346 / 808
花占いのゆくえ
36
しおりを挟む慣れない、絵の具独特の臭いと、鉛筆の臭い、それから……よく分からない物の臭い。
不快ではないけれど、自分の生活には全く関係してこなかったそれらに戸惑って薫を見た が、視線が合わない。
「ちょっとごちゃごちゃしてるでしょ?皆が使ってる場所だからだからね!」
ちょっと?
そんなことないよな?と問いかけようとして薫を見るが、視線はやっぱり不自然に逸らされていて。
側から見れば初めて来る場所に興味を持って辺りを見渡しているように見えるんだろうけど、これはそうじゃない。
「薫?」
声を掛けても明後日の方に気を取られる「フリ」をして、視線は最後までこちらに来なかった。
「じゃあ よろしくお願いします」
「あ、はい」
美術室の棚に置かれているような大きなスケッチブックを持って、ミナトはオレの前で深くお辞儀をした。それに慌てて頭を下げて返すと、ふふ と小さく笑いが返る。
「ありがとう!引き受けてくれて。すごく描きたかったから」
「や、そんな大げさな」
「うぅん、嬉しい!おこづかいにもならないだろうけど、お礼も渡すからね!」
にこにこと笑顔で言われると嬉しいのは、ミナトの笑い方がどことなく薫に似ているからだと思う。
後ろに本人がいるのにそんなことを思うべきじゃないのは分かっているけれど、たぶんオレはこの手の顔……と言うか雰囲気の人間に弱いんだろう。
「空調効いてるから大丈夫だと思うんだけど、寒かったり暑かったりしたらすぐに教えてね?」
「うん、わか って、ミナトさん⁉」
いきなりオレのブレザーを脱がしにかかったミナトに驚いていると、ミナトはぽかん としてから急に飛び上がった。
「あ あ あの、ヌードだって、言ってなかった?」
「ええええっ⁉」
オレの上げるべき声を薫が代わりに上げてくれた。
大きな目を更に大きくして、口も丸く開けた状態で驚いた顔をしていた薫は、はっとなって慌ててオレをミナトから引き離し、間に入って手を大きく広げて首を振る。
「そ、そんなのっ駄目っ」
普段から物静かな薫の声に驚いて言葉が紡げないでいると、ミナトの口がきゅっと引き結ばれたのが見えた。
唇の内側を噛んだのか、小さく震えて言葉を飲み込んだようだ。
「 駄目 とか言われても 、モデル やるって言ってくれたのは、喜蝶くんだから。申し訳ないけど、関係ない人は 口を出さないで 欲しいんだけど」
そろそろと言葉を選んだのか、ミナトの言葉は途切れがちだった。
「俺が言ったからっ!喜蝶は俺が勧めたから受けただけなんです!自分の意志じゃなくてっ」
ミナトが言葉を詰まらせてさっとオレを不安げに見上げる。
ぱっちりとした目が不安に揺れて……オレだけを映して縋ろうとしているのを見ると、無下にすることも出来ずに途方に暮れて眉をしかめた。
「 た、確かに、ヌードって言わなかったミナトさんが悪いよ。オレ、それなら断ってたし」
「っ ごめ 」
「でも、ここまで来ちゃったし、課題なんでしょ?間に合わなかったら困る?」
ミナトは言葉を一瞬詰まらせた後、胸を押さえながら俯いて小さく頭を縦に振る。
0
あなたにおすすめの小説
僕の追憶と運命の人-【消えない思い】スピンオフ
樹木緑
BL
【消えない思い】スピンオフ ーオメガバース
ーあの日の記憶がいつまでも僕を追いかけるー
消えない思いをまだ読んでおられない方は 、
続きではありませんが、消えない思いから読むことをお勧めします。
消えない思いで何時も番の居るΩに恋をしていた矢野浩二が
高校の後輩に初めての本気の恋をしてその恋に破れ、
それでもあきらめきれない中で、 自分の運命の番を探し求めるお話。
消えない思いに比べると、
更新はゆっくりになると思いますが、
またまた宜しくお願い致します。
宵の月
古紫汐桜
BL
Ωとして生を受けた鵜森月夜は、村で代々伝わるしきたりにより、幼いうちに相楽家へ召し取られ、相楽家の次期当主であり、αの相楽恭弥と番になる事を決められていた。
愛の無い関係に絶望していた頃、兄弟校から交換学生の日浦太陽に出会う。
日浦太陽は、月夜に「自分が運命の番だ」と猛アタックして来て……。
2人の間で揺れる月夜が出す答えは一体……
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
奇跡に祝福を
善奈美
BL
家族に爪弾きにされていた僕。高等部三学年に進級してすぐ、四神の一つ、西條家の後継者である彼が記憶喪失になった。運命であると僕は知っていたけど、ずっと避けていた。でも、記憶がなくなったことで僕は彼と過ごすことになった。でも、記憶が戻ったら終わり、そんな関係だった。
※不定期更新になります。
宵にまぎれて兎は回る
宇土為名
BL
高校3年の春、同級生の名取に告白した冬だったが名取にはあっさりと冗談だったことにされてしまう。それを否定することもなく卒業し手以来、冬は親友だった名取とは距離を置こうと一度も連絡を取らなかった。そして8年後、勤めている会社の取引先で転勤してきた名取と8年ぶりに再会を果たす。再会してすぐ名取は自身の結婚式に出席してくれと冬に頼んできた。はじめは断るつもりだった冬だが、名取の願いには弱く結局引き受けてしまう。そして式当日、幸せに溢れた雰囲気に疲れてしまった冬は式場の中庭で避難するように休憩した。いまだに思いを断ち切れていない自分の情けなさを反省していると、そこで別の式に出席している男と出会い…
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
キミと2回目の恋をしよう
なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。
彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。
彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。
「どこかに旅行だったの?」
傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。
彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。
彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが…
彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?
はじまりの朝
さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。
ある出来事をきっかけに離れてしまう。
中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。
これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。
✳『番外編〜はじまりの裏側で』
『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる