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本編
24. 重なる指先
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【注意】
このシーンにはR18相当の描写(心理的・身体的な接触表現)が含まれます。
登場人物の心情描写の一環として必要な範囲で描いています。
苦手な方は無理をせずお戻りください。
※完全版はムーンライトノベルズに掲載しています。
魔力交歓によって感情のざわめきが静まった後、僕は夜の廊下を歩いていた。
冷えた石畳が靴底を通してじわりと伝わり、後悔の色を濃くする。
――やはり、あの態度は良くなかった。
リュカ隊長に謝らなければ。今のままでは任務に支障をきたす。そう思い詰めて、彼の部屋の扉の前に立った。
拳を握り、そっと扉を叩いたその瞬間――
「……リュカさん、もっと……!」
掠れた男の声。続く荒い息と、低い吐息。
知識が乏しくても、中で何が行われているかがわからないはずはなかった。
血の気がすっと引き、指先が痺れる。
早く立ち去らなければと思うのに、全身が硬直して動けない。
扉が軋み、わずかに開いた。
半裸のリュカ隊長が顔を出す。鎖骨を汗が伝い、濡れた髪が額に張りついていた。
部屋の奥から立ちのぼる熱気と酒の匂い。甘く、生臭い空気が鼻を刺す。
「……千景か。今取り込み中だ。後にしてくれ」
ひどく軽い声音に、謝罪の言葉は喉で溶けた。
その背後から肩がのぞいた。クロウリーだった。
僕の存在を無視するかのように、彼が隊長に縋りつく。
二人は僕の存在を意にも介さず、口づけを交わした。
脳が拒絶するのに目に焼き付いて離れない。
――自分は特別だと思いたかった。
触れられた熱も、耳もとで囁かれた言葉も、自分だけに向けられていたと、信じたかった。
だがやはり全て、思い上がりだった。
胃の底が反転する。込み上げる吐き気を抑えきれず、壁に手をついた。
喉の奥がひりつき、酸っぱい唾液が口いっぱいに広がる。
謝罪など、もはや思い出しもしなかった。
ただ逃げるように踵を返し、冷えた石畳を踏みしめた。
夜気が頬を打つのに、火照りと寒気が同時に走る。息が詰まり、視界がにじんだ。
部屋に戻った途端、膝が崩れた。
吐き気で気持ち悪いはずなのに、身体は勝手に疼いて熱を持つ。
――嫌だ。そんなはずはない。
震える手で衣を握り、必死に抑え込もうとする。
けれど熱はしつこく、意志とは裏腹に疼きが強まっていく。
逆らうほど増す熱にこらえきれず、ついに手が動いた。
「……っ……最低だ……っ」
掠れた声がこぼれ、涙がにじんだ。吐き気と熱が絡まって喉を塞ぐ。
欲望など抱いていない。ただ身体だけが裏切って、みじめさを突きつけてくる。
鎖のように縛られ、出口のない焦燥に追い詰められる。
そのとき、闇が揺れ、気配がそばに降りてきた。
「……いつも不器用だが、今日は特にうまくいかないようだな」
「……っ、な……何を……言って……」
喉が詰まり、最後まで言葉にならない。
「苦しいのだろう。……私が、楽にしてやろう」
耳の奥に落ちた囁きの意味を、最初は理解できなかった。
ただ彼の気配が寄り添い、指先が僕の手に重なり、身体がびくりと震えた。
遅れて、何をしようとしているのか気づく。
「や、やめて……っ!」
必死に振り絞った声は震えて、弱々しく空気に溶けた。
いつもは癒すように触れる手が、今は熱を帯びている。
触れられるたび、心の奥に絡みつくような感覚が広がった。
拒もうとするほど、胸の奥で火が強くなる。――眩暈がした。
「恥じなくていい。……抗わずに身を委ねろ」
「……っ!」
首筋に吐息が触れ、背筋が震える。
そこから流れ込む魔力が、熱と冷気を繰り返し行き来する。
痛みと安堵、屈辱と赦し――すべてが渦のように混じり合い、思考が遠のいていく。
何も考えられない。ただ、甘く危うい波に呑まれながら、耐えるしかなかった。
世界の輪郭が緩み、意識が白く霞んだ。
声とも息ともつかぬ音が喉を震わせ、涙が頬を伝う。
溶けるような安堵の中で、すべてを吐き出していく。
「……はぁ……はぁ……っ」
荒い呼吸だけが残った。
これで終わりだと、そう思っていた。だが彼の手が離れる気配はない。
全身にまだ微かな震えが残っているのに、再び指先が動き出す。
「や……もう……っ……」
懇願はかすれ、吐息に溶けて消える。
それでも闇の中の手は、静かに温もりを注ぎ続けた。
それは僕が疲れ果てて眠りに落ちるまで続いた。
「もう何も思い出すな。今日はすべて忘れて、眠ればいい」
***
【作者コメント】
ここまで読んでくださりありがとうございます。
次話では、馴染んだ気配を死の現場で感じ取った千景が、
任務と私情のはざまで揺れ動きます。
***
このシーンにはR18相当の描写(心理的・身体的な接触表現)が含まれます。
登場人物の心情描写の一環として必要な範囲で描いています。
苦手な方は無理をせずお戻りください。
※完全版はムーンライトノベルズに掲載しています。
魔力交歓によって感情のざわめきが静まった後、僕は夜の廊下を歩いていた。
冷えた石畳が靴底を通してじわりと伝わり、後悔の色を濃くする。
――やはり、あの態度は良くなかった。
リュカ隊長に謝らなければ。今のままでは任務に支障をきたす。そう思い詰めて、彼の部屋の扉の前に立った。
拳を握り、そっと扉を叩いたその瞬間――
「……リュカさん、もっと……!」
掠れた男の声。続く荒い息と、低い吐息。
知識が乏しくても、中で何が行われているかがわからないはずはなかった。
血の気がすっと引き、指先が痺れる。
早く立ち去らなければと思うのに、全身が硬直して動けない。
扉が軋み、わずかに開いた。
半裸のリュカ隊長が顔を出す。鎖骨を汗が伝い、濡れた髪が額に張りついていた。
部屋の奥から立ちのぼる熱気と酒の匂い。甘く、生臭い空気が鼻を刺す。
「……千景か。今取り込み中だ。後にしてくれ」
ひどく軽い声音に、謝罪の言葉は喉で溶けた。
その背後から肩がのぞいた。クロウリーだった。
僕の存在を無視するかのように、彼が隊長に縋りつく。
二人は僕の存在を意にも介さず、口づけを交わした。
脳が拒絶するのに目に焼き付いて離れない。
――自分は特別だと思いたかった。
触れられた熱も、耳もとで囁かれた言葉も、自分だけに向けられていたと、信じたかった。
だがやはり全て、思い上がりだった。
胃の底が反転する。込み上げる吐き気を抑えきれず、壁に手をついた。
喉の奥がひりつき、酸っぱい唾液が口いっぱいに広がる。
謝罪など、もはや思い出しもしなかった。
ただ逃げるように踵を返し、冷えた石畳を踏みしめた。
夜気が頬を打つのに、火照りと寒気が同時に走る。息が詰まり、視界がにじんだ。
部屋に戻った途端、膝が崩れた。
吐き気で気持ち悪いはずなのに、身体は勝手に疼いて熱を持つ。
――嫌だ。そんなはずはない。
震える手で衣を握り、必死に抑え込もうとする。
けれど熱はしつこく、意志とは裏腹に疼きが強まっていく。
逆らうほど増す熱にこらえきれず、ついに手が動いた。
「……っ……最低だ……っ」
掠れた声がこぼれ、涙がにじんだ。吐き気と熱が絡まって喉を塞ぐ。
欲望など抱いていない。ただ身体だけが裏切って、みじめさを突きつけてくる。
鎖のように縛られ、出口のない焦燥に追い詰められる。
そのとき、闇が揺れ、気配がそばに降りてきた。
「……いつも不器用だが、今日は特にうまくいかないようだな」
「……っ、な……何を……言って……」
喉が詰まり、最後まで言葉にならない。
「苦しいのだろう。……私が、楽にしてやろう」
耳の奥に落ちた囁きの意味を、最初は理解できなかった。
ただ彼の気配が寄り添い、指先が僕の手に重なり、身体がびくりと震えた。
遅れて、何をしようとしているのか気づく。
「や、やめて……っ!」
必死に振り絞った声は震えて、弱々しく空気に溶けた。
いつもは癒すように触れる手が、今は熱を帯びている。
触れられるたび、心の奥に絡みつくような感覚が広がった。
拒もうとするほど、胸の奥で火が強くなる。――眩暈がした。
「恥じなくていい。……抗わずに身を委ねろ」
「……っ!」
首筋に吐息が触れ、背筋が震える。
そこから流れ込む魔力が、熱と冷気を繰り返し行き来する。
痛みと安堵、屈辱と赦し――すべてが渦のように混じり合い、思考が遠のいていく。
何も考えられない。ただ、甘く危うい波に呑まれながら、耐えるしかなかった。
世界の輪郭が緩み、意識が白く霞んだ。
声とも息ともつかぬ音が喉を震わせ、涙が頬を伝う。
溶けるような安堵の中で、すべてを吐き出していく。
「……はぁ……はぁ……っ」
荒い呼吸だけが残った。
これで終わりだと、そう思っていた。だが彼の手が離れる気配はない。
全身にまだ微かな震えが残っているのに、再び指先が動き出す。
「や……もう……っ……」
懇願はかすれ、吐息に溶けて消える。
それでも闇の中の手は、静かに温もりを注ぎ続けた。
それは僕が疲れ果てて眠りに落ちるまで続いた。
「もう何も思い出すな。今日はすべて忘れて、眠ればいい」
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【作者コメント】
ここまで読んでくださりありがとうございます。
次話では、馴染んだ気配を死の現場で感じ取った千景が、
任務と私情のはざまで揺れ動きます。
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