21 / 94
第一章 鳥に追われる
回収人
しおりを挟む
回収人
もっと順序立てて話してやりたいのに、毎回この三人の誰かが横槍を入れる。
どいつなら少しはまともに会話ができるだろう。改めて三人をじっくりと観察した。
まず、アオチというやつとは話せないと思った。多分普通の状態なら一番まともなやつだ。でも今はどういうわけか怯えに喰われてしまっている。もう少し時間を与えてやらないといけない。
それに、どうでも良いがどうしてこいつ、船旅にスーツを着て来たんだ。
真ん中に座っている敬語の眼鏡はどうだろう。弱々しいなりだが怯えているわけではない。俺よりも鳥を怖がっているのなら大したものだ。見極める目がある。ただ、アオチというスーツ男を慕い過ぎて俺から庇うのに必死だ。公平に話が聞けないかも知れない。
もう一人の背の高い色白の男はどうだ? この中では年長らしく、一番落ち着いている。しかし考えていることが見えない。肌の色と同化するような白いセーターを着ているが、心も同じ色の何かで隠されている。
――まずい、どいつとも全然話す気になれねえ。
「おい、何か言えよ」
白服の年長男がしびれを切らして静かに言った。
よし、何となくこいつの方を向いて話すことにしよう。
「お前ら、故郷が同じ以外にも共通点はないか」
三人が顔を見合わせる。思い当たることはあるのだな。
「さっきあんたが鳥を撃つまで、その話をしていたんだ。俺たちは子どもに時代にそれぞれ変わった体験をしていて、それにどうやらお互いが関係している」
「なんだ、知っているなら話は早いな」
見た目より手際が良いじゃないか。少し見直したぞ。
「お前ら三人は同じ鼓動を持ってるんだよ。だから一緒にここに来た」
「同じ鼓動ってなんだ?」
こんな質問をするなんて、手際は良くても勘は鈍いな。
「印象的な感覚を共有することだ。他に何がある」
三人が押し黙る。ほら見ろ、俺から見たら三人とも共通点だらけだ。性格や見た目が違っても同じ心臓の音がする。
「やっぱり良くわからない。俺たちがここに集まったのは偶然だぞ。たまたま同じ会社で、同じ故郷で、帰省のチケットを取りそびれていた時に船に乗せてもらうことが出来ただけだ。もっともこの船ではないけれど……」
「偶然と思いたきゃ思っておけ。この船には他にも同じ鼓動の者が乗ってる」
また三人が同じ顔を合わせた。
「俺たちが話していたのはそのことだよ。でもそれは、鳥や死人で――」
また背の高い男が言ってから口をつぐんだ。オゼだったか?
「動物だろうとお前たちがとっくに死んだと思っている人間だろうと関係ねえよ。鼓動の合う者が集まる、それだけだ」
眼鏡が不安を少しも隠さず聞いてくる。
「僕たちを集めてどうするつもりですか」
そうだ、それを伝えなければならなかったんだ。一番大切なことだ。
「お前らを助けるためだ。でも全員は救えない」
「……救うって何から? この船は安全じゃないんですか」
やっぱり眼鏡は臆病ではない。横眼で隣のアオチをちらりと見て気遣う余裕すらある。
「逆だよ、この船の外が安全じゃない。そこから救ってやると言ってるんだ。俺だって全員を無事に連れて行ってやりたい。でもそれ以前に群れの鳥に紛れてお前らを喰う鳥もやってくる。心臓を喰う鳥、と俺たちは呼んでいるが――」
「俺たち――とは誰のことですか」
「回収人は山のようにいるんだよ。今、この時も無数の船が鼓動の同じ人間を連れて海を漂っている。海に浮かぶ心臓――あれは俺たちが救えなかった者たちの心臓だ。数えきれない航海の途中で死んだ者たちの心臓を回収して、船の燃料にする。この船は誰かの心臓に動かされているってことだ」
――なんだ、この沈黙。こんなに親切に説明してやってるのに葬式みたいな顔しやがって。
「ええっと、僕らのうち誰かは鳥に喰われるということですか」
混乱する心が冷静に転じた顔で眼鏡が言った。
「残念だがそうなると思う。今までもずいぶん頑張ってきた。お前に放置された時も鳥に落とされてあそこにいた」
眼鏡の表情が固まった。こうして良く見ると意外に整った顔立ちだ。
「鳥に落とされた――とは?」
「言葉通りだ。俺はずっとお前らのような頼りない鼓動の持ち主たちを守ろうと戦ってきた。時には鳥に返り討ちにもあった。あの時は身体を鋭い爪でとらえられ、宙高く持ち上げられて、地面に叩きつけられた。それで、あの路地さ」
俺らしくもなく大袈裟に溜息をついて見せた。おい、笑うところだぞ、と思ったが全員顔がこわばっている。
「なんか、すみませんでした」
眼鏡が反射的に謝っただけだ。
「いや、そんなことより、どうして俺たちが鳥に喰われなくちゃならないんだ」
背の高い男が言った。そんなこと、とはなんだ。こっちだって死にかけたのに。
「それは――」
「わあああああっ」
眼鏡の叫び声が俺の声をかき消した。
もっと順序立てて話してやりたいのに、毎回この三人の誰かが横槍を入れる。
どいつなら少しはまともに会話ができるだろう。改めて三人をじっくりと観察した。
まず、アオチというやつとは話せないと思った。多分普通の状態なら一番まともなやつだ。でも今はどういうわけか怯えに喰われてしまっている。もう少し時間を与えてやらないといけない。
それに、どうでも良いがどうしてこいつ、船旅にスーツを着て来たんだ。
真ん中に座っている敬語の眼鏡はどうだろう。弱々しいなりだが怯えているわけではない。俺よりも鳥を怖がっているのなら大したものだ。見極める目がある。ただ、アオチというスーツ男を慕い過ぎて俺から庇うのに必死だ。公平に話が聞けないかも知れない。
もう一人の背の高い色白の男はどうだ? この中では年長らしく、一番落ち着いている。しかし考えていることが見えない。肌の色と同化するような白いセーターを着ているが、心も同じ色の何かで隠されている。
――まずい、どいつとも全然話す気になれねえ。
「おい、何か言えよ」
白服の年長男がしびれを切らして静かに言った。
よし、何となくこいつの方を向いて話すことにしよう。
「お前ら、故郷が同じ以外にも共通点はないか」
三人が顔を見合わせる。思い当たることはあるのだな。
「さっきあんたが鳥を撃つまで、その話をしていたんだ。俺たちは子どもに時代にそれぞれ変わった体験をしていて、それにどうやらお互いが関係している」
「なんだ、知っているなら話は早いな」
見た目より手際が良いじゃないか。少し見直したぞ。
「お前ら三人は同じ鼓動を持ってるんだよ。だから一緒にここに来た」
「同じ鼓動ってなんだ?」
こんな質問をするなんて、手際は良くても勘は鈍いな。
「印象的な感覚を共有することだ。他に何がある」
三人が押し黙る。ほら見ろ、俺から見たら三人とも共通点だらけだ。性格や見た目が違っても同じ心臓の音がする。
「やっぱり良くわからない。俺たちがここに集まったのは偶然だぞ。たまたま同じ会社で、同じ故郷で、帰省のチケットを取りそびれていた時に船に乗せてもらうことが出来ただけだ。もっともこの船ではないけれど……」
「偶然と思いたきゃ思っておけ。この船には他にも同じ鼓動の者が乗ってる」
また三人が同じ顔を合わせた。
「俺たちが話していたのはそのことだよ。でもそれは、鳥や死人で――」
また背の高い男が言ってから口をつぐんだ。オゼだったか?
「動物だろうとお前たちがとっくに死んだと思っている人間だろうと関係ねえよ。鼓動の合う者が集まる、それだけだ」
眼鏡が不安を少しも隠さず聞いてくる。
「僕たちを集めてどうするつもりですか」
そうだ、それを伝えなければならなかったんだ。一番大切なことだ。
「お前らを助けるためだ。でも全員は救えない」
「……救うって何から? この船は安全じゃないんですか」
やっぱり眼鏡は臆病ではない。横眼で隣のアオチをちらりと見て気遣う余裕すらある。
「逆だよ、この船の外が安全じゃない。そこから救ってやると言ってるんだ。俺だって全員を無事に連れて行ってやりたい。でもそれ以前に群れの鳥に紛れてお前らを喰う鳥もやってくる。心臓を喰う鳥、と俺たちは呼んでいるが――」
「俺たち――とは誰のことですか」
「回収人は山のようにいるんだよ。今、この時も無数の船が鼓動の同じ人間を連れて海を漂っている。海に浮かぶ心臓――あれは俺たちが救えなかった者たちの心臓だ。数えきれない航海の途中で死んだ者たちの心臓を回収して、船の燃料にする。この船は誰かの心臓に動かされているってことだ」
――なんだ、この沈黙。こんなに親切に説明してやってるのに葬式みたいな顔しやがって。
「ええっと、僕らのうち誰かは鳥に喰われるということですか」
混乱する心が冷静に転じた顔で眼鏡が言った。
「残念だがそうなると思う。今までもずいぶん頑張ってきた。お前に放置された時も鳥に落とされてあそこにいた」
眼鏡の表情が固まった。こうして良く見ると意外に整った顔立ちだ。
「鳥に落とされた――とは?」
「言葉通りだ。俺はずっとお前らのような頼りない鼓動の持ち主たちを守ろうと戦ってきた。時には鳥に返り討ちにもあった。あの時は身体を鋭い爪でとらえられ、宙高く持ち上げられて、地面に叩きつけられた。それで、あの路地さ」
俺らしくもなく大袈裟に溜息をついて見せた。おい、笑うところだぞ、と思ったが全員顔がこわばっている。
「なんか、すみませんでした」
眼鏡が反射的に謝っただけだ。
「いや、そんなことより、どうして俺たちが鳥に喰われなくちゃならないんだ」
背の高い男が言った。そんなこと、とはなんだ。こっちだって死にかけたのに。
「それは――」
「わあああああっ」
眼鏡の叫び声が俺の声をかき消した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
25階の残響(レゾナンス)
空木 輝斗
ミステリー
夜の研究都市にそびえる高層塔《アークライン・タワー》。
25年前の事故以来、存在しないはずの“25階”の噂が流れていた。
篠原悠は、亡き父が関わった最終プロジェクト《TIME-LAB 25》の真実を確かめるため、友人の高梨誠と共に塔へと向かう。
だが、エレベーターのパネルには存在しない“25”のボタンが光り、世界は静かに瞬きをする。
彼らが辿り着いたのは、時間が反転する無人の廊下――
そして、その中心に眠る「α-Layer Project」。
やがて目を覚ますのは、25年前に失われた研究者たちの記録、そして彼ら自身の過去。
父が遺した装置《RECON-25》が再起動し、“観測者”としての悠の時間が動き出す。
過去・現在・未来・虚数・零点――
五つの時間層を越えて、失われた“記録”が再び共鳴を始める。
「――25階の扉は、あと四つ。
次に見るのは、“未来”の残響だ。」
記録と記憶が交錯する、時間SFサスペンス。
誰もたどり着けなかった“25階”で、世界の因果が音を立てて共鳴する――。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる