🍵毒にも薬にもならない、短いお話

弓屋 晶都

文字の大きさ
4 / 5

倒木とみかん - 秘密基地を、持っていた事ならあった。

しおりを挟む
秘密基地を、持っていた事ならあった。

大嵐の翌日、いつもの裏山のちょっと開けたところへ、丁度良くどでかい木が倒れ込んでいたから。

まだぬかるんだ足元と、じっとりと濃い緑の気配。
風によって強引に引き抜かれた根はあちこちで千切れ、木の匂いを漂わせている。
青々と茂ったままの葉は、その木が本来倒れるべき木で無かった事を示しているようだった。

太く瑞々しい枝へ腰掛けると、その向こうの一番太い木の幹は、まるで机のような高さだった。反対側にも同じように椅子になりそうな枝があって、子どもなら両側で八人ほどは座れるかも知れない。
まるで、お話の中で騎士や王様達が囲むような、豪華なテーブルセットだ。

地に伏せられた枝葉の間をくぐれば、そこは子供が一人大の字になれるほどの空間になっていた。
屋根や壁になる部分も十分に厚みがあって、ここなら、少々雨が降っても濡れずにすみそうだと思った。

僕だけのテーブルセットに、僕だけの部屋。
裏山に突然現れた夢のような贈り物に、僕の心は踊った。

『ここを僕だけの秘密基地にしよう』
僕は、木の幹に石で大きく名前を彫った。
後から他の奴に見つかっても、僕が先だったと、僕のものだと、主張できるように。

でも今までこの裏山で他の子どもの姿を見たことはほとんどなかった。
だから、この場所が見つかるようなことはまずないだろうと、どこかで油断していた。

毎日、家から飴玉の入ったブリキ缶だとかボールだとか、そんなものを持ち込んでは、僕だけの部屋を飾り付けて満足していた。

青々と茂っていた葉が色褪せ始めた頃、いつものように家にランドセルを放り込んで裏山に向かうと、大木にブルーシートがかけられていた。

あたりを見回すも、人の気配はない。
慎重に耳を澄ますが、聞こえるのは木々の音だけだった。

誰が持ってきたんだろうか。
この木は他のやつに見つかってしまったのか。
そう思いながら、シートの端をめくって中に入ると、新聞紙と、みかんが三つ。それと、見覚えのない、ぼろぼろで大きなリュックサックが置いてあった。

こんなに大きくてくたびれた荷物、子どもの持ち物じゃない。
これは、大人の仕業だ。

遊びではない気配に、僕は僕の秘密基地が乗っ取られたことを知った。

浮浪者だろうか。
荷物がここにあるという事は、その誰かはここへ戻って来るつもりなのだろう。

いつ帰ってくるのか分からないその存在に、すぐここを離れた方が良いと頭の隅で警鐘が鳴る。
残念ながら、理不尽な大人に理不尽に暴力を振るわれる想像ならすぐ出来た。
手を上げられずとも、苛立ち紛れに怒鳴られる可能性は高いだろう。
その想像だけで、足が震えそうになる。
けれど、すっかり見慣れた愛着のあるこの部屋から、僕の名前が彫られたこの場所から、僕が逃げなきゃならないなんて許せない。と心が叫んでいた。

そこへ、ガサガサと草を踏み分ける音がした。

僕は咄嗟にみかんをひとつ、掴んで逃げた。

音は山の上側から聞こえてくる。
僕は振り返ることもできないまま、身を低くして必死で山を駆け降りた。

ある程度の距離を稼いで、木の裏に身を隠したまま、そっと様子を伺う。
そこからはブルーシートの上側がちらりと見えるだけで、中に人が入ったのかどうかは分からなかった。

僕の秘密基地を奪った誰かは、僕の仕業に気付いただろうか。
気付いたその人は、……どんな気持ちになっただろうか。

僕は、手の中のみかんに視線を落とす。
そんなに大きいみかんではないのに、盗ってきたみかんは、ずっしりと重かった。

食べる気には、とてもなれない。
かといって、何も知らない妹と母の居る家にも、持ち帰りたくはなかった。

森に捨てて帰ろうかと思ったが、食べ物を粗末にするのもまた気が引けた。

仕方なく、僕はみかんをポケットに詰め込むと木によじ登った。
三本ほど枝を渡れば、あのブルーシートがよく見えた。

あそこは、僕の秘密基地だったのに……。
そんな思いを噛み潰しながら、四本目の枝によじ登って腰掛ける。

渋々みかんを剥くと、柑橘の爽やかな匂いが広がる。
淡い黄色のみかんは、まだ熟していないように見えた。

あの人は、どうやってこのみかんを手に入れたんだろう。

そんなことをあれこれ想像しながら口に運んだみかんは、想像以上に酸っぱかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

この離婚は契約違反です【一話完結】

鏑木 うりこ
恋愛
突然離婚を言い渡されたディーネは静かに消えるのでした。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...