汚いよねぇ、全然読めないよねぇ」
ひょっこりと傍から覗き込んだ店主がそう言い、メモを見てうんうんと頷く。
辛うじて数字は読み取れていると思うが……それ以外は酷く右斜め上方に間延びして崩れ、よく分からない文字になっている。
「うっ 読めるだろ?」
「コレが読めるならヴォイニッチだって読める」
「書き直してあげるから、タイちゃんはチャーハン作っておいて」
やれやれと老年の店主は言い、「ん?」「んん?」「これ住所なの?」と言いながら新しい用紙に書き写してくれている。
「はい、これね」
「ありがとうございます」
「ホントねーいい子なのに字ぃへたくそだよね。付き合い長いから読めるけど、初見じゃまずムリだね」
苦笑しながら頷いて、やっとありつく事が出来た唐揚げにかぶりついた。
あかのアパートも酷かったが、相良のアパートも酷い。
時間のせいなのか電気のついている部屋は一か所しかなく、清書されたメモと見比べてそこが目的の部屋だと言う事が分かった。
き き と足元で音がする。
気を使って足音を立てないように歩いてはいるが、この階段では意味がないようだ。
「あ!やっぱりー!」
ばたばたっと足音が聞こえて、けたたましい音を上げて馬鹿かと言いたくなるような大声で名前を呼んできた。
とっさに「しーっ」と人差し指を唇に押し当てるも、部屋着の相良は声を潜める気はないようだった。
「静かにしろ」
「入って入って!!散らかってるけど」
「 って汚っ!」
玄関に片付けられずにひっくり返った靴を見ながら顔を上げると、ぞっとする光景が広がっていた。
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