赤の王国

バジャ―

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 ハドアス王国 首都パラン

 よく整備された石造りの街道を北上すると、夕日を浴びて輝く、低い城壁が見えてくる。大砲戦に対応した最新式の城壁だ。今見えているのは外壁に過ぎず、奥には更に二つの城壁が控えているという。防備重視のハドアス軍らしく、こうした装備には人一倍気を使うらしい。首都を守る城壁ともなれば、尚更だ。
(その気遣い、少しでも私に向けてくれればいいのに)
 城壁を苛立たし気に睨みつつ、フィレオ・ン・カイハファはそう思った。
 エルフ族に特有の長い耳に、金色のロングヘアー。人間で言うと二十代後半位の見た目だが、亜人種の多いハドアスやラザトにおいて、外見で人の年齢を判断する習慣はない。各種族で成長のスピードが全く違うので、当てにならないのだ。
 城門を開けて貰うため、フィレオが従者を衛兵詰所へ使いに出し、もう三時間程になる。フィレオのいる東門は要人専用で、人影は疎らだ。いくら何でも遅い。
その間フィレオはひたすら、竜車の中でくさくさしているしかなかった。「そろそろ日が落ちますし、危険ですから」と言って、兵士が外に出してくれないからだ。竜車の両脇には、兵士が一人ずつ立っている。護衛という名目だが、実際は監視の為だ。無視を言えば出さない訳にも行かないだろうが、監視は続けるだろう。
 フィレオはエルフ族。そのせいかもしれないし、彼女の地位のせいかもしれない。
 そのフィレオの目が、ふと細められた。彼女の優秀な視力が、こちらにかけて来る従者を見つけたからだ。
「首長!フィレオ首長!」
竜車に駆け込むフィレオの従者……ミハ・ス・マウラルは、掴みかからんばかりの勢いだった。
「どうしたの、ミハ。……まあ、予想はつくけど」
「酷いんですよ、あいつら!首長をないがしろにして……」
 フィレオは小さくため息をつく。ミハが興奮しつつ捲し立てる内容は、大体彼女が予想した通りだった。
「要するに」
 フィレオは片手を挙げ、ミハの言葉を遮る。
「妖精の森自治区首長たる私の名を出しても開門に取り合わず、あまつさえ無視するような真似をしたと?いつもの嫌がらせじゃない」
「そうですけど!」
「いい加減慣れて。……内乱のせいで、貴方のような若いエルフは、もう残り少ないんだから」
 フィレオの絞り出すような一言に、ミハは思わず口をつぐんだ。ハドアスは、確かに亜人が多い。しかしそれは、被差別階級として、優れた労働力として、他国より優遇されているからに過ぎない。人間が多数派のこの大陸に住む以上、差別は我慢せねばならないことだ。
「分かってます。でも……」
 ミハが俯くのを見て、フィレオは後悔した。冷静沈着な彼女らしくもない、残酷な言葉だった。
(それにしても、「いつもの嫌がらせ」か……人間は、この期に及んで事態を理解していないのかしら)
 救援要請の使者は、既に出している。フィレオが来たのは、その催促と細かい事情説明の為だった。
 彼女の脳裏に、森の惨状と同胞の悲鳴が浮かぶ。
(待っていて、すぐに戻るから)
 フィレオは決意を固め、ミハと共に衛兵詰所へ向かうことにした。こんなところで足踏みしている時間はないのだ。
「すみません……私が役目を果たせないばかりに、首長自ら……」
「いいの。これを期に、人間のあしらいかたを覚えるようにね」
 涙目のミハを慰めつつ、フィレオは荒々しく竜車の扉を開けた。

 
 
パランはハドアスの北端、「惑星の宝箱」の二つ名を持つ壮麗な都市で、同国唯一の海の玄関口でもある。
「パランはその港こそが正門なのであり、城門は裏口なのだ」
 旅人が口々にそう言うように、パランで最も美しく、かつ賑わっているのは臨海部だった。
 港近くの市場には珍しい舶来品や新鮮な魚などが並び、商人や労働者が忙しなく働いている。古く気品のある商館や貴族の屋敷は、優れた都市計画を言外に示すように、整然と並んでいた。
 そこから少し南下すると、異国情緒溢れる市街が広がっていた。街の中心に聳え立つ尖塔は、トゥ―ルズ人が日々の祈りの為に建立したもの。異教徒の寺院に許可を出したハドアス王としては、良い商売相手のトゥ―ルズ人を更に誘致する目的もあっただろうし、何よりパランの国際性をアピールしたかったのだろう。
 そして、そのすぐ近く。太い道路が交差する広場に、代々ハドアス王の住まうウフトミス城が鎮座していた。
「……陛下、ことは一刻を争います。何卒、一刻も早く救援を」
 謁見の間。再度状況を説明した後、床に額を擦り付けんばかりにして声を発しているのはフィレオ。その先の玉座に収まっているのは、女王ルビン二世だった。
 一見すると十代前半程の年齢にしか見えない。玉座からフィレオを見下ろすその目は冷え冷えとしていて、人形じみた美しさを湛えた少女だ。ちなみに、人間なので年齢は見た目通り。
「陛下は、その件については緊急性がないと判断され、そのことは汝も承知のはず。これ以上陛下のお耳を汚すことがあるというのか」
 フィレオは僅かに顔を上げ、声を発した人物を見た。摂政ヴォルタ―・カーライル。幼い女王を、ひいては王国を、影から支える若き天才だ。玉座の隣に立つことを許されるのも彼だけ。
「……これは異なこと。妖精の森自治区の惨状を知りながら、これを放置されるとは、如何様なお考で?」
 ヴォルタ―は鼻をならす。
「貴様ら亜人の為に、何故ハドアスの貴重な若者たちを差し出さなければならないのか?」
「……奴らは、妖精の森を「解放」した後、次は王都を目指すでしょうよ」
「脅すつもりか?その時は賊を打ち払うのみよ。昨年のクナ=ゴーラのようにな」
 クナ=ゴーラ。威勢の良いヴォルタ―とは対照的に、フィレオはその国名を耳にするだけで頭が痛くなる。
 ハドアスとクナ=ゴーラは、毎年のように小競り合いを繰り返す仲だった。所謂伝統的敵国である。貿易上の不満か領土的野心のため、クナ=ゴーラ側が国境のバハラム平野に進出し、ハドアス軍と睨み合って帰って行くのがいつものパターンだ。両国の国力はほぼ互角。本格的に衝突すると甚大な被害が出ることは、双方理解していた。
 クナ=ゴーラがまだ統一国家でない時代から、両国はこのような関係だった。遊牧民族であるクナ=ゴーラと農耕民族であるハドアスでは、相性が悪いのかもしれない。
 そして、昨年即位したクナ=ゴーラ王クシュ=ダオド=ゴーラは、即位早々に本格的な侵攻を決行。バハラム平野の会戦でハドアス騎士団に圧勝した同国軍は、ハドアス領奥深くへ侵入し、略奪の限りを尽くした。
 ……そして、調子に乗ってしまった。自らの高い馬術を生かせない、攻城戦を行ったのだ。クシュ=ダオド=ゴーラが無能と言われる所以。先程ヴォルタ―の言っていたパラン攻防戦である。
 相手の数さえ把握できていないクナ=ゴーラ軍は、何の考えもなしにパランへ突撃。ハドアス軍は外壁を意図的に明け渡し、外壁と内壁の間にクナ=ゴーラ軍を封印。城外からの救援軍と内壁側の軍に包囲され、クナ=ゴーラ軍は呆気なく壊滅した。ハドアス軍の指揮を採っていたのは、今フィレオの目前にいるヴォルタ―である。
 この戦いでクシュ=ダオド=ゴーラは戦死、彼が連れ回していた家臣団も一人として生きて帰らないという悲惨な結果となり、クナ=ゴーラは国家として麻痺状態に陥った。
「……摂政閣下、勘違いしないでいただきたい。今回はあの蛮族の時とは違うのです」
 「あの蛮族」……そう、フィレオが頭を痛めているのは、クナ=ゴーラそのものではない。同国との戦争の後に起きた、大幅な治安悪化だ。あいつらのせいで、という苦悩である。
「我々が対応せねばならないのは、今相対している敵……自治区内の急進勢力だけではございません」
 フィレオは続ける。
「先の戦争の際、妖精の森にまで敵は侵入し、そちらは撃退することができました。しかし、そのどさくさに紛れて、自治区内の急進勢力に支援を行った者がいたのです」
「わざわざ言わなくとも、知っているさ。……ファーラント、か。忌々しい」
 今、フィレオが治める妖精の森に起こっている争いは、複雑な事情から生じたものだ。
 神聖ファーラント森林同盟という国がある。五十年程前、ハドアスやラザトでの亜人種族の奴隷支配に反発した、エルフや妖精、ドリア―ド等の「森林種族」が、旧ハドアス領ファーラント島を占領して建てた排人間主義・亜人至上主義の国家だ。その政治思想からして、故郷での彼らの扱いがどれ程酷いものだったか分かるというもの。この反乱を反省して各国は非合法化したが、亜人の中でも「森林種族」は身体能力、寿命共に高く、かつて奴隷として高く取引されていた。
 そして、数多くの「森林種族」以外の亜人が彼らの思想に同調し、故郷の村を捨て、ファーラントに渡った。
 しかし、一部の亜人は故郷を離れずそのまま生活を続ける。種族や村の伝統、何より自らの誇りを守る為だ。特に長い歴史を持つ村に住む者は、その傾向が強かった。反乱の影響で亜人の扱いが多少良くなったからというのもある。妖精の森自治区もその内の一つで、「妖精の森」の中にある、保守的で古い村々が集まって形成されていた。
 そして、ファーラントに渡った亜人たちは、そんな同胞を許すことができなかった。大陸で特に酷い目を見てきた彼らからすれば、大陸にとどまった者は「苦悩する同胞たちを見捨て、人間のもとで甘い汁を吸う裏切り者」なのである。ファーラントは、そんな裏切り者に復讐するチャンスを、虎視眈々と狙っていた。
 そして、ついに実行の時が来たというわけだ。彼らは、ハドアス・クナ=ゴーラ戦争終結後の混乱を利用し、妖精の森内の内通者に武器その他の支援物質を提供。結果、全亜人のファーラント合流を主張する急進派が村々を襲撃し、妖精の森は死体の森に改称できる程の激戦の場となった。
「……いずれにせよ、軍は出せない。陛下の領土が賊に侵されている状況を鑑み、物資は出す。自らで解決せよ」
 ヴォルタ―は、実の所この反乱を重く見ていた。他国による露骨な嫌がらせだし、亜人とはいえ国民の危機でもあるのだ。しかし、「人間の」国民感情や、亜人の都合で動かされる兵士の士気を考えれば、派兵は難しいと言わざるを得ない。
 唇を噛み締め、悔しそうにするフィレオ。しかし、内心では歓喜していた。彼女は頑迷でケチな人間の助けなど、はなから期待していなかったのだ。ヴォルタ―のこの言葉を引き出すのが、当初からの目的だった。兵士もできれば欲しいが、傭兵を雇う金銭的余裕もないので、諦めるしかない。それより骨と皮だけになり、矢が不足して満足に戦えない同胞を助けるのが先決だ。
「それならば、糧食と弓矢、それに魔法具数点を所望いたします」
 ヴォルタ―とフィレオとの間で、短く交渉が行われる。最終的にフィレオは相応の物資を得、退出していった。
 
 

「お疲れ様でした、ヴォルタ―」
 今まで口を閉ざしていた女王が、謁見の間に声を響かせる。鈴の鳴るような、透き通った声だ。
「……辛いものですな、陛下の民にあのような態度をとるのは」
 それに対し、ヴォルタ―は女王以外に見せない優しい笑みで答えた。
「我慢して下さい。民意に添うのも、為政者たる者の務め。……とはいっても、軍事的才能、政治手腕に優れるあなたに、これ以上のことを求めるのは酷ですか」
「ははは、ご冗談を」
 いつも通りの、主君と若き臣下の美しいやり取りを見て、門の側の衛兵や奥に控えるメイドは顔を綻ばした。彼らとて、亜人を蔑視しないわけではない。しかし、やはり自らの主君は、己と違い高潔であってほしいのだ。
 ヴォルタ―はそれを「確認」し、再び前へ向き直る。
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