鳥に追われる

白木

文字の大きさ
23 / 94
第一章 鳥に追われる

燃える心臓1

しおりを挟む
オオミ


 マモルくんが「オオミさんとかっこいいお兄さんも」と言うものだから、全員でブリッジに行くことになった。

 回収人さんは当然のように「お前らだけで行かせるわけないだろ」と先頭に立って歩き出した。まあ、確かに普通、部外者の僕たちが勝手に出入りする場所ではないけれど。

 オゼさんのマモルくんへの態度には驚いた。感情を表に出さない人だと思っていたのに、まるで本当に仲の良かった弟が生き返ったかのような喜びようだ。

 マモルくんに「かっこいいお兄さん」と呼ばれているアオチさんにはライバル心を露わにしているし。

 確かにアオチさんは老若男女問わず、わかりやすい恰好良さだから、僕にとっては納得だ。子どもの目には戦隊モノの一番目立つ隊員みたいに映っているかも知れない。

 オゼさんの良さは――何と言うか、ちょっとわかりにくい。良く言えばミステリアスな雰囲気は、ある層には物凄く人気がありそうだけれど、一般受けはしないと思う。マモルくんの年頃の子どもに懐かれているのが奇跡に思えるけれど、本人には絶対言えない。


「誰もいないのか」

 オゼさんから理不尽な敵意を抱かれているアオチさんがブリッジに入るなり呟いた。

「本当ですね。この船、どうやって動かしているんでしょうか」

 この場所も磨かれた木の床が物凄く優雅で、海の上の洋館といった雰囲気だ。

「だから、俺が集めた心臓で動いているって言っただろう。心臓と行き先だけあれば、この船は勝手に動くんだ。つまり、ここにはお前ら三人とマモルと、マモルと一緒に乗ってきた女しかいないってことだ。今の所な」

 当たり前だろ? とでも言いたげな表情で回収人が言った。

「おばさんも乗ってるのか? それとも赤い服の女のことか?」

 オゼさんがすかさず聞いた。

「おばさんって誰だ。とにかくマモルと一緒に来た女だから、もしかしてお前らの言うところの死人なのかもな。俺はそこら辺の区別がつかない。それから赤い服の女か? ああ、あれは乗っているうちに入るのか。鳥のことを言っているんだろ。気まぐれにこの船に降りてくるけれど、基本的には空を飛んでるから乗客には数えていない」

「ね、おじさんは親切でしょ」

 マモル君が回収人さんを指して得意気に言った。

「君は回収人さんの事も、この船のことも僕らより良く知っているんだね」

 マモルくんがますます顔を輝かせて答える。

「おばさんはね、兄ちゃん家の向いに住んでたおばさんだよ。いつも一緒なのに、どこに行ったんだろ……」

 オゼさんの白い頬が少し上気している。

 マモルくんはそんな事は気にも留めず、ブリッジの端にあるソファに腰かけ、

「おじさん、おやつ」

 と回収人さんに言った。

「間もなく昼ごはんだから、少しだぞ」

 回収人さんが動物の形のビスケットとコーヒー牛乳を、広いブリッジの奥の棚から持って来てマモルくんに渡す。

 驚いたことにその後、僕らの分の温かいコーヒーもトレイに乗せて持ってきてくれた。こいつ本当にいい人みたいだ。

 マモルくんが自分の隣をパフパフ叩いてオゼさんを見上げた。

 オゼさんが尻尾があったら振りまくってそうな顔で素直に横に座る。実際、細身で上品な毛並みの洋犬に見えた。

 座るなり、マモルくんのコーヒー牛乳のパックにストローを刺してやっている。甘やかし過ぎではないだろか。

 僕はマモルくんの、アオチさんはオゼさんの向いに座った。

「アオチさん、聞いて良いですか」

「なんだ」

 死人の見えないアオチさんの方が聞きたいことがたくさんあるだろうに、そんな事を感じさせない声だ。

「アオチさんにはコーヒー牛乳のパックが浮いて見えているんですか?」

「ん? どういう意味だ? もしかして、その――マモルくんが今コーヒー牛乳を持っているとかか? そうだな、それも見えないんだ。死人に属したと同時に見えなくなるみたいだ。テーブルに置かれている時は確かに見えていたから」

 マモルくんがストローを咥えたまま下を向いてしまった。

「アオチ、あんまり見えない見えない言うなよ。嫌なやつだな」

「え……ああ」

 完全にオゼさんの八つ当たりだ。険悪な空気になりそうなので話を変える。

「おばさんもこの船に乗っているってことはいずれ会えますね。良かったですね、オゼさん」

 あれ、オゼさんが完全に固まってしまった。静止画のように動かない。結構純情な人だったんだな。

「あ、あれを見て。何か燃えてるよ」

 マモルくんが沈黙を破ってくれた。その視線の先の海面に、ゆらゆら燃える炎があった。

 きれいだが悲しい赤だ。良く見たい。そう思って立ち上がった時、回収人さんが出会ってから一番優しい声で言った。

「燃える心臓だ。見たいのはわかるが、窓越しにしろよ。外は危険だから、出てはいけない」

「危険ってどういう事だ?」

 アオチさんも立ち上がりながら尋ねる。死人は見えなくても燃える心臓は見えるんだな。

「心臓自体に何も害はない。ただ、さっきも話した通り、心臓を狙ってくる腹を空かした鳥がいる。そいつらが獲物を狙う時は酷く凶暴になるから注意しないといけない。なに、これから浮いてくる心臓は俺が全部回収するから安心しろ、あいつらが現れる前にな。ただ、用心に越したことはないだろ。俺はお前らと違って慎重なんだ」

「わかりました。ブリッジの窓に貼りついて見ています」

 今度は出会ってから一番優しい笑みで回収人さんが言った。

「ここからじゃ俺の仕事ぶりを見せてやれない。俺の部屋の窓の方がいい眺めだぞ」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

終焉列島:ゾンビに沈む国

ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。 最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。 会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

25階の残響(レゾナンス)

空木 輝斗
ミステリー
夜の研究都市にそびえる高層塔《アークライン・タワー》。 25年前の事故以来、存在しないはずの“25階”の噂が流れていた。 篠原悠は、亡き父が関わった最終プロジェクト《TIME-LAB 25》の真実を確かめるため、友人の高梨誠と共に塔へと向かう。 だが、エレベーターのパネルには存在しない“25”のボタンが光り、世界は静かに瞬きをする。 彼らが辿り着いたのは、時間が反転する無人の廊下―― そして、その中心に眠る「α-Layer Project」。 やがて目を覚ますのは、25年前に失われた研究者たちの記録、そして彼ら自身の過去。 父が遺した装置《RECON-25》が再起動し、“観測者”としての悠の時間が動き出す。 過去・現在・未来・虚数・零点―― 五つの時間層を越えて、失われた“記録”が再び共鳴を始める。 「――25階の扉は、あと四つ。  次に見るのは、“未来”の残響だ。」 記録と記憶が交錯する、時間SFサスペンス。 誰もたどり着けなかった“25階”で、世界の因果が音を立てて共鳴する――。

処理中です...