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第三章 神様のいない海
花のナポレオンフィッシュ2
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気がつくと、自分の船に戻っていた。
あの、木の温もりのある食堂にいる。
今は回収人の腕の中だ。
「ごめんな」
回収人は最初にそれだけ言って、後はずっと黙っていた。
どうやってここに戻ってきたんだろう。
「回収人さんが迎えに行ったんです……」
静かにオオミが言った。アオチは黙ったまま床を見つめている。
「……マモルは?」
自分の喉から、他人の物のようなカサカサした声が出た。
「無言ちゃんとウルウと娯楽室だ。あと、ローヌは向こうの船に残ってる。お前、お願いだから――」
回収人の声が切なくて、遮って答える。
「ローヌを恨んだりしない。あいつは俺を守るのに精一杯だったんだろ」
回収人が返事の代わりに頭を撫でてくれた。
俺はおばさんの抜けた心の中で、次の恐怖と戦っていた。
マモルをあと何時間後に失うんだろう、その恐怖だ。俺はおばさんが魚に喰われた時だって、おばさんの事を考えていた。あの魚は嫌な記憶を食べるんじゃなかったのか? ローヌだって俺を守れば良いと考えていた。死人のおばさんとマモルは俺が思い出したから復活した。俺がしっかりしていれば消えることはないと信じていた。でも違った、そういう事ではないんだ。だとしたら、やっぱり――。
「……マモルに会いたいな」
独りごとのように口に出していた。
「ああ、行って来いよ。……約束は出来ないが、ここにいる間はマモルのことも守ってやる。神様が次はどんなことを仕掛けてくるかは知らないけれど」
「聞いても良いか。神様は一体俺たちをどうしたいんだよ」
ずっと黙っていたアオチが言った。
「俺たち回収人が、乗客全員を新しい世界に連れて行くと決めたから、おせっかいにも選別を手伝いに来ているんだ」
「本当に余計なお世話だな。俺たちのことは俺たちで決める。そんなに自分勝手なルールを破られるのが悔しいなら、ルールの方を見直せって言うんだよ」
アオチが苦々し気に吐き捨てる。
「今回はうっかり気を許してしまったけど、今度変なのが来ても、絶対に無視してやりましょう」
オオミの力強い言葉にアオチがゆっくり頷き、そのまま回収人の方を向いた。
「ところで、お前、青い魚が来た時どこにいたんだ?」
「通信していたんだ、神様の使いと」
「電話ってことか? おい、オゼ何がおかしいんだ」
回収人が長電話をしている様子を思い浮かべるとシュールでにやついた。
俺が笑ったのが嬉しいのか、回収人の声が優しい。
「電話じゃねえよ。この船の心臓部分に通信室があるんだ。使いとの連絡専用のな。そこで状況を説明していた。神様がどんなに要求してきても従えないって事も伝えた。人間のことに関しては使いの方が理解があるから、取り持ってくれると思う。少なくとも猶予はくれるはずだ」
「ローヌも同じことをしていたのか?」
ふと、今一人でいるあいつが心配になった。
「あいつは、お前を助けて欲しいとか、そんな子供っぽいお願いを使いにしていたんじゃないか。俺みたくイレギュラーに慣れていないんだ。あいつは真面目な回収人だから‥…許してやってくれ」
「言っただろう、あいつの事は少しも恨んでいない」
「兄ちゃん!」
娯楽室の重い扉を開くとマモルが飛び出してきた。
「ごめんな、兄ちゃんはお前に苦しいことを押し付けてばかりだ」
「兄ちゃんはいなくならないでね」
マモルのお願いなら、何としてでも叶えないといけない。
「うるぅ」
部屋の奥からウルウも出て来た。目だけで俺を労わってくれているのが解る。羨ましい。俺も口下手だから、こんな風になりたい。
「神様には絶対負けない」
「ん?」
誰だ? 一瞬戸惑った。無言ちゃんしかいない。この子がしゃべったのか?
意外とハスキーな声だ。
「わたしも好きな人を三人も亡くしたから。狂ったルールのせいで」
良い声をしているな、と言いかけて、言葉が出なくなる。これでは今度は俺が無言ちゃんだ。
「憧れだった三人と船に乗ったの。死んでしまうなんて夢にも思わなかった。わたしが殺してしまったの。あなたには解るでしょ? あなたとわたしは同じだから」
やっぱりそうだ。俺の考えが間違えではないと、無言ちゃんは知っている。オオミも少しずつ気がついている。何も知らないのはアオチくらいだ。
「ああ……俺にも解る」
急に無言ちゃんに親近感を覚えた。俺たち二人、しっかりしなければ。
「うるうっう」
頑張って、というようにウルウが声を上げた。
あの、木の温もりのある食堂にいる。
今は回収人の腕の中だ。
「ごめんな」
回収人は最初にそれだけ言って、後はずっと黙っていた。
どうやってここに戻ってきたんだろう。
「回収人さんが迎えに行ったんです……」
静かにオオミが言った。アオチは黙ったまま床を見つめている。
「……マモルは?」
自分の喉から、他人の物のようなカサカサした声が出た。
「無言ちゃんとウルウと娯楽室だ。あと、ローヌは向こうの船に残ってる。お前、お願いだから――」
回収人の声が切なくて、遮って答える。
「ローヌを恨んだりしない。あいつは俺を守るのに精一杯だったんだろ」
回収人が返事の代わりに頭を撫でてくれた。
俺はおばさんの抜けた心の中で、次の恐怖と戦っていた。
マモルをあと何時間後に失うんだろう、その恐怖だ。俺はおばさんが魚に喰われた時だって、おばさんの事を考えていた。あの魚は嫌な記憶を食べるんじゃなかったのか? ローヌだって俺を守れば良いと考えていた。死人のおばさんとマモルは俺が思い出したから復活した。俺がしっかりしていれば消えることはないと信じていた。でも違った、そういう事ではないんだ。だとしたら、やっぱり――。
「……マモルに会いたいな」
独りごとのように口に出していた。
「ああ、行って来いよ。……約束は出来ないが、ここにいる間はマモルのことも守ってやる。神様が次はどんなことを仕掛けてくるかは知らないけれど」
「聞いても良いか。神様は一体俺たちをどうしたいんだよ」
ずっと黙っていたアオチが言った。
「俺たち回収人が、乗客全員を新しい世界に連れて行くと決めたから、おせっかいにも選別を手伝いに来ているんだ」
「本当に余計なお世話だな。俺たちのことは俺たちで決める。そんなに自分勝手なルールを破られるのが悔しいなら、ルールの方を見直せって言うんだよ」
アオチが苦々し気に吐き捨てる。
「今回はうっかり気を許してしまったけど、今度変なのが来ても、絶対に無視してやりましょう」
オオミの力強い言葉にアオチがゆっくり頷き、そのまま回収人の方を向いた。
「ところで、お前、青い魚が来た時どこにいたんだ?」
「通信していたんだ、神様の使いと」
「電話ってことか? おい、オゼ何がおかしいんだ」
回収人が長電話をしている様子を思い浮かべるとシュールでにやついた。
俺が笑ったのが嬉しいのか、回収人の声が優しい。
「電話じゃねえよ。この船の心臓部分に通信室があるんだ。使いとの連絡専用のな。そこで状況を説明していた。神様がどんなに要求してきても従えないって事も伝えた。人間のことに関しては使いの方が理解があるから、取り持ってくれると思う。少なくとも猶予はくれるはずだ」
「ローヌも同じことをしていたのか?」
ふと、今一人でいるあいつが心配になった。
「あいつは、お前を助けて欲しいとか、そんな子供っぽいお願いを使いにしていたんじゃないか。俺みたくイレギュラーに慣れていないんだ。あいつは真面目な回収人だから‥…許してやってくれ」
「言っただろう、あいつの事は少しも恨んでいない」
「兄ちゃん!」
娯楽室の重い扉を開くとマモルが飛び出してきた。
「ごめんな、兄ちゃんはお前に苦しいことを押し付けてばかりだ」
「兄ちゃんはいなくならないでね」
マモルのお願いなら、何としてでも叶えないといけない。
「うるぅ」
部屋の奥からウルウも出て来た。目だけで俺を労わってくれているのが解る。羨ましい。俺も口下手だから、こんな風になりたい。
「神様には絶対負けない」
「ん?」
誰だ? 一瞬戸惑った。無言ちゃんしかいない。この子がしゃべったのか?
意外とハスキーな声だ。
「わたしも好きな人を三人も亡くしたから。狂ったルールのせいで」
良い声をしているな、と言いかけて、言葉が出なくなる。これでは今度は俺が無言ちゃんだ。
「憧れだった三人と船に乗ったの。死んでしまうなんて夢にも思わなかった。わたしが殺してしまったの。あなたには解るでしょ? あなたとわたしは同じだから」
やっぱりそうだ。俺の考えが間違えではないと、無言ちゃんは知っている。オオミも少しずつ気がついている。何も知らないのはアオチくらいだ。
「ああ……俺にも解る」
急に無言ちゃんに親近感を覚えた。俺たち二人、しっかりしなければ。
「うるうっう」
頑張って、というようにウルウが声を上げた。
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