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第1話 狐塚町にはあやかしが住んでいる

07-2.

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「警戒しておけ。僕にはお前を守ってやれる余裕はない」

「はっ、はいっ」

 春博の言葉に対し、香織は何度も頷きながら榊を握りしめる。

(この感覚だけは慣れない)

 廃寺の中へと足を踏み入れた途端、空気が変わる。

 肌を突き刺すような冷たい空気。

 侵入する者を拒むかのように刺々しいそれを感じ、春博は思わず刀に手を伸ばす。

 普段ならば春博に応えるかのように音を立てる刀は、何故かこの時ばかりは、なにも音を立てることも、刀を抜かせようと春博の心に干渉するようなこともなかった。

(頭領殿の力を封じた寺か)

 先導する旭を守るかのように付き従いながらも、足を進める。

 しばらく歩くと、見えて来たのは、扉が壊され今にも崩れてしまいそうなお堂だった。

(境界を守る場所が荒れ果てるとは。人が愚かな存在であることの証明だ)

 この寺を守る人と言うのは、もはや昼間であっても居ないのであろう。

 忘れ去られた寺の末路と言うべきか、寂し気に佇んでいるその姿を見た香織が息を飲んだのを感じる。


「……おい。お前。怯えているのか」

 隣に立つ香織の身体が震えていることに気付いた。

「僕の後ろに隠れていてもいいぞ」

 そうすれば、春博は香織を手にかけなくてすむだろう。

 居心地の悪い場所にいれば、鬼であったとしても心に負荷がかかる。

 心の負荷に耐え切れず、鬼として本性を露にしても背後にいる香織の命を狙う前に旭が止めることだろう。

「い、いえ、わ、わたしも、が、んばります」

「無理だろ」

 香織は震えながら声をあげた。

 それに対し、春博はため息を零した。

(どうして僕が小娘を気にしてやらないといけないんだ)

 しかし、人の世話を敬愛する旭にはさせられない。
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