落雁

火山竜一

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落雁物語

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「いらないって、言ってるだろう」
 ジュースとおにぎりの袋を手にして男がレジの前で悦子に怒鳴った。正月初日の夕方のことだ。家電の生産工場にある北売店は凍り付いた。
 五人ほどのお客様が振り返った。
「申し訳ありません」
 悦子はあわてて、包装紙に『賀正』と印刷した無料の落雁をひっこめた。
 男は三十過ぎに見えた。悦子の手からお釣りとレシートをむしり取った。
 十年勤めて今日が最後の落雁。
 スタッフ皆で考えて三種類にした。朝、店長から心をこめて差し上げましょうと挨拶があった。ついいらないと首振る客に違う色の落雁を出してしまった。
 男が出口のドアの前で立ち止まった。悦子の作った『三月閉店』の看板を見ている。
 悦子は唇を噛んで目を伏せた。
「閉店なのか。知らなかったなあ」
「東売店と西売店は残ります。外にコンビニができて大変なんです」
「そうかあ。寂しいな。じゃ、記念にもらっとくよ」
 男は振り返ると、落雁を手にした。
「僕も三月に辞めるんだ。会社に追い出されるのさ。ついでかい声出しちゃった」
 男はぺこりと頭をさげた。もう落ち着いていた。
 四月になって悦子は東売店に異動になると、朝いつものとおりレジに立った。
「君ここになったの」
「お正月のお客様。お久しぶりです。お勤め大丈夫だったんですか」
「結局子会社に移されてね。ここは系列会社が十五社ほど入ってるから助かったよ」
 男は北村敏夫と名乗り、毎日夕方、東売店にジュースとおにぎりを買いに来た。
 夏になり、悦子がレシートを渡すと、敏夫は裏に電話番号を書いて返した。
 しばらくして、敏夫はジュースしか買わなくなった。
 次の正月初日。敏夫はいつものとおりレジにジュースを持ってきた。悦子は知らぬ顔で落雁は出さずに、お釣りとレシートを渡した。
 夜になって、男の自宅のテーブルの上にはたくさんの落雁があった。悦子が敏夫の前に座った。
「また余りものを持ってきちゃった」
 敏夫は落雁を一つ一つ頬張った。
「夕飯作ってくれないかな。代金は給料全部だ。レシートはいらないよ。ずっとね」
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