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黒鳥の湖
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しおりを挟む三度目は喉の奥がぐぅっと鳴っただけで、辛うじて堪えることは出来たけれど体の内側の攣る感覚に力が入らず倒れ込むしかできなかった。
「 あーあ。マジ戻してんのかよ、だから薬飲んどけって言ったのに」
ぺた ぺた と汗ばんだ足裏が床を踏みしめる音がして、吐瀉物に塗れた視界の端に薄墨の素足が見える。
「お客様、お前が飛び出すからしらけちまったってよ」
「 ご、め さ 」
廊下に蹲るオレの傍らに立つ薄墨からは、むっとするような青臭い臭いが漂ってきていて、思わず逃げるように顔をそむけた。
「良く見とけよ、お前がこれからすることなんだから」
そろりとそちらに顔を向けると、飄々とした薄墨の喉元に垂れた白濁が目に入る。
嫌悪感と「なぜ?」の言葉が顔に出ていたのか、薄墨はくすくすと笑いながらくすぐったそうに喉の精液を掬い取って突きつけてきた。
「どうして外に出すのか か?」
「…………」
「毎回毎回孕ませてたら遊べないだろ?」
「あそ ?」
けらけらと笑って手を振ると、指先に付いていた雫が飛んで床にぴしゃりと打ち付けられる。
αの出すソレを粗末にしないように、大切にするようにと言いつけられて育ってきた身としては、薄墨の行動が信じられずに戸惑うしかない。
オレ達はαの子孫繁栄のための手伝いをする立場で、それ以上でもそれ以下でもないはずだった。
「…………」
板の上に広がる液体を見て固まるオレに、嘲笑の声が掛けられて……
「お前、本当にここがそれだけのためにあると思ってんの?」
まるで世界の心理を知っているかのようなしたり顔でこちらを見下ろす薄墨を睨み返そうとしたけれど、わずかに視線を動かすことだけがオレに出来たすべてだった。
繰り返し吐いてぐったりと力の入らなくなった体も、時宝の残して行ってくれた上着に包まっていれば癒されるような気がして、袖口に頬を摺り寄せながら横になっているとうつらうつらと微睡みの中で時宝の夢を見ていたようだった。
汗ばむ肩に手を伸ばすと熱い皮膚の下で動く筋肉の感触がして、応えるようにオレの体をきつく抱き締めてくれる。
耳の傍で鳴るリップ音に自然と体が震えるのは、嫌悪なんかじゃなくて嬉しさが極まったからで……
男の体が上げる荒い息も滴る汗も、時宝の物だと思えばすべてが愛おしくて……
「 ────っ」
びちゃ とした感触に意識を裂かれるようにして飛び上がると、額から絞り切れていない水で濡らされた手拭いが落ちる。
それは以前に小石が乗せてくれたものよりも拙く、きちんと絞れていないせいで辺りは水でぐっしょりだった。
「やだっ冷たい!」
オレが飛び起きたせいで雫が飛んでしまったんだろう、傍でそう抗議するような声が上がる。
「 ……蛤貝?」
「具合は?」
具合?と問い直そうして、胃がキリッとした痛みを上げたのを感じて思わず前のめりになって腹に手を置く。
そうすれば少しはその痛みがマシになってくれるかとも思ったけれど、まだ胸に居座っている嘔吐感と共に薄れてくれそうになかった。
「ど して、ここに?」
ここは、下の部屋だ。
普通なら、立ち入ることもなければ立ち入っていい場所でもない。
「なんでって し、心配しちゃだめなの⁉︎」
ちょっと不機嫌そうに言う蛤貝に、反射的に「そんなことない」と答えてしまっていた。
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