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第29話 夢見てるっぽい

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「とても美しい歌だった」
 そう言って微笑みかける、黒髪の男性。もしかして、僕に話しかけてるのかな? あれ、よく見ると、ルドの顔にそっくりだ。
「ふふ。またこっそり聴いていたのですか? こっそりではなく、堂々と聴きに来てくださればいいのに」
 え、今の言葉、もしかして僕が言った……? 自分が喋っている意識はないのに、勝手に会話が始まっている。
「だが、他の種族同士の交わりは禁じられている。それを決めたのは我々だというのに、その本人がすすんで禁を犯すわけにはいかないのだ」
「だからと言って、歌を聴くくらい、いいのではありませんか?」
 僕であるはずの身体は、僕の意思に関係なく、会話をし続ける。どういうことなのか、訳が分からない。
「だが、君の歌を聴けば、その姿を見ずにはいられない。その姿を見れば、触れずにはいられないのだ」
 ――っ! 何と言う口説き文句だ。ルドによく似た顔にそんなこと言われると、赤面してしまって、心臓が大音量で鳴り始める。
 やがて、目の前にいたルド似の男が近寄ってきて、愛おしそうにこちらを見ながら、頬を撫でた。
「愛している」
 ――――!? 僕は言葉も出ないほど驚いているというのに、この身体の別の主が勝手に答える。
「私も、お慕いしております」
 甘い空気の中、しばらく見つめ合った後、男の顔がさらに近寄ってきて――顔の輪郭がぼやけた瞬間、キスされたのだとわかった。
 まるで、ルドとキスしてしまったような感覚になる。今まで感じたことがないくらい胸がぎゅっと締め付けられて、涙が出そうになる。
 状況がまるでわからないまま、不思議な感情に戸惑っていると、突然、景色が変わった。
 だが、相変わらず、ルド似の男の顔が近くにあり、今度は、身体まで密着している。どうやら、抱きしめられているようだ。
 この態勢はダメだ! 恥ずかしすぎる。多分、ルド本人じゃないのだろうけど、顔が凄く似ているから、だからダメだ! いったん落ち着きたくて、身体を離そうとするが、逆に、もっと抱き寄せられてしまう。それどころか、男の手が、僕のお腹に触れた。
「生まれてくる子供は、君に似ているだろうか」
 そう言いながら、男は優しくお腹を撫で続けている。何だって!? 子供だって!?
「あなたに似れば、綺麗な黒髪の子ですね」
 僕と身体を共有しているもう一人の主がそう答えると、男は、僕の髪をひと房取って、口づけた。
「君に似れば、この美しい虹色の髪の子だな」
 虹色!? 僕の髪も目の前の男と同じ黒髪のはずだ。そう思って、男が口づけている髪を見ると、確かに虹色だった。角度によって、見える色が変わるのだ。そんな色の髪は今まで見たことがなかった。それに、僕の髪は短いはずなのに、今はすごく長い。もしかして、夢でも見ているのだろうか。
 混乱していると、また突然、景色が変わった。
 え、何だこれ――
 次に目の前に広かったのは、完全な暗闇だった。月明かりさえなく、昼なのか夜なのかもわからない。そんな暗闇の中でも、慣れてくると、次第に周りの状況が見えてきた。
 ――――!!
 酷い。山は崩れ、大地が割れ、川が干上がっている。何が起きたらこんなことになるんだ。それに、そこら中に、たくさんの人影が倒れていた。確かめに行きたくても、僕の意思では、この身体を動かせない。
 凄惨な光景に胸を痛めていると、ルド似の男が僕の肩を掴んだ。
「だが、そんなことをすれば、君も――」
「ええ、だけどこのまま放っておくわけにはいきません」
 どうやら、身体の主が何かをしようとして、男がそれを止めようとしているようだ。
「力を使えば、君は命を失うかもしれない。君のいない世界など、私には耐えられない!」
「いいえ、貴方なら大丈夫です。たとえ私の姿形は消えてしまっても、魂はいつもあなたの傍におります」
「頼む、どうか、考え直してくれ――」
「あなたに出逢って、あなたを愛すことができて、私は幸せでした。ありがとう」
 ありがとうと告げたその言葉は、別れの言葉のようだった。必死の形相で説得を試みる男を振り切り、身体の主は、両手を広げ、大きく息を吸い込んだ。
 歌を歌っているんだ。そう分かった瞬間、身体中から何かが引っ張り出されるような感覚を覚えた。この感覚……そうだ。さっきまで僕は、エルフの里の宴にいて、そこで歌を披露していたはずだ。これは、そのときの感覚と同じだ。
 歌えば歌うほど、身体から何かが放出されていく。やがて、先ほどまで不毛の大地だった場所に、緑の芽が生えたかと思うと、成長を始めた。すごい。もしかして、この歌の力なのだろうか。
 小さい息吹はどんどん大きくなり、とうとう、荒れ果てた大地は、緑豊かな美しい大地へと変わっていた。
 干上がった川にも水が溢れ、枯れていた木々は、たくさんの葉をつけて揺れている。割れていた地面もきれいになり、今では明るい陽射しが差している。倒れていた者たちも、生気を取り戻したようで、皆、助かったことを喜び合っている様子だ。
 この身体の主の歌の力なんだと確信した。この人の歌には、きっと、枯れたものを再生するような不思議な力が宿っていて、歌っている間に感じたのは、その力を解放している感覚だったんだ。
 そう確信した次の瞬間、視界が大きく揺らいだ。倒れたのだ。だが、予想した衝撃を感じることはなかった。ルド似の男が、受け止めてくれたのだ。顔だけでなく、こんなところまで似ているとは。
 支えられながら、男と見つめ合う。身体の主に、もう言葉を発する力は残っていないようだった。そうか、この人の力は、自分の命が代償なんだ。だから、男は力を使うことを止めようとしていたんだ。
 ルドによく似た顔が涙を流している。
 ――そんな顔をしないでほしい。あなたを置いて先に逝ってしまう自分を赦してほしい。薄れゆく意識の中、身体の主の様々な感情が入ってきた。
 世界を救えてほっとしている気持ち、残していく男と子供を心配する気持ち、そして、男と過ごした幸せな日々が走馬灯のように浮かび、最後に入ってきた感情は、『あなたをとても愛しています』ということだった。
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