57 / 68
本編
天城レオニス視点:VIII. 俺だけが知っている
しおりを挟む
彼を殺したくなんて、なかった。
それなのに、俺は――蘇芳を殺した。
千景さんを殺す振りをして、蘇芳を犠牲にする――そんな策を思いついた自分を、今でも許せない。
神罰を扱えるのは、選ばれた勇者のみだ。
だから、俺がその力を使うしかなかった。
世界に“魔王を倒した”と思わせるために。
代償として、蘇芳にすべてを背負わせて。
この計画を打ち明けたとき、蘇芳はただ静かにうなずいた。
「確かに千景と私の魔力は繋がっている。その経路を通じて、ある程度は引き受けられるはずだ」
「それをやったら、お前はどうなる」
蘇芳は、少しの間だけ黙って、答えた。
「消えるだろう」
だったら計画は実行できない――そう思った。
それでも頭の片隅に、蘇芳が消えてくれれば、千景さんは俺だけを見てくれる――そんな昏い考えが浮かんだ。
「私は、千景によって生み出された存在だ。あれのために終わるなら、それでいい」
その言葉に、俺は逃げ道を与えられた気がした。
罪を自覚しながらも――俺は、計画を実行することを選んだ。
千景さんには真実を伝えなかった。
あの人は、誰かが自分のために犠牲になることを何より嫌う。
だから真実を知らせぬまま、あの場所に立ってもらった。
この選択を、きっと千景さんは許さないだろう。
恨まれても、あの人が生きてさえいれば、それでいい。
それだけが、俺の救いだから。
神罰が放たれた瞬間、千景さんの身体を蘇芳の魔力が包み込んだ。
神罰の一撃は、確かに千景さんを貫いたはずだった。
けれどそれは、そう見せかけただけだった。
千景さんの中にある魔力の経路を通じて、神罰の負荷のほとんどが蘇芳へと流れていった。
その結果、蘇芳は消え、千景さんだけが残った。
息も絶え絶えに、それでも確かに生きていた。
計画は、確かに成功した。
けれど、その代償として蘇芳は消えた。
蘇芳の犠牲が、自分の願いを叶えてしまった――その事実が、重く胸にのしかかった。
兵士たちの歓声が高台を震わせた。
「魔王が討たれたーー!」
誰も、“討たれた魔王”がまだ生きているなんて、思いもしない。
この腕の中の鼓動を感じているのは、俺だけだ。
千景さんを抱き上げると、薬草茶の苦味を含んだ香りが鼻先を掠めた。
周囲には、蘇芳の魔力が赤紫の粒子となって漂っている。
その光を千景さんの身体に導くと、輪郭が淡く揺らぎ始める。
肌が透け、輪郭がぼやけていく。
やがて光が弾けると、彼の姿は完全に消えた。
兵士たちの歓声がさらに大きくなった。誰もが、魔王は消滅したのだと信じている。
これでいい。千景さんは、この世界から姿を消す。
もう誰にも触れさせない。
俺と、二人きりで、生き直す。
転移の術式は、蘇芳が最後に遺してくれた。
転移先は北の森林地帯の奥深く――人目に触れぬよう、あらかじめ結界まで張っておいてくれた。
焦げた香木のような香りが、風に混じる。
まるで彼が“これでいい”と告げているようで――いや、そう思いたかっただけかもしれない。
「……許してくれ、蘇芳」
そう呟いた声が、風に溶けた。
確かに世界は救われた。
新しい朝が、俺の罪を照らしていた。
***
【作者コメント】
ここまで読んでくださりありがとうございます。
次話からは、千景とレオの関係を中心に物語が進みます。
喪失の先にある希望を、二人は見つけられるのでしょうか。
最後まで見守っていただけたら嬉しいです。
***
それなのに、俺は――蘇芳を殺した。
千景さんを殺す振りをして、蘇芳を犠牲にする――そんな策を思いついた自分を、今でも許せない。
神罰を扱えるのは、選ばれた勇者のみだ。
だから、俺がその力を使うしかなかった。
世界に“魔王を倒した”と思わせるために。
代償として、蘇芳にすべてを背負わせて。
この計画を打ち明けたとき、蘇芳はただ静かにうなずいた。
「確かに千景と私の魔力は繋がっている。その経路を通じて、ある程度は引き受けられるはずだ」
「それをやったら、お前はどうなる」
蘇芳は、少しの間だけ黙って、答えた。
「消えるだろう」
だったら計画は実行できない――そう思った。
それでも頭の片隅に、蘇芳が消えてくれれば、千景さんは俺だけを見てくれる――そんな昏い考えが浮かんだ。
「私は、千景によって生み出された存在だ。あれのために終わるなら、それでいい」
その言葉に、俺は逃げ道を与えられた気がした。
罪を自覚しながらも――俺は、計画を実行することを選んだ。
千景さんには真実を伝えなかった。
あの人は、誰かが自分のために犠牲になることを何より嫌う。
だから真実を知らせぬまま、あの場所に立ってもらった。
この選択を、きっと千景さんは許さないだろう。
恨まれても、あの人が生きてさえいれば、それでいい。
それだけが、俺の救いだから。
神罰が放たれた瞬間、千景さんの身体を蘇芳の魔力が包み込んだ。
神罰の一撃は、確かに千景さんを貫いたはずだった。
けれどそれは、そう見せかけただけだった。
千景さんの中にある魔力の経路を通じて、神罰の負荷のほとんどが蘇芳へと流れていった。
その結果、蘇芳は消え、千景さんだけが残った。
息も絶え絶えに、それでも確かに生きていた。
計画は、確かに成功した。
けれど、その代償として蘇芳は消えた。
蘇芳の犠牲が、自分の願いを叶えてしまった――その事実が、重く胸にのしかかった。
兵士たちの歓声が高台を震わせた。
「魔王が討たれたーー!」
誰も、“討たれた魔王”がまだ生きているなんて、思いもしない。
この腕の中の鼓動を感じているのは、俺だけだ。
千景さんを抱き上げると、薬草茶の苦味を含んだ香りが鼻先を掠めた。
周囲には、蘇芳の魔力が赤紫の粒子となって漂っている。
その光を千景さんの身体に導くと、輪郭が淡く揺らぎ始める。
肌が透け、輪郭がぼやけていく。
やがて光が弾けると、彼の姿は完全に消えた。
兵士たちの歓声がさらに大きくなった。誰もが、魔王は消滅したのだと信じている。
これでいい。千景さんは、この世界から姿を消す。
もう誰にも触れさせない。
俺と、二人きりで、生き直す。
転移の術式は、蘇芳が最後に遺してくれた。
転移先は北の森林地帯の奥深く――人目に触れぬよう、あらかじめ結界まで張っておいてくれた。
焦げた香木のような香りが、風に混じる。
まるで彼が“これでいい”と告げているようで――いや、そう思いたかっただけかもしれない。
「……許してくれ、蘇芳」
そう呟いた声が、風に溶けた。
確かに世界は救われた。
新しい朝が、俺の罪を照らしていた。
***
【作者コメント】
ここまで読んでくださりありがとうございます。
次話からは、千景とレオの関係を中心に物語が進みます。
喪失の先にある希望を、二人は見つけられるのでしょうか。
最後まで見守っていただけたら嬉しいです。
***
1
あなたにおすすめの小説
イバラの鎖
コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26
BL
たまにはシリアスでドロついた物語を❣️
辺境伯の後継であるシモンと、再婚で義兄弟になった可愛い弟のアンドレの絡みついた運命の鎖の物語。
逞しさを尊重される辺境の地で、成長するに従って貴公子と特別視される美少年に成長したアンドレは、敬愛する兄が王都に行ってしまってから寂しさと疎外感を感じていた。たまに帰って来る兄上は、以前のように時間をとって話もしてくれない。
変わってしまった兄上の真意を盗み聞きしてしまったアンドレは絶望と悲嘆を味わってしまう。
一方美しいアンドレは、その成長で周囲の人間を惹きつけて離さない。
その欲望の渦巻く思惑に引き込まれてしまう美しいアンドレは、辺境を離れて兄シモンと王都で再会する。意図して離れていた兄シモンがアンドレの痴態を知った時、二人の関係は複雑に絡まったまま走り出してしまう。
二人が紡ぐのは禁断の愛なのか、欲望の果てなのか。
死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!
時雨
BL
「駆け落ちの供をしてほしい」
すべては真面目な王子エリアスの、この一言から始まった。
王子に”国を捨てても一緒になりたい人がいる”と打ち明けられた、護衛騎士ランベルト。
発表されたばかりの公爵家令嬢との婚約はなんだったのか!?混乱する騎士の気持ちなど関係ない。
国境へ向かう二人を追う影……騎士ランベルトは追手の剣に倒れた。
後悔と共に途切れた騎士の意識は、死亡した時から三年も前の騎士団の寮で目覚める。
――二人に追手を放った犯人は、一体誰だったのか?
容疑者が浮かんでは消える。そもそも犯人が三年先まで何もしてこない保証はない。
怪しいのは、王位を争う第一王子?裏切られた公爵令嬢?…正体不明の駆け落ち相手?
今度こそ王子エリアスを護るため、過去の記憶よりも積極的に王子に関わるランベルト。
急に距離を縮める騎士を、はじめは警戒するエリアス。ランベルトの昔と変わらぬ態度に、徐々にその警戒も解けていって…?
過去にない行動で変わっていく事象。動き出す影。
ランベルトは今度こそエリアスを護りきれるのか!?
負けず嫌いで頑固で堅実、第二王子(年下) × 面倒見の良い、気の長い一途騎士(年上)のお話です。
-------------------------------------------------------------------
主人公は頑な、王子も頑固なので、ゆるい気持ちで見守っていただけると幸いです。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
数百年ぶりに目覚めた魔術師は年下ワンコ騎士の愛から逃れられない
桃瀬さら
BL
誰かに呼ばれた気がしたーー
数百年ぶりに目覚めた魔法使いイシス。
目の前にいたのは、涙で顔を濡らす美しすぎる年下騎士シリウス。
彼は何年も前からイシスを探していたらしい。
魔法が廃れた時代、居場所を失ったイシスにシリウスは一緒に暮らそうと持ちかけるが……。
迷惑をかけたくないイシスと離したくないシリウスの攻防戦。
年上魔術師×年下騎士
ずっと好きだった幼馴染の結婚式に出席する話
子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき
「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。
そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。
背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。
結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。
「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」
誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。
叶わない恋だってわかってる。
それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。
君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。
冷徹勇猛な竜将アルファは純粋無垢な王子オメガに甘えたいのだ! ~だけど殿下は僕に、癒ししか求めてくれないのかな……~
大波小波
BL
フェリックス・エディン・ラヴィゲールは、ネイトステフ王国の第三王子だ。
端正だが、どこか猛禽類の鋭さを思わせる面立ち。
鋭い長剣を振るう、引き締まった体。
第二性がアルファだからというだけではない、自らを鍛え抜いた武人だった。
彼は『竜将』と呼ばれる称号と共に、内戦に苦しむ隣国へと派遣されていた。
軍閥のクーデターにより内戦の起きた、テミスアーリン王国。
そこでは、国王の第二夫人が亡命の準備を急いでいた。
王は戦闘で命を落とし、彼の正妻である王妃は早々と我が子を連れて逃げている。
仮王として指揮をとる第二夫人の長男は、近隣諸国へ支援を求めて欲しいと、彼女に亡命を勧めた。
仮王の弟である、アルネ・エドゥアルド・クラルは、兄の力になれない歯がゆさを感じていた。
瑞々しい、均整の取れた体。
絹のような栗色の髪に、白い肌。
美しい面立ちだが、茶目っ気も覗くつぶらな瞳。
第二性はオメガだが、彼は利発で優しい少年だった。
そんなアルネは兄から聞いた、隣国の支援部隊を指揮する『竜将』の名を呟く。
「フェリックス・エディン・ラヴィゲール殿下……」
不思議と、勇気が湧いてくる。
「長い、お名前。まるで、呪文みたい」
その名が、恋の呪文となる日が近いことを、アルネはまだ知らなかった。
【本編完結】最強魔導騎士は、騎士団長に頭を撫でて欲しい【番外編あり】
ゆらり
BL
帝国の侵略から国境を守る、レゲムアーク皇国第一魔導騎士団の駐屯地に派遣された、新人の魔導騎士ネウクレア。
着任当日に勃発した砲撃防衛戦で、彼は敵の砲撃部隊を単独で壊滅に追いやった。
凄まじい能力を持つ彼を部下として迎え入れた騎士団長セディウスは、研究機関育ちであるネウクレアの独特な言動に戸惑いながらも、全身鎧の下に隠された……どこか歪ではあるが、純粋無垢であどけない姿に触れたことで、彼に対して強い庇護欲を抱いてしまう。
撫でて、抱きしめて、甘やかしたい。
帝国との全面戦争が迫るなか、ネウクレアへの深い想いと、皇国の守護者たる騎士としての責務の間で、セディウスは葛藤する。
独身なのに父性強めな騎士団長×不憫な生い立ちで情緒薄めな甘えたがり魔導騎士+仲が良すぎる副官コンビ。
甘いだけじゃない、骨太文体でお送りする軍記物BL小説です。番外は日常エピソード中心。ややダーク・ファンタジー寄り。
※ぼかしなし、本当の意味で全年齢向け。
★お気に入りやいいね、エールをありがとうございます! お気に召しましたらぜひポチリとお願いします。凄く励みになります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる