蒼穹の裏方

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第16章 米大陸攻撃作戦

16.3章 シアトル沖の機動部隊

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 3月18日に軍令部から『スズヤダケノボレ』という作戦開始命令を受けて、連合艦隊司令部は、パナマ運河攻撃に続いて、機動部隊と大型爆撃機による米大陸の攻撃作戦を開始しようとしていた。

 今まで米大陸攻撃作戦の検討を行ってきた、作戦参謀の三和中佐がまずは説明した。
「できる限り機動部隊への危険性を低減するために、遠距離からの攻撃を進言します。大型の爆撃隊はハワイ島の基地から発進させます。また、機動部隊を発艦する機体もアメリカ大陸沿岸から内部に飛行してゆく部隊は、空中給油を利用して遠距離から発進させます。これにより、空母への攻撃の危険性を減少することができます」

 宇垣少将が意見を述べる。
「空中給油を利用するとなると、燃料系統を改修済みの機体しか使えません。そもそも燃料補給可能な給油母機はそれほど多くはありません。空母搭載機全てを内陸まで進出させる大規模な攻撃は不可能になりますが、どのように判断しますか?」

 黙って聞いていた山口長官が決断した。
「三和参謀の意見を採用したい。攻撃隊の規模が減少するのはやむを得ない。この作戦では落とす爆弾の量は問題ではない。アウトレンジによる遠距離攻撃と複数目標への同時攻撃を実施する。米国の内陸部への侵攻に際しては、陽動作戦を実施することにより我が軍の被害を減らすことにする」

 一呼吸おいて、山口中将はゆっくりと周りを見回して、決定事項を告げた。
「軍令部からの命令に従い、米大陸への攻撃作戦を実行する。最短の実行時期は、いつが可能か?」

 宇垣参謀長がすぐに答える。想定していた質問だ。
「機動部隊が出港して攻撃位置に達する時間と、理研と技研の実験生成物の準備を勘案すると、4月上旬になれば作戦実行が可能となると判断します」
 周りの司令部要員を含めて、皆がこの発言にうなずいた。

 山口中将が命令する。
「4月の上旬を目標として、作戦を開始する。なお作戦名を『摩天楼作戦』と呼称する」

 周りの参謀を代表して、宇垣参謀長が質問した。
「それは摩天楼を攻撃するという意味ですか? ニューヨークの攻撃は作戦に含まれていません」

「摩天楼はニューヨークのどこに存在しているのか?」

「もちろん、ハドソン川に囲まれたマンハッタン島のほぼ中央に位置しています」

「そうだ、マンハッタン島だ。この作戦名は、マンハッタン計画の中核施設が目標だという意味だ」

 ……

 アメリカ西海岸の都市の中でも、最も北側に位置するワシントン州のシアトルの西方海上を4隻の空母を中心とする機動部隊が航行していた。一航戦と五航戦による臨時編制の機動部隊は、東方向の米大陸に向けて航行していた。

 一航艦の草鹿長官は、山口長官の方針に従い、空母自身が米軍の長距離爆撃機から空爆を受ける可能性のある距離には、不用意に接近しないように注意していた。米軍が各種の飛行爆弾を使用するようになって、重爆撃機の爆弾は艦船には命中しないなどというのは、過去の楽観論になっていた。

 一航艦の司令部はシアトルから西方の海上、400浬(741km)地点ならば、米軍の哨戒機の行動範囲外だと考えていた。但し、これでは攻撃隊の発進距離としては遠いので、草鹿中将は作戦開始時には、危険が増してももう少し大陸に接近するつもりだった。

 4月7日の早朝、赤城と加賀、翔鶴、瑞鶴から構成される機動部隊は、攻撃隊の準備をしつつ朝日の方向に進んでいた。

 海図と時計を見ていた加来参謀長が、草鹿中将に攻撃開始の時間が近づいてきたことを告げた。
「長官、米国の海岸線から350浬(648km)まで接近しました。既に、米軍の哨戒範囲内に踏み込んでいます。米軍にはまだ発見されていませんが、そろそろ敵に見つかってもおかしくありません。発艦開始時刻について、判断をお願いします。攻撃隊の準備は完了しています」

「攻撃隊が海岸まで飛行して、この母艦に戻ることを考えるとまだ少し遠いだろう。空母にとっては危険性が増すが、攻撃を成功させるためには、少しでもアメリカ本土に近づけたい」

 機動部隊から北北東方向に飛行して警戒していた三式艦偵が、未確認機を電探で探知した。直ちに、上空の直衛機が急行する。米軍の索敵機は、海上を哨戒していたB-24だった。一航戦と五航戦からは約40浬(74km)離れていて、米軍機の電探が艦隊を探知したかどうかは微妙な距離だ。
「長官、艦隊に接近してきた米偵察機を撃墜しました。四発の哨戒機です。我々が発見されたか否かは不明ですが、通報された前提で行動すべきと考えます」

「わかった。あと10分間東進したら、攻撃隊を発艦させる。攻撃隊の発進が完了したら、西方向に退避する」

 一航戦と五航戦が艦載機を発艦させたのは米大陸の海岸から330浬(611km)の地点だった。米本土に飛行してゆく攻撃隊は、全てジェット機による編隊だった。詳細な編制は以下の通りである。
 一航戦:橘花改30機、流星(爆装)44機、流星(給油)8機、流星改8機、三式艦偵4機
 五航戦:紫電改48機、流星(爆装)36機、流星(給油)8機、流星改8機、三式艦偵6機

 攻撃隊の前方には、先行して発艦した三式艦偵が電探で警戒しながら、東方に飛行していた。米軍の戦闘機をいち早く検知するために、編隊からは東に距離をとって飛行していた。後方の編隊は、2群に分かれた紫電改が前衛で飛行していた。爆装した流星隊に対しては、橘花改が護衛している。更にその後方に別編隊として、16機の流星改と同数の流星の爆弾倉に燃料タンクを増設した給油母機が飛行していた。

 流星改は、通常の流星が搭載していたネ22ターボファンエンジンを、アフターバーナ―付きの推力1.9トンのネ22Cに変更した機体である。ネ22Cは富嶽の加速用ジェットエンジンとして開発されたエンジンであるが、もともとネ22を搭載していた流星は、小改造のみでエンジンを変更することができた。エンジンを変更した流星改は、アフターバーナ―全開とすると485ノット(898km/h)まで速度が増加した。富嶽の生産を優先したので、艦隊への配備数はまだ少なかったが、米大陸の防空網を速度で突破して攻撃できる機体として期待されていた。

 爆装した流星は、遠隔地の地上目標を攻撃するために、全て三式飛行爆弾を搭載していた。さすがに流星も爆弾倉の中に主翼を有する飛行爆弾を完全に収めることはできない。爆弾倉扉を取り外して主翼や胴体下面が外部に露出する形態で、飛行爆弾を懸架していた。そのため、速度が400ノット(741km/h)以下に低下している。

 草鹿長官と加来参謀長が艦橋から遠ざかってゆく攻撃隊を見送っていた。
「長官、無事に攻撃隊は東方に飛行を開始しました」

「ああ、今回の我々の攻撃目標は、核分裂物質の生産工場だ。これは我が国にとって極めて重要な作戦になる。何としても成功してもらいたいものだ」

 ……

 山本総長のところに富岡大佐がやって来た。
「米大陸への作戦が始まりました」

「一航戦と五航戦が北方のプルトニウム生成施設の攻撃を開始したということか。これから現地は長い一日になりそうだな」

「ドイツの作戦は5日に結果が出てから、臨時内閣が組織されているとの報告が小島大佐から入っています。カナリス大将一派からあらかじめ打診されていた人物が暫定政権を組織するようです。欧州の戦争は、これから急展開しますよ」

「欧州の方も、結果が出たとの連絡が入っていたのだったな。米国への攻撃も結果が出れば、世界が大きく動くことになるぞ。今日の出来事は、歴史に残るはずだ」

 ……

 攻撃隊が東に向けて20分ほど飛行すると、早くも米軍の索敵機が接近してきた。
「こちら、艦偵2号機。方位50度、距離20浬(37km)、未確認機を電探で探知」

 編隊の前衛として飛行していた戦闘機隊長の新郷少佐が迎撃を命令する。
「岩本飛曹長、北東の米偵察機を迎撃せよ」

 編隊の北側を飛行していた4機の紫電改が、機首を10時方向に向けて、編隊から離れていった。すぐに、双発機が飛行してくるのを発見した。

 4機の紫電改が向かってくるのを発見すると、B-25は翼を翻してアメリカ大陸の方向へと旋回したが、間に合わなかった。ジェット戦闘機に追いつかれて、斜め上方から20mm弾を浴びてあっという間に落ちていった。続いて、もう1機のB-25を北東の方向に発見した。既にB-25は東に向けて逃走を始めていたが、4機の紫電改は簡単に追いつくと後方から射撃して撃墜した。大幅に速度差のある相手に対して、紫電改はまだ増槽を落とすことなく戦闘していた。
「こちら岩本、索敵機はB-25が2機だ。全て撃墜した」

「よくやった。編隊に戻ってくれ」

 新郷少佐は、2機の索敵機は、撃墜される前に攻撃隊の位置を報告していると考えた。B-25の飛行位置から考えて、視認できなくても攻撃隊の編隊を電探でとらえていたはずだ。少なくとも2機目の索敵機は、撃墜されるまでに数分の時間があったことを考えれば、充分に報告することは可能だ。

 B-25は、新郷少佐の推定通り、司令部に日本軍の攻撃隊が飛行していることを報告していた。米軍は、ハワイの次は米大陸への攻撃があり得ると考えて、訓練を行い日頃から警戒していた。そのため、すぐに合衆国本土の北西部の防衛を任務としている第2空軍の司令長官に報告が行われた。

「ジョンソン長官、日本軍の攻撃隊を索敵機が探知しました。タコマの西方、220マイル(402km)の海上を東に向かって飛行中です。正確な機数はわかりませんが、レーダーには大編隊が映ったとのことです。索敵機からは、日本軍の単発のジェット戦闘機に攻撃されているという報告も来ています。空母の艦載機が接近しています」

 まだ不確かな情報だったが、第2空軍司令官のジョンソン少将は、すぐに決断した。
「そのルートならば、我々のマコード航空基地が攻撃される可能性もあるな。いや、シアトル市街を攻撃するつもりなのか。ハワイを攻撃したのと同じ日本艦隊が、攻撃を仕掛けてきていると考えられる。相手はジェット戦闘機とジェット爆撃機の部隊だ。西岸北方基地群の戦闘機を全て出撃させて迎撃するぞ。迎撃機に正確な日本軍の位置を通知したい。飛行中の偵察機を日本軍の想定位置に集めろ」

 タコマ市西方のマコード陸軍航空隊基地から、ジェット戦闘機のP-80が離陸した。続いて、P-47が離陸を開始した。タコマの南西に位置するグレイ航空基地、西のオリンピア航空基地からもP-80の離陸が始まった。同時に太平洋上を飛行中のB-24とB-25に、東に飛行中の日本軍の正確な位置を探知するように命令が発出された。

 新郷少佐には、再び前方の三式艦偵から不明機を電探で探知したことが通知された。米軍の索敵機がやって来るのは、迎撃を受ける前触れだと感じた。先ほどと同様に、護衛戦闘機の一隊が前方に飛行していって索敵機のB-24を撃墜した。

 ……

 ロバーツ大尉は、この高速機がとても気に入っていた。今まで登場していたP-38とは、速度も上昇力も大違いだ。欠点といえば航続距離が短いことくらいだ。彼の飛行隊には、今までP-38が配備されていたが、最近になってP-80に更新されていた。航空基地を離陸して10分も飛行すると、海岸線を超えた。そのまま司令部から指示された方向に飛行してゆくと、けし粒のような目標が前方に見えてきた。
「前方に敵編隊が見えてきた。向こうもこちらもジェット機だ。速度が速いので、想定よりも早く遭遇することになった。くり返す。相手はジェット戦闘機だ。注意せよ」

 ……

 日本の攻撃隊では、先行した三式艦偵からの警報が、新郷少佐に既に入っていた。米軍機が日本編隊を視認するよりも先に、迎撃機の接近を知ることになった。
「東北東の方向、25浬(46.3km)に敵編隊を探知。反射波の大きさから、規模の大きな編隊と想定」

 新郷少佐は以前から考えていた作戦をやってみることにした。
「白根大尉、東南東に飛行せよ。一旦、迂回してから米軍機を南方から攻撃」

 直ちに、18機の紫電改が編隊から分かれていった。
「艦偵3号機だ。白根大尉に通知、接近する敵編隊の方位は10時方向だ」

 白根大尉は、艦偵から位置情報を伝えてもらうと、しばらくして真南に上昇しながら飛行方向を変えた。想定通り、正面のやや下方を右から左に飛行してゆく米軍のジェット戦闘機の編隊が見えた。ざっくり見渡しても30機以上が飛行している。
「こちら白根、敵は30機以上のジェット戦闘機。今から攻撃する」

 ロバーツ大尉は、正面に見えてきた日本軍の編隊の規模を確認しようとしていた。間違いなく複数の空母から発進してきた大編隊だ。次の瞬間、僚機から警告が入ってきた。
「9時方向、南方だ。やや上方から敵編隊。左翼方向から敵が攻撃してくる。回避しろ」

 左側を見ると、降下しながら急接近してくる日の丸のジェット戦闘機が見えた。前方の敵に注意を奪われていたのを、しまったと思ったが遅い。
「回避自由。急旋回、急降下で回避しろ」

 大声で叫ぶのと、日本軍のジェット戦闘機から白い矢が伸びてくるのが同時だった。北に向けて急旋回したり、急降下に向けて機首を下げたり、編隊がバラバラになりかけたところに日本軍のミサイルが飛来してきた。

 すぐに編隊の中まで多数のミサイルが突っ込んでくる。大尉も全力で90度飛行方向を変えながら、急降下に入った。背後で10発程度のミサイルが爆発した。側方でも、数十m離れて飛行していたP-80の近傍で爆発が発生した。恐らく近接信管なのだろう。被害を受けた機体が煙を噴き出しながら落ちてゆく。

 次の瞬間、日本軍の戦闘機が、ミサイルを追いかけて降下してきた。編隊後方で旋回しながら逃げようとしていたP-80が銃撃を受けた。ジェットエンジンからオレンジ色の炎が噴き出して、尾翼がバラバラになった。次の瞬間、錐もみになって落ちてゆく。

 新郷少佐は、前方で光った閃光により白根隊が攻撃を開始したのがわかった。
「前方の敵編隊に突撃せよ。混戦だ、友軍機を攻撃しないように注意せよ」

 白根少佐自身は降下してゆく米軍機に狙いをつけて自身も降下を始めた。4機編隊の後方から噴進弾を射撃する。噴進弾が3発爆発して2機が落ちていった。既に38機のP-80は半数以下に減っていた。

 旋回しながら降下したロバーツ大尉は反撃を命令した。
「サイドワインダーで攻撃だ。シーカーが捕捉したら、直ちにミサイルを発射せよ」

 大尉自身も機首を上げると、耳元にシーカーが目標を探知した音が聞こえてきた。近づくと発信音の間隔が短くなる。大尉は、ためらわずに2発のサイドワインダーを上空の敵機に向けて発射した。後方の列機もそれぞれ狙うべき敵機を見つけて、連続してミサイルを発射した。

 白根大尉は、下方から発射された8発の誘導弾の白煙を発見した。ハワイ島上空の戦いで登場した赤外線誘導の噴進弾だ。自分の小隊が狙われている。
「熱線弾を発射。発射後は、太陽に向けて上昇しろ」

 紫電改の後部胴体から左右に熱線弾が広がってゆく。そのまま機首を60度ほど旋回させて、上昇に移った。上空で背面になると下方を熱線弾に向かって飛行してゆく誘導弾が見えた。しかし目標を外さなかった2発の誘導弾が列機の後部胴体に命中した。2機の紫電改が黒煙を噴き出して墜落してゆく。

 紫電改が米軍の戦闘機を引き付けて交戦したおかげで、流星隊は米大陸に向けて飛行してゆくことができた。既に前方には米大陸の海岸線が見えていた。
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