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刺繍
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「ヴィオラさんのお母様はどうされていたのかしら。娘の教育に興味がなかったのかしら。それとも、下手で刺繍を教えられなかったのかしら」
嫌味ったらしく言うのはマナーの先生だ。ジョセフィンの指導でヴィオラのマナーは良くなって、文句を言われることがなくなっていたのに。まさか、刺繍の授業も同じ先生とは。
ヴィオラは自分の刺繍を見た。花を刺繍しているつもりだったが、なんだか、イクラの軍艦巻きに見える。おかしい。
「私が下手なだけです。母は上手ですが、上手なら教えられるってわけではないようですね。先生も私に教えられないようですし」
嫌味を返すと、先生は真っ赤になって、何かを言おうとしていたが、言葉が出てこないようだ。
「先生、この色とこの色、どちらが合うと思われますか?」
「あら、それはこのハンカチの用途によりますね」
ジョセフィンの質問に先生はイキイキと説明し始めた。ヴィオラはホッと息を吐いた。
放課後、ヴィオラはジョセフィンに頭を下げた。
「すみません、今日は生徒会を休ませてください。宿題の刺繍をしないといけないので」
先生に新たにハンカチ一枚を刺繍して来るように言われてしまった。しかも、明日までって。
「わかりましたわ。連絡しておきます。それより、私がお教えしましょうか」
「だ、大丈夫です。期待しておいてください」
と、言い切っておいて、寮の部屋に帰って、ヴィオラがすることはお願いだ。メイドのミヤに頭を下げる。
「ミヤ、お願い。このハンカチに刺繍して」
「いいんですか。私がやって。宿題ですよね」
「うん。いいの、いいの」
大体、女子だけ刺繍なんて不公平だから。頑張る必要なんてない。そう、ヴィオラは思った。
ミヤは不思議そうに尋ねた。
「不正はいけない。いつでも、正しく。そう言っていたお嬢様がどういう風の吹き回しですか」
そう言われて、ヴィオラはドキリとした。悪役令嬢にならないように。断罪されることがないように。そう思って、ずっと正しく生きてきた。それが、まだ、乙女ゲームは始まっていない。そう思っただけで、気を緩めてしまうなんて。「聖女は愛に囚われる」が始まってから、過去の行いを指摘されたら、終わりだ。
「ごめんなさい。自分でやります」
ヴィオラは白いハンカチを手に考え込んだ。簡単で見栄えのいい刺繍ってないかな。
「クロスステッチなら、できるんだけど、ダメなのかなあ」
「ダメではありませんけど、良く言えば、素朴。悪く言えば、田舎っぽい。都会の方から見ると、クロスステッチは評価されないかもしれませんね」
「ん? 田舎っぽい刺繍って、ミヤのイメージするのはどんなの?」
ブラウスの襟元や袖口にちょこっと小花を散らすイメージらしい。
「ふっふっふ。つまり、田舎っぽくなければ、クロスステッチでも、文句を言われないってことね」
ヴィオラは俄然、やる気が出た。歴史書を取り出すと、最初の挿絵の上に薄い紙をのせ、描かれた絵を写していく。
絵心はなくても、ドット絵なら任せてもらおう。ヴィオラは写した絵を四角に区切っては、その区域の色を決めては刺繍糸の番号をつけていく。前世で見たことのあるクロスステッチの図案ができた。
あとはクロスステッチ。同じことを繰り返すのはゲームのレベル上げと同じ、ヴィオラの得意技だ。
「また、話題になりそうなことをして」
ミヤがぼそりと言った言葉も夢中になっているヴィオラの耳には入らなかった。
「まず、宿題を出してもらえるかしら」
マナーの授業が始まると、すぐに先生はヴィオラに言った。刺繍の授業ではないので、女子だけでなく、特級クラスの生徒全員が揃っている。ヴィオラの刺繍を晒しものにしようという気持ちが先生にはあった。
出されたハンカチを受け取った。厚みを感じたので不思議に思いながら、先生はハンカチを広げた。
「こ、これは刺繍じゃなくて、絵でしょう」
ヴィオラの刺繍には白い布の部分が残っていなかった。カレイド王国の初代王が頭を下げて、神から王冠を戴くシーンがそのまま、刺繍になっている。
ジョセフィンが手を挙げた。
「先生、そばで見てよろしいでしょうか」
「え、ええ、かまいませんけど」
ジョセフィンは真剣にハンカチを見つめた。
「紛れもなく、刺繍ですわ。私もやってみたいと思いますけど、四角にしていくのが難しそうですね」
「あの、絵がありましたら、同じサイズでよければ、こんなふうに図案を作りますよ」
ヴィオラは刺繍の図案を見せた。
「まあ、これがあれば、私でも大丈夫ですね。弟の肖像画にして、父にプレゼントしようかしら。明日、絵を持ってきます」
「あの、私もお願いできますでしょうか?」
「俺も」「私も」
ヴィオラのまわりに生徒が集まる。先生が我に返って、声を張り上げた。
「みなさん、席に戻ってください。授業が始まりますよ」
先生の焦った姿を見ることができて、ヴィオラは満足だった。
そして、生徒会では。
「ヴィオラちゃん、すごい」
「私にも作ってもらえないかな」
「私が先だ」
ジョセフィンがヴィオラの刺繍を披露するから、大騒ぎになった。先生から宿題の刺繍を取り戻してくるというのはジョセフィンでなければ、できなかっただろう。
「王太子様が興味を持たれると思いますって言ったら、簡単に返してもらえましたわ」
ジョセフィンが胸を張る。
「では、このハンカチは私がもらっても構わないだろうか」
ジョージ王太子が笑うと、イアンが慌てて口を挟んだ。
「それより、この部屋に飾って置きましょう」
「イアンがもらわなくてもいいのかい」
イアンが赤くなった。
「それより、私にも作ってもらえるかなあ」
アネモネ様の言葉にヴィオラは浮き立った。
「もちろんです。図案じゃなくて、アネモネ様には自分で刺繍したいです」
自作のハンカチを贈ることには告白の意味があることをヴィオラはわかっていなかった。
嫌味ったらしく言うのはマナーの先生だ。ジョセフィンの指導でヴィオラのマナーは良くなって、文句を言われることがなくなっていたのに。まさか、刺繍の授業も同じ先生とは。
ヴィオラは自分の刺繍を見た。花を刺繍しているつもりだったが、なんだか、イクラの軍艦巻きに見える。おかしい。
「私が下手なだけです。母は上手ですが、上手なら教えられるってわけではないようですね。先生も私に教えられないようですし」
嫌味を返すと、先生は真っ赤になって、何かを言おうとしていたが、言葉が出てこないようだ。
「先生、この色とこの色、どちらが合うと思われますか?」
「あら、それはこのハンカチの用途によりますね」
ジョセフィンの質問に先生はイキイキと説明し始めた。ヴィオラはホッと息を吐いた。
放課後、ヴィオラはジョセフィンに頭を下げた。
「すみません、今日は生徒会を休ませてください。宿題の刺繍をしないといけないので」
先生に新たにハンカチ一枚を刺繍して来るように言われてしまった。しかも、明日までって。
「わかりましたわ。連絡しておきます。それより、私がお教えしましょうか」
「だ、大丈夫です。期待しておいてください」
と、言い切っておいて、寮の部屋に帰って、ヴィオラがすることはお願いだ。メイドのミヤに頭を下げる。
「ミヤ、お願い。このハンカチに刺繍して」
「いいんですか。私がやって。宿題ですよね」
「うん。いいの、いいの」
大体、女子だけ刺繍なんて不公平だから。頑張る必要なんてない。そう、ヴィオラは思った。
ミヤは不思議そうに尋ねた。
「不正はいけない。いつでも、正しく。そう言っていたお嬢様がどういう風の吹き回しですか」
そう言われて、ヴィオラはドキリとした。悪役令嬢にならないように。断罪されることがないように。そう思って、ずっと正しく生きてきた。それが、まだ、乙女ゲームは始まっていない。そう思っただけで、気を緩めてしまうなんて。「聖女は愛に囚われる」が始まってから、過去の行いを指摘されたら、終わりだ。
「ごめんなさい。自分でやります」
ヴィオラは白いハンカチを手に考え込んだ。簡単で見栄えのいい刺繍ってないかな。
「クロスステッチなら、できるんだけど、ダメなのかなあ」
「ダメではありませんけど、良く言えば、素朴。悪く言えば、田舎っぽい。都会の方から見ると、クロスステッチは評価されないかもしれませんね」
「ん? 田舎っぽい刺繍って、ミヤのイメージするのはどんなの?」
ブラウスの襟元や袖口にちょこっと小花を散らすイメージらしい。
「ふっふっふ。つまり、田舎っぽくなければ、クロスステッチでも、文句を言われないってことね」
ヴィオラは俄然、やる気が出た。歴史書を取り出すと、最初の挿絵の上に薄い紙をのせ、描かれた絵を写していく。
絵心はなくても、ドット絵なら任せてもらおう。ヴィオラは写した絵を四角に区切っては、その区域の色を決めては刺繍糸の番号をつけていく。前世で見たことのあるクロスステッチの図案ができた。
あとはクロスステッチ。同じことを繰り返すのはゲームのレベル上げと同じ、ヴィオラの得意技だ。
「また、話題になりそうなことをして」
ミヤがぼそりと言った言葉も夢中になっているヴィオラの耳には入らなかった。
「まず、宿題を出してもらえるかしら」
マナーの授業が始まると、すぐに先生はヴィオラに言った。刺繍の授業ではないので、女子だけでなく、特級クラスの生徒全員が揃っている。ヴィオラの刺繍を晒しものにしようという気持ちが先生にはあった。
出されたハンカチを受け取った。厚みを感じたので不思議に思いながら、先生はハンカチを広げた。
「こ、これは刺繍じゃなくて、絵でしょう」
ヴィオラの刺繍には白い布の部分が残っていなかった。カレイド王国の初代王が頭を下げて、神から王冠を戴くシーンがそのまま、刺繍になっている。
ジョセフィンが手を挙げた。
「先生、そばで見てよろしいでしょうか」
「え、ええ、かまいませんけど」
ジョセフィンは真剣にハンカチを見つめた。
「紛れもなく、刺繍ですわ。私もやってみたいと思いますけど、四角にしていくのが難しそうですね」
「あの、絵がありましたら、同じサイズでよければ、こんなふうに図案を作りますよ」
ヴィオラは刺繍の図案を見せた。
「まあ、これがあれば、私でも大丈夫ですね。弟の肖像画にして、父にプレゼントしようかしら。明日、絵を持ってきます」
「あの、私もお願いできますでしょうか?」
「俺も」「私も」
ヴィオラのまわりに生徒が集まる。先生が我に返って、声を張り上げた。
「みなさん、席に戻ってください。授業が始まりますよ」
先生の焦った姿を見ることができて、ヴィオラは満足だった。
そして、生徒会では。
「ヴィオラちゃん、すごい」
「私にも作ってもらえないかな」
「私が先だ」
ジョセフィンがヴィオラの刺繍を披露するから、大騒ぎになった。先生から宿題の刺繍を取り戻してくるというのはジョセフィンでなければ、できなかっただろう。
「王太子様が興味を持たれると思いますって言ったら、簡単に返してもらえましたわ」
ジョセフィンが胸を張る。
「では、このハンカチは私がもらっても構わないだろうか」
ジョージ王太子が笑うと、イアンが慌てて口を挟んだ。
「それより、この部屋に飾って置きましょう」
「イアンがもらわなくてもいいのかい」
イアンが赤くなった。
「それより、私にも作ってもらえるかなあ」
アネモネ様の言葉にヴィオラは浮き立った。
「もちろんです。図案じゃなくて、アネモネ様には自分で刺繍したいです」
自作のハンカチを贈ることには告白の意味があることをヴィオラはわかっていなかった。
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