月の綺麗な夜に終わりゆく君と

石原

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料理

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翌日受けたテストは、勉強の甲斐もあってかなり手応えがあった。
今日もテストが終わると、彼女と合流してから学校を出る。
流石に昨日に比べたら、周りの視線も減っている気がした。
もしくは、みんなテストで他人を気にしている余裕がないのかもしれない。
バス停で昨日と同じようにお昼の相談をする。
「スーパーで買い物して行かない?」
「構わないけど」
それから昨日と同じように彼女の家の最寄り駅で降りて、近くのスーパーで買い物をする。
お店に入ると彼女はお惣菜コーナーではなく、普通に食材のコーナーへ向かい始めた。
僕はてっきりお惣菜を買うのかと思っていたけど、普通に食材を買うらしい。
「篁君アレルギーとかで食べられない食材とかある? ちなみに好き嫌いはダメだよ」
「特に無いけどなんで?」
どうやら彼女自身が料理をするつもりらしい。
「この間、お好み焼き焼いた時に今度料理を教えてあげるって言ってなかった?」
と思っていたが、作るのは他人事のように考えていた僕らしい。
「それは覚えているけど、何を作るつもりなの?」
「とりあえず初心者でも簡単に作れるハンバーグ?」
メニューを答えた彼女は何故か疑問形だった。
「初めてだから簡単な料理でお願いします」
「じゃあ、ハンバーグで決まりね、後はサラダ系を適当に」
メニューが決まってからは、手早く材料をカゴに入れていく。
レジで会計の時に半額支払って、袋への入れ方からレクチャー受けながら入れていく。
スーパーを出て、強い陽射しが降り注ぐ中彼女の家まで歩く。
昼食の材料を入れたレジ袋を持っている分、足取りが重い。
彼女の家に着く頃には、すっかり汗だくになっていた。
昨日と同じように、階段の方へと挨拶をする彼女の後について家へと入る。
僕も挨拶をしたけど、昨日と違って階段の方から物音がしない。
どうやら、妹さんはまだ帰ってないみたいだった。
レジ袋を持って彼女と一緒にキッチンの方へ行く。
「じゃあ、早速始めようか」
手を洗っていると、彼女がエプロンを二人分持ってくる。
「どっちが良い?」
そう聞いてきた彼女の手には、デニム生地の紺色のエプロンと、ペンギンのキャラクター物のエプロンが握られていた。
「地味な方でお願いします」
即答する僕に、彼女はつまらなそうな顔をして紺色のデニムのエプロンを渡してくれた。
彼女は戸棚から包丁とまな板を取り出して、さっき買ってきた玉ねぎの皮を剥いて洗ってから、半分に切った片方をみじん切りにする。
残ったもう片方の玉ねぎを包丁とセットでまな板の上に置いて、僕に場所を譲るように一歩下がる。
「私が今やったのを真似してやってみて」
彼女から包丁を受け取って、彼女の見様見真似で手間取りながら玉ねぎをみじん切りにする。
そんな風に彼女を手本にしてハンバーグやサラダを作っていく。
「じゃあ、後は焼くだけだから、着替えて来るから先に焼いておいて」
そう言って部屋に行く彼女を見送ってから、ハンバーグを焼き始める。
焦げないように弱火で焼きながら待っていると、扉の奥から足音が聞こえてきた。
彼女が戻って来るには少し早いなと思っていると、元気な声と共に扉が開いた。
「ただいま」
後ろから届いた声に反射的に振り向いて返事をしてから、その声の主が彼女の妹だと気付く。
それは、相手も同じだったようで、こちらを不審そうに眺めている。
「ここで何をしているのですか?」
当然ながら、彼女の声には不信感と敵意が滲んでいる。
「見ての通り料理だけど」
「そんな事は見ればわかります」
「何で今日も貴方が居るのですか?」
「今日も試験勉強をしようかと」
「試験勉強に来たのに料理ですか?」
「うん、君のお姉さんに少し前に料理を教わる約束をしていて」
「だいたい、何でお姉ちゃんが貴方みたいな何も知らない人と」
「えっと、その」
僕は、妹さんの剣幕に押されて何も言えなくなってくる。
「お姉ちゃんと一緒に居られる時間もうあまり無いから盗らないで」
その言葉に込められた必死さに違和感と疑問が浮かんでくる。
一緒に居られる時間があまり無いとはどういう意味だろう。
最初に浮かんだ最悪な想像を振り払って、進学や学年が上がるにつれて忙しくなるからだとか、思考を明るい方へと向ける。
それでも僕の口は縫い留められたように何も言えなくなっていた。
妹さんの方も自分の最後の言葉が失言だと思ったのかそのまま黙ってしまい、視線を彷徨わせている。
僕らの間に重い沈黙が流れる。
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