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第2章
雨と神と
しおりを挟む雨の日は大抵何かが起こるような気がする。
あの時のように――――。
大学のカフェテラスで雨がチラつく窓を見上げ、ふと書き留めていたノートを見返していると、聞きなれたメロディーが振動とともに机の上を踊る。
相手は"大和病院"。
持っていたペンはそのままノートを滑り床へ転がる。
伸ばした手は僅かながらも震え、ボタンが押しずらかった。
「……………はい、佐倉です」
飲み込んだはずの不安が逆流するのがわかった。
口の中にコーヒーにも似た苦味が広がる。
耳鳴りがする中で聞き取れたのは妹の病室番号だけ。
無意識に切ったスマホはただの器械になった。
友人に状況を伝え、直ぐに身支度を整えるとカフェテラスから駐輪場まで走り愛車で病室を目指しエンジンをかける。
一向に鳴り止まないスマホに苛立ちを覚えながらも、頭を過るのはあの優しい笑顔だけ。
最短距離で目的地に着くと自然と足は駆け足に。
後ろで聴こえるは看護婦さんの困った声ばかり。
「──ゆき!」
ガラリと重い扉を開けると見知らぬ男達と目が合う。
誰だ?
「あの──」
「…………出ていけ」
口を開きかけた男を睨みつけ、底知れない声が彼等を追い出す。
「ゆき……?」
白いベッドに横たわるのは、今朝笑顔で通学して行った愛おしい妹だった。
静かに眠るのはこれで何度目だろうか。
傍から見れば死んでいるように見える人形っぽい見た目。
昔からそんな容姿が気に入らないと拗ねていたのを昨日のように思い出す。
「………ちゃんと生きているよな?」
ベッド脇に設置された聞きなれない心電図の音と握った掌の温もりに、焦っていた心が安らいだ。
外は雷が近いのかゴロゴロと音を響かせては時折光る。
雨粒が明るいはずの部屋をも暗くする。
焦ってもしゃーないし、とにかくゆきのそばに居らんとな…。
そう思って手続きの為センターに向かおうと扉を開けると先程の男等がまだおった。
「……自分ら何?」
どこかで見た事のある男……いや少年はブレザーから手帳を突き出してきた。
なんやすました顔が気に入らんが、まぁ、イケメン君部類には入るんやろ。
俺にはかなわんがな!
「俺は彼女と同じ学園の音羽 翼です。あなたは佐倉……いや雪さんのお兄さんですか?」
そうや、俺がお兄さんです!
「お前なんぞに"お兄さん"なんて言われたくない!あと、雪に呼び捨てなんぞ100年早いわ!」
「は、はぁ……」
思わず出た俺の剣幕にやや困り顔の少年。
その横に付き添っている赤髪の少年も少し目を丸め『二階堂 文也』と名乗った。
立ち話もなんやしと、担当のお医者さんの手続き後、控室で事情を聞くことにした。
……決して雪の病室を使いたくなかった訳では無い。
断じて。
とりあえず、入院手続きを済ませてから話を聞いた。
「──要約すると、あいつは何かを思い出したように走り、その後気を失ったと」
「はい」
少年らの話に嘘はないと思う、その上で少し引っかかることもあったが結局口をつぐんだ。
それでも、ここ最近の妹は大丈夫そうやったが、実はいつ倒れてもおかしくは無かった。
元の虚弱体質でもここ最近楽しそうに学園に行くあの子の様子を両親にも伝え、彼女の意思を尊重しようという結果になったが、今その判断が間違っていたことに、無性に腹が立つ。
あの目覚めた日からは何度か倒れたりはしたが、直ぐに回復した。
これは俺の不注意だ。
これからは大丈夫だろうと思って、気を抜いていた。
「お兄さん……」
二階堂君が今にでも泣き出しそうな顔でこちらを見ていた。
「オレ、すぐ横にいたのにあいつの体調なんか気づかんで……」
「別段、君らのせやない。今日偶然悪くも体調が崩れただけや。お医者さんも疲れが出ただけやから、明日には意識も戻るやろうからって!さあさあ、こんな雨ン中やけど遅くならんうちに早う帰り!」
後ろ髪ひかれる思いもわかるが、俺とて辛気臭い面した男どもなんか見たくはない。
のそのそと帰っていく妹の友人たちを見送り、俺は病室へと向かった。
「……明日か」
医者の言うことやから安心やと思うけれど、やっぱり心配にはなる。
以前だってアレがなければ雪は助かったのかもしれない。
「なあ……早く目ぇさまさへんか?前に言っとった千寿の森のケーキ、お兄ちゃんのおごりで食べに行こうや」
昔に比べて少し大きくなった手からの温もりを感じながら、普段は信じてもない居もしない神にほんの少しだけ今日は奇跡が起こることを祈った。
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