刻録の予兆――誰も読まない小説が、世界を変える鍵でした。

ミシマ

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第一章 覚醒と混乱

不可解な衝動と黒い影

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 次の日、ユウは昨夜の出来事を思い返しては頭を抱えていた。実際にあの“闇”のようなものを目撃したのだが、アヤに詳しく聞こうにも連絡先がわからず、また大学で会えるかも……と思いつつ過ごすしかない。
 朝の情報番組では、近県の路上で奇妙な衝撃波事件が起こったとか、突然に建物の壁が陥没したといった報道が増えている。被害自体はまだ軽微らしいが、原因不明だとか。SNSを見ると「何らかの超能力騒ぎじゃ?」「フェイクでしょ」などと飛び交っており、真相は闇の中だ。

 「まさか、本当に“小説通り”の異能事件が出始めてる……?」
 ユウは自分の部屋でノートパソコンを開き、久々に『Echoes of Oath』の冒頭を読み返してみる。そこには確か、最初は小さな異変から始まり、人々が“Phase-1”という段階の力に目覚め、やがて世界規模の騒動へ……と描かれていた。
 「ただの偶然……だよな。あれと同じ展開なんて、現実じゃ……」
 口で言いつつも、昨日見た“闇”を否定できない自分がいる。あのとき抱いた妙な胸の高揚、そして今も微かに頭が熱を帯びているような感覚……。

 ――ピンポーン。
 玄関チャイムが鳴り、ユウがドアを開けると、そこにいたのはなんとアヤだった。昨日は一方的に別れてしまったため、意を決して訪ねてきたらしい。大学の友人を辿ってなんとか住所を聞いたようだ。
 「き、昨日は変な騒ぎに巻き込んじゃって、ありがとう。急に来てごめん……」
 彼女は深く頭を下げる。昨日の怯えた様子とは打って変わり、何か決意めいたものが伺える表情だった。
 「い、いえいえ。俺こそ気になってたんですよ。あの、あの闇みたいなのとか……」
 「うん。それなんだけど、あれから私、変な夢ばっか見て……。何か“逢魔”とかいう単語が頭にこびりついて離れないんだ。」

 ――逢魔。それはまさに『Echoes of Oath』に出てきた“Trait”のひとつ。
 ユウは動揺を隠せないまま、アヤを室内に招き入れ、互いに昨日の出来事を整理してみることにした。

 「私、昔から夜とか怖いの苦手で……。でも昨日は、自分の足元から闇が湧いたみたいで、本当にどうしようもなかったの。しかも、まるで自分を守ろうとしてるような感覚もあって……」
 アヤはソファで俯きがちに語る。ユウはそれを聞きながら、「まさに逢魔の最初期発現じゃないか……」と内心震えていた。ただ、それをストレートに言うのもおかしいので、慎重に切り出す。
 「もし、それが何か特殊な能力だとしたら……アヤさんはどうしたい? 使いこなすとか、封じるとか……」
 「え……封じる? そう……したいけど、やり方なんてわからないよ」
 「……そうだよね。俺もよくわかんないんだけど……」

 ユウは少し迷った末、「正直、変な話だと思うけど」と前置きしながら、自分が読破したWeb小説の話をした。そこに“逢魔”という闇の能力が出てきて、最初はうまく制御できずに苦しむキャラがいたこと――。
 「そんな小説が……。でも、どうして現実とそっくりなの?」
 「わからない。けど、“偶然”ってレベルじゃない気がする。……しかも、世界が大混乱になって、最終的にはもう滅亡寸前っていう結末で……」
 「滅亡、って……」
 アヤは愕然と口を開ける。お互いに言葉が出ない沈黙がしばらく続いた。

 その直後、ユウの頭の中で妙な“イメージ”が瞬いた。人が技を繰り出す光景――剣術のようなものや、打撃のようなもの……あり得ない多彩な動作が、まるで映像の断片となって走る。
 (な、なんだ、これ……まさか、俺も?)
 身体が熱い。昨日からずっと何かが頭に“刻まれ”ている感覚があったが、ここで一気にそれが爆発しかけた。思わずアヤの目を見てしまう。すると彼女も小さく息をのむ。
 「ユウ君……? 顔色、悪いよ?」
 「……大丈夫。多分、何かが頭の中に“コピー”されたみたいな……」
 そう口走った瞬間、玄関のドアが激しくノックされる。

 「堀川ユウさん、いますか? ちょっとお話が……」
 聞きなれない男の声だった。ユウはおそるおそるドアを開けると、そこにはスーツ姿の二人組が立っている。名刺には「特務管理局 暫定対策班」と記されていた。
 「昨晩、大学構内で不審な“闇状の現象”を目撃した者がいると報告を受けましてね。あなたが女性を連れてどこかへ行ったとの証言があり、詳しく事情を伺いたいのですが……」
 彼らの背後からは、どこか殺伐とした空気が漂う。アヤは顔を青ざめて、ユウの後ろに隠れる。

 まさか、もうこんな形で当局に目をつけられてしまったのか? 昨日のあれはそこまで大事になるような現象だったのか?
 「いきなりですね……。ええと、何が起きてるんです?」
 ユウが気丈に聞き返すと、スーツ男は冷ややかな表情を浮かべる。
 「詳しくはここではお話できません。ただ、“Trait”と呼ばれる異能が世間で確認され始めてましてね。被害を出す前に情報共有したいのです」
 ――Trait。ユウの脳裏に、小説『Echoes of Oath』の単語が鮮烈に蘇る。やはりこれは……。

 「警察とは別に、政府が動いてるってことですか?」
 「まあ、そう思って差し支えないでしょう。できれば協力していただきたい」
 そう言うと男はアヤに視線をやる。彼女は怯えたまま黙っている。ユウはどう言い繕うか迷うが、自分も突然目覚めた“刻録”とかいう力をどう伝えればいいのか、混乱する一方。

 こうして、ユウとアヤは初日も同然で“特務管理局”なる組織に絡めとられそうな気配を感じる。現実が着実に変容している。その足音はまだ小さいが、確実に近づいていた――。
 不可読だったはずのあの小説の結末が、いよいよ現実に重なり合うかのように。
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