16 / 39
第14話 魔力ないっぽい
しおりを挟む
僕は、一人になれそうな場所を探し、中心部から少し離れたところにある森の中を歩いていた。
ルドは、僕に黙って、一人で冒険者として依頼を受け、旅の資金を工面していた。
驚きはしなかった。彼は、昔から、そういう男だ。
ルドに会った当初は、ポーカーフェイスで、何を考えているかわからない、ハンサムな男という印象しか抱かなかった。
しかし、一緒に過ごすうちに、無表情なのは、感情がないからなのではなく、真剣に仕事に取り組んでいるからなのだということが分かった。
若くして、第一騎士団の団長になるはずだったのに、突然、生まれたばかりの第二王子の護衛にされて、しかも、その王子は黒髪・黒目の不気味な見た目ときている。
僕がルドの立場だったら、そんな状況で、腐らずに仕事を続けることはできないのではないかと思う。
だから、生まれてすぐ、初めてルドを見たときに、乳母のゲルダさんと口論していたのは、きっと、護衛なんかやりたくないと主張したルドと、それを止めるゲルダさんとで揉めていたのだと思っていた。
成長し、彼と幾分打ち解けた頃に、そのことを、本人に尋ねたことがあった。
すると、生後間もないころの記憶を覚えていたことに驚きつつも、それは誤解だと教えてくれた。
むしろその逆で、ゲルダさんの方が、僕の護衛にルドをあてるのは過分だから、異動を撤回するように主張したが、ルドはそれを拒否し、自分の意思で護衛になったということだった。
国最強と言われるほどの剣の腕前なのに、なぜ、護衛を志願したのかは、教えてもらえなかったけれど。
そんなふうに、自ら僕の護衛になったルドは、仕事の手を抜くことは絶対になく、常に周囲に神経を巡らせ集中しているので、自然に無表情になってしまうのだ。
ここ数年は、僕の前では、大分感情を出すようになってきたけれど、あくまで、王子と護衛という関係なのだ。
王子がやる必要がないことと判断すれば、僕には何も知らせず、一人で対処し、僕が気付いた頃には、全て片付いていたなんてことは、今までもたくさんあった。多分、気付いてすらいないこともあると思う。
僕も、それでいいと思っていたし、それが、王子と護衛という関係上、当然のことだと思っていた。
だけど、僕は、本当は『王子』ではない。
前世の父親を捜すために転生してきた一ノ瀬優という男が、たまたま転生した先が、王子という立場だっただけだ。
そして今は、クーデターにより、その立場を追われ、自分自身も戻りたいとは思っていない。
そんな僕に、彼はこれからも付き従う必要があるのだろうか。
王子としての覚悟も肩書もない、こんな中途半端な自分に、彼が命を懸けて守るほどの価値はあるのだろうか。
考えれば考えるほど、これ以上、ルドの人生を縛ることが躊躇われた。
「ウィル!」
思考の迷宮を彷徨っていると、僕を呼ぶ声がした。
もしかして、ルドが追いかけてきてくれたのだろうかと振り向くと、ハインツさんがこちらにやって来るところだった。
想像していた人物ではなかったことに落胆している自分に気づき、少し驚く。
隣までやってきたハインツさんが、心配そうに、僕の肩に手を置く。
「心配しました。大丈夫ですか?」
「はい、ありがとうございます。心配かけてすみません。ちょっと一人で考えたいことがあって」
「そうですか……」
気遣うような瞳が、余計に僕をいたたまれなくする。
自分は、誰かに心配してもらえるような人間ではないのに。
「そうだ! せっかくこんなところまで来たのですし、これからデートしませんか?」
「デート――魔法の練習ですか?」
「ええ! 嫌なことがあったときは、何か他のことに集中するのが一番です」
「そうですね……。魔法の練習やりたいです」
ハインツさんの言う通り、一人でウジウジ考えているよりはずっといい。
王子の肩書がなくても、ルドの傍にいていいと思える証が欲しくて、そのためには、早く、自分にもできることを見つけないといけない。
「ふふ。その意気です。やはり、ウィルには笑っている顔が似合います」
優しく微笑むと、ハインツさんは、僕の両手を掴んだ。
「え――」
「しっ――! 目を閉じて集中してください。今から私の魔力をウィルに流し込みます。まずは、それを感じ取るところから始めましょう」
「わ、わかりました」
言われた通り、目を閉じる。ハインツさんの手は、ルドと違い、とても冷たい。
少しして、両手から、冷気が流れてくるのを感じた。
「あ……! なんだか冷んやりとしてきました」
「いい調子です。それが私の魔力です」
やがて、両手から、全身へと、冷気が巡るのを感じる。魔力って、こんなに冷たいものなのか。
ルドに光魔法をかけてもらう時は、じんわりと温かくなるので、魔力の持ち主によっても、感じ方は変わるのだろうか。
「あの、ハインツさん。魔力ってみんな、こんなに冷たく感じるものなんですか?」
「そうですね、魔力の持ち主や、受ける側によっても多少は変わりますが、一般的には、魔力は『冷たい気』と表現されますね」
「そうなんですか」
魔力って冷たいのが普通なんだ。じゃあ、ルドの魔力が普通ではないということなのだろうか。
「次は自分の中に、同じような気の流れがあるのを感じてみてください」
「わかりました」
ハインツさんが流してくれたような気が、自分の体内にあることをイメージし、集中してみる。しかし、一向にその気配を感じることができない。
「焦らなくても大丈夫ですよ」
「はい……」
***
結論から言おう。今回は、自分の中に魔力を感じることができなかった。
ハインツさんが言うには、誰にでも魔力はあるが、その量には、個人差があるらしい。
確か、ルドは、魔力が少ない方だと言っていた。僕もそうだったということか……。
剣もイマイチ、魔法もパッとしないとなると、僕にできることって他に何があるんだろう……。
いけない、いけない。油断すると、どうしてもマイナス思考になってしまう。ハインツさん曰く、すぐに魔力を感じられるようになることは珍しいらしいし、ここで諦めず、今後も魔法の練習は続けていきたい。
「そろそろ陽が落ちますね。これ以上ウィルを拘束していると、あの人に怒られそうです。帰りましょうか」
「あ、もうそんな時間ですか……」
なんとなく、まだルドと顔を合わせるのが怖い。
光魔法が解けてしまうから、完全に夜になる前には宿屋に戻らなければならないんだけど。
「まだ帰りたくなさそうな顔ですね。そんな顔をされると、私もこのまま離したくなくなります」
「えっ――」
ハインツさんが、僕の顎を掴んだかと思うと、クイっと上に向ける。
透き通った紫の瞳とバッチリ目が合ってしまった。
「あまりそういう顔を見せない方がいいですよ? 勘違いしてしまう人もいるでしょうから」
「はぁ……」
何を勘違いするというのか。よくわからなかったけれど、とりあえず、頷いておく。
「あ、あの、ちょっと顔が近いです……。そろそろ手を放してください」
「これは失礼」
妖艶に微笑むと、ハインツさんはやっと手を放してくれた。
「そうだ! これから町の酒場で、ウィルの歌を披露してみるというのはどうでしょう?」
「えっ!? 突然何を――」
「ウィルがまだ帰りたくなさそうな顔をしているのがいけないんですよ?」
「僕はそんなつもりは――」
「ない、とは言わせません。というわけで、これから酒場に行って、一緒に食事をしましょう。そして、ウィルの歌を皆さんに聴いてもらいましょう! ウィルには歌があるじゃないですか! もっと自分に自信を持ってください!」
そうか。彼は、僕を励まそうとしてくれているのか。ハインツさんに歌を褒められると、前世の父を思い出す。父もよく、僕の歌を褒めてくれた。
その言葉は、自暴自棄になりかけていた僕に、とても染みた。
歌を歌って、ハインツさんや酒場の客が喜んでくれれば、少しは自分を認められるようになるのではないか。
でも、ルドとは、人前で歌わないことを約束している。その約束は破りたくなかった。
「彼に歌は禁止されている?」
「えっ――」
「でしょうね。独占欲の強い男だとは思いましたが、相当ですね。でも、彼にバレなければいいのでは? 私の闇魔法で、ウィルの外見を少し変えて、歌っているのが貴方だとわからなくしてしまいましょう!」
おぉ……。押しの強いハインツさんが登場すると、なかなか、断ることが難しくなってしまう。
「いっそのこと、ウィルの外見を女性に変えてしまうというのはどうでしょう? 我ながらいい考えです! さっそくやってみましょう!」
「ちょ、ちょっと待って――」
僕の静止も聞かず、ハインツさんが、魔法を発動する。全身に冷たい気が巡ったかと思うと、闇魔法による僕の変身が完了した。
ルドは、僕に黙って、一人で冒険者として依頼を受け、旅の資金を工面していた。
驚きはしなかった。彼は、昔から、そういう男だ。
ルドに会った当初は、ポーカーフェイスで、何を考えているかわからない、ハンサムな男という印象しか抱かなかった。
しかし、一緒に過ごすうちに、無表情なのは、感情がないからなのではなく、真剣に仕事に取り組んでいるからなのだということが分かった。
若くして、第一騎士団の団長になるはずだったのに、突然、生まれたばかりの第二王子の護衛にされて、しかも、その王子は黒髪・黒目の不気味な見た目ときている。
僕がルドの立場だったら、そんな状況で、腐らずに仕事を続けることはできないのではないかと思う。
だから、生まれてすぐ、初めてルドを見たときに、乳母のゲルダさんと口論していたのは、きっと、護衛なんかやりたくないと主張したルドと、それを止めるゲルダさんとで揉めていたのだと思っていた。
成長し、彼と幾分打ち解けた頃に、そのことを、本人に尋ねたことがあった。
すると、生後間もないころの記憶を覚えていたことに驚きつつも、それは誤解だと教えてくれた。
むしろその逆で、ゲルダさんの方が、僕の護衛にルドをあてるのは過分だから、異動を撤回するように主張したが、ルドはそれを拒否し、自分の意思で護衛になったということだった。
国最強と言われるほどの剣の腕前なのに、なぜ、護衛を志願したのかは、教えてもらえなかったけれど。
そんなふうに、自ら僕の護衛になったルドは、仕事の手を抜くことは絶対になく、常に周囲に神経を巡らせ集中しているので、自然に無表情になってしまうのだ。
ここ数年は、僕の前では、大分感情を出すようになってきたけれど、あくまで、王子と護衛という関係なのだ。
王子がやる必要がないことと判断すれば、僕には何も知らせず、一人で対処し、僕が気付いた頃には、全て片付いていたなんてことは、今までもたくさんあった。多分、気付いてすらいないこともあると思う。
僕も、それでいいと思っていたし、それが、王子と護衛という関係上、当然のことだと思っていた。
だけど、僕は、本当は『王子』ではない。
前世の父親を捜すために転生してきた一ノ瀬優という男が、たまたま転生した先が、王子という立場だっただけだ。
そして今は、クーデターにより、その立場を追われ、自分自身も戻りたいとは思っていない。
そんな僕に、彼はこれからも付き従う必要があるのだろうか。
王子としての覚悟も肩書もない、こんな中途半端な自分に、彼が命を懸けて守るほどの価値はあるのだろうか。
考えれば考えるほど、これ以上、ルドの人生を縛ることが躊躇われた。
「ウィル!」
思考の迷宮を彷徨っていると、僕を呼ぶ声がした。
もしかして、ルドが追いかけてきてくれたのだろうかと振り向くと、ハインツさんがこちらにやって来るところだった。
想像していた人物ではなかったことに落胆している自分に気づき、少し驚く。
隣までやってきたハインツさんが、心配そうに、僕の肩に手を置く。
「心配しました。大丈夫ですか?」
「はい、ありがとうございます。心配かけてすみません。ちょっと一人で考えたいことがあって」
「そうですか……」
気遣うような瞳が、余計に僕をいたたまれなくする。
自分は、誰かに心配してもらえるような人間ではないのに。
「そうだ! せっかくこんなところまで来たのですし、これからデートしませんか?」
「デート――魔法の練習ですか?」
「ええ! 嫌なことがあったときは、何か他のことに集中するのが一番です」
「そうですね……。魔法の練習やりたいです」
ハインツさんの言う通り、一人でウジウジ考えているよりはずっといい。
王子の肩書がなくても、ルドの傍にいていいと思える証が欲しくて、そのためには、早く、自分にもできることを見つけないといけない。
「ふふ。その意気です。やはり、ウィルには笑っている顔が似合います」
優しく微笑むと、ハインツさんは、僕の両手を掴んだ。
「え――」
「しっ――! 目を閉じて集中してください。今から私の魔力をウィルに流し込みます。まずは、それを感じ取るところから始めましょう」
「わ、わかりました」
言われた通り、目を閉じる。ハインツさんの手は、ルドと違い、とても冷たい。
少しして、両手から、冷気が流れてくるのを感じた。
「あ……! なんだか冷んやりとしてきました」
「いい調子です。それが私の魔力です」
やがて、両手から、全身へと、冷気が巡るのを感じる。魔力って、こんなに冷たいものなのか。
ルドに光魔法をかけてもらう時は、じんわりと温かくなるので、魔力の持ち主によっても、感じ方は変わるのだろうか。
「あの、ハインツさん。魔力ってみんな、こんなに冷たく感じるものなんですか?」
「そうですね、魔力の持ち主や、受ける側によっても多少は変わりますが、一般的には、魔力は『冷たい気』と表現されますね」
「そうなんですか」
魔力って冷たいのが普通なんだ。じゃあ、ルドの魔力が普通ではないということなのだろうか。
「次は自分の中に、同じような気の流れがあるのを感じてみてください」
「わかりました」
ハインツさんが流してくれたような気が、自分の体内にあることをイメージし、集中してみる。しかし、一向にその気配を感じることができない。
「焦らなくても大丈夫ですよ」
「はい……」
***
結論から言おう。今回は、自分の中に魔力を感じることができなかった。
ハインツさんが言うには、誰にでも魔力はあるが、その量には、個人差があるらしい。
確か、ルドは、魔力が少ない方だと言っていた。僕もそうだったということか……。
剣もイマイチ、魔法もパッとしないとなると、僕にできることって他に何があるんだろう……。
いけない、いけない。油断すると、どうしてもマイナス思考になってしまう。ハインツさん曰く、すぐに魔力を感じられるようになることは珍しいらしいし、ここで諦めず、今後も魔法の練習は続けていきたい。
「そろそろ陽が落ちますね。これ以上ウィルを拘束していると、あの人に怒られそうです。帰りましょうか」
「あ、もうそんな時間ですか……」
なんとなく、まだルドと顔を合わせるのが怖い。
光魔法が解けてしまうから、完全に夜になる前には宿屋に戻らなければならないんだけど。
「まだ帰りたくなさそうな顔ですね。そんな顔をされると、私もこのまま離したくなくなります」
「えっ――」
ハインツさんが、僕の顎を掴んだかと思うと、クイっと上に向ける。
透き通った紫の瞳とバッチリ目が合ってしまった。
「あまりそういう顔を見せない方がいいですよ? 勘違いしてしまう人もいるでしょうから」
「はぁ……」
何を勘違いするというのか。よくわからなかったけれど、とりあえず、頷いておく。
「あ、あの、ちょっと顔が近いです……。そろそろ手を放してください」
「これは失礼」
妖艶に微笑むと、ハインツさんはやっと手を放してくれた。
「そうだ! これから町の酒場で、ウィルの歌を披露してみるというのはどうでしょう?」
「えっ!? 突然何を――」
「ウィルがまだ帰りたくなさそうな顔をしているのがいけないんですよ?」
「僕はそんなつもりは――」
「ない、とは言わせません。というわけで、これから酒場に行って、一緒に食事をしましょう。そして、ウィルの歌を皆さんに聴いてもらいましょう! ウィルには歌があるじゃないですか! もっと自分に自信を持ってください!」
そうか。彼は、僕を励まそうとしてくれているのか。ハインツさんに歌を褒められると、前世の父を思い出す。父もよく、僕の歌を褒めてくれた。
その言葉は、自暴自棄になりかけていた僕に、とても染みた。
歌を歌って、ハインツさんや酒場の客が喜んでくれれば、少しは自分を認められるようになるのではないか。
でも、ルドとは、人前で歌わないことを約束している。その約束は破りたくなかった。
「彼に歌は禁止されている?」
「えっ――」
「でしょうね。独占欲の強い男だとは思いましたが、相当ですね。でも、彼にバレなければいいのでは? 私の闇魔法で、ウィルの外見を少し変えて、歌っているのが貴方だとわからなくしてしまいましょう!」
おぉ……。押しの強いハインツさんが登場すると、なかなか、断ることが難しくなってしまう。
「いっそのこと、ウィルの外見を女性に変えてしまうというのはどうでしょう? 我ながらいい考えです! さっそくやってみましょう!」
「ちょ、ちょっと待って――」
僕の静止も聞かず、ハインツさんが、魔法を発動する。全身に冷たい気が巡ったかと思うと、闇魔法による僕の変身が完了した。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
226
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる