龍は精霊の愛し子を愛でる

林 業

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勇者は目の前の同族を見る。
緑の瞳に、怯えたように震える子供。
きっと魔族の奴らが奴隷として扱っているのだろうと当たりをつける。

攫われたのかと聞いた瞬間逃げ出す姿に、きっと答えれないのだと慌てて追いかける。
だが姿が消えて、舌打ちをしながら兵士に聞く。
「人族の子を奴隷にしているのか?」
侮辱の瞳を向けられ、魔族のくせにと心の中で吐き捨てる。
今回は一時的な和平で来たのだから波風を立ててはいけない。
「そんなことしません」
嘘を付けと、言いたくなるのを堪える。
きっと奴隷にして、好き放題されているのだろう。
こうなったら勇者権限でここから連れ出そう。
大丈夫だ。俺は正しい。
だって皆勇者に従うのが当たり前なのだから。


翌日、並ぶ王族の一人にその子を見つける。
騎士団長と紹介された男の手を握りしめて、青ざめている。
きっとあの男が主人なのだと理解しながらもこの場で助けることは出来ない。
なんせ、王族の一員であり、傍目からは大切に囲われているように見せている。
それでは訴えても連れて行くことは難しい。

「人族を養子にしているんですね」
「あぁ。この子は、人族の村で虐待を受けていたようなので保護をしたのだ。本来は人族に返す予定だったのだが思った以上に人に怯えてな。親兄弟もいないというのこちらの養子としたのだ」
ただの奴隷だろうと笑顔で隠す。
昨日出会ってしまい、慌てて養子という形に留めたのだろうと内心で毒づく。

こうなったら彼を連れて帰ろう。
力づくだって彼は人なのだ。
泣いて喜ぶろう。
向こうで再教育すればきっと一人前の人間として生きていけるだろう。
そのときは自分の嫁の一人にしてもいい。
そうほくそ笑む。
こんな下等奴隷たちである魔族など皆殺しにせず、和平を示したのだ。
その和平の証にその子をもらってもいいではないか。と。




ぞわっと背筋に氷が走った気がする。
アレクサンドラは握ってくれている手を握り直す。
大丈夫だと微笑んでくれるサンムーンを見上げて、安堵する。
何があっても助けるからと囁く。

だが勇者がこちらを見て微笑む顔。
あのときの村人と似ている。
自身の考えが、信念が正しいとしか思っていない。
それが怖い。
自分の体質から、勇者が脅威に感じ殺せと言ってきた。
母は自分を護るために勇者の言葉に逆らい、村人の慰みものになって死んだ。
たまたま来た勇者が間接的ではあるのだが母を殺した。
父が生きていたらとその時ほど思ったことはない。
そんな当たり前が存在する世界が怖い。

和平の協議を終えて、早々に退出する。
普段こういう場所に出てない。
養父様もそのために早々に嫁に出したのだ。
今回勇者に知られ、訪ねてきた。
ならこれ以上下手にバレるよりは王族であると示したほうが狙われないとの判断を下した。
なのでその後は早々に屋敷に戻る。
舞踏会もあるらしいが、むしろ椅子に座っているだけで精一杯。
それに夜は勇者に嫌われる体質を知られるから駄目だ。
皆を危険に巻き込みたくない。
サンムーンは流石に王の護衛のため一緒には戻れないらしいが護衛はつけてくれた。
少しだけ心細い。

だが。と思う。
人族は他種族を見下している。
母は逆にそれはないと言い切る人だったけれど、村人は奴隷のくせに。が口癖だった。
力も技術も、勇者ですら叶わないかもしれない種族を、下に見る気持ちがよくわからない。
そういえば母は何故か他種族を侮辱しなかったのか今になって不思議に思う。
母は不思議な人だった。

家に帰る道中で精霊に声をかける。
精霊が現れて見つめてくる。
「母のこと、知る精霊、いない?」
聞けば、探してみると消える。


馬車が揺れて、なんだろうと窓を見れば勇者がいる。
ひっと悲鳴を上げそうになって口を塞ぐ。
がちゃがちゃとドアを開けようとしている姿に慌てて背中にある後ろのドアから逃げ出す。

視界の端に倒れている従者に気づいて、咄嗟に近づく。
血だらけの姿に、死なないで。と思わず口から飛び出る。

その声に気づいたのか、それとも出たのを見たのか、勇者が腕を掴んで見下ろしてくる。
あの人を助けなきゃと訴えるが彼は、不気味な笑みを浮かべたまま。
あの時の勇者と同じ目。
あの時の母を嬲りものにした村人たちと同じ、あの日あの時の目。
「おいで。人の元に帰ろう。君みたいな美しい子が俺の嫁になるのはありがたいことだろう?」
狂気に満ちた表情と顔に嫌だと暴れる。
「やっ、やだ。はなっ」
「男でも俺は気にしないよ。まぁ、子供はできないだろうけれど、別に嫁を取るからね」
嫁と言われて心の奥底から嫌悪する。
無理だ。こんな男と暮らすのは。
身体を許せるのはサンムーンだけだ。
心を許せるのは、優しい竜人族の皆。

そうだと首から下げ、普段は服の中の白銀の逆鱗を見せる。
「結婚、して、る」
「何を言っているのさ。全部奴隷の君を隠すため、だろう。大丈夫さ。君が大人しく教育を受けたらしっかり愛してあげるよ」
竜人族が贈ってくれる逆鱗の意味を彼は知らないらしい。
逃げる隙もなく一瞬で身体を抱えられる。
暴れるのにしっかりと掴まれて逃げることが出来ない。
「さ、サンムーン!たすけっ」
思わず叫ぶが、誰も、精霊すら居ない。

精霊がいないということがこれほど怖いとは思わなかった。
助けてくれる人がいないとわかった瞬間、勇者がいることで声が出てくれない。

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