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第23章 欧州航空戦
23.5章 ヒトラーの計算機
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アメリカ軍により、Uボート基地が攻撃されている頃、ベルリン中心地に完成した新たな施設の総統に対するお披露目会が、開催されてされていた。この日、ヒトラーが向かったのは、ブランデンブルグ門の南東側のヴィルヘルム通り中央近くに建てられた巨大な構造物だった。
複数の守衛が目を光らせている入退場ゲートを過ぎて、建築物の内部に入ると、そこにはサッカーコートにも負けないほどの広い空間が広がっていた。遮るものがない広い床の上には、高さ2メートルほどの長方形のラックが横方向に整列して並んでいた。しかも、ラックの横列が1.5メートル程度の間隔を空けて、数十も連なっている。素人が見れば、国家規模の巨大な図書館に見えただろう。しかし、ラックの内部には書籍ではなく、精密な電子回路が納められていた。よく見ると、ラックが並んだ広い部屋の周囲は独立した部屋になっている。部屋の片面はラックの様子がわかるようにガラス張りになっていた。その部屋の内部には、電子管を備えた表示器と操作用のタイプライター、出力用の印字機がずらっと並べられていた。
ナチスの面々を伴って、ヒトラーが見学に訪れたのは、彼の命令で建設された大規模計算機ビルだった。
もともと、ドイツの電子計算機開発はコンラート・ツーゼと同僚のヘルムート・シュライヤーの発明が始まりだった。それをドイツ空軍が資金援助して実用的なコンピュータへと進化させてきた。性能を向上させて、完成度を増したコンピュータは、ドイツ国内では航空機やエンジンの設計に利用されることになった。その後はすぐに、軍事への適用が始まった。レーダーとコンピュータを組み合わせた防空網で実戦での効果も証明された。
そのため、航空機開発と空軍の戦闘状況にいつも目を光らせている航空機総監のミルヒは、コンピュータの有効性にすぐに気がついた。彼は、まず、ユンカースやフォッケウルフ、メッサーシュミットに出向いて電子計算機の活用状況を視察した。防空システムでのコンピュータの使用法については、カム・フーバーからヒアリングするのも忘れなかった。最後に、ドイツ空軍通信部長のマルティーニ少将を呼んで、暗号処理や誘導技術への計算機の応用について直々に確認した。
いろいろな分野での利用状況を把握したうえで、ミルヒは直接ヒトラーに大型電子計算機センター構築の必要性を訴えたのだ。
空軍の次に計算機の有用性を理解したのは、モーデルやマンシュタイン、ロンメルなどの前線で戦っていたドイツ陸軍の将官だった。彼らは、重ハーフトラックに積載した移動型野戦計算機を実戦で使用していた。自分自身が、戦場で使いこなさなければ勝利できないという状況に追い込まれたのだ。その結果、コンピュータがどれほど有用であるか身にしみて実感していた。
ドイツ海軍のデーニッツも洋上で行動するUボート管理や作戦計画立案に対して、計算機の有効性に気づいた。彼はすぐに、陸軍元帥たちの意見に賛同した。
それらの声もヒトラーの耳に入ってきた。さすがに単に空軍だけの主観的な思い込みではないことが証明されると、ヒトラーもミルヒの提案を受け入れた。ヒトラーは単に提言を受け入れるだけでなく、自分の嗜好をも満足させようとした。計算機センターは、世界最大の巨大な施設へと変貌していった。いつの間にか、第三帝国首都として構想されていたゲルマニアの主要構造物の一つに含まれることになった。当然のごとく、巨大なドーム型の建築物は、ゲルマニアの都市計画の設計者であるシュペーアが基本設計を行った。
ヒトラーが視察した時には、広大な内部空間は4割程度しか埋まっていなかったが、ツーゼ技師の設計した大型計算機が設置され、既に稼働を開始していた。ヒトラーにコンピュータを説明したのはツーゼ技師本人だった。
「ここのコンピュータは、単純な1台の大型機ではなく、16台の集合体なのです。16基のコンピュータが、高速情報転送回路により、相互に接続されて1つの巨大な複合体としての計算システムを構成しています。現状では、それが、2システム稼働しています」
ツーゼ技師の説明がそっけないと感じたのか、横からミルヒがあれこれ補ってくる。
「もちろんそれぞれが単体でも我が国で最大レベルの規模のコンピュータですよ。それが16台まとまって演算するのですから、間違いなく世界で最も高性能です。我々は、日本とアメリカが、コンピュータを利用している情報をつかんでいます。それ等よりも、規模でも性能でもはるかに凌いでいるはずです」
巨大もの好きのヒトラーの心をくすぐるような説明だ。しかし、ミルヒも日本やアメリカが秘密にしている最新型コンピュータの能力までは理解していなかった。完全に楽観的な憶測による発言だ。
「今の説明では、このビルに2システムが設置されていると聞いたが、それをどのように使うのかね?」
これには、ツーゼ技師が答えた。
「1つは、国防のために使います。各地に分散しているレーダー局や通信局からの情報を集めて統一的な指揮を可能とします。これには、空軍だけでなく、海軍や陸軍の情報も含まれます。指揮官が知りたいと言えば、ドイツ本土や占領下の地域の戦闘状況や作戦実施状況が直ちにわかるようになります。もう1つのシステムは、設計や研究に利用することを考えています。既に民間各社で、コンピュータは科学計算や設計などに広く使われていますので、大きく時間がかかるような高度な処理を行わせることになるでしょう」
またもミルヒが口をはさんできた。
「研究目的には、物理学への利用を考えているのですよ。特に原子核関連の研究には、大量の計算が必要になります。この計算システムのお陰で研究は大いに加速しつつあります」
ヒトラーは、原子核の研究と聞いて思い当たることがあったらしく、口元をゆがめた。
「そうだな。我が国にとって原子核の研究は大いに重要だ。ところで、物理の研究所といっても所在地は様々だ。この施設のコンピュータをどうやって使うのだ?」
「この施設と各地の研究所のコンピュータは通信回線で繋がっております。回線を経由して遠隔地からでもこの施設のコンピュータを使うことができるのです。もちろん軍事利用のシステムも各地域の基地と通信回線で繋がっていて、レーダーが捉えた情報やUボートの配備状況などを自動的に収集したり、命令を発したりできます」
解説が終わらないうちに、ミルヒが技師の説明を補った。
「もちろん、ベルリンの総統官邸やヴォルフスシャンツェなどの総統司令部にもこの施設のコンピュータを操作できる端末を配備して、接続しています。つまり総統自身が離れたところからこの計算機センターが集めた我が国全土の情報を知って、全土に命令を発することが可能です」
ヒトラーは満足できる答えを聞いて、うなずいた。ミルヒの説明に対して、背後に従っているゲーリングが、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。本当は、ケーリング自身がミルヒに代わって説明したいのだが、第一次大戦のパイロット時代の頭脳からそれほど進歩していない彼にはどうあがいても不可能だった。
……
上機嫌でコンピュータ施設の視察をヒトラーは終えた。しかし、出口で待っていたのは想定外の報告だった。
「連合国からの攻撃により、ヴィルヘルムスハーフェンのUボート基地が壊滅的な被害を受けました」
ドイツ海軍の総司令官であるカール・デーニッツ元帥が自ら出向いて、ヒトラーに基地の被害を説明した。それを知って、ヒトラーは激怒した。ある意味、デーニッツ元帥以上に怒りをあらわにした。
報告を聞くと、大名行列のように後方を歩いていたゲーリングを呼びつけて、かん高い声で命令した。
「イギリス本土の爆撃基地を攻撃するのだ。イングランド南東部にはあの忌まわしいアメリカ爆撃機の基地がある。爆撃機もろとも基地を粉砕するのだ。我が空軍には、モスクワを爆撃した4発の重爆撃機があるだろう。それを集めれば作戦は可能なはずだ」
総統に対しては、いつもイエスマンであるゲーリングが、激怒しているヒトラーに逆らえるはずがない。
「モスクワ攻略が成功して東部戦線は一段落しております。He177グライフをイギリス本土攻撃のために集合させることは可能です。我が軍の爆撃機も戦闘機もエンジンの改良により高高度からの作戦が可能になっています。必ずや、目に物見せられるでしょう」
総統の鶴の一声で、He177Cの部隊のドイツ北部の基地への移動が始まった。この時点で多数のHe177Cを運用していたのは、第30爆撃航空団(KG30)と第40爆撃航空団(KG40)だった。もともとバルバロッサ作戦開始時には、KG30にはJu88とHe111が配備されていたが、ブラウ作戦の頃からHe177Cへの更改が徐々に進んでいた。KG40は発足時にはFw200を装備した長距離爆撃部隊だったが、昨年からより性能の優れたHe177Cが配備されていた。しかも、KG40は東部戦線に展開してモスクワ中心部を爆撃したという戦績を残していた。
爆撃隊だけではない。攻撃作戦を実行するとなると護衛の戦闘機も必要だ。北部ドイツに加えて、オランダやベルギーの航空基地でも部隊が移動し始めた。もちろん、軍用機だけでなく物資や人員も移動が必要だ。しかも物理的に物や人が移動を開始すると、様々な情報が飛び交うことになった。
……
ノーフォークの施設では、連合国側のコンピュータを動員してエニグマ2のバイナリ暗号は復号化して、もとの文字列が得られるようになっていた。しかし、それは辞書を使って符丁に置き換えられた文章だった。そのままでは、本当の意味がわからない。
共同研究の施設内では、最後に残っていた符丁の意味を探るという作業が続いていた。それほど時間をかけずに結果を出してきたのは、イギリスの研究班だった。
3カ国が集まった場でチューリングが示したのは、数字の分析結果だった。
「言葉を置き換えていても、数字だけは文章の中で出現する位置に特徴があります。数字が出現している位置がわかれば、意味のある数字の推定はそれほど困難ではありません。分析の結果、ドイツ軍は0から99の数字を符丁に置換していました。それより大きな値は全て2桁の数値の組み合わせです」
意味が判明した言葉から、どんどん読解できる範囲を広げてゆくのは、暗号解読の定石だ。我々日本の研究部隊も、あと一歩との思いで分析を続けていた。
「ドイツ軍の通信文なのですが、数字だけでも意味があるところが何カ所かありますよ。500や250、それに177と言うのはドイツ空軍の電文ということですよね。似たような数字を含む電文が複数発信されています。500や250は間違いなく爆弾を示しています。航空機に爆弾を搭載するとなると爆撃作戦を計画していると思われます」
私が示したメモを陸軍研究所の野村中佐と原少佐、参謀本部暗号班の仲野少佐が食い入るように見ている。やがて、仲野少佐が口を開いた。
「文中の177はハインケルの4発大型爆撃機だ。それに搭載する500kgや250kg爆弾を準備しているのだろう。大型機なので搭載する多くの爆弾の準備が必要だからな。興味深いのは、似た電文がいくつも送信されていることだ。つまり、複数の空軍基地で、ハインケルの大型爆撃機が参加する作戦の準備が始まっているわけだ」
そこまで聞いて、小倉少佐が声をあげた。
「そうか、複数の北部ドイツやオランダの基地から多数の大型爆撃機を出撃させるような大規模な作戦を計画しているんだ。攻撃目標は、ロンドンなどの都市も否定できないが、優先度から考えればイングランドの航空基地になるだろう」
仲野少佐もこの考えに同意した。
「私も、その想定はつじつまが合っていると思うぞ。分析結果は、すぐにレイトン大佐に報告する。イギリスの部隊には彼から連絡してもらえるだろう。それと、小沢さんの遣欧司令部にも我々から報告を入れる。我々日本人もイギリスに部隊を送っているからな。攻撃される可能性は決して低くはないだろう。何度も登場するこの数字は、月日を表現している可能性がある。作戦期限を表示しているとすると、作戦開始までにはあまり余裕はないぞ」
複数の守衛が目を光らせている入退場ゲートを過ぎて、建築物の内部に入ると、そこにはサッカーコートにも負けないほどの広い空間が広がっていた。遮るものがない広い床の上には、高さ2メートルほどの長方形のラックが横方向に整列して並んでいた。しかも、ラックの横列が1.5メートル程度の間隔を空けて、数十も連なっている。素人が見れば、国家規模の巨大な図書館に見えただろう。しかし、ラックの内部には書籍ではなく、精密な電子回路が納められていた。よく見ると、ラックが並んだ広い部屋の周囲は独立した部屋になっている。部屋の片面はラックの様子がわかるようにガラス張りになっていた。その部屋の内部には、電子管を備えた表示器と操作用のタイプライター、出力用の印字機がずらっと並べられていた。
ナチスの面々を伴って、ヒトラーが見学に訪れたのは、彼の命令で建設された大規模計算機ビルだった。
もともと、ドイツの電子計算機開発はコンラート・ツーゼと同僚のヘルムート・シュライヤーの発明が始まりだった。それをドイツ空軍が資金援助して実用的なコンピュータへと進化させてきた。性能を向上させて、完成度を増したコンピュータは、ドイツ国内では航空機やエンジンの設計に利用されることになった。その後はすぐに、軍事への適用が始まった。レーダーとコンピュータを組み合わせた防空網で実戦での効果も証明された。
そのため、航空機開発と空軍の戦闘状況にいつも目を光らせている航空機総監のミルヒは、コンピュータの有効性にすぐに気がついた。彼は、まず、ユンカースやフォッケウルフ、メッサーシュミットに出向いて電子計算機の活用状況を視察した。防空システムでのコンピュータの使用法については、カム・フーバーからヒアリングするのも忘れなかった。最後に、ドイツ空軍通信部長のマルティーニ少将を呼んで、暗号処理や誘導技術への計算機の応用について直々に確認した。
いろいろな分野での利用状況を把握したうえで、ミルヒは直接ヒトラーに大型電子計算機センター構築の必要性を訴えたのだ。
空軍の次に計算機の有用性を理解したのは、モーデルやマンシュタイン、ロンメルなどの前線で戦っていたドイツ陸軍の将官だった。彼らは、重ハーフトラックに積載した移動型野戦計算機を実戦で使用していた。自分自身が、戦場で使いこなさなければ勝利できないという状況に追い込まれたのだ。その結果、コンピュータがどれほど有用であるか身にしみて実感していた。
ドイツ海軍のデーニッツも洋上で行動するUボート管理や作戦計画立案に対して、計算機の有効性に気づいた。彼はすぐに、陸軍元帥たちの意見に賛同した。
それらの声もヒトラーの耳に入ってきた。さすがに単に空軍だけの主観的な思い込みではないことが証明されると、ヒトラーもミルヒの提案を受け入れた。ヒトラーは単に提言を受け入れるだけでなく、自分の嗜好をも満足させようとした。計算機センターは、世界最大の巨大な施設へと変貌していった。いつの間にか、第三帝国首都として構想されていたゲルマニアの主要構造物の一つに含まれることになった。当然のごとく、巨大なドーム型の建築物は、ゲルマニアの都市計画の設計者であるシュペーアが基本設計を行った。
ヒトラーが視察した時には、広大な内部空間は4割程度しか埋まっていなかったが、ツーゼ技師の設計した大型計算機が設置され、既に稼働を開始していた。ヒトラーにコンピュータを説明したのはツーゼ技師本人だった。
「ここのコンピュータは、単純な1台の大型機ではなく、16台の集合体なのです。16基のコンピュータが、高速情報転送回路により、相互に接続されて1つの巨大な複合体としての計算システムを構成しています。現状では、それが、2システム稼働しています」
ツーゼ技師の説明がそっけないと感じたのか、横からミルヒがあれこれ補ってくる。
「もちろんそれぞれが単体でも我が国で最大レベルの規模のコンピュータですよ。それが16台まとまって演算するのですから、間違いなく世界で最も高性能です。我々は、日本とアメリカが、コンピュータを利用している情報をつかんでいます。それ等よりも、規模でも性能でもはるかに凌いでいるはずです」
巨大もの好きのヒトラーの心をくすぐるような説明だ。しかし、ミルヒも日本やアメリカが秘密にしている最新型コンピュータの能力までは理解していなかった。完全に楽観的な憶測による発言だ。
「今の説明では、このビルに2システムが設置されていると聞いたが、それをどのように使うのかね?」
これには、ツーゼ技師が答えた。
「1つは、国防のために使います。各地に分散しているレーダー局や通信局からの情報を集めて統一的な指揮を可能とします。これには、空軍だけでなく、海軍や陸軍の情報も含まれます。指揮官が知りたいと言えば、ドイツ本土や占領下の地域の戦闘状況や作戦実施状況が直ちにわかるようになります。もう1つのシステムは、設計や研究に利用することを考えています。既に民間各社で、コンピュータは科学計算や設計などに広く使われていますので、大きく時間がかかるような高度な処理を行わせることになるでしょう」
またもミルヒが口をはさんできた。
「研究目的には、物理学への利用を考えているのですよ。特に原子核関連の研究には、大量の計算が必要になります。この計算システムのお陰で研究は大いに加速しつつあります」
ヒトラーは、原子核の研究と聞いて思い当たることがあったらしく、口元をゆがめた。
「そうだな。我が国にとって原子核の研究は大いに重要だ。ところで、物理の研究所といっても所在地は様々だ。この施設のコンピュータをどうやって使うのだ?」
「この施設と各地の研究所のコンピュータは通信回線で繋がっております。回線を経由して遠隔地からでもこの施設のコンピュータを使うことができるのです。もちろん軍事利用のシステムも各地域の基地と通信回線で繋がっていて、レーダーが捉えた情報やUボートの配備状況などを自動的に収集したり、命令を発したりできます」
解説が終わらないうちに、ミルヒが技師の説明を補った。
「もちろん、ベルリンの総統官邸やヴォルフスシャンツェなどの総統司令部にもこの施設のコンピュータを操作できる端末を配備して、接続しています。つまり総統自身が離れたところからこの計算機センターが集めた我が国全土の情報を知って、全土に命令を発することが可能です」
ヒトラーは満足できる答えを聞いて、うなずいた。ミルヒの説明に対して、背後に従っているゲーリングが、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。本当は、ケーリング自身がミルヒに代わって説明したいのだが、第一次大戦のパイロット時代の頭脳からそれほど進歩していない彼にはどうあがいても不可能だった。
……
上機嫌でコンピュータ施設の視察をヒトラーは終えた。しかし、出口で待っていたのは想定外の報告だった。
「連合国からの攻撃により、ヴィルヘルムスハーフェンのUボート基地が壊滅的な被害を受けました」
ドイツ海軍の総司令官であるカール・デーニッツ元帥が自ら出向いて、ヒトラーに基地の被害を説明した。それを知って、ヒトラーは激怒した。ある意味、デーニッツ元帥以上に怒りをあらわにした。
報告を聞くと、大名行列のように後方を歩いていたゲーリングを呼びつけて、かん高い声で命令した。
「イギリス本土の爆撃基地を攻撃するのだ。イングランド南東部にはあの忌まわしいアメリカ爆撃機の基地がある。爆撃機もろとも基地を粉砕するのだ。我が空軍には、モスクワを爆撃した4発の重爆撃機があるだろう。それを集めれば作戦は可能なはずだ」
総統に対しては、いつもイエスマンであるゲーリングが、激怒しているヒトラーに逆らえるはずがない。
「モスクワ攻略が成功して東部戦線は一段落しております。He177グライフをイギリス本土攻撃のために集合させることは可能です。我が軍の爆撃機も戦闘機もエンジンの改良により高高度からの作戦が可能になっています。必ずや、目に物見せられるでしょう」
総統の鶴の一声で、He177Cの部隊のドイツ北部の基地への移動が始まった。この時点で多数のHe177Cを運用していたのは、第30爆撃航空団(KG30)と第40爆撃航空団(KG40)だった。もともとバルバロッサ作戦開始時には、KG30にはJu88とHe111が配備されていたが、ブラウ作戦の頃からHe177Cへの更改が徐々に進んでいた。KG40は発足時にはFw200を装備した長距離爆撃部隊だったが、昨年からより性能の優れたHe177Cが配備されていた。しかも、KG40は東部戦線に展開してモスクワ中心部を爆撃したという戦績を残していた。
爆撃隊だけではない。攻撃作戦を実行するとなると護衛の戦闘機も必要だ。北部ドイツに加えて、オランダやベルギーの航空基地でも部隊が移動し始めた。もちろん、軍用機だけでなく物資や人員も移動が必要だ。しかも物理的に物や人が移動を開始すると、様々な情報が飛び交うことになった。
……
ノーフォークの施設では、連合国側のコンピュータを動員してエニグマ2のバイナリ暗号は復号化して、もとの文字列が得られるようになっていた。しかし、それは辞書を使って符丁に置き換えられた文章だった。そのままでは、本当の意味がわからない。
共同研究の施設内では、最後に残っていた符丁の意味を探るという作業が続いていた。それほど時間をかけずに結果を出してきたのは、イギリスの研究班だった。
3カ国が集まった場でチューリングが示したのは、数字の分析結果だった。
「言葉を置き換えていても、数字だけは文章の中で出現する位置に特徴があります。数字が出現している位置がわかれば、意味のある数字の推定はそれほど困難ではありません。分析の結果、ドイツ軍は0から99の数字を符丁に置換していました。それより大きな値は全て2桁の数値の組み合わせです」
意味が判明した言葉から、どんどん読解できる範囲を広げてゆくのは、暗号解読の定石だ。我々日本の研究部隊も、あと一歩との思いで分析を続けていた。
「ドイツ軍の通信文なのですが、数字だけでも意味があるところが何カ所かありますよ。500や250、それに177と言うのはドイツ空軍の電文ということですよね。似たような数字を含む電文が複数発信されています。500や250は間違いなく爆弾を示しています。航空機に爆弾を搭載するとなると爆撃作戦を計画していると思われます」
私が示したメモを陸軍研究所の野村中佐と原少佐、参謀本部暗号班の仲野少佐が食い入るように見ている。やがて、仲野少佐が口を開いた。
「文中の177はハインケルの4発大型爆撃機だ。それに搭載する500kgや250kg爆弾を準備しているのだろう。大型機なので搭載する多くの爆弾の準備が必要だからな。興味深いのは、似た電文がいくつも送信されていることだ。つまり、複数の空軍基地で、ハインケルの大型爆撃機が参加する作戦の準備が始まっているわけだ」
そこまで聞いて、小倉少佐が声をあげた。
「そうか、複数の北部ドイツやオランダの基地から多数の大型爆撃機を出撃させるような大規模な作戦を計画しているんだ。攻撃目標は、ロンドンなどの都市も否定できないが、優先度から考えればイングランドの航空基地になるだろう」
仲野少佐もこの考えに同意した。
「私も、その想定はつじつまが合っていると思うぞ。分析結果は、すぐにレイトン大佐に報告する。イギリスの部隊には彼から連絡してもらえるだろう。それと、小沢さんの遣欧司令部にも我々から報告を入れる。我々日本人もイギリスに部隊を送っているからな。攻撃される可能性は決して低くはないだろう。何度も登場するこの数字は、月日を表現している可能性がある。作戦期限を表示しているとすると、作戦開始までにはあまり余裕はないぞ」
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