蒼穹の裏方

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第4章 インド洋の戦い

4.1章 待ち受ける東洋艦隊

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 スンダ海峡で虎口を脱したフィリップス中将が指揮する英艦隊は、西へと航路をとり、セイロン島を目指した。インド洋では後を追いかけてくる日本艦隊はいない。無線連絡により、艦隊の停泊地としてトリンコマリーを指示されたので、セイロン島の北側を回って泊地に入ることでやっと一息つくことができた。

 トリンコマリーの泊地において、シンガポールからの艦隊がインド洋艦隊と合流すると、広い海域に分散していた東洋艦隊のほぼ全勢力が集まることになった。更に、1942年になってしばらくすると正規空母のインドミタブルとフォーミダブルが大西洋からインド洋にやってきた。7隻の戦艦に3隻の空母が加わると、大艦隊となった。泊地を見渡してもかなり壮観だ。旗艦のプリンス・オブ・ウェールズに将旗を掲げたトーマス・フィリップス中将は、停泊している艦隊を眺めながら副官のパリサー少将と艦長のリーチ大佐の方に顔を向けた。

「これだけの艦が集まると、なんとも壮観だな。我々だけで、ヤマモトの艦隊を撃滅できそうに思えてしまうが、無謀な作戦は自重せねばならん。やはり、太平洋へと進み出て、日本軍と戦うのは無理だろうな」

 パリサー少将が答える。
「シンガポールが、早くも2月に陥落してしまったのは全く予想できないような誤算でした。もう少し持ちこたえてもらえば、我が軍と連携した戦いも可能でしたが、もはやあの海域に行ってまで戦う意味はありません。しかもジャワ島周辺の夜戦で、我々と一緒に戦うべきオランダやアメリカの艦艇もほとんど全滅してしまいました。オランダのドールマン少将はスラバヤ沖で沈んでしまったのです。太平洋の戦力バランスは大きく変わってしまっています」

 フィリップス中将はゆっくりと、大佐たちの顔を見ながら話し始めた。
「それで、この大艦隊がとるべき作戦はいったい何があるのかね。君たちの意見を聞こう。但し、これ以上我々が後方に下がることは許可しない」

「我々が行動する方面としては大きく二つ考えられます。オーストラリアを守るのか、それともこの海域でインドやセイロンを守るのかです。本国からの指令に従うならば、当然インドの防衛が最優先になります。しかもアメリカの戦略分析によると、インド洋に日本海軍が進出してくる兆候があるようです。出てくる艦隊はあの真珠湾を攻撃した空母機動部隊が中心になるだろうとのことです。私としては、インド洋に敵を誘い込んでから艦隊戦による迎撃戦闘を強く推奨します。何しろこの海は我々の土俵です。艦隊だけでなく、基地に配備された航空機も戦闘に活用できる可能性があります。大英帝国にとってインド洋の海上輸送を確保することは死活問題です。絶対にこの海を失ってはなりません」

「うむ、私もこのインド洋において全力で戦うことを考えたい。インド洋に日本海軍が出てくるという想定にも異論はない。間違いなく彼らはやって来るだろう。いつになったら、いったいどんな艦隊がやってくるのか事前にわかれば我々は優位に立てる可能性がある」

 話していると、一人の将官が艦橋に登ってきた。
「挨拶が遅くなりました。今月になって東洋艦隊の副官として着任してきました。ジェームズ・サマヴィルです。今は、ウォースパイトで指揮しています」

「ちょうどいいタイミングだな、作戦会議を開きたい。これから1時間後に本艦の会議室で東洋艦隊の作戦会議を開催する。我々の今後の行動について、ざっくばらんな意見を聞かせてもらいたい」

……

 作戦会議が始まると、最初にサマヴィル中将が発言した。
「この艦隊は、高速な空母や戦艦とそれよりも遅い戦艦が入り混じっています。高速艦の足を引っ張らないように艦隊を二分する必要があると思います。日本の空母が相手ならば、なおさらのこと、空母と高速戦艦をまとめて機動部隊を編制しないと、低速艦に足を合わせていては相手の捕捉すら困難ではないでしょうか」

「その考えには私も賛成する。高速戦艦の機動力を生かすためにも空母との連携が必要だ。しかも、戦闘海域は我々の有利なところを選びたい。日本艦隊は、インド洋に入ればコロンボやこの基地を攻撃するのだから航路は限られるはずだ。速度の遅い戦艦部隊は、我々の機動部隊と航空部隊が敵の足をとめてから懐に入って、仕留めるという役割が良いのではないか」

 議論の方向性を見て、パリサー少将が、インド洋に配備された艦艇の一覧を取り出した。
「ここに、艦艇を示した表があります。今の議論に従って具体的に艦艇を振り分けてゆきましょう。高速艦艇をA部隊、戦艦主体をB部隊として、それぞれの部隊の構成を決めたいと思います。もちろん、状況の変化によりA艦隊とB艦隊間の艦艇の入れ替えはすぐにでもできますので、現時点での状況による艦の配備ということになります」

 会議の結果、まず東洋艦隊を2隊に分割することを決定した。
 A部隊は高速戦艦と空母から構成される機動部隊で、フィリップス中将が指揮する。
 戦艦:プリンス・オブ・ウェールズ(旗艦)、レパルス
 空母:インドミタブル、フォーミダブル
 重巡洋艦:コーンウォール、ドーセットシャー
 軽巡洋艦:エメラルド、エンタープライズ、駆逐艦6隻

 B部隊は戦艦を主力とする砲撃艦隊で、サマヴィル中将が指揮する。
 戦艦:ウォースパイト(旗艦)、レゾリューション、ラミリーズ、ロイヤル・サヴリン、リヴェンジ
 空母:ハーミーズ
 軽巡洋艦:カレドン、ドラゴン、ダナエ、ヤコブ・ヴァン・ヘームスケルク、駆逐艦8隻

 パリサー少将には、心配事があった。
「提案があります。このトリンコマリーにしてもコロンボにしても、民間人が暮らす街がそばにあります。しかも我々の艦隊が停泊しているか外洋に出ているかは、少し高いところに登れば一目瞭然です。民間人の中には日本に情報を提供している者がいるかもしれません。いや日本人そのものが街の住人に紛れている可能性も高いと私は考えています」

 フィリップス中将が質問する。
「セイロンにはいろんな人間が住んでいる。スパイ活動の可能性については否定しない。それでこれからどの様にしろというのかね?」

「インド洋の南西に、我が軍が構築してきたアッズ環礁という小島が存在します。陸地の面積はそれほど大きくありませんが、環礁の中には大艦隊が停泊しても十分な湾があります。昨年以降、その島に基地の建物を増築して、石油の備蓄も開始しています。滑走路は1本ですが、航空機の配備も始まっています。何よりも重要なのは、恐らく日本軍はこの基地の存在を知らないということです」

「私もアッズ環礁の名前は聞いたことがあるぞ。基地としてかなり整備が進んでいるのだな。そこに我々にとって都合の良い別荘があるから、それを有効活用しろということだな。しばらくすれば、日本艦隊がインド洋に出てくる時期も想定できるようになるだろう。その時期を見計らって別荘に移動して、待ち伏せする作戦も可能性の一つとして考えよう」

 横で聞いていたサマヴィル中将が質問する。
「日本人がインドにやって来る時期がわかりますかね?」

 その質問には、フィリップス中将が答えた。
「そこは大丈夫だと思う。我々にはアメリカという頼りになる味方がいる。しかも彼らは太平洋での日本軍の動きに注目している。これは極秘情報だが、アメリカ情報局は。日本海軍の暗号を既に解読しているはずだ。我々が必要とする情報を必ず渡してくれるであろう」

 パリサー少将が続ける。
「もう一つ、我々にはオーストラリアとマレー半島、インドシナに協力者がいます。日本軍が東南アジアの泊地を利用したり、海峡を通れば、近くの島に配置された連絡員が発見してその情報をもたらしてくれるはずです。オーストラリア寄りの現地人も含めれば、かなりの数の協力者がいろいろな島にいます。これらの島に近づけば、日本艦隊は行動を隠すことはできません」

「現地の情報源を頼れるのであれば、日本艦隊がインド洋に出てくる時期は、ある程度正確に知ることができるという前提で考えよう。事前にわかれば、アッズ環礁を隠れ家として活用する作戦が可能だ。我々の作戦にとって、今後重要性を増すだろう。私から本国にアッズ基地への物資の追加と環礁内の飛行場に配備する航空機の追加を要求しよう」
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