鳥に追われる

白木

文字の大きさ
22 / 94
第一章 鳥に追われる

マモル

しおりを挟む
オゼ


「マモル!」

 オオミが凝視している窓の外を見て、懐かしさのあまり大きな声を上げてしまった。

 今にも「兄ちゃん」と言いそうなかわいらしい顔で俺を見ているマモルがいた。躊躇うことなく窓に駆け寄った。

「オゼさん! 戻って」

 後ろでオオミが止めようとしているが、関係ない。

 窓に貼りつくように手を置いた時、マモルの姿がすっと消えた。

「あれ……」

 恋し過ぎて幻影を見たのだろうか。でもオオミだってしっかり認識していたはずだ。

「オオミ、今、ここに、いたよな?」

 後ろを振り返って確認する。カクカクと頷きながらオオミが言った。

「オゼさん、窓の外にデッキがあると思ってませんか? ここの窓の外はすぐ海なんですよ」

 震え声でそう言うが、俺にとってはどうでも良いことだ。

「別に不思議でもないだろ、死人なんだから。浮くということもあるんじゃないのか。死んだことがないから知らないけど」

「お前ら、本当にそこにその子がいたのか」

 アオチの声を久しぶりに聞いて、存在を思い出した。

「なんだ、いたのか」

 俺が敢えて言わなかった言葉を回収人がさらりと口にした。

 少し話をしただけだが、こいつに対する警戒心はすっかり何処かに行ってしまった。

今見ても、俺より背が高くて肩幅も広く、胸板も厚い体格には威圧感がある。

一方で白い長髪を束ねたシワの深い横顔には最初に会った時よりもずっと人間らしい優しさが滲んでいた。

 この回収人に異常にびびっているアオチと、異常に先輩思いのオオミは未だに異常な警戒を続けているが。

オオミがいつもより低い声でアオチに説明する。

「僕とオゼさんには死んだ少年が見えていたんです。今は消えてしまいましたが、確かにさっき僕の部屋にいた子です。回収人さん、あの子はどこに行ったんでしょうか」

 落ち着いているのは口調だけで、良く見るとテーブルに置いた手首から下は白く、小刻みに揺れていた。

死人だとしても、あんなにかわいいマモルを怖がるなんておかしい。

尋ねられた回収人のほうは「回収人さん」と呼ばれて少し嬉しそうだ。こういう所は憎めない。

「全員の所在までわかる訳じゃないが、あの子ならもう直ぐここに来るんじゃないか。足音が聞こえる」

 本当か? 俺には聞こえない。迎えに行ってやろう。身体が自然にドアの方へ向かった。急に大きな手で腕を掴まえられた。回収人の手だ。想像していたのより冷たくない。

「お前たちにルールを教えておく。俺にはどいつが死人でどいつが生きてるのか区別がつかない。だが自分が死んだと認識しているやつを追うのも迎えに行くのも駄目だ。死人に呑まれるぞ」

 どういう意味だ? こいつらは理解できているだろうか、二人を確認すると、アオチがオオミをかばうように背中に隠して壁際に立っていた。

 オオミは回収人からアオチを守り、アオチは死人からオオミを守る。勝手にやってろ。俺はどちらも怖くない。

 その時ドアがぎいっと重い音を立てた。

 マモルか? 扉が重すぎるのか、少し開いては閉じ、開いては閉じを繰り返している。健気で泣きそうだ。回収人に尋ねた。

「開けてやるのは迎えに行くうちに入るのか」

 回収人は俺を片手で制して、もう片方の手でドアを開いた。

 やっぱり俺では駄目なのか……。

 まず小さな手が見えて、はち切れそうな笑顔のマモルを見た瞬間、床に膝をついていた。

「兄ちゃん」

 懐かしい幼い声に、嗚咽を押さえるため自分の口に手を当てた。

 何も言えない俺の顔にマモルがそっと手を伸ばしてきた。

 ――指先が凍っているように冷たい。そのせいで堪えていた涙がこぼれ落ちた。

「マモル、寒くないか」

 胸がいっぱいで、死人には意味がなさそうなことを尋ねてしまう。

「兄ちゃん、大丈夫?」

 質問は無視して泣いている俺を気遣ってくれるなんて、相変わらずいい子だ。顔に置かれた冷たい手を握りしめて答えた。

「ごめんな、兄ちゃんは大丈夫だ。お前にまた会えて凄く嬉しいだけだ」

「あの……」

 後ろからめちゃくちゃ小さな声でオオミに話しかけられた。

「マモルくん、ごめんね。僕、君くらいの歳の頃、この人……回収人さんと会ってから死んだ人が見えるようになって、何度も怖い思いをしてきたんだよ。だから君を見て逃げ出してしまった」

「会った、というのかあれ? 見捨てたんだろ」

 余程根に持つタイプらしく、回収人が呟いた。

「このおじさんは怖くないよ」

 マモルは本当に出来た子だ。不気味な回収人に気を遣って、怖いと言わないばかりか、殆んどおじいさんなのにおじさんと呼んでやっている。

「お兄さんは兄ちゃんの弟?」

 オオミに小首をかしげながら聞く。

「僕は、兄ちゃんの後輩だよ。わかるかな? オオミと呼んでよ」

「オオミさん……」

 恥ずかしそうにオオミに向かって笑った。良かった、この二人は仲良くできそうだ。問題は――

「そこに何がいるんだ」

 だめだ、アオチは本当に何も見えてない。

「そっちのかっこいいお兄さんには僕が見えないんだね」

 マモルがしょんぼりした顔で言った。

 急にアオチが嫌いになった。困惑した表情で突っ立てるだけのくせに「かっこいい」なんて言われて。子どもはこんなのが好きなのか? 大したことのないお前を気に入ってくれた、こんなかわいい子が目に入らないなんて、どうかしている。

「このお兄さんはちょっと鈍いんだ。気にしなくていいから」

「そんな言い方するなよ」

 そんな俺たちにマモルがキラキラした目で言った。

「兄ちゃん達、ブリッジに行こうよ」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

25階の残響(レゾナンス)

空木 輝斗
ミステリー
夜の研究都市にそびえる高層塔《アークライン・タワー》。 25年前の事故以来、存在しないはずの“25階”の噂が流れていた。 篠原悠は、亡き父が関わった最終プロジェクト《TIME-LAB 25》の真実を確かめるため、友人の高梨誠と共に塔へと向かう。 だが、エレベーターのパネルには存在しない“25”のボタンが光り、世界は静かに瞬きをする。 彼らが辿り着いたのは、時間が反転する無人の廊下―― そして、その中心に眠る「α-Layer Project」。 やがて目を覚ますのは、25年前に失われた研究者たちの記録、そして彼ら自身の過去。 父が遺した装置《RECON-25》が再起動し、“観測者”としての悠の時間が動き出す。 過去・現在・未来・虚数・零点―― 五つの時間層を越えて、失われた“記録”が再び共鳴を始める。 「――25階の扉は、あと四つ。  次に見るのは、“未来”の残響だ。」 記録と記憶が交錯する、時間SFサスペンス。 誰もたどり着けなかった“25階”で、世界の因果が音を立てて共鳴する――。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...