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第1話 狐塚町にはあやかしが住んでいる

06-5.

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「今宵の目的はただ一つ。三竹山の祠を確認するだけだ。もし、綻びがあれば香織の手を借り、修復を試みる。それだけのことよ」

「祠を封じ直すというだけならば、頭領殿に話をつけずとも構わないでしょう」

「いいや。そこに辿り着くためには鬼の頭領に話をつけておかねば、後々、面倒なことになる。それだけの話を大げさにするのではない」

 春博の頭を尾で軽く撫ぜ、再び歩みを進める。

「あの、鬼の頭領とは、どういう方なのですか?」

 香織は不安そうな声をあげた。

 古くから鬼は、あやかしの中でも、気性の荒い存在とされてきた。

 生まれ持った鬼の本質に近いほどに強力な腕力と妖力を身に着け、人間を見下さす傾向が強い。

 そんな鬼と対峙すると知れば、香織は逃げたくもなるだろう。

 いや、逃げるならば救いがある。

 鬼の力を強くするのは人間の恐怖心だ。

 香織が怯えれば怯えるほどに、鬼は力を蓄えていくことになる。

「鬼の名は弥生。集落を形成するのが珍しい鬼の中でも、特に珍しい女の鬼だ」

 鬼の力は男女差が大きい。

 そもそも、単独行動を好む傾向が強く、集団生活をしていることが珍しい。

「安心せよ。弥生は言葉が通じる」

 三竹山の祠の不備を確認するだけだと話せば、道を譲ってくれるだろう。

「頭領殿が祠を破壊した可能性もあるのではないですか?」

 春博の言葉に、旭は静かに首を縦に振った。

「それをするような奴ではないさ」

 三竹山を拠点としている鬼女を思う。

 この地に古くから住みついている鬼の弥生は、生まれ持った鬼の本質そのものである。

「なにより祠を壊せば、弥生の力は溢れるだろう。それを受け入れられる器は今の弥生にはない」

 二百年前、僧侶により弥生の力の大部分を封じられた。

 古くから三竹山に存在していた常世と現世を結ぶ境界を封じる為に力を利用され続けているのにもかかわらず、弥生はそれを破壊しようと試みたことはない。
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