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第1話 狐塚町にはあやかしが住んでいる

05-4.

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 その残されていた魂は、先ほどの花火のように消えて行った狐火と共に黄泉へと渡って行ったのだろう。

 狐火が消えた空は、雲の間から満月が顔を出し、星が煌めくだけの夜空へと戻っていた。

(え、嘘。もう浄化しちゃったの?)

 現世に強い未練を残していた魂は、一つも残っていなかった。

 本来ならば一つの魂に対して一つの舞。

 複数の魂を黄泉へと導く事は現代を生きる人には、不可能であるとされている。それを平然とやって見せたのだ。

「あぁ、哀しき。その無念、必ずや晴らして見せよう」

 その言葉と共に旭は眼を閉じ、扇を伏せた。

 舞の終りを意味にしていたのだろう。

 鳴り響いた音は消え、狐火も現れない。

 それを目にしていながらも、香織は何も言うことがが出来なかった。

(凄い。凄すぎるよ)

 旭の舞は美しい。

 人では無いからこそ踊れるのでは無いかと思わせるその舞に心を奪われたかのように、香織は何も言えなかった。

 ただ、真っ直ぐと旭を見つめる。


「よいか。これを忘れるな」

 その視線に応えるかのように、振り返った旭は楽しそうに喉を鳴らしていた。

 それから、扇を懐に仕舞った。

「お前の言葉で、お前の感情で、舞えばいいのだ」

「……わたしが、ですか?」

「そうだ。俺の舞を基にして香織の舞を作ればいい」

 狐塚家に代々伝えられる舞と同じだ。

 基礎の形だけを教えられたと伝えられていないのは、旭の舞を再現できなかった当時の巫女や神官の自尊心を損なわない為だったのかもしれない。

「そんなこと、できません。だって、これは、神様の舞でしょう?」

 香織は視線を逸らさなかった。

 日頃から俯き、丸くなりつつある背中を伸ばし、迷いのない言葉を口にする。

 否定することに対する恐怖心が薄れていた。
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