🍵毒にも薬にもならない、短いお話

弓屋 晶都

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苦味 - 大人になれば、コーヒーが飲めるようになると思っていた。

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子供の頃『コーヒー』というのは大人が飲む物、というイメージだった。
大人になれば、いつか自分もコーヒーが飲めるようになる。そう思っていた。

けれど、二十歳を超えても、苦いものは苦いままだった。

ただいつからか、ほんのり芳ばしいその香りが好きになった。
だから、コーヒー味のチョコだとか飴だとか、そういった物なら好んで口にした。

砂糖と牛乳をたっぷり入れたコーヒー牛乳なら美味しく飲めるが、それでも小さなパック一つ分も飲めば胃が痛んだ。
おそらく、自分には向いていないのだろう。

若い頃は「子どもだ」などと揶揄われもしたが、四十歳にもなればそんな事を言うやつもいなくなった。

それでも俺は、コーヒーが飲めるようになりたかった。
君は、コーヒーが大好きだったから。

二人で喫茶店に入れば、俺はジュースで君は決まってコーヒーだった。
店員は大抵何も聞かずに、君にジュースを俺の前にコーヒーを置いていった。

俺の前に置かれたコーヒーからは、ふわふわと湯気が立ち上り良い香りが漂っていた。
こんな風に暑い夏の最中なら、こっくりと蕩ける色の中に氷がたくさん積み上がっていて、ストローでちょっかいをかければカラカラと涼やかな音を立てるのだろう。



……そう、ちょうどこんな風に。

俺は、卓上の二つのコーヒーのうち、片方を手に取りストローをくるりと回してみた。
うん、やっぱり間違いない。これはコーヒーだ。
アイスコーヒー以外の何者でもない。

「なんで、コーヒーが二つでジュースが二つ……?」
尋ねれば、君は子ども達が食べやすいように昼食を取り分けながら、向かいで苦笑する。

「うーん、聞き間違えられちゃったかな?」
休日の、大型ショッピングモールのフードコートは大変混雑していた。

「こういうこともあるよ」と君は笑うが、俺は喉が渇いていた。
「レシートある? 交換してもらってくるよ」
俺が席を立とうとすると、君は無邪気に言う。

「コーヒー飲んでみたら? 美味しいよ」
飲んだことがないわけではない。
これだってきっと、たっぷりシロップを入れれば飲めるのだろうが、その後胃が痛むのが分かっているのに無理をするほどの状況ではないだろう。
俺がむっとした顔をしてしまったのか、君はパタパタと手を振って前言を撤回する。

「ごめんごめん、新しいの買っておいでよ。これは私が飲むからさ」
アイスコーヒーはプラスチックのケースに入って蓋がついていて、これなら確かに帰りに車で飲んでも良いだろう。
忙しい昼時の店では、交換を頼むより新しく買う方が早く済むかも知れない。

「二つも飲んだら、胃が痛くならないか?」
俺の心配に、君はケラケラと笑って「大丈夫よー」と答えた。


そうか。大丈夫なのか。
俺は、それを三分の一も飲めば胃が痛くなるというのに。
君はそれを、二杯飲んでも平気なんだな……。

苦い思いを噛み潰しつつ、俺は席を立つ。
その背に、ちょっとだけ焦った君の声がかかる。
「早くした方がいいよ、ちーが暴れるから」
言われて、俺は三秒ほど悩んでからジュースを諦めて水を汲みに行った。
上の子は待てるだろうが、下の子はイヤイヤ期真っ最中で食事が完了次第フードコートからは離れた方がいい。

水を汲んで戻れば、長男が「おとーさん、僕のジュース分けてあげようか?」と声をかけてくれた。
「いや良いよ、それはお前が……」
顔を上げれば、そこには、平気な顔でコーヒーを飲む長男がいた。

「!?」

「あなたが席を立ってすぐ、この子が『コーヒーって美味しいの?』って聞くから、ちょっと飲んでみる? って……」
何だか申し訳なさそうに言う君の、その『申し訳なさ』は何に対してなのか。

「……苦くないのか?」
俺の問いに、息子は笑って答えた。

「うん、コーヒーって美味しいね!」

そうか。……苦いのは、俺の胸だけか。

ごくごくとコーヒーを飲む長男と、俺の手に回ってきた飲みかけのジュース。

何となく、この子は君に似て胃も痛くならないんだろうな。と。
俺には思えた。
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