鳥に追われる

白木

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第一章 鳥に追われる

出港

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オオミ


「何を見たんですか――」

 そう問いかけた時、ふと気がついた。この船、動いている。

 静かに、あまりに静かに動き出していたので今までわからなかった。もう戻れない。

「女の死人を見た」

「男の子を連れたやつか」 

アオチさんが真剣な表情で聞き返す。

「いや、一人だった。――何だ、子どもを連れた女もいるのか? お前たちも死人を見たのか?」

「アオチさんは見ていませんが、僕ははっきりと見ました、でもぼんやりとしか見てなくて、どういう死人だったかと聞かれると、女性と子どもとしか……」

どっちなんだよ、と顔に書いてあるが気にせず続ける。

「僕が死人を見るのは初めてじゃないんです。会社でも何度も見ていて、変なやつだと思われたくなくて隠していましたが、アオチさんにはバレていました」

 アオチさんが気まずそうな顔で溜息をついた。

「お前、別に言わなくても良いんだぞ」

「死人は……どういう時に現れるんだ?」

 オゼさんは僕のことを死人のエキスパートだと勘違いしたようだ。

「それは……恨み、のある時だと思います」

 意外でも何でもない答えに、二人とも怯えの表情を見せる。

 僕の感じる死人の世界に限っては怒りは陽、恨みは陰だ。

怒りが向こうから迫ってくる脅威なら、恨みには引きずり落とされるような恐怖がある。死人を近くに感じる度、急降下する乗り物で感じる、あの血の気が引く感覚が身体中に広がる。どこに落ちて行くのかわからない、不安定に濃度を変える闇に、もう少しで落下するところまで近寄ってしまったこともある。

 そんな時に現実に手繰り寄せてくれたのがアオチさんだった。

 アオチさんは生きる力が強いから、その光の中では影のような死人は姿が見えない。アオチさんと一緒の時は死人を見ることもなく安心して過ごせていたのに。

「で、お前の見た死人はどんなだったんだ? 何か話したか? 恨みの理由とか」

 問い詰めるアオチさんにオゼさんが苦笑いで答えた。

「そんなに簡単に言うなよ。俺だって初めて見て、怖くて声も出なかった」

 オゼさんのように生きられたら楽だろうな、と思う。

 野心家のアオチさんと対照的にオゼさんは全く気負わない。以前僕と同じことを考えたのか、誰かが「お前みたく生きたいよ」と本人に言っているのを聞いた。聞き流すオゼさんの横顔が、なぜか悲し気で切なくなったのを覚えている。

「どうした? ぼんやりして。早起きで眠くなったか?」

 アオチさんに声をかけられ、食堂に来た目的を思い出した。

「この話は食事をしながらにしませんか。パンはあっちでしたね。見に行きましょう」

 こればかりは「僕が取って来ます」とは言えなかった。二人の好みがわからない。まあ、そんなに選択肢はないかも知れないけど……と思ったが意外なことに種類は豊富だった。

「わあ――結構たくさんありますね」

 大好きな塩パンがあったので、二人の先輩より先に取り上げてしまう。ご丁寧に一つずつビニール袋に入れてくれている。

 アオチさんが無表情で、物凄いシンプルなバターロールを三個取った。まずい、もしかしたらアオチさんも塩パンが欲しかったかも知れない。

「塩パンじゃなくて大丈夫ですか」

「俺は昔からこれが好きなんだよ」

 何でそんなこと聞くんだ? という顔をされた。取りあえず良かった――と思った横で、オゼさんがあんバターサンドを取り上げた。ほとんどおやつじゃないか。僕の控えめな塩パンよりずっと豪華だ。

「なんだよ、そんなにジロジロ見るな」

「意外と甘党なんですね」

 当たり障りない感想で誤魔化した。

「甘い物だけで生きていけるよ」

 冗談だか本気だかわからない口調で言われる。やせ型なのにお菓子が主食のタイプか。

 パンの棚の隣に、透明の小さな冷蔵庫があり、パックの飲み物がこれも何種類も入っている。

「何が良いですか」

 今度はちゃんと先輩を優先しよう。「牛乳」「コーヒー牛乳」と同時に聞こえてきたので混乱したが、とりあえずそれと、野菜ジュースを持って窓の近くのテーブルに移動した。木の面が艶々して美しく、アオチさんとオゼさんの表情を映している。

 飲み物をそれぞれに渡して、これも心地よくツルツル光っている木の椅子に腰を下ろした。

「こっちじゃねえよ」

 オゼさんが自分の前に置かれた牛乳をアオチさんのコーヒー牛乳と入れ替えた。

「すみません」

 僕が悪いのか? あんことコーヒー牛乳なんて組み合わせの方がおかしいだろ。

「オオミは生まれつき死人が見える体質なのか」

 パンの袋を開けながらオゼさんが静かに言った。朝の柔らかい光に包まれる食堂は僕ら三人だけだだから、そんなに声を潜めなくて良いのに。

「生まれつき、ではないです。きっかけというか、あの時から始まったのかな、というのはあるんですが」

 二人の顔が好奇の色に染まる。

「知りたいですか……?」

 返事を聞かなくてもわかることを口にしてしまった。案の定、二人とも楽しそうに頷いた。


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