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第一章 鳥に追われる
燃える心臓1
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オオミ
マモルくんが「オオミさんとかっこいいお兄さんも」と言うものだから、全員でブリッジに行くことになった。
回収人さんは当然のように「お前らだけで行かせるわけないだろ」と先頭に立って歩き出した。まあ、確かに普通、部外者の僕たちが勝手に出入りする場所ではないけれど。
オゼさんのマモルくんへの態度には驚いた。感情を表に出さない人だと思っていたのに、まるで本当に仲の良かった弟が生き返ったかのような喜びようだ。
マモルくんに「かっこいいお兄さん」と呼ばれているアオチさんにはライバル心を露わにしているし。
確かにアオチさんは老若男女問わず、わかりやすい恰好良さだから、僕にとっては納得だ。子どもの目には戦隊モノの一番目立つ隊員みたいに映っているかも知れない。
オゼさんの良さは――何と言うか、ちょっとわかりにくい。良く言えばミステリアスな雰囲気は、ある層には物凄く人気がありそうだけれど、一般受けはしないと思う。マモルくんの年頃の子どもに懐かれているのが奇跡に思えるけれど、本人には絶対言えない。
「誰もいないのか」
オゼさんから理不尽な敵意を抱かれているアオチさんがブリッジに入るなり呟いた。
「本当ですね。この船、どうやって動かしているんでしょうか」
この場所も磨かれた木の床が物凄く優雅で、海の上の洋館といった雰囲気だ。
「だから、俺が集めた心臓で動いているって言っただろう。心臓と行き先だけあれば、この船は勝手に動くんだ。つまり、ここにはお前ら三人とマモルと、マモルと一緒に乗ってきた女しかいないってことだ。今の所な」
当たり前だろ? とでも言いたげな表情で回収人が言った。
「おばさんも乗ってるのか? それとも赤い服の女のことか?」
オゼさんがすかさず聞いた。
「おばさんって誰だ。とにかくマモルと一緒に来た女だから、もしかしてお前らの言うところの死人なのかもな。俺はそこら辺の区別がつかない。それから赤い服の女か? ああ、あれは乗っているうちに入るのか。鳥のことを言っているんだろ。気まぐれにこの船に降りてくるけれど、基本的には空を飛んでるから乗客には数えていない」
「ね、おじさんは親切でしょ」
マモル君が回収人さんを指して得意気に言った。
「君は回収人さんの事も、この船のことも僕らより良く知っているんだね」
マモルくんがますます顔を輝かせて答える。
「おばさんはね、兄ちゃん家の向いに住んでたおばさんだよ。いつも一緒なのに、どこに行ったんだろ……」
オゼさんの白い頬が少し上気している。
マモルくんはそんな事は気にも留めず、ブリッジの端にあるソファに腰かけ、
「おじさん、おやつ」
と回収人さんに言った。
「間もなく昼ごはんだから、少しだぞ」
回収人さんが動物の形のビスケットとコーヒー牛乳を、広いブリッジの奥の棚から持って来てマモルくんに渡す。
驚いたことにその後、僕らの分の温かいコーヒーもトレイに乗せて持ってきてくれた。こいつ本当にいい人みたいだ。
マモルくんが自分の隣をパフパフ叩いてオゼさんを見上げた。
オゼさんが尻尾があったら振りまくってそうな顔で素直に横に座る。実際、細身で上品な毛並みの洋犬に見えた。
座るなり、マモルくんのコーヒー牛乳のパックにストローを刺してやっている。甘やかし過ぎではないだろか。
僕はマモルくんの、アオチさんはオゼさんの向いに座った。
「アオチさん、聞いて良いですか」
「なんだ」
死人の見えないアオチさんの方が聞きたいことがたくさんあるだろうに、そんな事を感じさせない声だ。
「アオチさんにはコーヒー牛乳のパックが浮いて見えているんですか?」
「ん? どういう意味だ? もしかして、その――マモルくんが今コーヒー牛乳を持っているとかか? そうだな、それも見えないんだ。死人に属したと同時に見えなくなるみたいだ。テーブルに置かれている時は確かに見えていたから」
マモルくんがストローを咥えたまま下を向いてしまった。
「アオチ、あんまり見えない見えない言うなよ。嫌なやつだな」
「え……ああ」
完全にオゼさんの八つ当たりだ。険悪な空気になりそうなので話を変える。
「おばさんもこの船に乗っているってことはいずれ会えますね。良かったですね、オゼさん」
あれ、オゼさんが完全に固まってしまった。静止画のように動かない。結構純情な人だったんだな。
「あ、あれを見て。何か燃えてるよ」
マモルくんが沈黙を破ってくれた。その視線の先の海面に、ゆらゆら燃える炎があった。
きれいだが悲しい赤だ。良く見たい。そう思って立ち上がった時、回収人さんが出会ってから一番優しい声で言った。
「燃える心臓だ。見たいのはわかるが、窓越しにしろよ。外は危険だから、出てはいけない」
「危険ってどういう事だ?」
アオチさんも立ち上がりながら尋ねる。死人は見えなくても燃える心臓は見えるんだな。
「心臓自体に何も害はない。ただ、さっきも話した通り、心臓を狙ってくる腹を空かした鳥がいる。そいつらが獲物を狙う時は酷く凶暴になるから注意しないといけない。なに、これから浮いてくる心臓は俺が全部回収するから安心しろ、あいつらが現れる前にな。ただ、用心に越したことはないだろ。俺はお前らと違って慎重なんだ」
「わかりました。ブリッジの窓に貼りついて見ています」
今度は出会ってから一番優しい笑みで回収人さんが言った。
「ここからじゃ俺の仕事ぶりを見せてやれない。俺の部屋の窓の方がいい眺めだぞ」
マモルくんが「オオミさんとかっこいいお兄さんも」と言うものだから、全員でブリッジに行くことになった。
回収人さんは当然のように「お前らだけで行かせるわけないだろ」と先頭に立って歩き出した。まあ、確かに普通、部外者の僕たちが勝手に出入りする場所ではないけれど。
オゼさんのマモルくんへの態度には驚いた。感情を表に出さない人だと思っていたのに、まるで本当に仲の良かった弟が生き返ったかのような喜びようだ。
マモルくんに「かっこいいお兄さん」と呼ばれているアオチさんにはライバル心を露わにしているし。
確かにアオチさんは老若男女問わず、わかりやすい恰好良さだから、僕にとっては納得だ。子どもの目には戦隊モノの一番目立つ隊員みたいに映っているかも知れない。
オゼさんの良さは――何と言うか、ちょっとわかりにくい。良く言えばミステリアスな雰囲気は、ある層には物凄く人気がありそうだけれど、一般受けはしないと思う。マモルくんの年頃の子どもに懐かれているのが奇跡に思えるけれど、本人には絶対言えない。
「誰もいないのか」
オゼさんから理不尽な敵意を抱かれているアオチさんがブリッジに入るなり呟いた。
「本当ですね。この船、どうやって動かしているんでしょうか」
この場所も磨かれた木の床が物凄く優雅で、海の上の洋館といった雰囲気だ。
「だから、俺が集めた心臓で動いているって言っただろう。心臓と行き先だけあれば、この船は勝手に動くんだ。つまり、ここにはお前ら三人とマモルと、マモルと一緒に乗ってきた女しかいないってことだ。今の所な」
当たり前だろ? とでも言いたげな表情で回収人が言った。
「おばさんも乗ってるのか? それとも赤い服の女のことか?」
オゼさんがすかさず聞いた。
「おばさんって誰だ。とにかくマモルと一緒に来た女だから、もしかしてお前らの言うところの死人なのかもな。俺はそこら辺の区別がつかない。それから赤い服の女か? ああ、あれは乗っているうちに入るのか。鳥のことを言っているんだろ。気まぐれにこの船に降りてくるけれど、基本的には空を飛んでるから乗客には数えていない」
「ね、おじさんは親切でしょ」
マモル君が回収人さんを指して得意気に言った。
「君は回収人さんの事も、この船のことも僕らより良く知っているんだね」
マモルくんがますます顔を輝かせて答える。
「おばさんはね、兄ちゃん家の向いに住んでたおばさんだよ。いつも一緒なのに、どこに行ったんだろ……」
オゼさんの白い頬が少し上気している。
マモルくんはそんな事は気にも留めず、ブリッジの端にあるソファに腰かけ、
「おじさん、おやつ」
と回収人さんに言った。
「間もなく昼ごはんだから、少しだぞ」
回収人さんが動物の形のビスケットとコーヒー牛乳を、広いブリッジの奥の棚から持って来てマモルくんに渡す。
驚いたことにその後、僕らの分の温かいコーヒーもトレイに乗せて持ってきてくれた。こいつ本当にいい人みたいだ。
マモルくんが自分の隣をパフパフ叩いてオゼさんを見上げた。
オゼさんが尻尾があったら振りまくってそうな顔で素直に横に座る。実際、細身で上品な毛並みの洋犬に見えた。
座るなり、マモルくんのコーヒー牛乳のパックにストローを刺してやっている。甘やかし過ぎではないだろか。
僕はマモルくんの、アオチさんはオゼさんの向いに座った。
「アオチさん、聞いて良いですか」
「なんだ」
死人の見えないアオチさんの方が聞きたいことがたくさんあるだろうに、そんな事を感じさせない声だ。
「アオチさんにはコーヒー牛乳のパックが浮いて見えているんですか?」
「ん? どういう意味だ? もしかして、その――マモルくんが今コーヒー牛乳を持っているとかか? そうだな、それも見えないんだ。死人に属したと同時に見えなくなるみたいだ。テーブルに置かれている時は確かに見えていたから」
マモルくんがストローを咥えたまま下を向いてしまった。
「アオチ、あんまり見えない見えない言うなよ。嫌なやつだな」
「え……ああ」
完全にオゼさんの八つ当たりだ。険悪な空気になりそうなので話を変える。
「おばさんもこの船に乗っているってことはいずれ会えますね。良かったですね、オゼさん」
あれ、オゼさんが完全に固まってしまった。静止画のように動かない。結構純情な人だったんだな。
「あ、あれを見て。何か燃えてるよ」
マモルくんが沈黙を破ってくれた。その視線の先の海面に、ゆらゆら燃える炎があった。
きれいだが悲しい赤だ。良く見たい。そう思って立ち上がった時、回収人さんが出会ってから一番優しい声で言った。
「燃える心臓だ。見たいのはわかるが、窓越しにしろよ。外は危険だから、出てはいけない」
「危険ってどういう事だ?」
アオチさんも立ち上がりながら尋ねる。死人は見えなくても燃える心臓は見えるんだな。
「心臓自体に何も害はない。ただ、さっきも話した通り、心臓を狙ってくる腹を空かした鳥がいる。そいつらが獲物を狙う時は酷く凶暴になるから注意しないといけない。なに、これから浮いてくる心臓は俺が全部回収するから安心しろ、あいつらが現れる前にな。ただ、用心に越したことはないだろ。俺はお前らと違って慎重なんだ」
「わかりました。ブリッジの窓に貼りついて見ています」
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