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第11話
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まだ、十二時を少し過ぎたくらいだ。空は青く澄み渡り、憎々しいほどに眩しい太陽が照りつける。
訓練施設の屋上で二人の男は話している。柵に背を預け、空を見上げながら。
「お前には、戦う理由があったのか?」
阿賀野は坂平にそう尋ねられている。
偶然、阿賀野は坂平に出会して、こうして話すことになった。
「どうだか。俺はわかりませんね。別に戦う理由なんてどうでもいいでしょ」
「死んでもいいのか?」
「なら、気にかけるのは俺なんかじゃなくて松野達の事ですよ」
坂平の言葉に阿賀野はどうでも良さげに返した。
別に阿賀野は松野達のことを心配などしていない。戦力としても期待していない。けれど、人の心配など彼は求めていない。
「俺は死ぬためにここに来たわけじゃない」
「お前も家族の為、か……」
まるで、人の命を惜しむかのように坂平は呟く。苦しそうで、悲しそうで、見捨てることも出来ずにもがいている。
「何言ってんだよ。もう、俺に家族はいませんよ。残念なことだけど、俺は誰かのために戦いたくてここにいるんじゃないです」
「お前は扱いにくいな」
「……そう言うのは嫌ですね」
阿賀野はそう言った。
柵に預けていた背を離して、坂平の方へと顔を向けた。
「俺はアンタらみたいな大人の道具じゃないんですよ」
「ーーそうか」
阿賀野の言葉に小さな声で答えた。
坂平は苦しかったのだ。あの日、あの時、戦場に向かうことになった彼らの名前を呼んだ時。彼らが出兵すると決まった時。
「まあ、坂平さんが何に迷ってるかは知らないっすけどね」
「それは……」
本当にこれでいいのか。
何故、子供達が命を掛けねばならないのか。本当は守られているべき命ではないのか。そんな悩みが坂平の脳内をぐるぐると回り続けている。
あの時の状況とは違って現状、戦争は現実として目の前に存在する。もう少しで戦争が始まる。
「俺はーー」
坂平はポツリと漏らした。
坂平に対して、阿賀野は何も語らずにその先を待つ。
「ーー俺は、分からないんだよ」
「何がですか」
「どうしたらいいか。俺の力で戦争は止まらない。それに、岩松管理長の決定は変わらない……」
そんな風に言って、坂平はタバコの箱とライターをズボンのポケットから取り出して、タバコを一本だけ持ってライターで火をつけ、口に咥えて、残りをポケットにしまった。
「誰が行けば結果が変わる……」
坂平はタバコを口から離して、俯いてしまう。手に持ったタバコからはユラユラと煙が上がる。
「結果が出てなければ変わるも何もないでしょ」
阿賀野が一言言えば、坂平は無言になる。阿賀野の現実を突きつけるような言葉に、彼は言い返すことができなかったから。
「誰かが行ったからうまくいった。誰かだったから死んでしまった。そんなのだって終わらなければ言えない話っすよ」
「お前は……」
「少なくとも、俺は俺にできることをします」
阿賀野はこれで話は終わりだと言うように先に屋上から去ろうとするが、坂平は呼び止める。
「ーー阿賀野!」
「何すか?」
「お前はどうしてここに来た?」
「偶然声がかかった。それだけです」
阿賀野はどうでも良さげに答えて今度こそ、屋上を出て行ってしまった。
「悪いな阿賀野、付き合わせて」
「俺も好きで来てるんだよ」
戦争が近づく中、二人の男はとある場所に来ていた。
陽の国国立美術館。
陽の国の都心に建造された巨大な美術館だ。そんな、巨大な建造物の前に阿賀野と山本が立っている。
「当分、来れなくなるな……」
山本はそう呟いて美術館の中に入っていく。阿賀野もその隣を歩く。
訓練施設に近い位置にこの美術館はあり、戦争が近づいてきた為に、当分閉館することとなった。
閉館する前に来たいと思った山本は飯島や松野に声を掛けたがいい返事は貰えなかった。
「意外だったな。阿賀野が絵が好きだってのは」
「俺も、お前が絵が好きだってイメージがわかねえ」
お互いにイメージが合わないようだ。
阿賀野のような傍若無人が芸術を介する気持ちがあったとは思いもしなかっただろう。それと同じく、不良然とした山本にも絵が好きだと言うイメージが湧かない。
「そうか?」
「そうだろ。つっても俺は描く方はからっきしだけどな」
「ーー俺は描くのも見るのも好きだ。将来の夢は画家だったからな」
彼は少しだけ悲しげにそう言った。見た目に反して、繊細な夢を持っていたようだ。
二人は入ってすぐの絵画に目を向けた。
その絵は一枚の紙に描かれ、そして、一つの世界を広げている。
「にしても、陽の国の絵ばっかりだな」
阿賀野は溜息を吐きながらそう言った。
「前に来た時は有ったんだけどな」
会話を交わしながら、彼らは作品をゆっくりと歩きながら観ていく。
「やっぱりアレもないのか……」
忽然と姿を消したようにすら感じる。つい、何年か前は確かにあったはずの絵。それがもう見ることはできないかもしれない。
「好きだったんだけどな」
「どんな絵だ?」
「ん? ああ、自画像だよ。金髪の青い眼の男の」
「ああ、観たことあるけど、そんなに上手かったか?」
山本が思い出して首を捻りながら尋ねれば、阿賀野は苦笑いして答える。
「上手いかどうかじゃなくて、個人的なファンなんだ」
「確かにアレは……」
お世辞にも上手いとは言えない。下手かと聞かれればそうでもない。ただ、その絵は生きているような気がするのだ。
「力強さを感じたんだよ」
「元軍人だったか……」
絵を思い出してみる。
脳裏に浮かぶが、やはり現物を見ない限りには像を確かにはできない。
「ーーそれで、関係ないけど松野はどうなった」
阿賀野がそう尋ねれば、山本は呆気にとられたような顔をした。
「何だ、心配だったのか?」
「いや、足手まといになっても困るだろ」
阿賀野が溜息を吐きながらそう言う。
「全然どうにもならないな……。むしろ、今度は飯島がな」
間磯に掴みかかった時の様子を思い出して、山本が言った。
「お前は大丈夫なのか?」
「何の事だ?」
「死んじまうかもしれねぇんだ。ちょっとは取り乱すもんだろ」
「心配してんくれてんのか?」
山本はそう尋ねると、阿賀野はあり得ねえと首を横に振った。
気になっていたのだ。
山本がどうして二人よりも冷静であれるのか。
「俺は死んでも良いくらいのクズ野郎だからな。戦争で死んだらバチが当たった。生きて帰れたらラッキーってヤツだ。それにーー、いや、これはいいか」
そう言って、山本は吹っ切れたように笑う。
結局はどうでも良いのか、阿賀野はふーんと鼻を鳴らした。
それから二人は美術館を二時間かけて回って、漸く外に出る。
「お前は何でこんな世界に来たんだよ」
「それ、つい最近、坂平さんにも聞かれたな」
偶然声がかかっただけだ。
阿賀野はお決まりのような答えを出して、帰路についた。山本はその背を追って、訓練施設への道を歩いていく。
訓練施設の屋上で二人の男は話している。柵に背を預け、空を見上げながら。
「お前には、戦う理由があったのか?」
阿賀野は坂平にそう尋ねられている。
偶然、阿賀野は坂平に出会して、こうして話すことになった。
「どうだか。俺はわかりませんね。別に戦う理由なんてどうでもいいでしょ」
「死んでもいいのか?」
「なら、気にかけるのは俺なんかじゃなくて松野達の事ですよ」
坂平の言葉に阿賀野はどうでも良さげに返した。
別に阿賀野は松野達のことを心配などしていない。戦力としても期待していない。けれど、人の心配など彼は求めていない。
「俺は死ぬためにここに来たわけじゃない」
「お前も家族の為、か……」
まるで、人の命を惜しむかのように坂平は呟く。苦しそうで、悲しそうで、見捨てることも出来ずにもがいている。
「何言ってんだよ。もう、俺に家族はいませんよ。残念なことだけど、俺は誰かのために戦いたくてここにいるんじゃないです」
「お前は扱いにくいな」
「……そう言うのは嫌ですね」
阿賀野はそう言った。
柵に預けていた背を離して、坂平の方へと顔を向けた。
「俺はアンタらみたいな大人の道具じゃないんですよ」
「ーーそうか」
阿賀野の言葉に小さな声で答えた。
坂平は苦しかったのだ。あの日、あの時、戦場に向かうことになった彼らの名前を呼んだ時。彼らが出兵すると決まった時。
「まあ、坂平さんが何に迷ってるかは知らないっすけどね」
「それは……」
本当にこれでいいのか。
何故、子供達が命を掛けねばならないのか。本当は守られているべき命ではないのか。そんな悩みが坂平の脳内をぐるぐると回り続けている。
あの時の状況とは違って現状、戦争は現実として目の前に存在する。もう少しで戦争が始まる。
「俺はーー」
坂平はポツリと漏らした。
坂平に対して、阿賀野は何も語らずにその先を待つ。
「ーー俺は、分からないんだよ」
「何がですか」
「どうしたらいいか。俺の力で戦争は止まらない。それに、岩松管理長の決定は変わらない……」
そんな風に言って、坂平はタバコの箱とライターをズボンのポケットから取り出して、タバコを一本だけ持ってライターで火をつけ、口に咥えて、残りをポケットにしまった。
「誰が行けば結果が変わる……」
坂平はタバコを口から離して、俯いてしまう。手に持ったタバコからはユラユラと煙が上がる。
「結果が出てなければ変わるも何もないでしょ」
阿賀野が一言言えば、坂平は無言になる。阿賀野の現実を突きつけるような言葉に、彼は言い返すことができなかったから。
「誰かが行ったからうまくいった。誰かだったから死んでしまった。そんなのだって終わらなければ言えない話っすよ」
「お前は……」
「少なくとも、俺は俺にできることをします」
阿賀野はこれで話は終わりだと言うように先に屋上から去ろうとするが、坂平は呼び止める。
「ーー阿賀野!」
「何すか?」
「お前はどうしてここに来た?」
「偶然声がかかった。それだけです」
阿賀野はどうでも良さげに答えて今度こそ、屋上を出て行ってしまった。
「悪いな阿賀野、付き合わせて」
「俺も好きで来てるんだよ」
戦争が近づく中、二人の男はとある場所に来ていた。
陽の国国立美術館。
陽の国の都心に建造された巨大な美術館だ。そんな、巨大な建造物の前に阿賀野と山本が立っている。
「当分、来れなくなるな……」
山本はそう呟いて美術館の中に入っていく。阿賀野もその隣を歩く。
訓練施設に近い位置にこの美術館はあり、戦争が近づいてきた為に、当分閉館することとなった。
閉館する前に来たいと思った山本は飯島や松野に声を掛けたがいい返事は貰えなかった。
「意外だったな。阿賀野が絵が好きだってのは」
「俺も、お前が絵が好きだってイメージがわかねえ」
お互いにイメージが合わないようだ。
阿賀野のような傍若無人が芸術を介する気持ちがあったとは思いもしなかっただろう。それと同じく、不良然とした山本にも絵が好きだと言うイメージが湧かない。
「そうか?」
「そうだろ。つっても俺は描く方はからっきしだけどな」
「ーー俺は描くのも見るのも好きだ。将来の夢は画家だったからな」
彼は少しだけ悲しげにそう言った。見た目に反して、繊細な夢を持っていたようだ。
二人は入ってすぐの絵画に目を向けた。
その絵は一枚の紙に描かれ、そして、一つの世界を広げている。
「にしても、陽の国の絵ばっかりだな」
阿賀野は溜息を吐きながらそう言った。
「前に来た時は有ったんだけどな」
会話を交わしながら、彼らは作品をゆっくりと歩きながら観ていく。
「やっぱりアレもないのか……」
忽然と姿を消したようにすら感じる。つい、何年か前は確かにあったはずの絵。それがもう見ることはできないかもしれない。
「好きだったんだけどな」
「どんな絵だ?」
「ん? ああ、自画像だよ。金髪の青い眼の男の」
「ああ、観たことあるけど、そんなに上手かったか?」
山本が思い出して首を捻りながら尋ねれば、阿賀野は苦笑いして答える。
「上手いかどうかじゃなくて、個人的なファンなんだ」
「確かにアレは……」
お世辞にも上手いとは言えない。下手かと聞かれればそうでもない。ただ、その絵は生きているような気がするのだ。
「力強さを感じたんだよ」
「元軍人だったか……」
絵を思い出してみる。
脳裏に浮かぶが、やはり現物を見ない限りには像を確かにはできない。
「ーーそれで、関係ないけど松野はどうなった」
阿賀野がそう尋ねれば、山本は呆気にとられたような顔をした。
「何だ、心配だったのか?」
「いや、足手まといになっても困るだろ」
阿賀野が溜息を吐きながらそう言う。
「全然どうにもならないな……。むしろ、今度は飯島がな」
間磯に掴みかかった時の様子を思い出して、山本が言った。
「お前は大丈夫なのか?」
「何の事だ?」
「死んじまうかもしれねぇんだ。ちょっとは取り乱すもんだろ」
「心配してんくれてんのか?」
山本はそう尋ねると、阿賀野はあり得ねえと首を横に振った。
気になっていたのだ。
山本がどうして二人よりも冷静であれるのか。
「俺は死んでも良いくらいのクズ野郎だからな。戦争で死んだらバチが当たった。生きて帰れたらラッキーってヤツだ。それにーー、いや、これはいいか」
そう言って、山本は吹っ切れたように笑う。
結局はどうでも良いのか、阿賀野はふーんと鼻を鳴らした。
それから二人は美術館を二時間かけて回って、漸く外に出る。
「お前は何でこんな世界に来たんだよ」
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