15 / 94
第一章 鳥に追われる
二人
しおりを挟む
オオミ
「食堂に行く前に一旦部屋に寄って良いですか? さっきは慌てて荷物を投げ込んでしまったから。ちょっと片付けてきます」
本当にさっきは何も考えず放り投げたので、休暇中に確認しようと詰め込んで来た仕事のデータも心配だし、部屋の鍵もかけていない。
「わかった、俺も一回戻るよ。十分後に食堂で会おう」
アオチさんも直ぐに同意したが、オゼさんは珍しく落ち着きなく周囲を見渡している。さっきから突然後ずさりをしたり、変だ。
オゼさんへの怖い印象は払拭されてきたけど、やっぱり変わった人だとは思っている。僕たちとは違った種類の人だ。
「オゼさんはどうします?」
「俺はここから直接食堂に行くよ」
独りにはしたくなかったけど、我ままなやつだと思われたくないので、黙ってアオチさんと自分たちの部屋に向かうことにした。
「個室なんて本当は必要なかったんじゃないでしょうか。せっかく用意してもらってなんですが」
船上で過ごすのもたった一晩だけだ。三人一部屋でも良かったし、何なら寝なくても構わなかった。
「それもそうだな。こんな時期に乗せてもらっただけでありがたいのに個室までだもんな。回収人みたいなやつが一緒に乗ってる以外は最高だよ」
そう言ってまた胸を押さえた。
「気分が悪いですか」
それとなく寄り添って聞いた。
「うん……やっぱり腹が減ってるのかな。オゼの言う通り、船が動き出す前に何か腹に入れなきゃ」
無理をしている顔だ。胸を押さえて腹が減ってる、と言うのもおかしい。やっぱり僕は今夜、寝てなんていられない。ずっとアオチさんを見張っていなければ。
「じゃあ、荷物を簡単に片づけたら迎えに行きますから。アオチさんは部屋に居てください」
「まるで母さんだな」
嫌そうな顔をされなくて良かった。微笑むアオチさんを見て、とりあえず安心し、自分の部屋に入り込んだ途端、心臓が止まるかと思った。
さっき見た心臓回収人がましに見えるほど、病的に白い顔をした男の子が床に座りこんでいた。今閉めたドアから逃げ出そうと、その子に背を向け、ノブに手をかけた時、今度は呼吸が止まりそうになった。
耳元で「待って」と女の人の声がした。
「ごめんなさい!」
何で謝ってるかなんて全然わからない。とにかく叫んだ。
「こっちを見て」
また女の人の声がする。やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ。見れるわけない。
駄目だ、背中に子どもと女の人の視線を感じる。親子でこの部屋で心中したとか? それとも歳の離れた姉弟が水難事故に巻き込まれたとか? たまたま同じ部屋で死んだ他人か? どれもやだ――。
ゆっくりと、自分がこんなにゆっくり動けたんだと驚くほどの時間をかけて後ろを向いた。
次の瞬間、声も出せずにドアに背を付けたまま、ずり落ちた。くっつきそうなほど近くに女の人の顔があったからだ。
自分の心臓が凄い早さで冷たく鳴っているのが聞こえる。
女の人の顔が近すぎて、逆にどんな顔かわからなかった。床の上に尻をついて息を止めると、また恐ろしいことが起こった。女の人の足元から突然さっきの男の子が現れ、僕の頬に触れたのだ。うらめしそうな顔をしている。やめてくれ、僕が何をしたって言うんだ。
背中に振動を感じた。分厚いドアが波打っているのではないかと思うくらい激しくノックされていた。
「オオミ、大丈夫か?」
「アオチさぁん」
耐えきれず、何だか変な声を出して部屋の外に飛び出した。扉の真ん前にいたアオチさんが、勢いよくぶつかった僕を吸収するように受け止めた。全く理解が追いついていない顔をしている。
「……誰かいたのか?」
「いいえ誰も」
かなり食い気味に答えてしまい、肯定しているのと同じになってしまう。僕の悪い癖だ。
「お前、また見えたのか」
アオチさんがぼくの肩を掴まえた。
「わからない、わからないんです……」
僕を押しのけてアオチさんが部屋に入っていった。ドアが勝手に閉じる。追いかけて中に入ろうとして躊躇する。
――しっかりしろ、アオチさんを守るってさっき宣言したばかりじゃないか。アオチさんは僕の見えているような者が苦手だ。つまり、間もなく死ぬ人と、死んだ人が。
僕のさっき見たのはどっちだろう。そんなことより、アオチさんは僕のために恐怖を押し殺して部屋に入って行ってくれたんだ。僕だって勇敢にならないと。意を決してノブを握った。
カラカラの口のままそれをまわして押し込んだ瞬間、ドアが凄い勢いで部屋に向かって開いた。室内に前のめりで突進する。
「危ないな、やめろよ」
アオチさんが倒れかかった僕を乱暴に廊下に押し戻して、後ろ手にドアを閉めた。前後に激しく揺らされ、首が丈夫じゃない僕は船が動き出す前に酔いそうだ。
「そ、それで――」
「中には誰もいなかったよ。俺に見えないってことは――」
ということはあの二人はやっぱり死人か。急に外気とは違った寒さに背筋が凍り、僕はアオチさんの手を取って走り出した。
食堂はがらんとしていて、オゼさんの姿はなかった。まだ甲板にいるのだろうか。息が整ってからも、しばらく言うべき言葉が浮かばなかった。
「で、お前は何が見えたんだ」
アオチさんの方が先に口を開いた。
「女の人と男の子が……」
「親子か?」
死人が見えないアオチさんが聞いてくるのは当然だ。会社でも良く死人を見て怯える僕を、病気だと思って優しくしてくれていたのは知っている。だから苦手だったんだ。でも、やっと信じてくれるのか。
「一瞬しか見てないのでわからないんです。怖くて目をそらしてしまいましたから」
その時、どたどたと騒々しくオゼさんが食堂に駆け込んできた。そのままの勢いで僕たちの近くの椅子に腰を下ろす。
いつも冷静なオゼさんらしくない。乱暴に扱われた木の椅子が、この場にそぐわないくらい優雅な作りだなと眺めていた。
例によってぼんやりしている僕より先にアオチさんが言う。
「何があった。そんなに動揺して」
オゼさんが答えるまで空けた数秒が、何故か何倍にも感じた。
「この船、死人が乗ってるよな?」
「食堂に行く前に一旦部屋に寄って良いですか? さっきは慌てて荷物を投げ込んでしまったから。ちょっと片付けてきます」
本当にさっきは何も考えず放り投げたので、休暇中に確認しようと詰め込んで来た仕事のデータも心配だし、部屋の鍵もかけていない。
「わかった、俺も一回戻るよ。十分後に食堂で会おう」
アオチさんも直ぐに同意したが、オゼさんは珍しく落ち着きなく周囲を見渡している。さっきから突然後ずさりをしたり、変だ。
オゼさんへの怖い印象は払拭されてきたけど、やっぱり変わった人だとは思っている。僕たちとは違った種類の人だ。
「オゼさんはどうします?」
「俺はここから直接食堂に行くよ」
独りにはしたくなかったけど、我ままなやつだと思われたくないので、黙ってアオチさんと自分たちの部屋に向かうことにした。
「個室なんて本当は必要なかったんじゃないでしょうか。せっかく用意してもらってなんですが」
船上で過ごすのもたった一晩だけだ。三人一部屋でも良かったし、何なら寝なくても構わなかった。
「それもそうだな。こんな時期に乗せてもらっただけでありがたいのに個室までだもんな。回収人みたいなやつが一緒に乗ってる以外は最高だよ」
そう言ってまた胸を押さえた。
「気分が悪いですか」
それとなく寄り添って聞いた。
「うん……やっぱり腹が減ってるのかな。オゼの言う通り、船が動き出す前に何か腹に入れなきゃ」
無理をしている顔だ。胸を押さえて腹が減ってる、と言うのもおかしい。やっぱり僕は今夜、寝てなんていられない。ずっとアオチさんを見張っていなければ。
「じゃあ、荷物を簡単に片づけたら迎えに行きますから。アオチさんは部屋に居てください」
「まるで母さんだな」
嫌そうな顔をされなくて良かった。微笑むアオチさんを見て、とりあえず安心し、自分の部屋に入り込んだ途端、心臓が止まるかと思った。
さっき見た心臓回収人がましに見えるほど、病的に白い顔をした男の子が床に座りこんでいた。今閉めたドアから逃げ出そうと、その子に背を向け、ノブに手をかけた時、今度は呼吸が止まりそうになった。
耳元で「待って」と女の人の声がした。
「ごめんなさい!」
何で謝ってるかなんて全然わからない。とにかく叫んだ。
「こっちを見て」
また女の人の声がする。やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ。見れるわけない。
駄目だ、背中に子どもと女の人の視線を感じる。親子でこの部屋で心中したとか? それとも歳の離れた姉弟が水難事故に巻き込まれたとか? たまたま同じ部屋で死んだ他人か? どれもやだ――。
ゆっくりと、自分がこんなにゆっくり動けたんだと驚くほどの時間をかけて後ろを向いた。
次の瞬間、声も出せずにドアに背を付けたまま、ずり落ちた。くっつきそうなほど近くに女の人の顔があったからだ。
自分の心臓が凄い早さで冷たく鳴っているのが聞こえる。
女の人の顔が近すぎて、逆にどんな顔かわからなかった。床の上に尻をついて息を止めると、また恐ろしいことが起こった。女の人の足元から突然さっきの男の子が現れ、僕の頬に触れたのだ。うらめしそうな顔をしている。やめてくれ、僕が何をしたって言うんだ。
背中に振動を感じた。分厚いドアが波打っているのではないかと思うくらい激しくノックされていた。
「オオミ、大丈夫か?」
「アオチさぁん」
耐えきれず、何だか変な声を出して部屋の外に飛び出した。扉の真ん前にいたアオチさんが、勢いよくぶつかった僕を吸収するように受け止めた。全く理解が追いついていない顔をしている。
「……誰かいたのか?」
「いいえ誰も」
かなり食い気味に答えてしまい、肯定しているのと同じになってしまう。僕の悪い癖だ。
「お前、また見えたのか」
アオチさんがぼくの肩を掴まえた。
「わからない、わからないんです……」
僕を押しのけてアオチさんが部屋に入っていった。ドアが勝手に閉じる。追いかけて中に入ろうとして躊躇する。
――しっかりしろ、アオチさんを守るってさっき宣言したばかりじゃないか。アオチさんは僕の見えているような者が苦手だ。つまり、間もなく死ぬ人と、死んだ人が。
僕のさっき見たのはどっちだろう。そんなことより、アオチさんは僕のために恐怖を押し殺して部屋に入って行ってくれたんだ。僕だって勇敢にならないと。意を決してノブを握った。
カラカラの口のままそれをまわして押し込んだ瞬間、ドアが凄い勢いで部屋に向かって開いた。室内に前のめりで突進する。
「危ないな、やめろよ」
アオチさんが倒れかかった僕を乱暴に廊下に押し戻して、後ろ手にドアを閉めた。前後に激しく揺らされ、首が丈夫じゃない僕は船が動き出す前に酔いそうだ。
「そ、それで――」
「中には誰もいなかったよ。俺に見えないってことは――」
ということはあの二人はやっぱり死人か。急に外気とは違った寒さに背筋が凍り、僕はアオチさんの手を取って走り出した。
食堂はがらんとしていて、オゼさんの姿はなかった。まだ甲板にいるのだろうか。息が整ってからも、しばらく言うべき言葉が浮かばなかった。
「で、お前は何が見えたんだ」
アオチさんの方が先に口を開いた。
「女の人と男の子が……」
「親子か?」
死人が見えないアオチさんが聞いてくるのは当然だ。会社でも良く死人を見て怯える僕を、病気だと思って優しくしてくれていたのは知っている。だから苦手だったんだ。でも、やっと信じてくれるのか。
「一瞬しか見てないのでわからないんです。怖くて目をそらしてしまいましたから」
その時、どたどたと騒々しくオゼさんが食堂に駆け込んできた。そのままの勢いで僕たちの近くの椅子に腰を下ろす。
いつも冷静なオゼさんらしくない。乱暴に扱われた木の椅子が、この場にそぐわないくらい優雅な作りだなと眺めていた。
例によってぼんやりしている僕より先にアオチさんが言う。
「何があった。そんなに動揺して」
オゼさんが答えるまで空けた数秒が、何故か何倍にも感じた。
「この船、死人が乗ってるよな?」
0
あなたにおすすめの小説
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる