circulation ふわふわ砂糖菓子と巡る幸せのお話

弓屋 晶都

文字の大きさ
73 / 113
第4話 緑の丘 : 私をいつも励ましてくれる、緑の丘と、クジラのバンダナ。

2.夢の中(2/2)

しおりを挟む
「わぁ……」
思わず小さな歓声が漏れる。
「子クジラだ……」
「可愛いだろ?」
スカイが小さな胸をいっぱいに張って、誇らしげに腕の中の子クジラを差し出す。
その拍子に、愛らしい瞳をきょろきょろさせていた子クジラと目が合う。
「キュイーッ♪」
甘えた声と共に子クジラが身を乗り出してくる。それを慌てて両手で受け止める。
しっとりとした水風船のような黒い肌。ぷよぷよとしている割に、重さはほとんど感じない。
「俺が見つけて、こっそりここで飼ってるんだ」
僅かに目を細めて子クジラを見つめるスカイからは、先ほどまで感じていた棘のような物は消えていた。
「けど、子クジラは羽が生えたらお空に帰らないとダメなんだよ?」
腕の中、気持ち良さそうに撫でられている子クジラの背には、小さく渦を巻く羽が生え揃っていた。
「そいつ、見つけたとき怪我しててさ……」
言いながら、スカイが起用に子クジラをひっくり返す。
抵抗なくお腹を見せた子クジラには、大きな傷痕があった。
「あ……」
痛々しいその痕に言葉を詰まらせる。
と、スカイがまたクルリと子クジラをひっくり返した。
「今は、もうすっかり治ったから」
「そっか……よかったね」
「ああ、それで、こいつもそろそろ空に帰るんじゃないかと思ってさ」
「うん……」
スカイが青い頭を掻きつつ話す言葉を半分ほど聞きながら、ぼんやりした頭で子クジラを撫でる。
子クジラはうっりと目を細めて、腕の中で伸びきっている。

……こんな気持ちは、本当に久しぶりだ……。

「その前に、ラズに見せてやろうと思ってたのに、お前、全然部屋から出てこないじゃないか」
語気こそ荒かったものの、当のスカイが眉を寄せて俯いてしまったもので、怖く感じると言うよりも、申し訳無くなってしまう。
「……スカイ君、ゴメンね……」
ぽつり。と謝ると、スカイがじっとこちらを睨んできた。

う。やっぱり怒ってる……?

とても長く思えた、ほんの少しの沈黙の後、スカイは私から目を逸らして、ぶっきらぼうに言った。
「ご飯は、残さず食えよ」
「うん……」
「夜はちゃんと寝ろ」
「うん……」
「それならいい」
完全に向こうを向いてしまったスカイの後ろ頭を見上げる。
青い髪に透けて、ちらりと真っ赤な耳が見えた。
「スカイ君、耳、痛い?」
「なんでだよ」
「赤いよ? どこかにぶつけ……」
「う、うるっさいなぁ!!」
突然の怒鳴り声に、身が竦む。
胸元で子クジラも体を強張らせた。

重たい静寂。
「くそ……っ。ここで待ってろ!」
スカイは苛立たしげにそれだけ言い捨てると、こちらをチラとも振り返らずに、巨木の向こうへ姿を消した。

……なんで、スカイ君はいつも急に怒るのかなぁ……。
私、何か悪い事言ったっけ?

それまで、同世代の子達とほとんど遊んだことが無かった当時の私には、スカイが不機嫌になる理由なんて全く思いつかなかった。
「待たせたな。ほら、帰るぞ」
数分ほど待っただろうか。
そう遠くない場所からスカイが出て来る。
先程より、ずっと落ち着いたようだった。

何してたんだろう。……トイレだったのかな……?

スカイの耳は、もう赤くなかった。
ちょっと掻いただけだったんだろう。そう納得する。
「スカイ君、子クジラは?」
「その辺に放しとけば大丈夫だ」
「そっか……」
言われて、そうっと子クジラを空中に放す。
子クジラは、ほんの少し目の前で沈み込んでから、ふんわりと浮き上がった。
それを見て、下に差し出しかけていた手を引っ込める。
「もう、飛べるんだね」
「ああ」
子クジラを見つめるスカイの目は、どこか淋しそうにも見えた。

帰り道、膝丈ほどの草を掻き分けて進むスカイに
「子クジラには名前をつけてないの?」
と聞いてみる。
「付けてない」という返事の少し後に、
「付けたいならお前が付けてもいい」という言葉が付け足された。
「じゃあ、えっと、えーっと……黒くて丸いから、クロマルっ」
「それじゃ、子クジラは全部クロマルじゃないか」
そう言ってちらりと振り返ったスカイが、思いがけず笑っていたので、私もつられて笑顔になる。

それから、こんな顔をしたのがもう半月ぶりだったことに気付いて、また小さく苦笑する。
なんだか、笑ったら急に肩の力が抜けてしまった。
すとん。と膝から地面について、予想外の自分の動きに思わず目を丸くしてしまう。
「ラズ!?」
前を歩いていたスカイが慌てて引き返してくる。
「どうした!? 大丈夫か!!」
「う、うん……。ちょっと、気が、抜けちゃったみたい」
「は?」
スカイがまるきり理解できないというような顔をする。
その間抜けな顔に、うっかり笑いがこみ上げてくる。
「あはっ。あはは、スカイ君変な顔……っっ」
ぽかんと私を見下ろしていたスカイの顔が見る間に赤く染まる。
あ。これはまた怒鳴られるかな、と思った途端、その顔が鮮やかな微笑に変わった。

困ったような、それでいて嬉しくてたまらないような、眉をよくわからない形に歪めて、スカイは小さく呟いた。

「やっと笑ったな」



次の日も、その次の日も、私達は二人でこっそり、クロマルの様子を見に行った。
私達が秘密基地に近付くと分かるのか、クロマルはすぐに飛んで来た。

……けれど、その翌日は違っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

うちゅうじんのかこちゃん

濃子
絵本
「かこちゃんは あきらめない」 発達ゆっくりさんのかこちゃんを、友達に笑われたお姉ちゃん かこちゃんは変じゃないんだよ、かこちゃんはこんないいこなんだよ ねーねと同じ みんないいこ

🐈せっかく猫になったのに~病弱な第二王子に身代わりを押し付けられた件

tobe
児童書・童話
吾輩はコドモトビネコである。名前はマダナ。。。。 ちなみに前世は男の子だったと思う。多分。そんな気がする…… 王城で大っぴらに魔獣なんて飼えないから僕は”隠された王女”と共に隠されて生きてます。時にはぬいぐるみのフリもするけど十分に楽しい毎日。 でも、隠された王女の秘密を暴くような曲者から逃れるために王女(レーナ)は隣国のアサータへ留学する事になりました。もちろん僕もついて行く所存!! そこで出会った病弱な王子様に僕は身代わりを押し付けられちゃったんだけど……前世は人類、今世は魔獣。って思ったら今度は王子様? これは中身が転生者のコドモトリネコである病弱な第二王子の成長記である

ラズとリドの大冒険

大森かおり
児童書・童話
 幼い頃から両親のいない、主人公ラズ。ラズは、ムンダという名の村で、ゆいいつの肉親である、羊飼い兼村長でもあるヨールおじいちゃんと、二人仲よく暮らしていた。   ラズはずっと前から、退屈でなにもない、ムンダ村から飛び出して、まだ見ぬ世界へと、冒険がしたいと思っていた。しかし、ラズに羊飼いとして後継者になってほしいヨールおじいちゃんから、猛反対をされることになる。  困り果てたラズは、どうしたらヨールおじいちゃんを説得できるのかと考えた。なかなか答えの見つからないラズだったが、そんな時、突然、ムンダ村の海岸に、一隻の、あやしくて、とても不思議な形をした船がやってきた。  その船を見たラズは、一気に好奇心がわき、船内に入ってみることにした。すると、なんとそこには、これまで会ったこともないような、奇想天外、変わった男の子がいて、ラズの人生は、ここから歯車がまわり始める——。

トゲトゲ(α版)

山碕田鶴
絵本
トゲトゲ したものを挙げてみました。  ※絵本レイアウトにした改稿版が「絵本ひろば」にあります。

化石の鳴き声

崎田毅駿
児童書・童話
小学四年生の純子は、転校して来てまだ間がない。友達たくさんできる前に夏休みに突入し、少し退屈気味。登校日に久しぶりに会えた友達と遊んだあと、帰る途中、クラスの男子数人が何か夢中になっているのを見掛け、気になった。好奇心に負けて覗いてみると、彼らは化石を探しているという。前から化石に興味のあった純子は、男子達と一緒に探すようになる。長い夏休みの楽しみができた、と思ったら、いつの間にか事件に巻き込まれることに!?

くらげ のんびりだいぼうけん

山碕田鶴
絵本
波にゆられる くらげ が大冒険してしまうお話です。

【完結】アシュリンと魔法の絵本

秋月一花
児童書・童話
 田舎でくらしていたアシュリンは、家の掃除の手伝いをしている最中、なにかに呼ばれた気がして、使い魔の黒猫ノワールと一緒に地下へ向かう。  地下にはいろいろなものが置いてあり、アシュリンのもとにビュンっとなにかが飛んできた。  ぶつかることはなく、おそるおそる目を開けるとそこには本がぷかぷかと浮いていた。 「ほ、本がかってにうごいてるー!」 『ああ、やっと私のご主人さまにあえた! さぁあぁ、私とともに旅立とうではありませんか!』  と、アシュリンを旅に誘う。  どういうこと? とノワールに聞くと「説明するから、家族のもとにいこうか」と彼女をリビングにつれていった。  魔法の絵本を手に入れたアシュリンは、フォーサイス家の掟で旅立つことに。  アシュリンの夢と希望の冒険が、いま始まる! ※ほのぼの~ほんわかしたファンタジーです。 ※この小説は7万字完結予定の中編です。 ※表紙はあさぎ かな先生にいただいたファンアートです。

宇宙人は恋をする!

山碕田鶴
児童書・童話
【第2回きずな児童書大賞/奨励賞を受賞しました。ありがとうございました。】 私が呼んでいると勘違いして現れて、部屋でアイスを食べている宇宙人・銀太郎(仮名)。 全身銀色でツルツルなのがキモチワルイ。どうせなら、大大大好きなアイドルの滝川蓮君そっくりだったら良かったのに。……え? 変身できるの? 中学一年生・川上葵とナゾの宇宙人との、家族ぐるみのおつきあい。これは、国家機密です⁉ (表紙絵:山碕田鶴/人物色塗りして下さった「ごんざぶろ」様に感謝)

処理中です...