僕は勇者に救われたくない

御堂あゆこ

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本編

43. 絶望に墜ちる

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【注意】  
 このシーンにはR18相当の描写(心理的・身体的な接触表現)が含まれます。
 登場人物の心情描写の一環として必要な範囲で描いています。
 苦手な方は無理をせずお戻りください。
 ※完全版はムーンライトノベルズに掲載しています。


 時の感覚は、すぐに溶けていった。
 鉄と石に閉ざされた地下で、僕は鎖につながれ続けた。
 食事と水は与えられる。だが排せつのたび、リュカは目を逸らさず見つめた。
 術で浄化されるとはいえ、羞恥は消えない。
 その無言の視線に晒されるたび、皮膚の内側で何かが削られていくようだった。

 部屋の中央に鎮座する赤紫の結晶の明滅が落ち着く頃には、決まって冷たい指先が肌をなぞった。
 抵抗すればするほど、身体は思うように動かず、やがて勝手に熱を帯びてしまう。
 意識の底では抗っているのに、感覚は彼の温度を覚えようとしてしまう。
 ――そんな自分が、何より恐ろしかった。

 結晶は、日を追うごとに輝きを増し、わずかに大きくなっているように見えた。
 その脈動は、僕の羞恥や絶望に呼応するかのように高まり、ここが逃げ場のない監獄であることを否応なく思い出させた。

 息を詰める僕の頬を、リュカの指がすべった。
「……ずいぶん上手になったね、千景」
 囁きながら、彼はわざと緩慢に触れてくる。
 冷たい掌が首筋をなぞり、喉を押し上げるように顎を掬い上げた。
 強くも優しくもないその手つきに、逆らう力が抜けていく。
 何をしても無駄だと、身体がもう覚えてしまっていた。

「ご褒美をあげよう」
 低い声が落ちた瞬間、衣の隙間から指先が滑り込んだ。
 熱を持つ皮膚の上をゆるやかに撫でる感触が、痛みと共に、羞恥の波が脳を焼く。
「ひっ……ぁ……っ!」
「おっと……誰が休んでいいと言った?」
 容赦ない力が首筋にかかり、拒む間もなく頭を押さえつけられる。
 喉の奥で、声にならない音がこぼれた。

 冷えた空気の中で、彼の言葉だけが甘く響く。
「すっかり感じやすくなってしまったね」
「んぐ……っ、んん……っ!」
 否定の言葉は、息とともにかすれて消えた。

 鎖が擦れる音が響き、冷たい床に涙が落ちる。
 どんなに拒んでも、痛みと熱が交互に押し寄せてきた。
 羞恥と快楽の境界が曖昧になり、呼吸の仕方さえわからなくなる。

  ――そのとき、轟音とともに扉が弾け飛んだかと思うと、埃の向こうに、レオが立っていた。
 彼の瞳が僕を捉えた瞬間、顔から血の気が引くのが見て取れた。

「――っ! 千景さんっ!!」
 怒鳴る声が震え、剣を抜いた手が、部屋に張り巡らされた結界に叩きつけられる。
 眩しい火花が飛び散った。
 それでも結界はびくともせず、レオは歯を食いしばる。

「ヴァレリウスーーッ!」
 名を呼ぶ声はもはや言葉ではなく、咆哮に近かった。喉を裂くような 怒声が結界にぶつかり、地下を震わせる。
「千景さんから離れろッ! この手で必ず引き裂いてやる!」
 剣を振り下ろすたびに結界が火花を散らし、無情に弾き返された。
 斬れぬと悟ったレオは剣を投げ捨て、素手で壁を殴り始めると、やがて皮膚が裂けて血が滴り落ちた。
「やめてっ! レオ、もう……それ以上は……!」
「……よそ見をするな、千景」
 レオに気を取られたことを咎めるように、強引に唇をふさがれる。
「んむっ……くぅ……っ!」
 嫌だ、嫌だ……っ、どうしてまた……。
 レオにだけは、こんな姿――見られたくなかった。
 なぜこんなに苦しいのか、自分でもわからない。
 声も出せず、ただ零れ落ちる涙が頬を濡らした。

「貴様あああああ――ッ!! その手を離せぇぇぇっ!!」
「千景。愛しい勇者殿に見せてやろうじゃないか。君がどれほど私に馴染んでしまったのかを」

「あ……いや、だ……っ」
「千景さんっ……!」
「レオ、お願い、見ないで……っ!」
 必死に懇願しても、レオの目は離れてくれない。
 後ろに硬い熱を感じた。
「え……」
「何をそんなに驚いているんだ? まさか、ここまではされないと思っていたのかな? 可愛いな、千景は。けれど、君の初めての瞬間は、勇者殿にも見てもらおうと思って、ずっとこのときを待っていたんだよ」
「ヴァレリウス……っ! 殺すっ!」
「……ないで、……見ないでぇっ……!」
 必死に懇願しても、レオは目を逸らさなかった。
「くそっ――! 千景さん……っ!」
「あぁ、たまらない……。二人分の絶望が結晶を満たしていっている」

 全てが終わり、快感の名残で放心している頭にレオの顔が浮かぶ。レオが今どんな顔で僕を見ているのか知りたくなくて、顔を上げられない。
「……なんで……こんなの……興奮してるんだよ……!」
 レオの呟きが耳を打った瞬間、心臓の奥が冷たくひび割れた。

 ――軽蔑された。
 身体の中で熱と痛みがまざり合い、何かが静かに砕けていくのがわかった。
 涙が頬を伝っても、それが悲しみなのか絶望なのか、自分でももう確かめられない。ぼやけた視界の向こうで、レオの顔が揺れていた。

 ああ、まただ。どれほど努力しても、どれほど誰かを守ろうとしても、僕の想いはいつも届かない。
 伸ばした手は穢れていて、守りたかったものほど自分の手で壊してしまう。
 蘇芳の言った通りだ。僕はなんて、醜く、愚かなのだろう。

 ――その思いが頭を満たした瞬間、部屋の中央の結晶が眩い光を放ち、鼓動と結晶の明滅がひとつに重なっていくように感じられた。
 まるで自分と結晶が同化していくようで、世界の輪郭がぼやけていく。
 冷たいはずの光が、なぜか今は優しく感じられた。

***
【作者コメント】
 ここまで読んでくださりありがとうございます。
 次話では、ついに“魔王”が目を覚まします。

※先日、誤ってこちらのシーンを先に公開してしまった時間がありました。
 先に読んでしまった方がいらっしゃったら、本当に申し訳ありませんでした。
***
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