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椰子ふみの

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第一章

第一歩

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「さて、肝心の君の名前はなんて言うのかな」

 私がハンカチで顔を拭くまでジェシーさんは待ってくれた。

「甘川真理亜です。甘川が苗字で真理亜が名前」
「マリアちゃん、貴族だったんだ」
「いえ、普通の人ですよ」
「だって、苗字があるんでしょ」
「いえ、私の国では貴族でない人にもみんな苗字があって」
「そっか、自己紹介する時に気をつけた方がいいかも。貴族でないのに貴族のふりをするのは罪になるから、トラブルになる」

 私はうなずいた。

「マリアちゃん、取り調べは日を改めるから、今日はゆっくり休んで。家まで送るよ」
「あの、家には帰れないって」
「あ、ここでの家ね」
「ここに家なんてありません。落ちてきて、すぐに捕まったんです」
「じゃあ、ここに来たのって」
「昨日です」

ジェシーさんは困り顔になった。

「とりあえず、神殿に行く? 孤児への支援をしてるから」
「私、大人ですから。それより、住み込みの仕事を紹介してもらえないでしょうか」
「仕事ねえ、何ができるの?」
「髪を切ったり、整えたり、化粧したりする仕事をしていました」
「ああ、侍女か。でも、この世界のことがわからないまま、貴族に仕えるのは難しいなあ」
「あの、侍女をしてたんではなく、髪結師と言えばいいんでしょうか、専門の店を開いて、いろんなお客様に来てもらってたんです」
「ますます、難しいなあ。侍女のいない平民は自分たちでやるし」

 ジェシーさんは考え込んだ。

「いいところがあるんだけど、うーん、もう大人だって言ってたね。じゃあ、大丈夫か」

 ジェシーさんが連れて行ってくれるというので、ワゴンを引きずって馬車に乗った。私は窓の外の景色に釘付けだ。
 ヨーロッパの古い街並みのような石造りの建物が並んでいる。もう暗くなっているが、街灯や店の明かりはまぶしいほどだ。街を歩いている人々には私のようなアジア系やアフリカ系はいないみたい。

「そういえば、この街は何ていうんですか?」

 これから、私が暮らしていく街。

「アストレイヤ国の首都、アスター。なかなか賑やかでしょ」
「ええ」

 やがて、小さなお城のような建物が見えてきた。煌々と灯りがついている。
 前に馬車を停めると、ジェシーさんが先に降りて、手を差し出した。エスコートだ。少し照れながら、降りると、建物の中からものすごい美女が出てきた。色気がすごい。ラベンダー色の髪を結い上げ、同じ色のドレスの胸開きは広くて、豊かな胸がこぼれ出そう。ドレスの片側にはスリットが入っていて、美しい脚が見えている。

「いらっしゃい。どうしたの、可愛い子を連れて」
「ここで働かせてやってくれないかな」

 ジェシーさんの言葉に慌てて、口をはさんだ。

「あ、あの、私、ここの仕事、無理だと思います」

 美女が笑った。

「ここがどんなお店かわかったようね。でも、こっちこそ、あんたのような子供、お断り。うちは高級娼館なんだからね」
「ちょっと待って、ちょっと待って。二人とも勘違いしないで。マリアちゃんは髪結いや化粧ができるっていうから、連れてきたの。マダム、専門の人を雇いたいって言ってたよね」

 ジェシーさんの言葉にマダムが顔を顰めた。

「本当にできるのかい? テストさせてもらうよ」
「はいっ」
「じゃあ、ついてきな」

 マダムのあとについて、ワゴンを引きずって、建物の中に入ると、ゴージャスな空間が広がっていた。
 色んなタイプの美女が男性と一緒にソファーに座り、お酒を飲んでいる。
 ちょっと、ホッとした。美しさの基準は似ているようだ。源氏物語の時代のように下ぶくれでおちょぼ口が美人だったら、私の技術でメイクなんてできない。
 ヘアスタイルは流行なのか、みんな結い上げて、豪華な飾りをつけている。

「イブ、あなたも一緒に来て」

 マダムは途中で色白のスマートな女性を捕まえた。イブさんは明るい緑のストレートロングの髪を右前に流している。個室に案内されると、ジェシーさんもついてきた。

「このイブの髪型を考えて。今日中に私を納得させたら、雇ってあげる」
「住み込みでもいいですか」
「もちろん」

 マダムは腕を組んで立った。私のお手並み拝見という姿だ。

「イブさん、こちらに座ってください」

 座ってもらって、髪の状態を確認する。ツヤツヤでいい状態だけど、少し髪油をつけ過ぎだろうか。重い感じだ。あらわになっているうなじから背中からの線がすごくきれい。そういう意味では今の右前に流している髪型はいい。

「うなじがきれいですね。結い上げましょうか」
「いらない。今のままで十分」
「いえ、それじゃ、もったいないです。イブさんの魅力を引き出させてください」
「でも、結った状態でそのまま、寝ると、ピンが痛いし。外すのに手間取ると、お客さんもイライラするしね」
「でも」
「いいの、このままで。あなたには悪いけど、こんな重い髪、どうしたって」
「カットして軽くすることもできますよ」
「馬鹿なこと言わないで。せっかく伸ばした髪なのに」
「せっかくと思うなら任せてください」

 イブさんは私を見ると、諦めたように笑った。

「そうね、何もしなかったら、あなたが困るものね。じゃあ、任せるわ」

 すぐに髪型は思いついた。
 夜会巻きだ。でも、夜会巻用のコームはないよね。

「あの、かんざしありますか?」
「かんざしって、なんだい?」

 この世界にはないのか。

「このくらいの棒ありませんか? 太さは指ぐらいで。なかったら、フォークでもいいです」

 マダムはうなずくと、部屋を出て行った、

「それじゃ、イブさん、髪の毛、少し引っ張りますね」

 探しに行ってもらってる間に、イブさんの髪から余分な油を取ることにした。ワゴンからブラシを取り出すと、ブラッシングしては布で拭いていく。

「きれいな髪ですね」
「厄介なだけ。結い上げるのも固くて大変だし」

「棒だよ」

 戻って来たマダムから先が丸くなった棒を受け取った。何の棒だろう。飾り気はない。
 イブさんの髪を上に向かってきつめにねじる。コームじゃないから、しっかりねじらないと髪の毛が落ちてしまう。毛先を中に入れて、棒を絡めて、差す。
 かんざし一本でやるのは久しぶりだけど、上手くできた。

「いかがです?」
「それで終わりかい? 何でそんなに簡単に結えるんだ」

 マダムが不思議そうにのぞき込んだ。

「少し引っ張られる感じはありますが、痛くないです」

 そう、イブさんが言ってくれた。

「イブさん、立ってみてください」

 ワゴンから手鏡を二つ取り出すと、一つをイブさんに渡し、一つを後ろにかざすように持った。

「ほら、やっぱり、うなじがきれいだから、アップにした方が素敵です」
「不思議。これだけで結い上げてるの?」

 イブさんがそっと髪の毛に触った。

「じゃあ、外すところを見てください。イブさん、いいですか? この棒の先を持って、さっとこちらに引っ張ってください」

 イブさんが髪から棒を外すと、髪の毛が落ちてくる。

「そこで、こう、頭を左右に振って」

 イブさんが頭を振ると、髪がほどける。その姿が何とも色っぽい。ジェシーさんがヒューと口笛を鳴らすと、イブさんは満面の笑顔になった。

「すごい。こんな簡単にほどけるなんて」
「簡単でしょう。私の国では、この棒の先に飾りをつけるんです。そうすれば、華やかになって、もっと似合いますよ」
「採用!」

 マダムがパンと手を合わせた。

「やるじゃない。今日からうちで働いておくれ。給料とかの条件の話は今、済まそう。その方がジェシーが立ち会えるからいいだろ。マリアって言ったね。私はフランチェスカだ。このデルバールという店の主人さ。よろしく」
「よろしくお願いします。マリアです」

 もう、甘川真理亜ではなく、マリアとして生きて行こう。そのために。

「あの、お願いがあるんですが」
「住み込みだろ。わかってる」
「それに追加して、誰か、私にこの国の常識を教えてくれる人を紹介してもらえないでしょうか? もちろん、授業料は払います」
「なんだ、体格や雰囲気が違うと思ったら、この国の子じゃなかったのかい」

 ジェシーさんが目配せをすると、フランチェスカさんはイブさんに声をかけた。

「ありがとう。もう、仕事に戻って。明日からはこの髪型にしてもらうから」
「本当にありがとう。元のままでいいなんて、そんなことなかった。あなたのおかげね。明日からよろしくね」

 イブさんが私に微笑んで出ていくと、フランチェスカさんがジェシーさんを睨んだ。

「で、マリアはどんな訳ありなんだい」
「落ち人なんだよ。しかも、昨日、落ちてきた」

 ジェシーさんの言葉にフランチェスカさんは手で顔を押さえた。

「じゃあ、本当に何も知らないんだ」
「そう。それに落ち人であることはできるだけ秘密にしてもらいたいんだ。だから、フランが教師になってくれると嬉しいな」
「わかった。その代わり、授業料の半分はあんたに払ってもらうからね」
「え」
「あの、全部、自分で払います」

 私は慌てて、口を挟んだ。

「いいんだよ。たぶん、私が教師を引き受けるのを見越して連れてきたんだから」
「バレたか。だから、マリアちゃんは気にしないで。こう見えて、高給取りなんだから」

 二人の圧が強かったので、思わず、うなずいた。

 こうして、私は何とか、自分の職場と住処と先生を手に入れたのだった。
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