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第1話 狐塚町にはあやかしが住んでいる

02-8.

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(小娘の癖に。生意気だ)

 それは、敬愛する旭からの言葉を思い出したからなのだろうか。

 春博よりも、香織の方が頼りになると言わんばかりの表情と言葉を思い出し、少しだけ不満に思う。

 誰よりも旭の傍に居続けていると自負しているだけあり、彼からの評価を気にしているのかもしれない。

(封具でも抑えられない霊視はある。ただ、それだけだ)

 香織が掛けている眼鏡を取り上げる。

 触れるだけでも痛みが走る眼鏡は、強すぎる霊視の力を持った道具だった。

「かっ、返して……!!」

 小さな声で文句を言いながら、取り返そうとする香織を見て、春博は口角を上げた。

「なにを怯える。これを通して見る景色はそれほどに違うのか?」

 参拝客が不審な眼で見つめていることなど知らずに、春博は眼鏡を覗き込む。

(これは)

 眼鏡を通じて映し出される光景は、空気中を漂う霊気のない世界。

 多くの人間が見つめている世界は、春博にとっては新鮮な景色だった。

(なんて美しい世界なのだろう)

 鬼には無縁の世界である。

 それなのに、何故だろうか。

 その世界を視ていると心が痛むのだ。

(心が引き寄せられる)

 鬼の本能のままに人を喰らっていた頃に感じていたにも、確かに抱いていた痛みを思い出す。

(なんて綺麗な世界なんだろう)

 霊気のない世界は、美しかった。

 何も知らずに生きている人間に対して抱く感情は、憐れみや同情といった下の者へ向ける感情ではない。

 どちらかと言えば、旭に対して抱く感情に近いものを感じていた。

(僕ですら、封具を使えば力が消えるのに)

 香織は、霊視を抑える効果がある眼鏡をしていても春博を見つけ出した。

 この時代では珍しい現象だった。
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